「1ミリも堅苦しくない感じでやれればいい」 自由な発想で亡き友人と出会う天国を描く『天国か、ここ?』いまおかしんじ監督、出演の河屋秀俊さん、武田暁さん、水上竜士さんインタビュー

 第18回大阪アジアン映画祭で、3月16日、コンペティション部門のいまおかしんじ監督作『天国か、ここ?』が世界初上映された。 

『れいこいるか』のスタッフ、キャストが再集結し、島根県出雲市の海辺に、いつの間にか林由美香、上野俊哉、伊藤猛、江利川深夜、鴨田好史と、いまおかしんじ監督の今は亡き旧友たちがわらわらと出てくる。そんな彼らに出会う旅をふわふわと軽やかに、愛嬌と哀愁を込めて描いた自由なスピリッツに溢れる作品だ。

本作のいまおかしんじ監督、出演の河屋秀俊さん、武田暁さん、水上竜士さんにお話を伺った




■亡き旧友、川島伸夫さんのことを映画に

―――阪神淡路大震災で被災し、幼い娘を亡くした夫婦のそれからを描く『れいこいるか』(OAFF2020)にて、川島伸夫さん、林由美香さん、上野俊哉さんら、もう会えない人たちへの追悼の意が込められていることをパンフレットの監督コメントで書かれていたので、いよいよ本人たちが役で登場する映画を撮られたのかと感銘を受けたのですが、いつごろから構想していたのですか?

いまおか:『れいこいるか』に主演した河屋秀俊さん、武田暁さんのふたりで、また新しい作品を何か作りたいという気持ちがありました。河屋さんが演じた主人公の川島伸夫は、僕の大学時代の映画研究会の先輩で、彼が40歳のとき実家のある島根で亡くなったので、ずっと形を変えながら彼のことを映画にする試みはしていたのですが、もしかしたらこのふたりで、川島さんのことを映画にしてみたら良いのではないか。そこから、今回は彼が練炭自殺をした場所を映画に残したいと思い、島根での撮影を決行することになりました。


―――映画は天国感が満載でしたね。

いまおか:パッとタイトルが出てきたんです。「天国」ということにしようと。僕の周りで死んだ人が出てきて、リアルなキャラクターではないのだけれど、主人公が次々とそんな人たちに出会っていく話にだんだんとなっていきました。


―――次から次へとお酒がでてきて、みんなほろ酔い気分でふわふわ、ゆらゆらしていたので、こんな天国だったらいいなとちょっと思いました(笑)

いまおか:道にお酒が落ちていますからね(笑)



■とにかくやっちまえ!的撮影の舞台裏

―――この構想を監督から明かされての感想は?

河屋:最初はもうちょっと登場人物も多かったし、両親の設定もあったのですが、最終的にはとてもシンプルで、こんなに変わるのかとびっくりしました。


いまおか:島根で撮ることは決めていたけれど、天国の話であることを設定として最初から明確にしようと決めたのはもっと後でした。最初は河屋さんと武田さんを兄妹役にして、オーソドックスな家族の話を考えていたんです。


武田:ちゃんと家の中で芝居ができる設定でしたし(笑)最終的な脚本も外で撮るという設定ではなくて、全部外で撮影すると監督が決めたのは、撮影間際でした。


河屋:全編ワンカットで撮るという構想だったので、プレッシャーが半端なくて。セリフがちゃんと入るかなと(笑)


武田:でも結局カットを割ってしまって…。

いまおか:カメラマンに「それはちょっと止めてくれ」と言われて、ダメでした。


―――全編、外での撮影に決めた理由は?

いまおか:島根は遠いので、部屋を借りたり、撮影のための準備も間に合わない。できるだけパッと撮らなければ成立しないと思い、その条件で撮影するなら海しかないと(笑)


武田:ゲリラ感しかなかったです(笑)


いまおか:映画で何がちゃんとしているか、映画として成立するかなんて分からないし、チャレンジしたいじゃないですか。だから、とにかくやっちまえ!という気持ちはありました。


■個人的な関心と、体に染み付いた尺の感覚

―――ロケーション以外で実験的な試みは?

いまおか:最初は全部ワンカットで撮ろうと思ったのですが、それはなかなか難しかった。結局終わってから「千葉の海でも良かったんじゃないか」と思わなくもなかったけれど、島根に行って、その場所を撮るというのは譲れなかったところです。僕の祖父母の出身が出雲で、海水浴場に子どもの頃によく行っていたので、そういうところも撮っておこうかと思ったり、どんどん個人的な関心に寄っていましたね。


―――今回はコンペディション部門出品作の中では一番短い61分です。コンパクトにまとまっていますね。

いまおか:物語の時間もあまり考えずに作った結果、61分になったのですが、もともと僕が撮っていたピンク映画もそれぐらいの長さだったので、結果的に僕の体に染み付いていた感覚の尺になりました。



■いまおか監督の「踊ってください」に試されて

―――暉峻プログラミング・ディレクターはインタビューで本作の俳優たちの身体能力の高さを評価しておられました。

水上:僕は上野俊哉役でしたが、リハーサルのときに「踊っていてください」というところからはじまり、「(河屋さんが演じる)川島と出会ったらダンスしてください」と言われたんです。これは、いまおか監督に役者として試されているんだなと思いました。


河屋:(冒頭で)僕が登場するシーンも、最初は「歩いてくる」だけでしたが、なぜか監督に「じゃあ、踊ってください」と言われて、あっ、きたなと思いました。そこから自分の恥ずかしさをさらけ出し、ドジョウすくいの踊りを混ぜながら踊ったつもりなのですが。


水上:いまおか組は初参加ですが、いまおかさんの作品は突然リクエストが出てくるイメージがあります。


武田:リクエストがないときは「何か違うのちょうだい」と言われ、「もっと違うのを」と、テストがいっぱいあるんです。こちらは、もう出すものなんてないと思うのだけど、「もうちょっと、違うのをやってみようか」とこちらも必死です。


河屋:リクエストを出されたら負けだと思うので、こちらから先に「こうきたか!」と思わせる動きを出したいですよ。ジーン・ケリーやフレッド・アステアの高いジャンプやステップも入れてみたんですけど、あまりきれいにやりすぎても合わないし、塩梅が難しい。


武田:ラストのあたりで踊るのも、身体的なダンス表現になると「ダンスをやっている人みたいなのは要らないから」と、もうちょっとふざけた感じでと指導されました。


―――酔っ払いのフラフラ感を出すのも大変だったんですね。海辺で将棋をしているシーンもなぜか天国っぽかったですね。天国では酔っ払わないんだというルールもあったり。

いまおか:誰も天国に行ったことがないから、その辺のルールは自由でしたね。



■死んだ人のことを受け入れるための設定

―――実際に演じてみて、天国にいるような気持ちになりましたか?

水上:踊りが続いていき、全員が踊っているということで天国を表しておられると思うのですが、監督がおっしゃるように誰も天国に行ったことがないので、今の日常と同じような部分もあるのではないかと錯覚させられているような気持ちになりました。砂浜で浴衣を着たふたりが登場するくだりは、とても演劇的な発想が含まれていて、イメージの世界を平気でリアルに映し出そうとする監督なんだなと、出来上がった作品を観て驚きました。


河屋:妻・麻由子の元夫・猛役の川瀬陽太さんと芝居をしていたとき、亡くなった伊藤猛さんと直に話をしているわけではないけれど、どこか死んだ人と話をしている気配が伝わってきました。生前のことを後悔する言葉を川瀬さんが口にしたとき、こちらも涙が出そうになって、死んだ人と通じ合うというのは、なかなかできない体験をさせてもらいました。


武田:川瀬さんは亡くなった元夫で、わたしが演じる麻由子と直接関わっていた人なので、他のシーンにも共通して言えることですが、こうやって会えるのなら死んでもいいかなという気持ちになりました。普段は考えたことないので、もし天国に行った人と会えるなら、こんな風に思うんだという発見もありました。別の視点で見ると、いまおかさんが死んだ人のことを受け入れるための設定なのかなという感じもすごくしましたね。通常はとても辛いのだけど、こういうふうに出会えるなら死んでいてもいいとか、そういうことを模索されているのかなと思いました。


いまおか:もし、川島と今、出会ったらという話ですから。川島が亡くなった当時はどうしても僕の中で納得いかなかったんです。僕は映画を作ることで、そういうことをなんとか受け入れようとしているのかもしれません。そういうことは、ものづくりをやっている底辺に流れているし、今回はそれを前面に出してやりました。でもあまりかた苦しいのは得意じゃないので、1ミリも堅苦しくない感じでやれればいいかな。それしか僕はできない。苦笑ではじまり、苦笑で終わるみたいなものをね。


―――物語が進み、最後は今の夫、元夫と妻の3人が勢ぞろいし、海もグレー色になって、作品のトーンもやや変化していきます。

いまおか:あの辺になると、踊るの忘れてたよね。武田さんはずっと「イーッ」て言ってだけど。


武田:映画の最初、登場するシーンで、「人間じゃない何か、あるかな」と言われて、キターッて(笑)『れいこいるか』以降のいまおかさんが関わっておられる作品を見たら、みんな鳴き声を出す演出があるので、きたなーと思って、ウミネコぐらいでいきましょうかということで、最初からずっとカモメのつもりでやっていましたね。


いまおか:みんな、イキイキとやってたよね。


武田:酒盛りの踊りをはじめ、突然の温泉設定では、長回し前提で着替える時間がないから、服の上に浴衣を着ていたのですが、結局川瀬さんとのシーンとも重なっていたので、それぞれのシーンが写り込んでいるんです。



■彼らがいたと伝えることが、映画にはできる(いまおか)
死への準備をやっていく映画(河屋)
日々の小さいことを大事にしたいとより思えるように(武田)
決してネガティブな発想を持たない世界観がある映画(水上)

―――自由な精神で作った作品であることが、撮影秘話からよくわかりました。ABCホールでの上映を前に、今はどんなお気持ちですか?

いまおか:川島のことをどこかで思い出したいという個人的な理由で作った映画ですが、伊藤猛さんは『つぐない』(OAFF2014)で大阪アジアン映画祭に一緒に来ていますし、林由美香さんにしろ、みんな僕にとっては戦友みたいなものなんです。ご覧になった方は、誰だコイツと思うかもしれませんが、少しでも興味を持っていただけたら、調べてみてもらえれば嬉しいし、彼らがいたんだよということを伝えることが映画にはできると、勝手に思っています。「誰だ、コイツ」みたいなことでいいと思うんです。


河屋:天国みたいなところに行って、死んだ人と会っていくというのは、川島という役と僕自身がリンクしたような感じで、死への準備をやっていく映画のような気がしましたね。


武田:死ぬというのは受け入れがたいことですが、何を思い出すのかなとか、誰に会いたいと思うかなと、この映画を観て考えてみてもいいかもしれません。思い出すことはすごくたわいもないことで、それが大事なこととして残るし、日々の小さいことを大事にしたいなと、より思えるようになりました。


水上:映画の中の出会いは感情的になっていくものですが、決してネガティブな発想を持たない本作の世界観があります。僕らが見たことのない天国が映し出されているのなら、死ぬことはあまり怖くないと思ったり、酒飲んで楽しくやっていけるような世界が待っているのかなと錯覚させられる。そんな気持ちになりました。これから誰かと別れがあって、その時は辛くても、尾を引きすぎることはないだろうという気持ちになれる作品ではないでしょうか。

(江口由美)



<作品紹介>

『天国か、ここ?』(2023年 日本 61分)

監督・脚本:いまおかしんじ 出演:河屋秀俊、武田暁、平岡美保、川瀬陽太、水上竜士