「他人の行為を知りたい気持ちはどこから来るのか」を掘り下げて。 松井玲奈、岡崎紗絵、倉島颯良が異母三姉妹を演じる『緑のざわめき』夏都愛未監督インタビュー
長編デビュー作『浜辺のゲーム』が第14回大阪アジアン映画祭コンペティション部門に選出され、2019年に劇場公開された夏都愛未監督(写真右)。コロナ禍で拠点を九州に移し、佐賀や福岡などオール九州ロケで挑んだ最新作『緑のざわめき』が、9月1日よりヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク京都、シネリーブル梅田、今秋元町映画館他、全国順次公開される。
病を機に女優を辞め、生まれ故郷の九州への移住を決めた響子を演じるのは、『よだかの片想い』『幕が下りたら会いましょう』と若手女性監督の長編で主演作が相次ぐ松井玲奈。異母姉の響子と繋がりたいがために、彼女をストーカーする大学生、菜穂子を演じる岡崎紗絵や、施設育ちで8年前から佐賀県嬉野に住む叔母、芙美子のもとで暮らしている高校生、杏奈を演じる倉島颯良(写真左)の異母三姉妹をめぐる物語が、風情のある嬉野や福岡で展開していく。
終始心がざわめく展開の中で、菜穂子の女子友だちたちが繰り広げる女子会トークのシーンは、前作『浜辺のゲーム』で見せた軽やかさや女子の本音が満載。物語を図らずしもかき回す役割となる響子の元カレ役、草川直弥(ONE N' ONLY)をはじめ、黒沢あすか、松林うらら、林裕太、カトウシンスケが足りないパズルのピースを求めてさすらうような三姉妹たちにどんな影響を与えていくのか。女性の生きづらさにも鋭い視線を投げかける本作の夏都監督に、お話をうかがった。
■中上健次、大江健三郎の小説に影響を受けて
――――前作の『浜辺のゲーム』は軽やかな作品でしたが、今回はズシリときますね。
夏都:2018年に『浜辺のゲーム』を撮り終わった後には『緑のざわめき』の最初のプロットができていましたが、まだ三姉妹ではなく響子と菜穂子の物語だったんです。ストーキングや女子会が絡んでくる展開でしたが、『浜辺〜』より文学的な要素を入れたいと思い、中上健次さんや大江健三郎さんの小説に影響を受け、同じ父を持つ三姉妹の物語に変えました。
――――なるほど、小説の要素を取り入れたところが、ズシリとくる一因かもしれません。九州ロケですが、夏都さんも現在そちらに移られたそうですね。
夏都:コロナが一つのきっかけでもありますが、東京で暮らすことに疲れてしまい、身体的にも不調をきたしてしまったので、いろいろなことをリセットしたいと思い、今は実家のある熊本で暮らしています。
――――ロケ地は佐賀が中心ですね。
夏都:佐賀県のフィルムコミッションの方と知り合い、このプロットをお渡ししたところ、佐賀のいろいろな場所をロケハンのような形で紹介してくださったのです。どの場所もすごく良かったので、佐賀で撮るために脚本を合わせて書き直しました。
■女性が生きるのは本当に大変であることを、作品として残しておきたかった
――――洞窟や温泉につながる橋も文学的ですね。プロットから書き加えていく中で、キャラクターに夏都さん自身の境遇を重ね合わせた部分はあるのですか?
夏都:響子が東京での生活に疲れ、仕事を辞めて九州に帰ってきたという設定はわたし自身の状況と重なりますし、響子が卵巣に病気を抱えているという設定もわたしの周りの友人たちから聞いていた身体の悩みなどが反映されています。女性が生きるのは本当に大変ですから、それを作品として残しておきたいという気持ちがありました。
――――長女、響子が福岡で就活をしているとき、面接官からハラスメント発言を多々受けていましたが、この描写も女性を生きづらくする場面をスパンと描いていますね。
夏都:わたし自身、女性から「結婚して出産をするのは当たり前」と言われる機会が意外と多く、結婚や出産を肯定しすぎていることに疑問を覚えることが多いんです。彼女たちは無意識のうちに、男性の言い分に加担しているとも言えます。そのような場面に遭遇すると、やるせない気持ちになりますね。
――――さきほどの文学的な要素に加え、女性たちの生きづらさをフィクションとして描いていくのは夏都さんの作風とも言えますね。女子会のシーンが登場するのも前作同様楽しいです。
夏都:わたしも女子校出身なので、男性の目線のない中で学生生活を過ごすことができ、本当に良かったのですが、社会に出た途端、それを気にしなくてはいけない環境に置かれることがストレスになりました。そうならざるをえないことにも疑問を覚えますね。
■響子を凛として演じた松井玲奈
――――三姉妹の要となる響子を松井玲奈さんが演じたことで、本作の輪郭がくっきりしたのではないかと思いますが、最初から松井さんへオファーを決めていたのですか?
夏都:響子は見るからに真面目な性格で、繊細さやどこか影もあり、自分の芯が垣間見える人物像を思い描いていました。何人かの候補の中から最初にオファーしたのが松井さんで、脚本を読んでいただき、松井さんの感想を受けてさらに脚本を手直しするというやりとりを2ヶ月ほど続けました。その上で響子役を演じることを快諾してくださったんです。
――――響子には様々な出来事が降りかかりますが、それに動じすぎない芯がありますね。
夏都:松井さんはとても姿勢が良く、響子を凛として演じてくださいました。わたしのいうことをすごく尊重してくださる一方で、意見も出してくださり、自分の演技プランを語ってくださることもあったんです。妹を演じた岡崎紗絵さんや倉島颯良さんとも演技のことで話し合いをしていただき、いろいろなことをすごくわかってやってくださるので、とても助けられました。
■ストーキングのような行為は哲学的だと思っていた
――――なるほど、松井さんは現場でも長女的役割を果たしてくださったんですね。一方菜穂子は想像の斜め上をいくキャラクターですが、どこから発想されたのですか?
夏都:わたしたちは気になる特定の人や好きな人のSNSアカウントをまめにチェックしていますが、他人の行為を知りたい気持ちはどこから来るのかという疑問がありました。他人の生活や肉体を通して、自分自身が(精神を)回復したいのではないか。だからストーキングのようなこれらの行為はとても哲学的だとずっと思っていたのです。
――――ストーキングをそのように解釈すると、たしかに哲学的と言えますね。
夏都:今村夏子さんの著書「むらさきのスカートの女」がすごく好きなのですが、自分に起こるべきことを、他人の姿を通して成立させようとしているズルい思考が人間らしくて、汚くて、おもしろい。そういう思考はわたしの中にもあるので、これを映画化すれば意外と共感していただけるのではないかという思いがすごくありました。ただ尾行するのではなく、姉の響子がどんな男性と付き合っているのかも知りたいし、姉を抱いた男と寝ることで姉と繋がれる。まさに姉への執着ですね。
■菜穂子は、自分自身も演出を悩んだキャラクター
――――響子へ強い執着を示す菜穂子を演じた岡崎紗絵さんは、結構悩まれたのでは?
夏都:今までドラマで明るい役を演じてこられたそうで、岡崎さん自身もこんな衝撃的な役は初めてとおっしゃっていました。姉への執着を強く出すようにと事前に話したものの現場では具体的にどのように伝えればいいのか、わたし自身も悩んだキャラクターでしたが、すごく自然に演じておられたと思います。
――――ストーカーを題材にした映画は今までにもあったと思いますが、血の繋がりのある関係に対し、このように突き進んでしまうキャラクターはありそうでないですね。
夏都:かなり“ヤバい”女ですよね(笑)。
――――響子、菜穂子、杏奈の異母三姉妹の父の姿は登場しませんが、本作の中でも数多くの女性と関係を持つことになる響子の元カレ、宗太郎(草川直弥)と、似たような人物像なのではないかと想像していました。
夏都:まさしくそうです。宗太郎は、自分では無自覚ですが厄介な男で、何も考えていないふわふわとした人間なんです。時代を超えて似たようなことが起こるかもというのは、おもしろい解釈ですね。
――――数少ない男性の登場人物の中、異彩を放つのが、カトウシンスケさんが演じる村の長老、古賀爺です。
夏都:昔から村にいて、色々な人から胸の内を打ち明けられるような存在です。ある程度大人になると、自分の悩みをお墓に話に行く人がおられると思うのですが、そのような心の拠り所となる存在になっていると思います。
――――倉島颯良さんが演じる杏奈と暮らしている伯母・芙美子には黒沢あすかさんが扮しています。
夏都:黒沢さんと芙美子の人物像を話し合う中で、芙美子は田舎独特の周りの厳しい目があったことから若いときに好きなことをできなかった経験があり、諦めやさまざまな悔しさを胸にしまって生きてきた人ではないかという仮説が出てきました。だから青春真っ只中の杏奈のことが眩しく見えたり、少し嫉妬のような感情も芽生え、厳しくしつけようとしてしまうのではないかと。
■倉島颯良演じる杏奈は当て書きに。ディテールを大事にしたキャラクター
――――なるほど。芙美子からは、ずっと同じ場所で生きてきた人の苦悩も感じられました。倉島さんもこれから飛躍間違いなしの新人ですが、どのように演出したのですか?
夏都:倉島さんも脚本を読んで、自分とすごく似ていると杏奈役を気に入ってくださいました。倉島さんとは以前オムニバス映画『21世紀の女の子』内の『珊瑚樹』でご一緒し、長編にも出てもらいたいと思っていたのです。杏奈役も倉島さんにあて書きしていたので、いろんなことが定まっていない感じや、瑞々しさなども、こちらが言わずともわかって演じてくださいましたね。
――――杏奈がいつも爽やかなワンピースを着ているのも、印象的でした。
夏都:衣装部やスタイリストさんと相談し、各キャラクターの衣装イメージを決めていったのですが、佐賀の田舎の方に住んでいるので、芙美子が佐賀市のデパートに行ったときに買ってきた服を着ているイメージなんです。芙美子がちょっとお金持ちの設定なので、アニエス・ベーやトゥービーバイなどのワンピースを買ってきて、杏奈に着せている。つまり、杏奈は自分で服を選ぶのではなく、芙美子が選んだ服を着せられているのではないかという想定で、トゥービーバイ風のワンピースを選んでいます。
――――ディテールは大事ですね。トレンドではないけれど、親世代に受けが良さそうで、理想の娘像を押し付けられていると見えなくもないです。
夏都:衣装のことに気づいていただけて、嬉しいです。『緑のざわめき』で、山々の緑もたくさん登場するので、衣装は緑でないものをという想いもありました。松井さんに似合う色はと考えているうちに、結局青が中心になってしまいましたね。
■狭いところでもがいている人たちの物語
――――三姉妹それぞれが孤独を抱えている中、いびつな出会い方をしていく物語で、最初から最後まで胸がザワザワしました。
夏都:観る人によってザワザワする部分が違うと思いますし、製作面でも海外の俳優さんに出てもらいたいとか、海外でポスプロをしたいという希望がコロナで叶わず、ドメスティックになってしまいました。狭いところでもがいている人たちの物語と言えます。
――――血縁にこだわっているという意味でも、閉鎖的な感じが増しますね。一方で、菜穂子の同級生女子グループの中には、アプリでの出会いを楽しむ奔放なタイプもいます。
夏都:登場人物はみな、血縁に振り回されていますね。同級生女子の描写は、身近な友達を観察し、参考にしました。今は簡単にアプリで恋人を見つけ、出会って、すぐに別れるを繰り返す時代なので、それが現在の恋愛のカタチなのかもしれません。たくさん出会い、別れることを繰り返して、その虚しさや寂しさに気づくのかなと思います。
――――最後に、メッセージをお願いいたします。
夏都:誰かに共感しながら観たり、俯瞰して観たりといろいろな観かたができますし、どこかで全てが繋がる作品です。ぜひみんなでザワザワしましょう。
(江口由美)
※第18回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門(世界初上映)でゲスト登壇した夏都愛未監督
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