三島有紀子監督、コロナ渦で制作したドキュメンタリー映画『東京組曲2020』、佐藤浩市主演の短編『IMPERIAL大阪堂島出入橋』を語る

 

『幼な子われらに生まれ』『Red』の三島有紀子監督がコロナ禍で制作した初のドキュメンタリー映画『東京組曲2020』が、6月10日(土)よりシアターセブン、元町映画館にて公開される。

 緊急事態宣言発出により、東京の街から人影が消える中、不安を抱えながら暮らす日々を20人の役者たちが自ら、もしくは家族がカメラを回しながら活写する。役者たちと共に作り上げた本作と、同時上映されるコロナ渦で制作した佐藤浩市主演の短編『IMPERIAL 大阪堂島出入橋』について、三島有紀子監督にお話を伺った。




■二度とこないであろうこの状況を記録しておかなければいけない

―――まず、新型コロナウィルス感染拡大による最初の緊急事態宣言発出によって三島監督ご自身にどんな変化や気持ちが押し寄せてきたのか教えてください。

三島:ロケ場所も決まり、あとは衣装合わせだけという状態だった5月クランクイン予定の新作撮影が2020年3月31日に一旦中止となりました。感染が収まれば再開できると思っていたのですが、4月7日に緊急事態宣言が安倍元首相から発出され、本格的に不要不急の外出禁止生活に入ってしまった。企画から6年くらいかかって脚本を作り、準備してきましたし、突然真っ暗闇の箱の中に放り込まれたような感じで、コロナ禍において自分たちの撮影だけでなく映画業界自体もどうなるのか分からない感覚になっていました。わたしたちの撮影はひとが集まらなければできない団体競技で、みんなで頭をつけあわせながら、ああでもない、こうでもないと相談しながら進めていくような撮影スタイルができなくなったら、どうすればいいのか。そもそも生命体として、生き残っていけるのか。いろいろなことに不安を感じていたので、頭を切り替えて本でも読んでみようとか、家で映画を観ようとか、部屋でも片付けようなどと、あまり前向きな気分になれなかった。それが4月22日までの出来事でした。



―――監督の誕生日である4月22日にベランダで女性がすすり泣きする声を聞いたことに加え、ジャ・ジャンクー監督が発表した、コロナ禍を反映させた短編『来訪』をご覧になったのも本作に取り組むきっかけとなったそうですね。

三島:中国は日本より先にコロナが大きな問題となっていたことも関係あるかもしれませんが、『来訪』を観たとき、もう発信するのだなと思いました。作品ではマスクをした映画関係者の二人が、握手したり触れ合うこともありません。映写室で、裸の男たちが大勢ひしめきあっているカットを延々と観続けて終わるのを観ていると、当たり前だと思っていた息や体温を感じる距離感で触れ合うことが、こんなにも突然奪われることがあるのかと。そういうことがあるのなら、わたしたちは今の人間の営みを常に記録しなくてはいけないと受け取りましたし、わたし自身も2020年の二度とこないであろうこの状況を記録しておかなければいけないと感じました。すでにリモート映画を作っておられる方もいらっしゃいましたが、わたし自身は今起こっていることを即発信する気にはどうしてもなれなかった。きちんと記録として残しておけば、後ほどそれを一つの形にできるのではないかと思い、みなさんにお願いして、撮ってもらうことにしたのです。


―――今回映画に参加した役者のみなさんは、キャリアも状況もさまざまですが、コロナ前から繋がりのある方々だったのですか?

三島:コロナ以前からワークショップをやらせていただいていたので、そこに参加してくださったみなさんや、Instagramでわたしの作品の感想を送ってくださった方もいらっしゃいます。あと、後輩の行うオーディションに、ちょっと見てほしいと呼ばれることも多く、時間があれば駆けつけたりすることもあり、そういう場所で知り合うケースもあります。ワークショップが好きというより、役者さんの芝居、つまり人間にすごく興味があるし、ひとを見るのが大好きなんです。



―――ドキュメンタリーではありますが、役者が自分、もしくは同居中の家族が撮影するということで、フィクションのようなニュアンスが生まれているのも本作の特徴ですが、演出が入っているパートも多いのですか?

三島:まず、コロナ禍の今を記録に残しませんかと声をかけたときに、やりたいと手を上げてくれた人たちに、今どんな生活をしているかとか、そのころ何を考えていたかとか、何が一番辛かったのかをヒアリングしました。どういう感情で暮らしていたのかを記録したかったので、何を撮れば、その人にとって一番大きい感情の部分を見せられるのかを探るというのが最初のステップでした。

その次に、それをなるべくリアルに見せるためには、どうすればいいか。例えば主演映画が公開延期になってしまった大高洋子さんは、家にiPhoneを据え置いて夫と二人で撮った試し映像を送ってくれたのですが、役者ではない夫の方がナチュラルな感じだったので、彼が働きかけることで大高さんが自然に反応できるのではないかと思い、夫に撮ってもらうスタイルを提案しました。チーズを作っている荒野哲朗さんの場合、どういう毎日を過ごしているか説明している言葉がちょっと文語体でおもしろかったので、ボイス日記をつければいいのではないかと提案し、それをベースに編集していきました。要はこちらから違う視点を提案させてもらうという形の演出でした。あまりやりとりなしで素材をいただいた方もいらっしゃいました。


―――家族構成も様々なので、一つのシークエンスに妻と夫、それぞれの日常が対比的に映し出されるものもありましたね。

三島:田川恵美子さんは、だいたい彼女がふたりのお子さんの面倒を朝から晩まで見て、ご飯を作って1日が終わるのです。一方で彼女の夫、池田良さんは個室でリモートミーティングをして、なんとなく役者の仕事を続けている。子どもにご飯を食べさせてという日常の話を撮ってくるというのは段取りどおりだったのですが、田川さんが一人になった時、すごく激しく踊りまくるという素材が届いたのはおもしろかったですね。ひとによって、リアルの見える瞬間が違うんです。ひとりでいる時の方がリアルが生まれるひともいれば、大高さんのように夫が話しかけることによってその反応によってリアルが生まれるひともいる。また、その場所に行くことによってリアルが生まれるひともいますし、いろいろなパターンがある。そこも、その人によってアドバイスできたらいいなと思っていました。



■母が話しかけた「一番大事なのは、自分の命を守ること」

―――日頃は憧れられることの多かった都会で暮らしている人が実家のある地方に戻ると隔離される。そんな、コロナ禍を象徴するシークエンスもあります。

三島:佐々木史帆さんは、心が疲れて東北の実家に帰りましたが、2週間隔離というルールだったので、かたくなに2週間、自宅内隔離をして家族と顔を合わせないという選択をし、世間での反応も気にして心の闇を抱えてしまう。今から見れば本末転倒なのですが、当時はそうするしかなかったのです。お母さんと話をしないのかと聞くと、ドア越しに話すと聞いたので、それを撮ればどうかと提案し、お母さんが話しかける言葉を撮ってもらいました。「一番大事なのは、自分の命を守ること」というストレートで大事な台詞が撮れ、世界中の人に伝えてもらいたいという気持ちになりました。


―――三島監督の経験をもとに、松本まりかさんがすすり泣く声を演じています。

三島:物語としては、4月22日の夜に女性の泣き声を聞いたという設定になっています。なので、最後に松本まりかさんが演じてくれた泣き声を全員、カメラの映らない方の耳でイヤフォンで聴いてもらい、ワンテイクでどういう感情が生まれるかを記録してもらっています。政治の話を飼い猫、きんときに向かって話し続けるシークエンスで登場した吉岡そんれいさんのカットを見ていると、イヤホンなので泣き声が漏れてきて、泣き声が大きくなったときに、きんときが耳をそばだてて、しばらく聞いているんです。映画でもその部分を使っていますが、役者さんの反応を見ていても、素直に反応するのが本当の芝居だなと思うんです。



■クレジットに込めた、本人たちにとっての大事なこと

―――次々とシークエンスが切り替わっていく中で、映し出されるクレジットが登場人物たちの気持ちを端的に捉えていました。

三島:ひとは大事なことをしゃべらないことが多いように思います。自分で撮る劇映画ならカットの積み重ねで見せていけるのですが、今回はみなさんに撮っていただいたので、本人たちがぽつりとリモートで語ってくれた何気ない言葉から選んだものをクレジットで提示する形にしました。

田川さんの場合、夫の池田さんと一緒だと話しにくいので、途中からひとりずつリモートで話を聞くようにしたんです。そのとき、ふと彼女が「わたしはいつ、カメラの前に立てるのかなあって」と言ったのです。主婦の仕事が嫌だとか、もっと認めてほしいというのが一番の願望ではなく、カメラの前に立って芝居がしたいということが、彼女の本当の望みなのだと思ってクレジットにしました。

また、コロナ前から役者をしながら工事現場で働いている山口改さんは、「今までと全く変わらないけど、ただ周りが全部変わった」と。通りに人がいなくなり、映画館は休館し、街は様変わりしたのに、自分の生活だけが変わっていないわけです。一方、辺見和行さんは、役者の仕事がなくなり、コロナ禍ではじめたUber Eatsの仕事グッズがどんどん充実していき、何もかも変わってしまったと。ふたりは真逆のことを言っているので面白いなと思い、そういうクレジットも入れています。


―――コロナ禍のオリンピックを記録した『東京オリンピック2020』とタイトルこそ親しいものがありますが、『東京組曲2020』は、わたしたちや、コロナ禍で一気に窮地に追いやられた表現者たちの日常を刻み込んでいますね。

三島:意識はまったくしていませんでした。わたしたちはヒーローではないですし、ただただ不安と闘って、一生懸命生きている何気ない生活の中で、どのような感情が生まれてくるか。それを記録しているので、なんでもない記録だけど、もしかしたら、一番多くの人の記憶と近いのかもしれません。



■これからのために3年前を見つめ直す

―――誰もがこの作品を見ながら、当時の自分はどうだったかを思い出すのでは?

三島:「2020年の春の自分に再会した」とおっしゃる方が多いですね。誰も戻りたくも見たくもない2020年春ではありますが、あえて3年後の今、見ることにより、これからどう生きていくかを見つめたり、考えるきっかけになったというご感想をいただいたときは、素直に、すごくうれしかった。監督冥利に尽きますね。


―――コロナによって、今までの地盤が崩れ、リセットされてしまったことが、逆に新たな方向に進むきっかけになる場合もありますよね。

三島:わたしもコロナ禍では気持ちが内に向かっていたところもありましたが、それを、そろそろ外に向かって出していきたいという気持ちになるための一つの区切りになりました。現在、長編の劇映画を仕上げ中ですが、短編の『よろこびのうた Ode to Joy』(21)、『IMPERIAL 大阪堂島出入橋』(22) 、そして本作があったから次に向かって行けたのだと思います。


■俳優たちが監督の役目も果たし、皆が同じ苦しみを味わった仲間に

――『東京組曲2020』は、今までの作品と違い、みんなで作ったという実感がより持てる作品なのではないですか?

コロナ禍では、ずっとリモートでしか会っていないし、自分たちで撮影していたので、出演者たちも同じシークエンスに登場した人以外は、会っていなかったんです。なのに公開後の舞台挨拶で役者たちが集まると団結力が半端なかったことに驚きました。

「組曲」というタイトルには、ひとつひとつのシークエンスは断片でしかないけれど、そこに流れているのは、コロナ禍を共有したわたしたちだという想いを込めました。監督は現場でも客観性を持たなければいけないし、役者とは立場が違うのですが、この作品は役者たちが皆自分のシークエンスの監督をやっている状態でしたから。最終的にわたしが作品としてまとめましたが、役者たちとの関係は非常にフラットで、同じ苦しみを味わった仲間からバトンを受け取ったという感覚ですね。


―――今回はいろいろな制約の中で作品を作ったわけですが、逆に制約があることで工夫が生まれますよね。

三島:役者がご自身で撮影するのは大変ではありますが、ある種、緊張感のない中で演じるわけで、それがいいときもあると今回感じました。監督の「用意スタート!」でカメラが回ると緊張が伴うと思うし、監督がOKと思うか否かでテイクを重ねたりするのが通常ですが、ご自身で撮影していると「これでOKかな?」とか「もう一度やろう」と自主的に判断せざるをえないので、おもしろい空気感が生まれているんです。私は、普段からあまりテイクを重ねないので、ご自身で何回もやって疲れてきた頃がよかったり、思いがけないことが起こったりするところがとてもよかったですね。参加した役者から、日頃は段取りから撮影まで、全て他の専門スタッフたちがやってくれ、お膳立てが整った中で演じているので、その大変さがわからなかったという話は、舞台挨拶で会うようになってからよく聞きますね。



■現場で佐藤浩市が神々しかったパーソナルな短編『IMPERIAL 大阪堂島出入橋』

―――なるほど。役者のみなさんも思わぬ気づきのあった撮影だったんですね。一方、同時上映で佐藤浩市さん主演の短編『IMPERIAL 大阪堂島出入橋』は撮影中、緊張感がみなぎっていたそうですが、作品の成り立ちを教えてください。

三島:今まではパーソナルなものが大きな割合を占めるようなものを、あまりお見せしない方がいいのではないかと思いながら作品を作っていたのですが、コロナ禍で自分を見直さざるを得ない苦痛を伴う日々を過ごすうちに、パーソナルな作品を作ってみようと思えるようになりました。そのころ、わたしがとても大切にしていたお店、IMPERIALが閉店したことを知り、幼馴染の2代目店主、川口耕平くんに連絡をとると「お店を持ちこたえることができなかったけれど、いつかはどこかでまた再建できるようにデミグラスソースを作り続けている」という話を聞いて、それが小さな光になると思ったんです。IMPERIALの建築物を映像に残すという意味合いと、川口くんが作り続けるデミグラスソースみたいな存在がその人の人生をある種支えていると思ってもらえるような映画を作りたい。そんな気持ちで脚本を書き始めたのが、『IMPERIAL 大阪堂島出入橋』なんです。


―――途中から1シーン1カットという挑戦的な撮影をされていますね。

三島:実は、コロナ禍でわたしの人生が終わってしまったらどうなるのかと思い、自分の人生を歩きながら振り返って語るということをやってみたことがあったんです。佐藤浩市さんが演じる店主、川上次郎が、店もなくなり、食べにくるお客様もいなくなってしまい、死んでもいいかなという気持ちになったとき、わたしがやったように歩きながら人生を振り返る時間を作ろうと思った。人生は途切れず、常に流れ続けているので、撮影でカットをかけたら止まってしまう。だから川上が人生を見つめている時間はカットをかけないようにしようと思ったのが、最初の発想ですね。それが意外と長くなって、結果的には800メートルに及びました(笑)。浩市さん、撮影部、みんな、ごめんなさい!という感じでしたね。



■800メートルのワンカットで主人公の人生を感じてもらう芝居を佐藤浩市に託して

―――800メートルを歩きながらのワンカットは誰でもできるものではありませんが、佐藤浩市さんオファーの経緯は?

三島:『幼な子われらに生まれ』公開後に浩市さんとご一緒する機会があったのですが、当時公開中だった『楽園』(瀬々敬久監督)で浩市さんの湯船の中で土下座する芝居がすごく印象的で、その経緯を伺ううちに「何かあったら声かけてよ」とおっしゃってくださったので、絶対忘れないと思っていたんです。800メートルのワンカットで、観客に川上の人生を感じてもらうお芝居を誰がやっていただけるのかと思ったとき、浩市さんの言葉をハッと思い出し、脚本を事務所の社長に直接持っていき、事情を説明して読んでいただきました。社長は「これはやったほうがいい」とおっしゃってくださったのですが、浩市さんにはビルが乱立する大阪で、撮影部の映り込みを考えるとプロの仕事はできないとご指摘を受けて。でも、「今回は映り込みもありだと思っています!」と粘りました(笑)


―――そんな佐藤浩市さんの入魂の演技は、まさに必見ですね。

三島:1回撮ったのですがリテイクが必要だったので、スケジュールの都合上、翌日の撮影がラストチャンスになったんです。2テイク目は何が起こってもカメラを止めないので、これがOKテイクになることをお伝えして本番まで我々が準備をしていると、浩市さんがすごく集中して、緊張した中でずっとその世界に入っておられた。こんなにベテランで、数多くの現場で演じてこられた方が、あれだけ緊張して、あんなに集中して神々しい姿で存在している。それを見たときに、「このカットはきっと大丈夫だ」と思いました。何度でもご覧いただきたい作品です。

(江口由美)



<作品情報>

『東京組曲2020』(2023年 日本 95分)

監督:三島有紀子

出演:荒野哲朗 池田良 大高洋子 長田真英 加茂美穂子 小西貴大 小松広季 佐々木史帆 清野りな 田川恵美子 長谷川葉月 畠山智行 平山りの 舟木幸 辺見和行 松本晃実 宮﨑優里 八代真央 山口改 吉岡そんれい (五十音順) 

 声の出演:松本まりか

公式サイト→:alone-together.jp/ 

 ©️「東京組曲 2020」フィルム パートナーズ


『IMPERIAL大阪堂島出入橋』(2022年 日本 15分)

監督・脚本:三島有紀子

出演:佐藤浩市 宮田圭子 下元史朗 和田光沙

6月10日(土)よりシアターセブン、元町映画館にて公開

※6月10日(土)、6月11日(日)、シアターセブン、元町映画館にて三島有紀子監督、出演の小松広季さん、松本晃実さんによる舞台挨拶あり