イ・ジュヨンの初監督作や、ドキュメンタリー『ジソク:映画祭をつづける』、韓国・台湾映画の新しい才能を紹介!〜プログラミング・ディレクター、暉峻創三氏に聞く第18回大阪アジアン映画祭の見どころvol.4
プログラミング・ディレクター、暉峻創三氏に聞く第18回大阪アジアン映画祭の見どころvol.4では、短編で注目したい韓国映画と台湾映画の上映作品を一挙ご紹介!
■イ・ジュヨンの演出力に驚いた『ドア前に置いて。ベル押すな』
―――今年の韓国映画は、短編3本(『ドア前に置いて。ベル押すな』『トランジット』『重なりゆく夏』)に注目したいですね。
暉峻:イ・ジュヨンは主演作となるOAFF2019グランプリの『なまず』を紹介しましたし、最近は「梨泰院クラス」や是枝監督の作品(『ベイビー・ブローカー』)にも出演するなど、すっかりメジャーな俳優になりました。彼女の出演作の選び方を見ていると、映画をわかっている人だなと感じましたし、結構挑戦的なことをやっていた人です。とはいえ監督としての実力は未知数でしたが、『ドア前に置いて。ベル押すな』を観て、これだけ演出力があるのかと驚きました。
『重なりゆく夏』はあるカップルの10年間を描いていますが、通常なら長編が撮れるぐらいの内容を、これだけ凝縮して作ったところがうまいですね。
―――ただ、コンペティション部門に入選がないというのも驚きでした。
暉峻:コンペ以外も含め、配給出品の作品(『リメンバー(原題)』)を除けば、1本も韓国の長編劇映画が入選しなかったのは、自分でも意外でした。これは今回の大阪アジアン映画祭だけに表れた偶然ではなく、昨年の東京国際映画祭(TIFF)でも選出がなかったです。韓国の長編劇映画は今、割と似た世界の中で安住しているような感じで、他のアジア諸国に較べると驚きのある作品が生まれていない。韓国はインディーズ作品への補助金が手厚いことで有名で、日本映画界からは羨望の眼差しが向けられていますが、逆にそんなに工夫しなくても補助金をもらえるので、その弊害も見えてきた気がします。今年の韓国映画に関するプログラミングからは、むしろ映画界でそれなりのキャリアを積んだ人が、短編というフォーマットの上で凄い作品を作り始めているというトレンドに気が付いてほしいと考えています。一般的には短編は、これから映画界に入ろうとするピカピカの新人が作るものととらえられがちですが、今回入選している韓国短編は、そうしたものではありません。
■映画祭の本来の精神を保ち続けることがいかに大変かを浮き彫りにした『ジソク:映画祭をつづける』
―――そんな中、こちらも注目作と言えるのがBIFF創設メンバーの一人で、2017年にカンヌ国際映画祭来訪時に急逝したキム・ジソクさんの足跡とBIFFのあゆみ、分裂騒動の真相に触れるドキュメンタリー『ジソク:映画祭をつづける』です。
暉峻:OAFFで外国映画を上映する際に、最後の僕の作業として邦題を考えるという仕事があります。日本で洋画が劇場公開される際は何かと副題がつくことが多いですが、自分は基本的には余計な副題は付け加えず、原題の精神に忠実にタイトルを付けています。でもこの作品は例外的に、自分で副題を付けました。OAFF2012で『トップ・シークレット 億万長者』という原題だったタイ映画を、『トップ・シークレット 味付のりの億万長者』という邦題にして以来のことかもしれません(笑)。
―――OAFF2021オープニング作品『映画をつづける』(Keep Rolling [好好拍電影] 公開時タイトル:『我が心の香港~映画監督アン・ホイ』)を思い出しました。
暉峻:あの作品を覚えている人はおやっと思うかもしれませんね。「映画祭をつづける」という副題を付けたのは、『ジソク』だけでは、日本では誰のことか分からないだろうし、解説を読んでも単なる映画祭プログラマーの追悼ドキュメンタリーだと思われ、興味を持たれないのではという懸念があったのが一点。もう一点は、ジソク氏がBIFF発起人の一人であり、最初はうまくいっていたものの、釜山市の介入によりメンバーの結束がバラバラになってしまい、映画祭存続の危機が訪れた様子が描かれている訳です。キム・ジソク氏の人生を振り返るだけでなく、映画祭を続けること、映画祭の本来の精神を保ち続けることがいかに大変かということが浮き彫りになって見えてくる。そこが作品の一番の評価ポイントだと思うのです。
■名優の復帰作やキレのいい監督デビュー作が揃った台湾映画
―――台湾映画も例年より紹介作品数は少なめですが、コンペテイション部門では『黒の教育』、『本日公休』、特別注視部門では短編の『できちゃった?!』『ナターシャ』と個性的な作品が揃いました。
暉峻:昨年、TIFFも東京フィルメックスもツァイ・ミンリャン特集を除き、新作の台湾映画の上映はなかったんです。そのせいか、OAFFの公募エントリーで素晴らしい作品がたくさん寄せられたのですが、今年は台湾文化部の協賛がないため、今までなら特集枠として6作品ぐらいは紹介できていたのが、できなくなってしまった。そういう点では、台湾映画にとって、非常にタイミングが悪かったです。それでも厳選に厳選を重ね、映画祭向けに作られているのではなく、一方でよくある古いタイプのままでもない、その境界線上に作られているような作品を選びました。
―――『本日公休』は昔ながらの理髪店を舞台にした作品ですが、フー・ティエンユー(傅天余)監督の母がモデルになっているそうですね。
暉峻:フー監督の作品はこれまでも紹介したいと思い続けてきたのですが、入選には至りませんでした、今回は監督の飛躍的な成長を感じさせます、また主演の3人の子を持つ母、理髪師を演じるのは、VHSビデオ時代に一世を風靡した名俳優、ルー・シャオフェン(陸小芬)です。久しぶりの映画出演で、こんなに成熟した演技をしているとは、そこにも感銘を覚えました。
―――『黒の教育』にはOAFF2020『君の心に刻んだ名前』で薬師真珠賞を受賞したレオン・ダイ(戴立忍)も出演していますね。
暉峻:レオン・ダイも、若手男優陣も、素晴らしく魅力的に撮られていますね。見る前は、俳優のクー・チェンドン(柯震東)の監督デビュー作ということで、その手腕が読めなかったのですが、演出力はなかなかのものですし、編集の切れ味の良さも素晴らしい。いまおか監督の61分(『天国か、ここ?』)は別格としても、78分であれだけのことを語りきったことを評価しています。聞いたところによれば、『あの頃、君を追いかけた』のギデンズ・コー(九把刀)が最初は自分が監督をするつもりで考えていた企画だそうですが、ある段階からクー・チェンドンに監督を託すという流れになったようです。なので、作品全体にギデンズ・コーの世界観も強く反映している気がします。
―――『できちゃった?!』『ナターシャ』はいずれも短編ですが、かたやコメディ、かたやサスペンスに見えなくもない、惹きつけられる2作です。
暉峻:どちらも高雄映画祭が制作費を交付している短編で、この2本以外にも交付金で制作した秀作短編がたくさんあったのですが、『できちゃった?!』『ナターシャ』はとりわけ素晴らしい2作です。『ナターシャ』で主演のヤン・リーイン(楊麗音)もホウ・シャオシェン作品に出演していた名優で、古くからの台湾映画ファンはより楽しんでもらえるのではないでしょうか。
※黄インイク(黃胤毓)監督の日台合作ドキュメンタリー短編『海の彼方 それから』も、プログラム《短編D》で上映。時代に翻弄された石垣島の台湾移民・玉木家の3世代に渡る軌跡を描いたドキュメンタリーOAFF2017『海の彼方』(現在配信中)で主人公の玉木おばあが昨年4月にこの世を去り、その葬儀の数日間を記録した「その後の物語」だ。
プログラミング・ディレクター、暉峻創三氏に聞く第18回大阪アジアン映画祭の見どころvol.5に続く
(江口由美)
第18回大阪アジアン映画祭は、3月10日(金)から3月19日(日)まで開催。
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