「あなたはどう思っているのか」と問いかけたい 『過去負う者』舩橋淳監督、出演の辻井拓さん、久保寺淳さん、田口善央さん、峰あんりさんインタビュー


 第18回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門で世界初上映された舩橋淳監督最新作、『過去負う者』が11月10日(金)より出町座、11月11日(土)より第七藝術劇場、元町映画館にて公開される。

舩橋淳監督が、前作『ある職場』に引き続き、ドキュフィクションという手法で元受刑者の社会復帰にフォーカスし、多彩な視点での群像劇を構築。様々な罪状の元受刑者をはじめ、元受刑者のための就職情報誌「CHANGE」編集部で社会復帰の支援活動をしているスタッフたち、その雇用主たち、被害者家族、地域の住民と、他人事ではないと思わせるシチュエーションや彼らの葛藤に触れながら、さまざまな問いを突きつけられる。いつまで過去を断罪するのか。心の中のバリアを取り払うことができるのか。そして自分自身の弱さや加害性も見つめることになるだろう。

 舩橋淳監督と出演の辻井拓さん、久保寺淳さん、田口善央さん、峰あんりさんにお話を伺った。



■社会の無意識を描き続けて

―――『ある職場』のキャストと再びタッグを組み、新たなテーマにチャレンジされましたね。テーマ設定の経緯は?

舩橋:アングルが二つあります。一つは内容的な部分、もう一つがキャストたちみんなで育ててきた実践的な部分です。まず内容的な部分ですが、僕は「時代の無意識」をずっと撮り続けてきました。東日本大震災後のエネルギー問題について考えるドキュメンタリー『フタバから遠く離れて』『フタバから遠く離れて 第二部』、表面的にはアイドルのドキュメンタリーですが女性の商業的搾取について考えさせる『道頓堀よ、泣かせてくれ! DOCUMENTARY of NMB48』、そして前作の『ある職場』はセクシャル・ハラスメントを題材に、その根底にあるジェンダー不平等を描きました。社会の根底にある無意識、つまりみんながなんとなく気づいているけれど、言葉にできていないことを描いてきたのです。


―――確かに、題材は違えど、根底に流れているのは社会の無意識ですね。

舩橋:次に取り組むべきものは何かと考えたとき、自己責任社会だと思いました。日本社会の生きづらさが渦巻く中、自分のことは自分でやりなさいというのは、あなたのことは関係ないと突き放すことでもあります。「社会の不寛容」と言うと硬い言葉になってしまうけれど、観客の中で腹落ちするような、具体的で日常的なレベルまで落とし込んでいく話をなんとかつくれないか。そう考えて色々調べたところ、ネット社会になり誹謗中傷が加速的に増す中で、過古に罪を犯した人、法的に有罪となった人だけでなく、人が過古に他人を傷つけるような言動をした後、やり直すことが難しい社会になっている点を描くべきと考えました。


―――元受刑者専門就職情報誌を作り、支援する人たちについて描かれるのも新たな気づきになりました。

舩橋:受刑者専門の「Chance!!」という就職情報誌があることを耳にし、取材させていただきました。『ある職場』のときは、実際のセクハラ事件の被害者の方、加害者の方にお話を伺い、フィクションにしていったのですが、今回は「Chance!!」編集部や、そこに関わっている方々にお話を伺い、そこから元受刑者の方々に繋いでいただいて取材した内容をヒントに、フィクションを構築していきました。



■心の中のレッテルを取り、過去を背負ってしまった人に向き合うことができるかを問いかける

―――フィクションにする上で、心がけた点は?

舩橋:どういう状態になったら自分は罪を犯してしまうのだろうかと考えたとき、僕が元受刑者の方などにインタビューをする中で自分もやりかねないと思うことが多かった。それまで一般市民として生きてきたごくふつうの人が、経済的に追い詰められたり、精神的に追い詰められたら犯罪に手を染めてしまう。生い立ちや家庭環境、教育環境などを含む社会環境が人を追い詰めてしまう。作品中に「個人の資質ではない」というセリフがありるように、個人を追い詰める環境の悪を描くにはどうすればいいのかを考えていました。そのために一人ひとりの前科者のことを自分ごととして捉えられる方法、例えば、ヤクザだから悪いことをやるとレッテル貼りをするのではなく、一度過去を背負ってしまったなんでもない普通の人に向き合うことができるか。それが映画の根底的なテーマになると考え、取り組んできました。



■「あなたの笑顔が見たい」元受刑者とサポートする側の関係性の変化

 ―――元受刑者や就職支援をする立場の人、元受刑者の中でも再犯をしてしまう人もいれば、なんとか踏みとどまる人もいます。キャラクター毎に様々なせめぎ合いを見せる群像劇から、この社会について考えさせられます。キャストの皆さんは、どのように役作りをしていったのですか?

辻井:最初この企画を渡されたときは、どの犯罪歴の役を演じるかをそれぞれ決めていったのですが、僕の演じた田中(ひき逃げによる殺人罪で10年服役)は、中華料理店で働いていることは決まっていたけれど、どういうキャラクターでどんな話をするかは何も決まっていない状態でした。最初はみな、自由に自分の役を演じていたと思うのですが、次第に舩橋監督の中でそれぞれのキャラクターの方向性が決まってくると、被害者の方と面会するシチュエーションが追加されたり、僕自身が考えていたキャラクターと、どう擦り合わせるかが大変でした。


―――職を紹介した就職情報誌「CHANGE」の藤村は、なんども職場で喧嘩する田中を見放さずに寄り添い続け、信頼関係が築かれていきます。

辻井:田中は、本当は何もしていないのに騒動があると、すぐ疑われてしまうタイプです。基本的に他人には心を開かない。自分が責められないように、こちらから相手を責めるような人間です。そういう彼を受け止めてくれる人はなかなかいないけれど、なぜか就職を斡旋した藤村は自分のことを分かろうとしてくれた。彼自身もそういうことがわかってきて、少しずつ心を開いていきます。なんか一言では表せない変な関係でしたね。

久保寺:しつこかったでしょ(笑)。サポートスタッフの藤村を演じましたが、最初はそこに通う元受刑者のみんなのことを公平に見ていたんです。職場によって担当者がわかれるので、次第に自分の担当する人に深く関わっていくのですが、その中でも(田中)拓が一番危なっかしかった。我慢しきれず、すぐに切れそうになるし、どう接したらいいのか一番取っ掛かりがなかったので、どんどん気になっていくのです。最終的には元受刑者とサポートする人という関係から、もう少し心の距離が近いような不思議な感覚になりました。とにかく「この人の笑顔が見たい」と思ってずっと演じていたのですが、なかなか笑顔にできなくて…。

辻井:そんな簡単に心を開かないぞという強い想いはありました。


■三隅の行動理念を探求、自分と元受刑者の間の線引きがなくなった

―――田口さんは、前作『ある職場』では軽いノリで不倫関係をつづける役でしたが、今回は女児への性加害で実刑を受けた三隅の役でした。再犯しそうになる自分と葛藤するシーンもありましたが。

田口:基本的には脚本はなく、シーンごとの流れを渡されて用意スタートで我々が演じるという撮り方です。リハーサルもなく、一回一回がぶっつけ本番というのが、『ある職場』と『過去負う者』の特徴的な撮り方です。だから目の前の相手から出てくるものをリアルに受け取り、その場で生まれた感情をリアルに表現する。でもそれは自分ではなく、三隅として感じなくてはいけない。

 では、三隅が小さい女児に対し準強制わいせつ罪を犯してしまったのは何が原因だったのか。何がきっかけでその性癖になったのか。その根本的なところから追求していき、彼の行動理念や、彼がこういうことを言われたらどんな対応をするのかを理解する必要がありました。三隅がどんな男なのかを理解するのが難しかったので、関連する裁判の傍聴に行ったり、元受刑者の更生に関する記事を読んだり、刑務所の中の様子を映し出した海外ドキュメンタリーを見たりして、三隅のことを自分なりに掘り下げて考えてみたのです。

 そこで感じたのが、受刑者の人は、本当に自分の周りにいそうな人たちがほとんどだということ。自分たちと変わらないような人たちが刑務所に入っているのを見て、どこかそうなんだと腑に落ちる瞬間があり、そこから自分と元受刑者の間の線引きがなくなり、はじめて三隅に近づけた気がしました。


■他人事ではないと思い、役に挑む

―――峰さんが演じた元受刑者は、放火犯でした。

峰:わたしが放火した元受刑者を演じるにあたり、舩橋監督から「放火は力の弱い人がしてしまいがちな犯罪」と言われました。『ある職場』ではどちらかといえば強者の役を演じたのですが、今回はとことん弱い立場の女性で、家庭環境に恵まれず、自分の気持ちを受け止めてくれる人がいなかったという設定にしました。孤独な彼女が、職場で出会った人を好きになるけれど裏切られてしまったというのはとても辛いし、その瞬間の感情で罪を犯してしまった。実際の放火事件の資料を調べたり、自分が恋愛や人間関係ですごく傷ついた体験を思い浮かべ、他人事ではないと思いながら役に挑みました。最後のシーンは辛すぎて、早く帰りたかったです(笑)


■「あなたはどう思っているのか」と問いかける映画に

―――藤村が元受刑者たちと取り組んだドラマセラピーの演劇を、実際に一般の観客の前で演じるシーンは本作の見せ場であり、新たに観客という第三者の視点が加わって、彼らの意見が今度は映画を観ている側の心を揺さぶります。

舩橋:受刑者を描いた映画はたくさんありますが、キーとなるのはそれを社会がどう受け止めるのかを描くことだと思います。元受刑者が頑張って更生する姿を描く作品だと、それに心を寄せるのは「そういう人たちも頑張っているんだな」と思うだけの事象ですが、もう少し大きな事象で「あなたはどう思っているのか」と問いかけたい。「もし元受刑者があなたの隣人であったら受け入れられますか?」と。そこで本音をぶちまける空間として演劇空間を入れました。特に公演後のQ&Aのシーンで、元受刑者たちは社会の本音にぶち当たります。『ある職場』も職場の仲間と旅行に行き、お酒を飲みながら、セクシャリティについて男も女もどう思っているかという本音をぶちまける空間がありました。


―――聞いていて怒りがこみあげたり、反論したくなったり、心揺さぶられるシーンでした。

舩橋:今回、建前上では「元受刑者を受け入れてあげないといけない」と言いながら、例えば自分の子どもの結婚相手や隣人など、それぐらい近いレベルでならどうしますかと問いかける映画を作ろうと。映画の最初からクライマックスの演劇空間を見せると、見る人はみんな観客側についてしまうので、前半に出所者の人生、ストーリーを見せていき、頑張っているし、いいヤツかもしれないと思わせ、そちらに感情の軸足をおいたまま、演劇上演後のQ&Aで本音を浴びせるようにしました。世間の厳しい意見の中で、実は自分も同感かもしれないという世間側の意見に出会ったとき、みなさんの脳裏に元受刑者を支えるのか、それとも彼らを認められないのか、というアンビバレントな感情が生まれ、混乱すると思うのです。そういう混乱状態を映画で作り上げようとしました。




■腹の底で思っていることをベースに演技表現するオーセンティック・ウィル・アプローチ

―――受刑者たちと支援者、もしくは支援者の中での温度差など、それぞれの立場での葛藤がぶつかり合ったQ&Aのシーンのセリフもそれぞれから自発的に出たものですか?

舩橋:僕はオブジェクティブというアメリカの演出家ジュディス・ウェストンの演技アプローチを取り入れています。久保寺さんが話した「拓の笑顔が見たい」というのは彼女が腹の底で思っていることですが、自分たちの生きる目的(オブジェクティブ)をみんなで話し合って決めました。セリフは決めないけれど、腹の底でこうしたいという意志は決まっていて、それをベースに発話します。このアプローチを僕は、オーセンティック・ウィル(生きる意志)と呼んでいます。俳優たちは、一瞬一瞬をどう生きるか、腹の底ではわかっている。みんな自分の意志で生きていて、だからこそQ&Aのバトルシーンは、目の前で起きていることに対する苛立ちやフラスレーションを生きたリアクションとして表現し、中には泣き出す人もいるような生々しいシーンになったんです。


―――元受刑者と観客、それぞれの想いだけでなく、藤村のような支援者や被害者の視点も取り入れており、様々な立場の意見がバチバチと火花を散らす。自分の中の認めたくないような感情にも気付かされました。

舩橋:元受刑者を支える人たちの葛藤も見えてきます。三隅を信じられないと対立する支援者の若い女性がいましたが、あれはまさに更生関係で働いている若手に多い現象だそうです。頭では支えたいと思っているけれど、生理的に相手のことを受け入れるのが無理で、絶対更生なんてできないだと思ってしまう。映画の後半は、心と頭が対立して、しんどくなってしまい辞めてしまうという支える側の葛藤になっていきます。



■よくこんなセリフが出てきたなと思う、集中力の積み重ねでできた作品

―――ありがとうございました。最後に出演者のみなさんに、本作で元受刑者や支援者役を演じることによって、どんなことを感じたか教えてください。

辻井:『ある職場』劇中のディベートのように、話し合いの中から生まれていく物語や内容ではなかったので、俳優一人ひとりがそのシーンでどういうセリフを口にするかによって、内容が大きく変わってくるという状況でした。実際に映画を観ると、自分も含めて、みなさんもよくこんなセリフが出てきたなと思うし、そんな集中力の積み重ねで生まれた作品です。

田口:この内容なので、演じ終わった後はみんな心労でヘトヘトになってしまう。一方、前作以上に、役として生きるというのはどういうことなのかが、自分の中でちょっとだけ分かったという手応えもあり、しんどいけれど楽しい現場でした。

峰:自分自身の生活においても、ここまで追い込まれることはなかったので、とても貴重な経験をさせていただきました。ご覧になっている方も登場人物やドラマセラピーの観客など誰かに気持ちを重ねながら、一緒になって考えていただける映画だと思います。楽しんで!という映画ではありませんが、ぜひ、ご飯をしっかり食べてから観ていただければと思います。

久保寺:長編映画でここまで俳優が主体的に関われる現場は初めてでした。ストーリーをどう作るかというときにわたしがドラマセラピーの本を読んでいたので舩橋監督にお話したところ、それがきっかけで作品中の重要な要素として取り入れられましたし、監督がしっかりと手綱を握っているのはもちろんですが、一緒に作ったという実感や愛着のある作品になりました。また、即興で演技をするとなると、前もって準備をしてしまう心配がありましたが、役作りをそれぞれがきちんと行い、その役としてその場に存在し、相手と向き合うとセリフが自然と出てくる。事前には想像もつかないようなことが、自分の口から出てきて自分でも驚きました。そんな経験は初めてで、とても楽しかったですね。

(江口由美)


映画「過去負う者」とは

「フタバから遠く離れて」「ポルトの恋人たち」「ある職場」の舩橋淳監督最新作!

人はどこまで過去を背負い続けなければいけないのか?

自己責任社会のハラワタを刳るドキュ・フィクション



出演:辻井拓/久保寺淳/紀那きりこ/みやたに/田口善央/峰あんり/平井早紀/満園雄太/伊藤恵/小林なるみ/木村あすみ

2023年 / 125分 /カラー/ 16:9 / DCP

ひき逃げによる殺人罪で10年服役して出所した田中は、中華料理屋で職を得たもののトラブル続きだった。彼に職を紹介した就職情報誌「CHANGE」の藤村は、社会の差別と不寛容に苦しむ前科者を目の当たりにし、アメリカの演劇による心理療法・ドラマセラピーを始める。元受刑者5人と稽古を重ね、舞台『ツミビト』を公演するまでに至るのだが、初日の観客の反応は全くの予想外だった…。

現在、再犯者率はEU諸国で平均25−30%、日本では50%に達している。この国の自己責任社会は「やり直しのできない社会」を生んでいる。実在のセクハラ事件に基づいた前作『ある職場』(2022)のキャスト・スタッフ陣とともに、舩橋淳は新たな社会問題を活写。人はどこまで過去を背負い続けなければいけないのか。

11月10日(金)より出町座、11月11日(土)より第七藝術劇場、元町映画館にて公開。

※11月11日(土)、11月12日(日)に3館にて監督、キャストの舞台挨拶予定