「どうして自分だけ愛されないんだろうと思っている人に観てほしい」『愛のゆくえ』宮嶋風花監督インタビュー


第18回大阪アジアン映画祭で、コンペティション部門の宮嶋風花監督作『愛のゆくえ』が世界初上映された。

卒業制作の『親知らず』が「島ぜんぶでおーきな祭 沖縄国際映画祭」のクリエイターズ・ファクトリー部門でグランプリを受賞した宮嶋監督の長編第二作。長澤樹、窪塚愛流という瑞々しいふたりを主演に迎え、複雑な家庭環境に置かれた幼馴染の愛と宗介に訪れる試練と別れ、心の解放を、北海道の雪原や東京を舞台に描く痛切な物語だ。愛の母、由美を演じる田中麗奈や、東京で愛を見守るホームレス男性を演じる堀部圭亮の存在感も見逃せない。『海辺の彼女たち』撮影の岸建太朗が、見渡す限りの雪原に佇む愛と宗介を幻想的に映し出し、長澤、窪塚の表情を鮮やかに捉えている。アニメーション、壁画アートを取り入れながら、宮嶋監督流の映像表現が光る意欲作だ。

本作の宮嶋風花監督にお話を伺った。



■美術表現者として選んだ、映画という手法

―――宮嶋さんが映画監督を志したきっかけは?

宮嶋:映画のことを専門に学んだことはなく、地元の大学で美術系の映像、写真、メディアアート分野を専攻し、美術表現としての映像を作る授業を受講していました。わたしは根っからの美術表現者なので、22年間生きて感じてきたいろいろなことを、どんな表現をすれば伝えられるかと考えた時、映画だと浮かび、初めて作った映像作品が卒業制作の『親知らず』です。この作品が「島ぜんぶでおーきな祭 沖縄国際映画祭」で25歳以下の若手映像作家を対象にしたコンペティション「クリエイターズ・ファクトリー」のグランプリをいただきました。その年(2018年)から、過去受賞者が集まり、商業映画デビューに向けたワークショップを行い、約半年の選考を経て、『愛のゆくえ』を撮らせてもらえることになりました。今、わたしは東京で広告系会社に勤めているのですが、いつまでも夢ばかり追ってはいられないので映画製作は辞めようと思っていたんです(笑)ありがたいことに作る機会をいただけたので、今後がんばっていきたいですし、わたしが今まで経験してきたことをパズルのように組み合わせて作るという方法で取り組んだのが、『愛のゆくえ』になります。


―――暉峻プログラミング・ディレクターがインタビューで「監督にとって切実な問題を題材にして描いた」と語っておられましたが、どのように物語を構築していったのですか?

宮嶋:感覚的に作るタイプなので、過去の自分が会ってきた人たち、中でも死別や、距離が離れてしまい連絡先も知らないなど、もう会えなくなってしまった人たちに想いを馳せて、登場人物に当てはめていきました。ずっと辛い映画だと思いますが、わたしとしては、「こうなったら本当は良かったよね」とか、感謝の気持ちを込めて、脚本を書いていきました。


―――じつはわたしの名前も、愛の母と同じ名前(由美)なので、田中麗奈さんが演じる由美に気持ちを重ねて観ていました。

宮嶋:わたしの母も「由美」なんです。プライベートな話ですが、母親は何年も前に亡くなっていて、映画の製作途中に長年うつ病を患っていた父が後を追うように自殺したので、わたしのキリキリとした思いも映画に映っているのかもしれません。



■名カメラマン、岸建太朗とタッグを組んで

―――それはご自身も辛い中での撮影だったんですね。今回、『海辺の彼女たち』や現在大ヒット中の『Winny』でもカメラマンを務めた岸建太朗さんが撮影を担当しておられますが、その経緯は?

宮嶋:本作のプロデューサー、キタガワユウキさんが『海辺の彼女たち』を手がけておられた関係で、岸さんを紹介してくださいました。お忙しくされていたので、わたしが直接会いに行き、この作品への想いを伝えたら、岸さんから「ぜひやらせてください」と言っていただけて、よかったです。


―――長澤樹さんが演じる愛は、辛い状況に追い込まれますが、北海道の雪原や、東京の川辺など、岸さんのカメラワークが愛を包み込むかのようでした。

宮嶋:祈りや神様を感じるように、例えば左右対照にしたりして画作りをしてくれましたし、光を感じるシーンなど、綿密に決めた部分もありますが、岸さんとは感覚的に分かり合える部分も多くて助かりました。今回、手持ちカメラもありましたが、わたしの過去作品を観て、こういう画作りが好きだろうという部分を掴んでいただいていたようです。わたしは80年代の日本映画が好きなのですが、当時のように三脚を立てて、カメラを固定して撮ったり、ワンカットワンカットが画になる感じに撮ってくれました。



■影響を受けた作家、レオス・カラックスと「カエルの歌」

―――具体的にどんな作品や監督がお好きですか?

宮嶋:伊丹十三監督の『タンポポ』が大好きですし、黒澤明監督も好きなのですが、フランスのレオス・カラックス監督は特にお気に入りです。カラックスは男女ふたりの出会いから別れまでを描く作品が多いですが、毎回ふたりとも社会のはみ出し者で、生きづらそうな感じがぶつかり合う。その感じが好きなんです。


―――本作の愛と、窪塚愛流さんが演じる宗介も生きづらさを抱えたふたりで、カラックス作品の流れを感じますね。

宮嶋:もう一つ、かなり好きな作品に、仏教とキリスト教の要素が入っているアニメーション「輪るピングドラム」があります。絵柄は可愛いのだけど、地下鉄サリン事件の加害者と被害者を描いている社会派作品で、演出はファンタジーなんです。そこにペンギンやカレー、りんごなどちょっと変わったモチーフが出てくるのも気に入っていて、本作に取り入れています。


―――この作品はカエルや「カエルの歌」がいたるところでモチーフとして登場しますが、その意図は?

宮嶋:わたしはカエル嫌いなのですが、ヌメヌメして気持ち悪い世界観を作りたいと思ったときに、純粋にカエルが思い浮かびました。さらにカエルは成長するごとに姿が変わりますが、わたしも親に支配されていた小さい頃の自分は嫌で、大人になってから別の生き物になったような気持ちになれればいいなという想いも込めました。また、カエルの繁殖期にオスガエルが鳴くらしいので、「カエルの歌」を愛の歌とし、輪唱で輪廻転生のように続いていくイメージを作りました。裏テーマとして、負の輪廻は燃やして失くし、良い輪廻だけ残していきたいという想いも重ねています。



■みんなが苦しい中、どうすれば変えることができるかを見つけるために映画を作る

―――子どもの辛さ、親の辛さ、双方とも描いていますね。

宮嶋:前作の『親知らず』は、「親なんて殺してしまえ!」と刺すシーンもあったのですが、今回はそんなに簡単なことではないし、大人になればなるほど、親の大変さがわかるようになりました。わたしも父が長年うつ病を患い、きょうだいが3人いたので母も仕事に専念できず、貧乏な中で生まれ育ったんです。さらに父の姿を見ているのがしんどくて、わたしは義務教育の間、一切他人の前でしゃべることができなかった。また、同世代ですでに子どもを産んでいる友達もいますが、お金のない中、共働きで子どもを育てて、みんな発狂しそうになっている。こんなにみんなが苦しくなるのを、どうしたら変えることができるのだろうと、小さい頃からずっと考えていたし、それを見つけていきたいと思って映画を作っています。


―――愛があまりしゃべらないキャラクターなのは、宮嶋さんがモデルになっている部分もありそうですね。一方、母の由美は個性的な街の人にも自ら声をかけるキャラクターでかつ、愛が同級生からいじめられる原因にもなってしまいます。

宮嶋:愛はわたしを投影している部分がありますね。由美もわたしの母とちょっと似ている部分があります。大学時代の話ですが、当時SNSを賑わせていた、電車内のカップルに独り言を言う「性の喜びおじさん」が、ある日電車内でトラブルになり、男性数名に取り押さえられた形になって圧迫死してしまう事件があったんです。同じ人間なのに、ちょっと変わった言動をしているだけで、笑って差別したり、究極的に殺してしまうというのは、本当に最悪な世の中だと思った。うつ病だったわたしの父も周りの人の目線を気にし、不安を煽るようなものをネット上で目にして命を絶ったのですが、簡単に他人をあざ笑うことで、どんどん人を殺していく。それは嫌だと思い、ストーリーの外側の部分ですが、社会からちょっとはみ出している人を由美が助けるというシーンはどうしても入れたかったところでした。


■相手の想いに共感し、想像する力を養うアートの力

―――東京編では壁画アートをみんなで描くシーンがありますし、愛が美術部で絵を描いたり、前半に家族の背景をアニメーションで紹介したりと、映画とアートが融合している印象を受けました。

宮嶋:小学校の時も、家や休み時間にずっと絵や漫画を描いていましたし、中学からは美術部に、高校からは美術系の学校に行って絵を描いていました。高校受験のとき、絵の先生に言われて心に残っているのが、「デッサンするとき、手元(鉛筆で絵を描く)より、目の方が大事だ」と。目で対象物を観察する時間がとにかく大事だと言われ、そのまま美術畑で育ってきたので、社会に出ると周りの人の気づくところが案外小さいことだと実感します。美術に携わる人は、奥底まで観察できる人が多いし、相手の想いに共感したり、想像したりする力が養われていると思うのです。それが最近の若い人から失われている力のような気がするので、アートに今まで触れたことがない人に触れてもらえるきっかけになればと、今回映画の中にも取り入れてみました。


―――やはりスマホで大量の情報に日々触れる習慣が、じっくり時間をかけて鑑賞するという習慣を遠ざけているのかもしれませんね。

宮嶋:しかも、彼らはよくわからないものは、スライドして飛ばしてしまう。一方、美術館に行く習慣のある人は、よくわからないものの前で何分でも対峙していられるし、アートを人に置き換えると、対峙する姿勢は本当に大事なことだと思うんです。



■「あなたはあなたのままでいい」と受け止められる人間でいたい

―――愛のことが気になって仕方がない宗介ですが、モデルはいるのですか?

宮嶋:わたしが今までお付き合いしてきた人を全部まとめて一つにしたキャラクターです(笑)特に大学時代にお付き合いしていた人は、家庭事情が複雑で、今も貯金がマイナスな状態なので、だいぶん情緒が不安定になってしまう。その様子をずっと間近で見ていて、これは大変だと思う一方、その状況を改善させるのは簡単なことではないと悟ったのです。わたしができるのは、彼のような悩みを抱える人を減らすこと。つまり、宗介のように周りをつい傷つけてしまうジャックナイフのような人がいたなら、愛のように「あなたはあなたのままでいい」と受け止められる人間でいたいという願いを込めて、描いていきました。


―――長澤樹さん、窪塚愛流さんそれぞれには、どんな演出をしたのですか?

宮嶋:最初お会いしたときに、(長澤)樹さんは既に愛のような雰囲気を持っていたんです。達観している一方で、わたしと共通しているものがあるという感覚がありました。演技の細かい設定を共有しつつ、わたしのバックグラウンドも共有して、ふたりに役を作ってきてもらいました。(窪塚)愛流くんも本当にまっすぐな人で、ふたりともわたしの言ったことの裏にある気持ちや感情を読み取ってくれるので、一緒にできて良かったです。


■雪景色の中で抱く、時間を超越した感覚を取り入れて

―――そのおふたりが登場する冒頭や後半の雪のシーンが非常に印象的でした。故郷の北海道での撮影は最初から決めていたのですか?

宮嶋:4年ぐらい脚本を書いていたのですが、それまでは6月ぐらいの設定で、予算的にも北海道で撮るのは難しいと思っていたんです。企画が動き出すことが決まったときに、プロデューサーが「冬の北海道で撮りましょう」と言ってくれたので、即決しました。地元の人には、1月の撮影は命を捨てるようなもので、そんな(撮影)組はいないぞと言われましたが(笑)


―――寒さに耐えて撮影した甲斐のある、幻想的な映像でした。

宮嶋:雪景色の中にいると、今の時間や、自分がどこにいるのかわからなくなる感覚があります。過去か現在か未来なのかもわからなくて、もう母はいないのに「帰ったら、お母さんが作ってくれたご飯があるな」と思ったりすることもある。急に大学生だった自分が小学3年生ぐらいに戻った気分になったり、雪景色でのそういう体験が面白いんです。映画の中にもそういう感覚を取り入れています。


―――ありがとうございます。最後に劇場公開に向けて、メッセージをいただけますか。

宮嶋:たくさんの方に観ていただきたいですが、特に心の居場所がないと感じたり、生きているのが辛いとか、どうして自分だけ愛されないんだろうと思っている人に観ていただきたいです。何か、ヒントになるようなものを残せたらと思いながら、ずっと作っていましたので、一つのシーンでもみなさんの記憶の中に残るものがある映画になっていれば、嬉しいですね。

(江口由美)



<作品紹介>

『愛のゆくえ』 (2023年 日本 88分)

監督・脚本:宮嶋風花 撮影・共同脚本:岸建太朗

出演:長澤樹、窪塚愛流、林田麻里、兵頭功海、平田敦子、堀部圭亮、田中麗奈

©愛のゆくえ