歌舞伎界のプリンス、片岡千之助の映画初主演作は、凸凹コンビと高校うどん部が繰り広げる青春コメディ『メンドウな人々』安田真奈監督インタビュー
歌舞伎界で期待のプリンス、片岡千之助が、的場浩司とタッグを組んで映画初主演を果たした<ぼくらのレシピ図鑑シリーズ第3弾>『メンドウな人々』が、9月2日より新宿ケイズシネマで1週間限定公開、以降全国順次公開される。
監督・脚本は、シリーズ第1弾『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』を手がけた安田真奈。本作では、富士登山で知られる山梨県富士吉田市でオールロケを敢行、富士吉田市名物のうどんや高校のうどん部活動を物語に取り入れながら、片岡千之助が演じる、もやもやした気持ちを抱えて生きる高校生、雄大と、的場浩司演じる料理嫌いな喫茶店主、桑原猛(たける)との凸凹コンビが、ほんの少し前進するまでをコミカルかつ朗らかに描いている。
本作の安田真奈監督にお話を伺った。
■「ぼくらのレシピ図鑑シリーズ」流ご当地映画の作り方
――――本作は映画24区がプロデュース・制作を行っている、ぼくらのレシピ図鑑シリーズの第3弾になりますが、シリーズの狙いや、安田監督が第1弾『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』から携わることになった経緯を教えてください。
安田:もともとは映画24区が、地元の人と一緒になって作る地域映画をシリーズ化したいという想いから、ぼくらのレシピ図鑑シリーズをスタート。兵庫県加古川市と作ることになり、2017年3月にプロデューサーの三谷一夫さんが、「加古川市で、オリジナル脚本を書いて監督もしてもらいたいんです。撮影は夏休みを考えてます。」とお電話をくださったんです。当時は一人息子が小学5年生になった頃で、脚本を書く仕事はしていましたが、ずっと監督に復帰したいという想いがあり、「夏休みなら行けます!」と快諾しました。
――――加古川の食や産業(靴下)についてもフューチャーされていましたね。わたしも加古川出身なので、興味深く拝見しました。
安田:ぼくらのレシピ図鑑シリーズは、食と地域と高校生がテーマですが、撮影隊がさっと来て、何のエキストラかもわからぬまま少しだけ出演して終わるという関わり方ではありません。企画段階から地元の方々とロケ地を探し、シナリオのためのヒアリングや演技・脚本ワークショップを行いました。
市民オーディションはもちろん、高校生たちには「高校生応援隊」として、エキストラ出演以外の面でも参加していただきました。具体的には、(ロケ現場の)学校に設置するポスターなどの美術関係のものを作ってもらったり、屋上や新聞店などのロケ場所を探してもらったりです。舞台挨拶も含め、映画を作り出すところから、世に送り出すところまでを一緒にしていただくという関わり方を目指しました。
――――未来の映画人や映画文化を育む上でも、すごく良い取り組みですね。
安田:通常は、大人の映画人だけで映画を作りますが、「ぼくらのレシピ図鑑シリーズ」は高校生や地元のみなさんとタッグを組んで作ります。自分たちが誇れる真のご当地映画を作るためにオリジナルストーリーであることは必須でした。加古川のイオンシネマでの動員がよく、東京や他の地域でも上映できましたし、地元の方が「自分の住んでいる町はこんなにいいところなんだ」と映像を通して再確認したり、「高校生応援隊」の皆さんも郷土愛が高まったりしたそうです。わたしもすごくいい経験になりましたね。
――――福岡県田川市が舞台の第2弾『夏、至るころ』(池田エライザ監督)では、演技や食のワークショップを担当されましたが、第3弾の声がかかったのはいつ頃ですか?
安田:第3弾はオリジナルの劇場映画をすでに何本か手がけている山梨放送と映画24区の共同製作という形で、昨年5月に連絡をいただきました。食については、富士吉田市名物の
「吉田のうどん」があり、ひばりが丘高校のうどん部の活動も盛り込んで富士吉田市オールロケの青春映画を第3弾として作りたいというオファーでした。
最初は「うどん部!?」と驚きましたが、取材をするのは好きですし、喜んでやらせていただきました。
■シリーズ全体や、作品中でのうどん部要素のバランス大事に
――――安田監督がレシピ図鑑シリーズの監督をするにあたり、心がけていることは?
安田:うどん部をフューチャーしすぎると、熱血スポ根系の物語になってしまうので、物語に織り込むバランスが大事だなと思いました。
また第1弾は女子高校生、第2弾は男子高校生の青春物語だったので、今回は男子高校生とおじさんの凸凹友情コンビにうどん部が絡み、それぞれが影響を受ける物語にしています。そこもシリーズの中の一作ということで、気を遣ったところですね。今回はコミカルな要素が多いので、音楽は最初からジャズを取り入れようと作曲の西山宏幸さんと相談し、音楽でコミカルさが増幅しすぎないようにしました。
――――主人公、雄大はどこかつかみどころがないキャラクターで、いまどきの高校生あるあるだなと思ったのですが。
安田:雄大は、キャッチコピーにある「頑張りたいけど頑張れない、頑張ってるけどうまくいかない・・・」という青春のもどかしさを体現するキャラクターです。ただそのもどかしさは、誰もが経験していると思うし、雄大も何かきっかけがあれば生活にハリが出たり、自信が持てるはず。でも、そのスイッチが見つからないんです。
■コミカルに振り切る狙いで誕生した、モヤッと高校生とお節介おじさんコンビ
――――なるほど。雄大と年の差を超えた友情を育む猛(たける)はどんな狙いで作り上げたキャラクターですか?
安田:今までのレシピシリーズはしっとりした感じだったので、今回はコミカルに振り切りたいという想いがありました。あと、雄大はモヤッとした雰囲気なので、彼とコントラストになるお節介おじさんを登場させ、凸凹ぶりを楽しんでいただきたいなと。コントラストのある二人だけど、どちらも寂しさを抱えている…という共通項のある設定にしました。
5月末にシナハンし、7月に初稿を出して、そこからそれほど大きく変更していません。ちなみに猛役の的場さんは、初稿を読んだ段階で、「出るよ!」とおっしゃってくださいました。
――――的場さんはパワフルなおじさんぶりを発揮していましたね。
安田:とても真面目な方で、初めてご一緒するのでご挨拶に伺うと「まだ脚本、10回しか読んでないんだけど」と言われ、驚きました。最近は任侠モノのシリーズにも出演しておられますが、実際はとてもチャーミングな一面をお持ちです。今回はそんな的場さんの愛すべきキャラクターを見ていただけるのではないでしょうか。片岡千之助さんが初の現代劇主演だったので、現場でも「千!」と気さくに声をかけて、兄貴分的に支えてくださいました。
■映画初主演の片岡千之助、映画の撮影は「宝物のような思い出」
――――歌舞伎界のプリンス片岡千之助さんですね。出演の経緯は?
安田:お祖父様の片岡仁左衛門さんやお父様の片岡孝太郎さんも歌舞伎だけでなく現代劇でも活躍されているので、ファンの皆さんは、いずれは千之助さんも現代劇にという期待を持たれていたと思います。実際にお会いすると、とても華のある方ですし、歌舞伎の舞台やお稽古でお忙しい中、喜んでと出演を決めてくださいました。
――――千之助さんは、今の歌舞伎界で本当に期待されている存在なので、両親から期待されていない雄大役は、ある意味真逆のキャラクターにも見えましたが。
安田:千之助さんは、雄大のキャラクターとご自身とで通じる部分があるとのことでした。学生時代、多くの友達とは過ごさない時期があったり、モヤッとした感情を抱くこともあったりで、雄大にシンパシーを感じたそうです。小さい頃から優秀な方々に囲まれて育たれたので、優秀な兄にコンプレックスを抱く主人公の心境を理解できるのかもしれませんね。
――――千之助さんは、はじめての映画の現場でどんな感想を語っていましたか?
安田:撮影はタイトなスケジュールでしたがすごく楽しかったそうです。クランクアップ後も、次の撮影現場を見学にこられて、名残惜しそうでした。公式コメントでも「宝物のような思い出です」と言ってくださり、こちらもすごく嬉しかったですね。
■「この映画を良くしたい」という気持ちが溢れた撮影現場、的場浩司がムードメーカーに。
――――忙しい中でも、本当に愛のある現場だったんですね。
安田:そうですね。例えば、うどん部顧問役の佐藤鯨さんは、部員役の藤嶋花音さん、柳明日菜さん、大迫一吹さんの演技経験が浅いので、自主的に本読みに誘ってくださったり、シナリオに無いシーンをエチュードでやってくださったりと、まさに顧問と部員のようなあたたかい関係を築いてくださいました。「本当にみんな、愛がある!」とわたしも感激しました。
――――X(旧Twitter)のスペースで佐藤さんと撮影話をしっぽり話されていたので、重要な役割を果たされていたことがよくわかりました。家業の織物工場で働く雄大の兄を演じた鳴海翔哉さんも、片岡千之助さんとの胸アツなエピソードを語っていましたね。
安田: ええ。鳴海さんは、実際には千之助さんと同い年。主人公の兄という重要な役で緊張されてたんですが、本番前に千之助さんが「緊張してる?いいシーンにしようね」と優しく声をかけてくださったそうです。
今回の現場は、自分の出番が来たら芝居をしておしまいというのではなく、本番までに関係性を作り上げ、この映画をなんとかして良くしたい、いい現場にしたいと考えてくださっている方ばかりでした。空き時間もひとりで延々とスマホをいじるのではなく、声をかけあって練習をする。特に的場浩司さんはキャストだけでなく、スタッフ全員に声をかけてくださり、本当に現場の雰囲気を明るくしてくださいましたね。
――――ムードメーカーだった的場さんは、演技もパワフルでしたね。
安田:お節介おじさんと気弱な少年というコントラストを出す上で、あまりふたりの息が合いすぎるとコントみたいになってしまう。的場さんの声の大きさやパワフルさに対し、千之助さんのちょっとたじろいだところや、変に呼吸を合わせないところが、雄大のリアルな反応として受け止めてもらえるのではないでしょうか。
――――千之助さんは映画初主演ということで、その初々しさも映像からにじみ出ていました。
安田:千之助さんは、4歳で歌舞伎座にて初舞台を踏み、本当に可愛らしい娘役から凛々しい青年役まで見事に演じておられ、同世代にはあまりない儚さを醸し出せる俳優さんです。雄大は巻き込まれ型の主人公なので、多くを語らないけれど、モヤッとしたものを抱えている姿が少しずつ変化していきます。この映画では、まだ幼さのある主人公がジワリと成長していく様子を、たっぷりご覧いただけると思います。
■うどん作りから、廃業するうどん店の味継承まで行う「うどん部活動」
――――ここからは、もう一つのメインであるうどん部の活動について伺います。本当に美味しそうなうどんをレシピ開発から製造、販売まで一貫して生徒たちが手がけているんですね。
安田:ひばりが丘高校のうどん部は、富士吉田市の郷土料理「吉田のうどん」を継承するため、本当に頑張っておられます。メディアでもよく取り上げられ、富士吉田市でうどん観光大使にも任命されているんです。8日間の撮影だったので、美味しそうに食べるカットを最小限しか撮れなかったのは残念でしたが、うどん作りのシーンはしっかりと撮れました。
――――捏ねるところから、踏んでコシを出すところまでしっかり網羅されていました。
安田:俳優陣がひばりが丘高校に伺って、うどん部の皆さんに作り方を指導していただいたり、撮影現場では河口湖町にある「吉田のうどん 蔵ノ介」のオーナー夫妻が愛情をもって捏ね方を指導してくださったりしました。ひばりが丘高校うどん部は、うどんを作るだけでなく、うどん店で売ったり、富士吉田市にあるうどん店を網羅したパンフレットを作ったり、閉店するお店の味を受け継いでその店名のメニューを販売したりもされてるんです。
――――まさに、味の継承ですね。
安田:「吉田のうどん」は、ベースとなるコシの硬い麺やトッピングはだいたい似てますが、すりだね(山梨県富士吉田地域発祥の辛味調味料。映画でも試作するシーンが登場)のブレンドが店によってかなり違うんです。なので、すりだねで「味変」すると、さらにお店独自の味になるわけです。うどん部は、そうした「吉田のうどん」の味と魅力を、次世代に継承しようとされています。
■地域の人に愛される映画を目指して
――――関西人に馴染みのある讃岐うどんとは違うところが多々ありますね。富士吉田市は織物の町でもあり、雄大の兄が家業の織物工場で働いている設定になっています。
安田:富士吉田のシンボル、金鳥居より富士山側は「上吉田」という地域で、富士山詣の登山客が泊まる宿もあり、神聖な雰囲気がするエリアです。それとは対照的に、今回ロケをした「下吉田」は、織物産業が栄えたのと同時に、西裏と呼ばれる場所では飲屋街が栄え、商売と結びついた庶民的なエリアです。
工場を撮影させていただいた光織物さんは、掛け軸や五月人形に使われる生地など、とても華やかな織物を製造されています。
――――初長編の『幸福(しあわせ)のスイッチ』では電器屋の継承問題も描かれていましたが、家業があると継承は避けて通れない問題です。
安田:「頑張りたいのに頑張れない」の背景に、優秀な兄弟や周囲の人に対するコンプレックスがある…というケースは、結構多いですよね。
そういう青春にありがちな悩みや、将来に対する悩みも描いてますが、お話自体はコミカルなフィクションで、うどん部の活動や凸凹コンビのコントラストも楽しんでいただけると思います。コミカル一辺倒ではなく、「こんな青春のもどかしさ、あったなぁ」と懐かしんでいただけるリアリティーもあるかと。出てくる人が皆、ちょっと面倒で、愛おしい感じです。また、レシピ図鑑シリーズとしては、地域の人に長く愛され、「これがわたしたちの町の映画だ」と思っていただける映画を目指したいので、観た後、心に陽の風が吹くような作品にしあげたつもりです。
■「ちょっと」の部分を大事に
――――頑張りすぎるぐらい頑張っているけど、周りがついていけず、結局うまくいかない典型的な悪循環に陥ってしまうのが、藤嶋花音さんが演じたうどん部の部長でしたね。
安田:藤嶋さんは、演技経験が少ないながらも本当に勘がいい俳優さんで、魅力もあるのでブレイクするかも、と思いました。この部長も抱えている問題を全て解決するわけではないし、一時的にうどん部を手伝った雄大が、最後にうどん部に入ってキラキラのハッピーエンドを迎えるわけでもない。猛も含めて、みんながちょっとだけ前進する。その「ちょっと」の部分を大事にして脚本を書きました。
――――今年公開された、もしくは公開予定の若手監督の作品でも、日常のちょっとした変化を丁寧に描く作品が増えてきた印象があります。観客が求めているのも、派手な物語より、自分を重ねることができる、等身大の物語なのかもしれません。
安田:コロナ禍を経て、目覚ましい成功物語を観るのはちょっとしんどい部分もありますね。一足先にご覧いただいた方からは、「映像が美しくゆっくりとした時間の流れが心地よい。紅葉と富士山も美しかった」「うどん部の決めポーズが面白かった」「悩みを抱えながら他人を気に掛けることができる温かさ。大切だと思った」「見た後に温かいものが心に残るいい作品だった」など、さまざまなお声をいただきました。
――――ありがとうございました。最後にメッセージをお願いします。
安田:歌舞伎と現代劇のどちらも演じられるというのは貴重ですし、歌舞伎ファンの方にもぜひ片岡千之助さんの舞台とのギャップを楽しんでいただきたいです。親子でも楽しく観ていただける作品なので、「うちの子、ちょっとモヤッとしてるわ」と思ったら、一緒に映画を観に来ていただき、うどんを食べて帰っていただきたいですね。
荘厳な富士山に見守られている街で、メンドウな人たちがちまちまと動き、悩み、そして時に笑いを誘う。そうしたコントラストと、ちょっとした前進の物語を楽しんでいただけるのではないでしょうか。ご観賞後はぜひ、チラシの裏のロケ地マップを見ながら、富士吉田市を歩いて楽しんでください!
(江口由美)
<作品概要>
『メンドウな人々』(2023年 日本 71分)
監督・脚本:安田真奈
出演:片岡千之助 藤嶋花音 柳明日菜 大迫一吹 翔 佐藤鯨 鳴海翔哉 瑚海みどり
坂本ちえ 西山宏幸 内山由香莉 上村健也 /筒井真理子 的場浩司
制作プロダクション・配給:映画24区 製作:山梨放送 映画24区
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