「『凪の憂鬱』を撮ることがストレス発散になりました」待望のシリーズ初長編も自然体で楽しく!磯部鉄平監督、辻凪子さん(主演)インタビュー


 大阪出身、在住で、大阪で映画を撮り続けている磯部鉄平監督が、俳優だけでなく新作活弁映画の監督・主演も務めるなど多方面で活躍している辻凪子と撮り続けてきた短編の『凪の憂鬱』シリーズ。佐々木詩音、佐藤あみなどの大学生編のキャストに加え、新たに根矢涼香が加わり、社会人になった凪が有給休暇をとった1週間の出来事を描く長編『凪の憂鬱』が、を描いたタッグを組んだ『凪の憂鬱』が、6月3日(土)よりシアターセブン、6月9日(金)より京都シネマ、6月17日(土)より元町映画館(SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020観客賞受賞作『コーンフレーク』と日替わり上映)にて公開される。

本作の磯部鉄平監督、主演の辻凪子さんにお話を伺った。



■網走映画祭がきっかけ、網走で即興撮影した『凪の憂鬱–高校生編–』

―――気の向いたときに作るというスタイルで、高校生編、大学生編を作っていたというのが、社会人編となる本作につながっていますが、誕生のいきさつを教えてください。

磯部:2018年の網走映画祭に『予定は未定』で参加したのですが、辻さんは『温泉しかばね芸者』、ひと:みちゃんは『食べられる男』と各々の出演作も上映されることになっていたんです。そこでひと:みちゃんから「映画祭の3日ぐらい前に現地入りして、遊びでカメラを回して即興で作る映画を撮らないか」と誘われ、最初は網走でひと:みちゃんと何を撮るねん!(笑)と断っていたのですが、そのうち、「辻さんも網走に来るので一緒に撮ってもいいと言っている」と。もともと辻さんは僕が助監督時代の作品に出演していたのだけど、僕自身の監督作品には出てもらったことがなかったので、いつかはと思っていたんです。だから、辻さんが出てくれるなら!と、そこからはトントンと話が進み、前乗りして高校生編を撮影し、あれはあれで楽しかったんです。完成した『凪の憂鬱–高校生編–』は、1年後の2019年に網走映画祭で上映してもらい、それで終わりのはずでした。




―――なるほど。学生編はどのタイミングで撮影したのですか?

磯部:2020年に別の作品を準備していたのですが、クランクインの3日前、コロナで撮影が半年以上延期になってしまったんです。辻さんも出演者のひとりで、1ヶ月空いてしまったので、何か撮ろうかと思ったとき、浮かんだのが『凪の憂鬱』でした。脚本の永井和男さんと、凪は今なら大学生になってるはずだと話してもいたし、延期作に出演予定だった人もスケジュールが空いたので、それならば『凪の憂鬱–大学生編–』に出てもらおう!という感じで撮りました。そこから2年経ち、今度は『凪の憂鬱』で長編を作ろうかなと。




■『凪の憂鬱』でストレス発散!

―――自発的に、今回は最初から長編を目指したんですね。

磯部:当時、僕がストレスを抱えていたのかな(笑)。『凪の憂鬱』が肩の力を入れずに楽しく撮影できるんです。ちょっとだけ、依頼ものをやったのですが、おもしろさと難しさの両方を味わっていたところだったので、全部好き勝手にやってみたいと思い、辻さんには「そろそろ、どうですか?」と。大学生編を作ったことで、同級生たちが登場したので、次も撮れるという手応えがあり、そのうち撮ろうと当時から話していたんです。


―――磯部監督にとっては『凪の憂鬱』を作るのはストレス発散になるとのことですが、凪を演じる辻さん自身はいかがですか?

辻:磯部さんと同じで、『凪の憂鬱』以外の作品では、何か爪痕を残さないととか、次に繋げないとあかんというプレッシャーがあったり、「ここでかまさな、役者人生終わってしまう」と思い、ガチガチに緊張して現場に入ることが多いんです。でも磯部組は、全く緊張しないんです。肩の力を入れずに、ただ撮影現場に行くだけでいい。わたしの中で、そういうリラックスできる場所は磯部組だけなので、当て書きもあるし、とにかくセリフだけ頭に入れて、現場に行って、みんなと遊ぶ(笑)。でもちゃんと作品を作っているから、一番自分にとって居心地のいい場所になっているんです。磯部監督が定期的にやってくださったら、健康にいいです!



■思い出の店、「ワイルドバンチ」を映画で遺す

―――映画ファンの溜まり場で、ビル建て替えのため実店舗が閉店した大阪・天神橋筋六丁目の老舗ブックカフェ「ワイルドバンチ」でロケが行われていたのも胸アツです。

磯部:ワイルドバンチはご近所だったので、初代店長の庄内斉さんの時代から通っていたんです。まだ映画を撮る前でしたが随分可愛がってもらい、コーヒーを奢ってもらいながら「お前、いつ撮るねん!」とハッパをかけられたり、イベントのあるときは、見ておくようにと無料で誘ってくれたり本当に恩人でした。2015年7月に庄内さんが亡くなられた後、紆余曲折の末、僕と10年来の付き合いがある森田和幸さんが引き継いでくださって本当に驚いたし、嬉しかったんです。庄内さんはいなくなってしまったけれど、僕もやっと映画を撮り始め、森田さんが継いでくれたので、この場所をいつかは映画で遺すぞと思っていたところ、ビルが取り壊されることが決まった。だから、「いつか」ではなく「すぐに」映像に残そうと思いました。『凪の憂鬱』を構想していたところだったので、凪がワイルドバンチに行けばいいのだ!と。


―――ワイルドバンチはイベント「怪談ナイト」に凪が参加するシーンで登場します。細かいところも楽しめる必見シーンの一つですが、凪の怪談話もなかなかでしたね。

辻:長ぜりふを覚えるのに必死で、毎日ブツブツ言ってました。メイクしているときもずっとブツブツと(笑)真っ暗になってからの「ギャー」という声と共に写真が差し込まれますが、ちょっと馬鹿騒ぎしすぎたなと反省しました。でも、楽しかったです。



■根矢ちゃんの魅力を全部盛りした役にしたかった

―――『凪の憂鬱』シリーズで初登場するのが、上京した同級生友達あみと共に、東京からやってきた根矢ちゃんこと、根矢涼香さんです。多彩な才能を見せ、本当に魅力がいっぱいでしたが、以前からご一緒する機会はあったのですか?

磯部:出演いただく前は、(出品者として)映画祭に行くと、必ず根矢さんの映画が2~3本は上映されていて、いつかご一緒できたらと思っていたんです。辻さんが話していた作品と、その次に原作がある依頼もので根矢さんに出てもらい、そこではあるイメージのもと役を演じてもらったのですが、1ヶ月近くの撮影でいろいろな話をするうちに、次ご一緒するなら、根矢さんの魅力を全部盛りのような役をやらなあかんなと思っていたんです。『凪の憂鬱』はそれをするのに、ちょうどいい作品なので、まさに全部盛りしました。

辻:根矢ちゃんと会うまでは、出演作からクールなイメージがあったのですが、実際に話してみると、こんなにマイルドな人なんだと初対面で感じたし、その感じが映画の中にも入っています。根矢ちゃんのホンモノはこれですよ!



―――根矢さんとふたりのシーンは、本当に自然でしたね。

辻:撮影では、毎日「これでいいんかな」と言いながら、 帰っていました。演技も力を入れなさすぎて、でも監督はOKと言ってくれるから、みんなこれで大丈夫なんかなと思っていますよ。やり遂げた感がないというか(笑)。

磯部:それがやりたかったし、でも意外と演技が上手い人でないと無理なんです。アドリブを入れているわけではないので、シナリオどおりにしゃべっているのを自然に言ってもらうためには、いい俳優を呼んでくれば、「自然にと」あえて言わなくてもよい演技になるんだなと、こちらも学ばせてもらっています。

辻:磯部さんの書くセリフはしゃべりやすいんですよ。なんで女子の気持ちとか、今わたしたちが悩んでいることがわかるんですかと思うぐらい。



■演技を修正するのではなく、言いやすいようにセリフを変えてくれる

―――確かに、観る側もそれぞれの立場の女性の登場人物たちがしゃべる言葉に全く違和感がないのも、この作品の魅力です。

磯部:今回は当て書きだし、自分が昔抱えていた将来に対する悩みであったりもするので、そこは男とか女は関係ないと思うのです。だから僕は凪や根矢ちゃんになったつもりで書いているんですよ。ただ、実際に俳優たちの演技を見て、ザワッとしたり、違和感があったら言おうと思っていました。通常は違和感があってもセリフがそう書いてあるなら言わなければいけないと思って、皆さん演じていると思うのですが。

辻:今わかった!磯部さんは演技を修正するのではなく、セリフを変えてくれる。普通は「こういう言い方をしてください」と指示されるのですが、その人が言いやすいように変えてくれるんです。

磯部:みんな上手いので、シナリオが変でも演技として成立するのだけど、本当はツッコミどころがあるわけです。こちらの書くセリフがヘタクソで、俳優陣がそれでも力技でなんとかみせるということにならないようにだけ、注意して見ていますね。



■いつかは入れたいと思っていたゲートボールのシーン

―――有給休暇を過ごす凪の1週間ではいろいろなことが起こりますが、ゲートボールの試合をするシーンも盛り込まれています。結構大変だったのでは?

磯部:ゲートボールのシーンは一番大変でした。元々、日曜日に公園の隅で、なんだか楽しそうにやっているゲートボールのことが気になっていて、20代のころやっている方に聞きに行ったり、ちょっと教えてもらったことがあったんです。なんかムズイし、おもろいなーと思った感覚があり、映画を撮り始めた当時、ゲートボールをどこかで入れるというのはメモしていたんです。「みんなが知っているけれど、よくは知らない」ものをぎゅっと映画に込められるのではないかと。


―――試合展開にも驚きました。まさかPKがあるとは!

磯部:今回取り入れるにあたり、ゲートボールを習いに行き、実際にプレーもしましたし、ルールを教えてもらう中でPKがあることを知りました。凪はルールをわかっていないので、観客と同じです。PKまでの流れを最低限押さえながら、あまりルールがわからなくてもおもしろいと思ってもらえるような展開をずっと考えていました。

辻:当日みんなで練習したら、3本に1回は入るようになったので、ゲートに入れずに外す演技をするのは難しかった。小さい頃から、おじいちゃんとパターゴルフをやっていたので楽しかったですね。

磯部:第1ゲートに球が通らないと、ずっと待っていないといけないのは、ゲートボールあるあるなので、それを聞いた時、絶対に凪がその立場になると思って。相手チームのみなさんは、俳優ではなく実際にゲートボールをやっているみなさんなので、本当に上手でした。



―――辻さんと大学の同級生である佐々木詩音さんが、大学編に続いて登場しています。いつ登場するかなと、ずっと待っていたんですよ(笑)

辻:大学編からの2年後、詩音がカッコよく、大人の男になって帰ってきたのでビックリしたんですよ。お風呂シーンの横顔も、映画映えしますよね。

磯部:柔らかい感じがいいですよね。冒頭から1時間ほど、詩音くんが出てくるまではだいぶんドタバタ要素が多いのですが、彼が出てくることでトーンが変わってくるんです。東京でちょっと嫌なことがあって帰ってきているという裏設定だったのですが、撮影当時は彼自身も大阪に住んでいたので本人とリンクする部分がありますね。



■自分だったら絶対言えない、凪のセリフに痺れる

―――大学編に続いて登場の佐藤あみさんも「鹿で人を感動させる映像を撮る」夢を持ち、東京で仕事をしているけれど、本作では関西に一時戻って映画を撮る設定になっています。

辻:あみの頼みで無理やり代役にさせられた凪が「わたしなんかで撮るなや!」とブチ切れたシーンは、わたしだったら絶対言えないけれど、凪はちゃんと言っているなと。こんな素人で撮るなとか、誰でもええんかとか、監督本人に言ってはいけないことだと自分では思ってしまうので、演じていて一番痺れました。

磯部:凪だけが、地に足のついた登場人物です。皆、夢を持っていろいろなことをやっているけれど、彼女だけは仕事をして、有給休暇の日に遊んでいる。皆に巻き込まれていても、嫌な時にはきちんと言えるんですよ。一方、凪は網走の高校生時代から東京への憧れのある子ですから、次は東京に休暇を取って行くという感じの東京編を撮ろうかという話もありますね。



■7年同棲した20代後半男女のリアルを描く『コーンフレーク』

―――『凪の憂鬱』にも登場するキタの堂島川で、また違う等身大の若者たちの物語が展開する『コーンフレーク』ですが、どんなきっかけで誕生したのですか?

磯部:『コーンフレーク』は僕の初長編です。短編時代には恋愛映画を撮っていなかったのですが、僕自身は好きだし、GONさんや高田怜子さんとの出会いもあり、恋愛映画と20代後半の等身大の物語にしようと思いました。僕の20代後半は、まだ映画を撮る前で、やりたいとモヤモヤしていたんです。撮影当時その年代だったGONさんや高田怜子さんにとってはリアルで、僕自身にとっては過去のことを混ぜながら、7年も同棲したカップルが30代を前にこの先どうするのかを描きました。別れ際のゴタゴタとかそんなのが全て終わり、将来のことさえ考えなければ、ずっと一緒にいられるけれど…。そんな時期の夢と人生を描く話を、短編でもやってきた1日ですべてが変わるような展開でやってみました。


―――等身大で、ちょっとダメ男の恋愛映画といえば、今泉力哉監督の得意とするところですが、女性の描き方はより共感できるものがありました。

磯部:GONさんとヒロインという感じで書き始めたのですが、高田さんにお会いすると、彼女がすごくよかったので、どんどん高田さんのシーンばかり思いついてしまった(笑)


―――本作では卓球シーンが登場しますね。先ほどのゲートボールといい、スポーツシーンがお好きなのかと。

磯部:好きですね。運動している姿を見たいというか、走ったり、躍動している人たちを見たい。日常のアクションって、意外と歩いているだけだったりするけれど、卓球を一緒にやる日があると、めちゃくちゃ非日常というか「おもしろかった日」と記憶に残るし、画にもなりますよね。



■大阪キタの「コテコテではないけど、人情味があるもの」を撮っていきたい

―――磯部監督のように大阪在住で、大阪の俳優を中心に、大阪で映画を撮り続けているというのは貴重な存在だと思います。

磯部:自主映画を撮っていたので、好きなものを撮ろうと思ったら、自分の好きな風景や好きな言葉があるところに役者を呼んできます。自分の映画で写している大阪がカッコいいと思っていますから。

キタと言われるあたりに住み、自転車でカッコいいなと思いながら日々通り過ぎているので、大阪映画で登場する道頓堀や新世界界隈は他のみなさんに撮っていただき、僕はキタで、そんなにコテコテではないけれど、人情味があるものを撮っていきたいですね。

(江口由美)


<作品情報>

『凪の憂鬱』(2022年 日本 98分)

監督:磯部鉄平 

出演:辻凪子、根矢涼香、佐々木詩音、佐藤あみ、川久保晴、薬師寺初音、屋敷紘子、川本三吉、野村洋希、海道力也、浄弘卓磨、坪内花菜、上野伸弥、松本真依、ひと:みちゃん、ハシモトタクマ、辰寿広美、仁科貴

6月3日(土)よりシアターセブン、6月9日(金)より京都シネマ、6月17日(土)より元町映画館(『コーンフレーク』と日替わり上映)にて公開

公式サイト→http://bellyrollfilm.com/nagi/ 

 (c)belly roll film


『コーンフレーク』(2020年 日本 95分)

監督:磯部鉄平 

出演: GON、高田怜子、日乃陽菜美、手島実優、木村知貴、南羽真里、土屋翔、ひと:みちゃん、時光陸他 公式サイト→https://www.cine-mago.com/cornflakes