歴史に残る1日を通して、有権者の今の心理を映し出す。『国葬の日』大島新監督インタビュー


世論を二分した安倍晋三元首相の国葬当日を全国10都市から見つめたドキュメンタリー映画、『国葬の日』が、9月23日(土)より第七藝術劇場、元町映画館、9月29日(金)より京都シネマ他全国順次公開される。

監督は、『なぜ君は総理大臣になれないのか』『香川1区』の大島新。日本の歴史に残るであろう国葬当日に人々は何を思ったのか。国葬や安倍氏に対する想いについて取材を重ね、2022年9月27日国葬の日を振り返る。国葬のことを知らなかった人、反対デモを行う人、被災地で復旧作業に没頭する人、孫の未来を案じる人…。それぞれの1日に、みなさん自身の9月27日も重ね合わせながら、国葬の是非で揺れた日本人の心理についても、考えたい作品だ。

本作の大島新監督に、お話を伺った。


■『香川1区』で興味を持った有権者の心理

――――政治家の小川淳也さんを長年取材した『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)は、大きな反響を呼びました。『国葬の日』は、今の日本に生きる人たちの多様な姿が浮かび上がります。

大島:テレビでも映画でもひとりの人間を追う人物ドキュメンタリーを撮るのが好きで、『なぜ〜』はある意味その集大成でした。続編の『香川1区』は引き続き小川淳也さんが主人公なので人物ドキュメンタリーとは言えるのですが、相手陣営も含めて選挙取材を進めていくうちに、僕の興味が有権者に移っていきました。この変化は自分にとって大きかったです。


――――なるほど。それは大きな変化ですね。

大島:有権者の半分近くは選挙に行かないし、行っている人たちも何を基準に投票しているのか。例えば保守系が非常に強い香川県の小豆島では、立憲民主党の小川さんの集会に、あるご老人が応援しにきていたのですが、「野党議員を身内が応援していることが知られたら…」というご家族の引き留めを振り切ってきたそうです。大体、市議会や町村議会の議員は自民党が多く、町の顔役でもあるので、「次も頼むよ」という一言が票に効いてくるわけです。なぜ野党議員を応援しないのかと質問すると、「頼まれてないから」と言われ、誰に投票するかは、地元に広いネットワークを持つ顔役の人からのお願いであることを、撮影時に間近で見てきました。だからきっと日本中で同じようなことが行われているはずで、投票において、ある程度の確率で日常のしがらみが影響を与えていると思うのです。実際に2022年に『香川1区』を公開し、舞台挨拶で回った地域で選挙区事情を聞いたりする中でも、保守が強い地方で有権者や、ひいては日本人の気質を考えることが多かった。そんなころに起きたのが、7月の安倍首相襲撃事件でした。



■有権者の流されやすさが現れた内閣支持率の爆上がりと国葬問題

――――参議院選挙を2日後に控え、奈良で応援演説中の安倍首相を襲った凶行でした。

大島:参院選は間違いなく弔い合戦になり自民党が勝つと思ったら、その通りの結果になりました。2年前の2020年に安倍首相がコロナ対策で失敗を重ね、支持率が30%代に下がり、体調不良もあって退陣されたのですが、退陣後、一気に支持率が15ポイントも跳ね上がったんです。きっと「お疲れさま」という労いの気持ちが入っていたのだと思いますが、これにも僕は衝撃を受けました。先ほどの弔い合戦といい、これほど有権者は情緒的なものなのかと。中曽根元首相が言ってましたが、政治家というのは歴史の法廷に立たされる人であり、時間をかけて評価されるべきなのです。本作にも関わりますが、国葬されたケースは戦後、吉田茂氏と安倍氏のふたりだけで、政治家としての評価を歪めてしまう可能性があります。政治利用もされる可能性があるという意味で、僕自身は国葬に反対でした。


――――当時、国葬の賛成派と反対派ということで、世論が二分されたという認識を持っていた人も多かったと思います。

大島:国葬反対の声が高まったときに、僕はまた違う意味での情緒が働いたのではないかと思ったんです。つまり、みんなが反対しているみたいだから反対だとか、統一教会のことが盛んに報じられたことも反対の声が増える要因になったのではないでしょうか。もし事件後、選挙が一ヶ月延期され、その間に統一教会のことを報じられていれば、選挙結果は随分変わっていたと思いますし、有権者の流されやすさにも疑問を覚えました。



■国葬の“日”を通して描きたかったことは?

――――それらの問題意識が、本作の製作に繋がったと?

大島:国葬について何かドキュメンタリーを作れないか、ぼんやりとは考えていましたが、きっとどのメディアも映像を撮り、すぐに流すでしょうし、独自のことはできないと思っていたんです。でも、国葬の“是非”ではなく、国葬の“日”を通して、ある種の日本人の意識やグラデーションを映し出せるのではないか。つまり、強く反対や賛成をしている人はそんなに多くなくて、その内側には「どちらかといえば」層がたくさんいて、気分や風潮によって動いているのではないか。9月1日より公開中の『福田村事件』(森達也監督)のテーマでもある、善良な人でも集団になるととんでもないことをやってしまうという同調圧力や、日本人の個の弱さ、少数派にいたくないという心理ですね。そのような仮説のもと、全国10箇所で国葬の日に撮影をしようと考えました。


――――10箇所はどういう基準で選んだのですか?

大島:ギリギリに撮影を決断したので、3日間で場所選びをしなくてはならず、あまり吟味はできなかったのですが、東京と安倍氏の選挙区である下関、銃撃現場のある奈良、そして沖縄と福島の5箇所が最初に決まりました。沖縄と福島は安倍氏に関わらず、時の政権により翻弄されてきた人たちがどのようにその日を過ごすのかを追いたかったんです。

残り5箇所については、海外での上映を検討しているので、国際的に名前を知られている広島、長崎、京都の3都市に決めました。あとは全国の地理的バランスを見て、最北の札幌、そして最後の1都市は豪雨災害が起きたばかりだった静岡県清水市(現在は静岡市清水区)にしました。というのも、国葬の日でも復興作業の真っ最中なので、その様子を記録することにも意味があると思ったのです。



■読後感は悪いが、みなさんの感想によって完成する映画

――――懸命に作業する高校生ボランティアたちと家主のシニア女性とのやりとりが、とても微笑ましかったです。

大島:この作品は、思想的に右の人が見ても、左の人が見てもモヤモヤすると思います。安倍氏が好きな人も嫌いな人も、国葬に賛成の人も反対の人も、どの立場の人が見てもモヤモヤするのですが、清水東高校の若者たちのシーンだけは、どの立場の人が見ても気に入ってもらえると思うので、いてくれて良かったですよ。「読後感が悪い映画」と呼んでいるのですが、過去2作のようなストーリー性や、選挙に勝つなどのカタルシスもないので、後味は良くない。でもそれが故に、観てくださったみなさんの感想によって、映画が完成すると思っているんです。


――――編集をし終わり、大島監督ご自身も困惑したそうですが、仮説以上のものが映っていたということでしょうか?

大島:国葬に賛成している人も政策うんぬんより、もっとふわっとした理由であったり、若い人ではそもそも関心がなく、国葬の日であることも知らなかった人がいたり、どちらの気持ちもわかると前置きする人もいらっしゃり、日本人の性質が見えましたね。もう一つは、いわゆるリベラル左派の言葉が届いていないと感じたんです。自分たちが正論であると信じ、ロジカルに政権を批判してきたつもりなのに、その言葉が届いていないことを実感しました。例えば、奈良の銃撃現場で、大学生が目を輝かせながら安倍氏への思慕の気持ちを語るのですが、その彼に対する言葉をわたし自身が持っているだろうか。対話できる言葉が持てるかというのは、難しい問題ですね。



■有権者のマインドは、民主主義のシステムを放棄した「お上主義」だった

――――思春期の間ずっと日本の総理大臣だった若い世代への安倍氏の浸透ぶりを感じます。それだけに、負の部分をどう説明するか、難しいですね。

大島:奈良ではもう一人、タクシー運転手の方にデモについて聞くと、「デモをやってももう遅いでしょ。国が決めたことだから」とおっしゃったのですが、事実はそうかもしれないけれど、国民はデモをする権利を持っていますし、時の政権がおかしいと思えば選挙によって変えることもできる。それが民主主義なのですが、国が決めたことだと諦める時点で、民主主義を放棄しているわけです。精神的に自分が決める側から外れているわけで、日本は民主主義のシステムは持っているけれど、マインド的にはお上主義だということが、国葬の日の一連の映像から見えてきました。国葬が終われば、さっと日常に戻り、何事もないかのような日々が続いていく。こちらの言葉が届かず、社会が変わっていかないことを、自分が作った映画で見てしまったことに対する困惑ですね。


――――国葬不要論も大きい中、強行した感のあった国葬ですが、あれから一年経ち、本作がなければ、国葬について振り返ることもなかった気がします。

大島:そうなんですよ。ちょっと大げさに言えば、先々のためにも残しておきたいと思ったんです。国葬の1年後に公開しますが、10年後、20年後に観ると、その時の社会状況によってまた観方が変わってくると思います。今回はアーカイブを一切使わず、2022年9月27日に撮った映像だけで構成しています。10数年被写体と向き合い、撮影するような時間の持つ力もドキュメンタリーの強さですが、こういう手法もありえますね。



■足立正生上映現場の撮影と、そこで感じた「届かなさ」

――――最後に、映画でも強いインパクトを与える、東京での足立正生監督作『REVOLUTION+1』上映会の撮影について、教えてください。

大島:足立さんの『REVOLUTION+1』は、本作を作る大きな後押しになりました。80代の足立さんが、覚悟をもって国葬の日に事件の実行犯を題材にした劇映画を発表したわけです。ドキュメンタリーの作り手として、僕も何かやらないわけにはいかないと思わせてくれました。だから、東京の撮影は『REVOLUTION+1』上映会場をメインにすることに、最初から決めていました。ただそこでも自分を含め、どうしても足立さんの仲間たちが集まってしまい、その場の高揚感、見方を変えれば、若干「こういうことをやってやったぞ」という悪ノリのような雰囲気も感じたのです。足立さんのチャレンジにはとても敬意を表しているのですが、一方で、ここでの声は安倍氏の支持者へ届かないことを、撮りながら感じました。その難しさは、まさに今、世の中のある種の分断や、無関心の一つの側面だと思います。

(江口由美)


<作品情報>

『国葬の日』(2023年 日本 88分)

監督:大島新

取材・撮影:[東京]大島新/三好保彦 [下関]田渕慶 [京都]石飛篤史/浜崎務

[福島]船木光 [沖縄]前田亜紀 [札幌]越美絵 [奈良]石飛篤史/浜崎務 [広島]中村裕

[静岡]込山正徳 [長崎]高澤俊太郎

9月23日(土)より第七藝術劇場、元町映画館、9月29日(金)より京都シネマ他全国順次公開

※第七藝術劇場にて9月23日(土)、24(日)上映後、大島新監督トークショーあり

元町映画館にて9月24(日)上映後、大島新監督舞台挨拶あり

公式サイト→ https://kokusou.jp/

©「国葬の日」製作委員会