熊野オールロケで、高校生の“ある決断”を瑞々しく描く『カフネ』杵村春希監督、山﨑翠佳さん、松本いさなさん(出演)インタビュー


 3月10日より開催中の第18回大阪アジアン映画祭で、インディ・フォーラム部門の杵村春希監督作『カフネ』が世界初上映された。

監督は、大阪芸術大学在学中の杵村春希。世界遺産の町、三重県熊野市でオールロケを敢行し、同級生の恋人、渚(太志)の子どもを妊娠してしまった高校生、澪(山﨑翠佳)とその親友夏海(松本いさな)の関係を軸に、自分の思いを確かめ、伝えるまでの物語を情緒豊かに紡いでいる。自然豊かな熊野で、そこに生きる高校生たちの息吹が聞こえてきそうな撮影にも注目したい。

学生スタッフが宣伝チームも結成し、精力的な宣伝活動を行っていることも功を奏し、世界初上映を満席で迎える快挙を成し遂げた。注目の新しい才能たちが作り上げた作品をぜひ目撃してほしい。

 本作の杵村春希監督、出演の山﨑翠佳さん、松本いさなさんにお話を伺った。



■「自分の人生は自分で決めるという深い道標を『カフネ』からもらえた」(山﨑)

―――まずは世界初上映のお気持ちをお聞かせください。

杵村:僕が高校生の時にふらっと映画館を訪れ、ふっと見た映画(山戸結希監督『ホットギミック ガールミーツボーイ』)がすごく良かった。そのことが心に残っていて、いつか山戸監督にお会いしたいと思うぐらい心の糧になっています。友達やデートなどでふらっと映画館を訪れた人がほろっときたり、よかったなと思って、日常に戻ってもらえるような映画を作りたいと思い、大学でもずっと映像制作に取り組んできました。大阪アジアン映画祭で世界初上映の機会をいただけたのは、すごく嬉しいです。上映後に直接お客さまから感想をいただいたり、良かったと思いました。


山﨑:(私も)オーディションを受けた時に脚本を読んだのですが、言葉一つ一つがすごく素敵だなと思いました。だから私だけではなく、お客さまに観ていただけるというのは、こどもを送り出すような気持ちになりました。撮影した熊野のきれいな土地であったり、そこの空気感を皆さまに観ていただく機会をいただけて、本当に幸せだなと思うと共にもっと観てもらいたいという欲もあります。本当の自分の気持ちをちゃんと感じてもいいし、自分の人生は自分で決めるという深い道標を私自身も主人公の澪やこの『カフネ』からもらえましたので、そういうことも、この世界に生きる人々に伝わればと思います。


松本:先ほど、「『カフネ』を観て、これから先、何があっても前を向けます」という言葉をいただいたのがすごく嬉しかったです。高校生の妊娠を題材にしていますし、映画の雰囲気も決して軽いものではないけれど、そこから前に進むということが私も演じていて伝えたい部分でした。何の情報もない中でこの映画を観てくださり、そのような感想をいただけたことで届けられてよかったです。


―――『カフネ』というタイトルがとても映画の雰囲気にマッチしていますね。

杵村:脚本を書いているとき、ふとした瞬間に出会った言葉です。「愛する人の髪に触れようとするしぐさ」という意味ですが、音の響きやニュアンスが作品の空気感を醸し出せる一語だと思います。



■「人と人とのコミュニケーションや繋がりあいを映像で撮りたい」(杵村)

―――本作の着想はどこから得たのですか?

杵村:本作では人と人とのコミュニケーションや繋がりあい、心の動きを映像で撮りたいという想いがありました。映画として届ける上で、私たちの年代で身近なことの一つとしてこのテーマがあるのではないかと考えました。若い層をターゲットにしたいという狙いもありました。


―――共同脚本の千葉美雨さんとはどのような分担で執筆していったのですか?

杵村:千葉さんが基本的に執筆し、最初は1〜2週間に一度、撮影が近づくとほぼ毎日シナリオのブラッシュアップを一緒に行っていきました。僕が書いたのは家族で話をするシーンですね。高校生の妊娠という題材は、男性が扱うのは難しいと思われるかもしれませんが、性別にこだわりすぎず、人間として描くというアプローチで千葉さんと一緒に取り組みました。


―――杵村監督は大阪芸術大学在学中ですが、本作が初長編ですか?

杵村:はい。しかも劇映画を撮るのも初めてです。ドキュメンタリーは作ったことがあるのですが、1〜2回生のときはカメラマンとして劇映画に参加していました。


―――杵村監督もカメラマンだったんですね。本作のカメラワークが素晴らしいですが、監督が指示をされたり、相談しながら決めていったのですか?

杵村:髙本優カメラマンの素質ですね。僕が1〜2回生の頃からライバルのような関係で、ふたりでバチバチしていたのですが、今回は僕の方から一緒にやらないかと声をかけました。実際、撮影現場でもバチバチと青い炎を燃やしていたのですが(笑)


山﨑:バチバチはしていても、戦友というかお互いに影では讃えあっているんです。監督とカメラマンが一番現場の中で常に撮影モードに入っていて、そこの空気感が現場に入るので、自分が集中したいときは、お二人の近くにいてオーラをいただいたりしていました。


―――髙本カメラマンと杵村監督が現場の集中力を高めていたんですね。俳優への演出はどのように行ったのですか?

杵村:一番時間を使ってやったことは脚本の本読みですね。


山﨑:感情を入れずに、ずっと無表情で棒読みする本読みをほぼ毎日、出演者全員でやっていました。本当に無の境地で撮影に臨みました。


松本:現場で初めて感情を入れてお芝居するので、相手がどんな表情をするのかもわからない。内心ハラハラしました。



■「本読みの後の本番、リアルな感情が出てとても楽しかった」(松本)

―――濱口監督がやっているような本読みをされて臨んだんですね。実際にやってみての感想は?

松本:形できれいに決めてしまう演技は見ていても、いかにもという感じで共鳴できない部分がありますが、このやり方だとリアルな感情が出ますね。熊野の地に来て、実際に演じてみると本読みの時と全然感覚が違っていて、とても楽しかったです。あと初めての撮影体験だったので、本当に緊張しました。こんなに近くにカメラがあるんだと思って(笑)


山﨑:確かに。お芝居ってナマものだと思います。


―――演出する側としては、狙い通りでしたか?

杵村:役者さん本人の内なる魅力を、お芝居の中で出せる環境を本読みを含めて用意しようと思って取り組んでいましたので、楽しいと言ってもらったり、実際のお芝居もすごく良かったので、こちらとしてもすごく幸せでした。お芝居を撮影することを、僕自身もとても楽しんでやっていましたね。



■熊野のオールロケで「キャラクターが生きてる感じが自然に出せた」

―――熊野のオールロケではクラウドファンディングもされたそうですね。

杵村:ロケ地を探しているときに、本作の助監督、大井薫幾さんの地元が熊野だったので訪れたところ、直感で「ここで撮りたい」と思ったんです。実際に撮ってみて、熊野でキャラクターが生きている感じを自然に出せるように演出しましたし、キャラクターたちを輝かせてくれる場所でもあったと思います。


―――お二人は熊野の高校生を演じてみていかがでしたか?

松本:撮影場所となる古民家で澪役の山﨑さんと一緒に寝泊まりしていたので、町に馴染んでいく感じがありましたし、熊野がとても好きなので、あの町で生きられたことがすごく幸せで豊かな時間でした。そこで生まれたわけではないけれど、故郷のように思える安心感があったし、またきっと懐かしくなるんだろうなと思える、すごく好きな場所でした。


山﨑:私も一言で「好き」と言える場所です。私は澪を演じてみて、熊野でなければダメだという感覚がすごくありました。本当に空気が美味しいし、自然も豊かな場所で、海も荒れたり夜怖いときもあるけれど雄大で、心にすごく大きなものをもらえたと感じています。役作りで子役の人と夜一緒に散歩したことがあったのですが、「耳を澄ませてごらん?」と言われてみて、すごく色々な虫の音が聞こえることに気づいたんです。この土地って本当に素敵な場所なんだなと、心から思えました。



■「大切な芸術をつないでいく物語のひとつになれば」(杵村)

―――今日の世界初上映はチケット発売開始早々完売で、上映後も若い観客がロビーで歓談している姿を見て、胸がアツくなりました。SNSの宣伝も非常に力を入れておられ、オ本作がミニシアターデビューするきっかけになった人も、今日だけでたくさんいるのではないかと思います。大阪芸大は山下敦弘監督や脚本の向井康介さん、撮影の近藤龍人さんなど大学時代に組んだメンバーでその後も日本映画界に大きな足跡を残してきた先輩がおられます。杵村組もそれに続くことを目指せるのではないですか?

杵村:宮川一夫先生をはじめ、大森一樹先生と大阪芸大という小さなコミュニティーではありますが、尊敬できる先生方がたくさんいらっしゃり、その先生方が作った映画を背中と思って、映画を勉強し、心身を育てていただきました。映画って大変だけど、すごく大切な芸術なので、大切な芸術をつないでいく物語のひとつになればいいなと思います。また僕は今3回生ですが、僕らの下にも後輩がいるので、背中を見てもらえるように頑張っていきたいですね。


■「日本の作品を世界に届けられるように、豊かな俳優になりたい」(松本)
「人との出会いを大切にし、相手のことを想像できる人間になりたい」(山﨑)

―――『カフネ』はお二人の初期代表作になると思いますが、今後どのような俳優を目指したいですか?

松本:私は初めて映像作品に出演し、観た人にフィードバックをいただいた経験を経て、もっと映像作品に出たいと思うし、もっと多くの人に届けられるように俳優としてレベルアップしたい。とても燃えました!こうして大阪芸大、杵村組のみんなと映画を作り、お互いにステップアップし、次の舞台で一緒に仕事ができたら本当に嬉しいなと思います。私も役としてもっと深く演じられるように自分を磨いていきたいし、これから日本の作品を世界に届けられるように、豊かな俳優になりたいですね。


山﨑:私も初主演ですし、こんなに長尺の作品に出演したのも初めてでしたが、それだけ役に向き合える時間があったし、それは尊い時間だと思いました。私の中では、俳優というより、こういう人間になりたいという感覚の方が強いです。人との出会いを大切にするし、その人をいろいろな方向から想像できる。私が役として生きる中で、コミュニケーションや人と人とが魂でぶつかり合えたり、人と深く交流する関係を作れるような俳優、人間になりたいです。澪を演じることで、役と話し合って成長していけたし、自分の見えない部分も見えたので、澪との出会いに感謝しています。この映画に出て、より強く一生をかけて人間探求をしていきたいと感じるようになりました。


―――最後に、これから撮る予定の卒業制作について教えてください。

杵村:『人生最高の日』というタイトルの長編で、アイドルの女性とひとりの男性との恋愛模様や、アイドルのチーム内の人間模様を描く予定です。僕の中では、映画は大衆的な芸術だと思っているので、キャッチーな部分と僕が芯に据えているコミュニケーションのこと、その両方を描いていきたいです。

(江口由美)


<作品紹介>

『カフネ』 (2022年 日本 66分)

監督:杵村春希

出演:山﨑翠佳、太志、松本いさな、入江崇史、桜一花

https://www.oaff.jp/2023/ja/program/if02.html

第18回大阪アジアン映画祭公式サイト

https://www.oaff.jp/2023/ja/index.html