香港映画界に現れた新世代の勢いを体感して!スペシャル・オープニングの舞台裏も〜プログラミング・ディレクター、暉峻創三氏に聞く第18回大阪アジアン映画祭の見どころvol.1


  2023年3月10日(金)から19日(日)までABCホール、シネ・リーブル梅田、梅田ブルク7、国立国際美術館に加え、新会場として昨年オープンした大阪中之島美術館で開催される第18回大阪アジアン映画祭(OAFF2023)。今年はリアルでの海外ゲスト来場が復活し、オンライン参加だったシンポジウムもゲストを招き、4年ぶりに直接交流する機会を持てる記念すべき回になりそうだ。

プログラミング・ディレクター、暉峻創三氏に聞く第18回大阪アジアン映画祭の見どころを全5回シリーズでご紹介したい。vol.1では、スペシャル・オープニング上映の舞台裏やクロージング上映作品、香港映画界の新潮流、そして上映する香港映画についてご紹介しよう。




■スペシャル・オープニング上映の舞台裏

―――今年はメイン会場のABCホールでスペシャル・オープニング上映が行われますね。

暉峻:今年は芸術文化振興基金の国内映画祭助成制度が変わり、助成金額にかなり低い上限が設けられた等の影響で、非常に厳しい予算状況下での開催となっています。その中でプログラムや運営を考えるにあたり、映画祭の根幹は配給の決まっていない映画をどれだけ紹介できるかですから、そこへ優先的に予算を回し、削れるところは思い切って削りました。今年のオープニングがスペシャル・オープニングとなったのもその一例で、従来は初日に梅田ブルク7の一番大きなスクリーンを借りてオープニング・セレモニー&オープニング上映を行なっていましたが、それを止めて、15日(水)メインホールのABCホールの初回上映を、「スペシャル・オープニング」と銘打つことにしました。ただ、これが結果的には、また別の面でも功を奏したのです。(写真はできたてのリーフレットに目を通す、暉峻氏)


―――と言いますと?

暉峻:今までのオープニング、クロージング作品を振り返ると、日本映画に関しては世界初上映ですが、海外の映画に関しては世界初上映がなかった。毎年、日本映画、海外映画の1本ずつなので、両方が世界初上映になったことはなかったのですが、今年はスペシャル・オープニング上映の香港映画『四十四にして死屍死す』とクロージング上映の日本映画『サイド バイ サイド 隣にいる人』の両方とも世界初上映で、これは当映画祭史上初のことです。スペシャル・オープニング作品がなかなか決まらない中、例年よりも上映日が後倒しだったため、なんとか字幕も間に合うメドがつき、上映を決定することができました。苦労しましたが、その甲斐はあったのではないかと思っています。




■クロージング上映、『サイド バイ サイド 隣にいる人』は新人監督、伊藤ちひろ独自の映像言語、リズムに注目

―――クロージング上映は、行定勲監督がプロデューサーを務めた、名脚本家、伊藤ちひろの監督第二作『サイド バイ サイド 隣にいる人』です。坂口健太郎の透明感と、齋藤飛鳥、市川実日子、磯村アメリら女性陣の関係性の変化に注目したい作品ですね。

暉峻:一般向けには坂口健太郎、齋藤飛鳥らのキャスティングで話題の映画ですが、作品が完成する前から、行定勲プロデューサーの、伊藤ちひろという新人監督の才能を世に知らしめたいという情熱を強く感じていました。実際その通りの出来栄えで、まだ監督デビューしたて(本作が第2作)にもかかわらず、自己の映像言語、リズムをしっかり確立した、素晴らしい作品に仕上がったと思います。




■香港映画界のトップランナーに躍り出たホー・チェクティン監督

―――『四十四にして死屍死す』をはじめ、今年上映される香港映画は例年以上に、秀作が揃いました。

暉峻:昨年の香港映画界の一番大きな出来事は、新人監督が雨後の筍のように長編デビューしたこと。ちょっと大げさな例えかもしれませんが、1950年代後半にフランスで起きたヌーヴェルヴァーグのように新人監督作がこぞって高評価を受け、さらに興行的にもみな成功しているのです。日本の新人監督だと最初は周縁的な立ち位置で映画界に登場することがほとんどですが、香港の場合、香港映画業界の中心にいきなり新人たちが登場し、彼らが業界を引っ張っている。そこが凄いところです。

その中で、トップランナーと言えるのが『四十四にして死屍死す』のホー・チェクティン(何爵天)監督。昨年の長編デビュー作『正義迴廊(原題)』は興行的にも大ヒットし、香港電影金像奨でもダントツとなる最多部門(作品賞、監督賞、新人監督賞など)ノミネートを果たしています。新人ですが、リーダー的存在と急激に注目度が高まっている監督なんです。


―――ちなみに『正義迴廊(原題)』は日本未公開ですが、その魅力とは?

暉峻:基本は裁判劇ですが結構ハードな作りで、実は映画祭でも上映したいと思い、最後まで候補に残していたんです。他の新人監督の作品の出来も素晴らしく、上映枠が確保できないということ、またそのホー監督が新作を既に撮っているということもあり、今回は諦めました。デビュー作も今回のスペシャル・オープニング作品も共に殺人とか死体が絡んで物語が展開しますが、前作はシリアスなドラマ、今回はコメディ調と、まったく異なるアプローチをしているところにも、監督の技量の豊かさを感じます。



■香港という土地に根ざした作品を作る新世代監督たち

―――なるほど、昨年の香港映画界の勢いが、まさにプログラムに反映されていますね。内容も、香港の移住問題や移民問題、そして普遍的な家族の問題を多彩な切り口で深く描きこんでいます。

暉峻:狙ったわけではないのに、気がつけば上映する香港映画はスペシャル・オープニングのホー監督を除き、全て新人監督の初長編です。これも大きな特徴ですね(ラム・サム監督の『窄路微塵』は単独監督としての初長編)。前世代の映画人たちは中国マーケットをどうしても意識してしまい、香港の現実から離れてしまう内容になりがちでしたが、今回上映する作品たちは香港という土地に根ざした内容になっているのも興味深いところです。


―――ラウ・コックルイ(劉國瑞)監督の『白日青春』で、アンソニー・ウォン(黃秋生)が演じるのは1970年代に中国から海を渡って香港にやってきた移民という設定ですね。

暉峻:『白日青春』では、香港が中華圏の人たちだけでなく、イギリス占領下の時代にインドやパキスタンからの移民を受け入れ、その次の世代となる移民2世がそこで生まれ育っているという今の現実も反映しています。



その他の香港映画上映作のみどころについて、暉峻氏自らの解説コメントを寄せていただいた。


『香港ファミリー』

昨年から顕著になった新人監督の相次ぐデビューの中、釜山国際映画祭が選出したのが、この作品です。香港映画で家族ものというと、ハッピーに一家団欒というお正月映画のイメージが強いですが、これはそれと正反対。でも今の香港の家族をリアルに描くと、むしろこういうことになるのだと思います。

文芸性、思索性の強い作品ではありますが、豪華出演陣も見どころ。人気グループMIRRORのメンバー2人(イーダン・ルイ、アンソン・ロー)の出演に加え、ヘドウィグ・タム、アンジェラ・ユンという新世代の最注目株女優が顔を揃えているのも見逃せません。現在の日本映画界で言えば河井優実的な立ち位置にいる女優で、単に人気急上昇中なだけでばく、彼女たちが出ている作品のクオリティは総じて素晴らしいです。ヘドウィグは去年のOAFFで上映した『はじめて好きになった人』や、今年のOAFFの『流水落花』にも出演。アンジェラは、今年のOAFFの『窄路微塵』「にも出演しています。


『窄路微塵(きょうろみじん)』

新型コロナ禍時代の香港社会を生きる人々を、単に感染するしないとかマスクをしているとかいったレベルを超えて、時代の空気感や人間の孤独感もろとも掬い取った素晴らしい作品です。監督のラム・サムは、レックス・レンと共同監督した『少年たちの時代革命』が日本でも紹介されていますが、ややラフな作りを特徴とした前作とは対照的に、今作では入念で繊細な演出が光ります。


『流水落花』

OAFF2019『淪落の人』、OAFF2020『私のプリンス・エドワード』などを生み出し、目覚ましい成功を収めている香港政府の新人監督作品助成制度<首部劇情電影計画>の1本に選出され、製作された作品。今年のOAFFでは『香港ファミリー』もこの助成制度で製作されたものです。最近の香港映画は、新人監督の台頭と共に、中高年女性が主要な役柄に据えられた良作が増えたのも興味深い特徴ですが、本作はその典型の1本でもある。サミー・チェンがこれまでとはまったく異なる新しい貌を見せてくれます。


『深夜のドッジボール』

イーキン・チェンという、香港のベテラン男優のなかでも独特のキャラクターを築いてきたスターならではの魅力が全編に炸裂した作品。体育会系とはまったく異なるちょっとオタク的で時に頼りなげなこのコーチ役を演じられるのは、彼以外に考えられません。年間100本を優に超える作品が量産されていた、黄金時代の香港映画の味わいを思い出させてくれる作品でもあります。


プログラミング・ディレクター、暉峻創三氏に聞く第18回大阪アジアン映画祭の見どころvol.2に続く

(江口由美)



第18回大阪アジアン映画祭は、3月10日(金)から3月19日(日)まで開催。