「お互いの存在に気づき、助け合って生きていく関係を感じてほしい」 コロナ禍の香港で生きる人々を描く『星くずの片隅で』ラム・サム監督、アンジェラ・ユンさんインタビュー


 香港アカデミー10部門ノミネートをはじめ、大阪アジアン映画祭2023ではコンペティション部門に出品、観客から大きな支持を受けた香港映画『星くずの片隅で』(原題:窄路微塵)が、7月14日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、までシネ・ヌーヴォ、8月18日(金)よりシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、アップリンク京都にて全国順次公開される。

 監督は、『少年たちの時代革命』(21)で共同監督を務め、本作が単独長編デビュー作となるラム・サム。老母を支えながら清掃業を営むザクを、人気シンガーソングライターでもあるルイス・チョン、シングルマザーのキャンディを『宵闇真珠』(クリストファー・ドイル監督)でオダギリジョーと共演したアンジェラ・ユンが演じ、コロナ禍で生きる市井の人を切なくも鮮やかに表現。コロナ禍における女性の貧困に目を向けながら、娘のために奮闘するキャンデイと彼女を雇ったザクとの関係性の変化や、突きつけられる厳しい現実を丹念に描いている。

 骨太な社会派作品に挑んだラム・サム監督と、アンジェラ・ユンさんにお話を伺った。



■コロナ前から構想していた清掃業で働く人の物語

―――ラム・サム監督は『少年たちの時代革命』(21)では共同監督を務めていますが、本作の脚本も2018年ごろから書かれていたそうですね。

ラム監督:2018年に『星くずの片隅で』の企画を立てて準備を進めていたのですが、クランクインがいつできるか分からない状況のなか、2019年に民主化デモが起きました。当時の自分が撮りたかったのはデモの状況だったので、『少年たちの時代革命』の企画も同時並行する形になりました。その後、世界中がコロナ禍に陥ったことから、『星くずの片隅で』の脚本もコロナの状況を取り入れるものに変更していったのです。実際に『少年たち〜』がクランクアップしたのが2021年11月で、半年後の2022年5月に『星くずの片隅で』がクランクインしました。


―――2018年の企画当初から、主人公の経営者ザク(ルイス・チョン)は清掃業の設定だったのですか?

ラム監督:企画当初から清掃業で働く人を想定していました。今まで映画で清掃業があまり描かれてこなかったし、夜、誰もいない食堂や事務所で、ひとり孤独に清掃作業を繰り返していくのは、とても映画的なシーンだと思うのです。清掃業はゴミを処理し、いろいろなところを綺麗にしていく仕事ですが、その従事者自身もシリアスな問題を様々抱えています。でも彼らが抱えた問題は誰も掃除してくれない。そういう二面性にも惹かれました。



―――日本でもコロナ禍では女性の非正規労働者やシングルマザーが窮地に追いやられた現状がありましたが、本作でもアンジェラさんが演じるキャンディはその現実をリアルに投影できるキャラクターですね。

ラム監督:香港でもコロナ禍で本当に多くの人が職を失いました。飲食店が閉まってしまう一方で、清掃業など日頃若者たちから敬遠されているような職種に就く人も増えていったのが現状です。自分の生活の範囲の中で、自分の能力を活かしてどのように生き残っていくかをテーマにしている作品なので、仕事を選ばずに前向きに頑張っていく価値観を打ち出したいという思いがありました。キャンディも自分が勤めていたカフェで働けなくなり、ザクに雇われ、なんとか頑張って娘との生活を立て直そうとするのです。



■一番大事なのは、シングルマザーのキャンディと娘との関係

―――本作の脚本を読んだときの感想や、演じたキャンディ役についてどのように理解して演じたのか教えてください。

アンジェラ:キャンディ役のオーディションを受けに行ったとき、3シーン分の脚本しか渡されなかったので自分なりに考え、カラフルな衣装で臨みました。その後、脚本全体を読んだとき、この映画で一番大事なのはシングルマザーであるキャンディと一人娘との関係だと感じました。この作品はドラマチックなことは何も起こりません。日常の話を積み重ねていくので、リアリティーがとても大事です。だから娘とのシーンは実際に母娘であるように見えるようにしたいと思い、娘役の役者さんと交流を重ねてふたりの関係を作っていきました。キャンディ母娘の関係をしっかりと見せることができれば、映画自体が良くなると思ったのです。


―――なるほど。映画は最終的に自分を雇ってくれたザク(ルイス・チョン)との交流や、金銭的に苦しい生活を強いられる姿も描かれますが、キャンディのカラフルで工夫したファッションが映画自体にファンタスティックな雰囲気すら与えていました。アンジェラさん自身のアイデアも活かされているのでしょうか?

アンジェラ:香港ではお金はなくても個性的なファッションを楽しみたいと旺角(モンコック)で服を買い揃える、あまり教育を受けていない若者世代があり、彼女たちのファッションを参考にしました。わたしが演じたキャンディは、香港の伝統的な母親像には当てはまらない、エキセントリックなところがあります。だからアクセサリーもわざとミスマッチなものを合わせ、今まで描かれてきた母親像とは異なる感じを表現しました。キャンディは高級ブランドものを買うお金はありませんが、それでもファッションで個性を出したいし、自由に生きたいと願っている女性です。



■生存するための葛藤を表したシーンとは?

―――キャンディは盗み癖があり、自分自身と常に葛藤していますが、監督とどのように人物像を構築していったのですか?

ラム監督:一般的に盗みは良くない行為ですが、キャンディにとっては娘のため何かを盗むのは、生存することが一番大事だと思っているからです。彼女の葛藤を表現するために、最初から設定として描いていました。

アンジェラ:娘が生存するために行なっていることが一番明らかになるのは、マスクを盗むシーンです。コロナ禍に突入した当時は、マスクがとても高値で、キャンディのように低所得者層は本当に買うお金がなかった。コロナで娘が死ぬかもしれないという恐怖心も大きく、彼女にとっては娘が生きるか死ぬかというぐらい重大な問題であり、よりその葛藤が色濃く出ていたと思います。



■コメディで人気のルイス・チョン、可能性を広げる役を当て書きでオファー

―――ザクを演じたルイス・チョンさんは、近年香港映画で目覚ましい活躍をされていますが、その魅力について教えてください。

ラム監督:脚本が8割ぐらい出来上がった段階で、脚本家とザク役を誰にするかを決めて、当て書きにする方がいいのではないかと思い、シミュレーションを重ねました。ルイス・チョンは香港で人気のある俳優でありミュージシャンです。ただ今まではコメディやテレビドラマへの出演が主だったので、演技力をあまり認められているとは言い難かった。そんな彼が、自分のことを多く語らないシリアスな役を演じることで観客や香港映画界にもフレッシュなイメージを与えることができるし、彼自身の可能性を広げることになるはずです。最終的にはこちらからオファーして当て書きした脚本をルイス・チョンに見てもらい、説得を重ねました。オーディションを受けていたアンジェラを推してくれたのも、彼なんですよ。



■最終的にはうまくいかなくても、そこに至るまでのプロセスが大事

―――コロナ禍の市井の人々の生き様を描いた本作ですが、特に伝えたいことは?

アンジェラ:ザクもキャンディも物語が進むにつれ、当初の彼らの生活より悪い状態になってしまいますが、最終的にはうまくいかなくても、そこに至るまでのプロセスが大事です。この映画はそのプロセスを丁寧に描いています。お互いの存在に気づき、助け合って生きていく。そんな、人と人との関係を感じていただけると思うし、希望を持つことは大事ですね。

(江口由美)


<作品情報>

『星くずの片隅で』“窄路微塵/The Narrow Road“(2022年 香港 115分)

監督:ラム・サム(林森)

出演:ルイス・チョン(張繼聰)、アンジェラ・ユン(袁澧林)、パトラ・アウ(區嘉雯)、トン・オンナー(董安娜)

2023年7月14日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、ポレポレ東中野、8月18日(金)よりシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、アップリンク京都ほか全国順次公開

公式サイト→https://hoshi-kata.com

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