「よりよい世界を作る希望を諦めない」 女性だけのメディアの奮闘に迫る『燃えあがる女性記者たち』リントゥ・トーマス監督、スシュミト・ゴーシュ監督インタビュー
日本における報道の自由度が年々低下している(2023年は68位)ことが話題になって久しいが、報道の自由度が161位と独裁国家並みに制限されているインドで、不可触民(ダリト)の女性たちが立ち上げたメディアの奮闘ぶりを描くドキュメンタリー映画『燃えあがる女性記者たち』が9月30日(土)より第七藝術劇場、10月6日(金)より京都シネマ、10月13日(金)よりシアタス心斎橋、10月14日(土)より元町映画館にて公開される。
2002年にインド北部のウッタル・プラデーシュ州で、根深いカースト制度により差別を受け、教育も受けることもままらないダリトの女性たちが立ち上げたニュースメディア「カバル・ラハリヤ」が誕生。映画ではすでに地元で実績を上げてきた「カバル・ラハリヤ」が、2016年にデジタル化へ舵を切るところから密着。スマートフォンを片手に、果敢に取材へ挑むスタッフの奮闘ぶりや、家庭と仕事との両立の難しさを映し出す。政治家であろうが、自警団の次期リーダーであろうが臆せずに、鋭い質問を浴びせるミーナ、家族からの結婚の圧力に悩みながらも自分の番組を持ちキャリアを摘もうとするソニータ、取材に悩みながらもミーナの指導で成長していくシャームカリなど、メンバー個人の成長を感じ取れる。一方でモディ首相のもと、ヒンドゥー至上主義に染まっていくインドの危うさも映し出し、メディアの役割を改めて問いかける。市民の声となり、権力者に問い続けるミーナの覚悟に、ジャーナリズムの真髄を見ることだろう。
来阪したリントゥ・トーマス監督(写真右)、スシュミト・ゴーシュ監督(写真左)にお話を伺った。
■ダリト女性によるニュースメディア「カバル・ラハリヤ」立ち上げから撮影まで
―――ダリトの女性たちが立ち上げたメディアの活動ぶりは、非常に勇気付けられるものでした。本作では「カバル・ラハリヤ」の活動が既に認知され、新しい挑戦をはじめるところから密着していますが、立ち上げの経緯やどのように認知されたかを教えてください。
リントゥ:ダリトの女性によるニュースメディア「カバル・ラハリヤ」は、成人識字プロジェクトとして国から補助金をもらい、NGO法人による開発プロジェクトとしてスタートしました。ほとんど文字が読めないダリトの女性たちがニュースレターを作ったらどうなるのかという社会実験的なプロジェクトで、自分たちの言語でニュースレターを作ったのです。活動を通じて参加者は自信を得ることができ、2002年、プロジェクト終了後も自主的にニュースメディアを続ける選択をして、現在に至っています。
以来14年間は紙媒体のみで、大きなメディアが取り上げないような地元のニュースを、文字での情報が届かなかった地域に発信してきました。だから「カバル・ラハリヤ」の活動は地元の人にはよく知られていましたし、デリーやムンバイのような大都市でもリベラルなメディアの人たちの中では知っている人もおり、女性活動家が「カバル・ラハリヤ」の記者たちをトレーニングすることも行っていたんです。
―――なるほど。地域密着のニュース記事を、地元の人に届けることで認知を獲得していったのですね。おふたりが「カバル・ラハリヤ」を知ったきっかけや映画化の経緯を教えてください。
リントゥ:わたしたちは2016年に「カバル・ラハリヤ」がウェブで公開していたフォトストーリーを観て、彼女たちを知りました。スニータやミーラたちと接触を重ねると、ちょうど紙媒体からデジタルへ移行するタイミングで、スマートフォンを見たこともない人もいる中で、非常に大きなチャレンジだったのです。「カバル・ラハリヤ」の会議に招かれたとき、わたしたちがカメラを持っていったことが、結果的に非常に良かった。会議でシャームカリをはじめ、とても個性的な女性たちに出会うことができました。だから2016年の時点では、撮影をし、もし映画にできるなら1本の映画にしよう、できなければ彼女たちに活動の歴史としてお渡ししようと思ったのです。最終的に映画となり、日本でも公開できるのは、本当に嬉しいですね。
―――メンバーに取材を申し込んだときの反応は?
スシュミト:映画を撮り始める前に「カバル・ラハリヤ」のデリー本社で幹部とどういう映画を、どのような意図を持って撮りたいのか話し合い、ジャーナリストの組織を独立した視点で撮りたいと希望を伝えると、地域の記者たちに会ってはどうかと提案してくれました。おかげでデリーから600km離れたミーラたちのチームに会いに行くことができ、映画の中でミーラが紙からデジタルに移行することを提案する会議を撮影することができました。スニータはいくつもの質問を投げかけていましたし、シャームカリはスマートフォンを触ったことがないので不安そうでした。その会議でわたしたちの撮影についてお話しし、皆さんは興味を持って受け入れてくれました。この映画は4年がかりで、毎年7〜15日ほど彼女たちを訪れて取材し、ご自宅にも招かれています。ミーラはとても賢い人なので、最初からわたしたちが何を撮るのかをわかっていたと思います。彼女たち自身も映像メディアの力に気づき始めた頃でしたし、編集をすることで、また違う意味づけができることもわかってきていた。わたしたち夫婦がミーラの家を訪れることで、ミーラの夫とも夫婦のことについて語り合うことができました。
■「カバル・ラハリヤ」メンバーのジャーナリストとしての視点で
―――本作では同じダリトの女性でも性被害を受ける側と、被害を受けた彼女たちを取材する側の双方が同時に映し出されます。とてもセンシティブなシーンですが、撮影はどのように行ったのでしょうか。また、このシーンは映画の中でどんな意味を持つのでしょうか。
リントゥ:映画を作るにあたって「カバル・ラハリヤ」のメンバーたちに話したのは、わたしたちは取材の邪魔をしないということです。彼女たちが撮ってほしくないと思ったことは撮りません。たとえばわたしたちが記者たちとサバイバーの家に行っても、彼女たちから止めてほしいと言われれば、撮影しませんでした。わたしたちは常に観察者であり、わたしたちは彼女らのジャーナリストとしての視点を捉えたいのです。ですから、どのエピソードも彼女たちの視点を中心に撮ってきました。
―――彼女たちの視点というのは、取材相手に投げる質問の言葉にも現れていますね。
リントゥ:ダリトという自分たちと同じコミュニティの事件の取材で、彼女たちが警察に行き、捜査しようとしない警察官に問い詰めたり、ヒンドゥー至上主義の青年自警団員サティアムのところで質問しているときの言葉の鋭さにも現れていると思います。わたしたちは政治家に対しても「カバル・ラハリヤ」について映画を撮っていることを伝えていましたが、中には都会からカメラマンが来たということで、わたしたちに救済を求めた方が早く問題解決するのではないかと考えた人もいましたので、撮影しても映画に入るかどうかわからないことは予め伝えていました。また、身元がわからないようにすることも非常に重要なので、とてもパワフルな話であっても、撮影されたことで被害者たちが不利な状態に陥る可能性がある場合、本編に入れていません。いつもジャーナリストの彼女たちが、どのような人で、どんな仕事をしているのかを撮影し、それを観客にも伝えられるように心がけました。
―――映画でも「カバル・ラハリヤ」のメンバーが多数登場しますが、それぞれの様子を追うだけで、たくさんの物語ができそうですね。
リントゥ:4年間撮影していたので、最初の編集では5時間になってしまいました。例えば、ミーラが警察で取材するエピソードや、被害者に話を聞くところも彼女自身がよく現れていると思います。また、ミーラが宗教で政治が右派化している状況に関しても、いかに攻撃的にならずに質問するかという点ではわたしたちがドキュメンタリー映画を作る上で学ぶべき点が現れていると思います。そのようにして彼女たち自身が表現され、観客にも大きな影響を与えるであろうシーンを選び、93分まで絞り込みました。
■インド全体のジャーナリズムの課題と、ジャーナリスト個人の夢を捉える
―――4年間撮影したということで、メンバーそれぞれの仕事面での成長や、結婚などプライベート面での悩みも浮かび上がります。それと同時にヒンドゥー至上主義が蔓延し、ジャーナリストの活動が制限されていくインドの状況も克明に映し出していますが、構成や編集で念頭に置いていたことは?
スシュミト:映画を撮影した2016年から2020年までの4年間は、インドにとっても非常に大きな変化がありました。2014年に総選挙でインド人民党が勝利をおさめたことによりモディ首相が誕生し、インドを分断する政策をとってきました。2017年にバングラデシュの極右派で急進的なヒンドゥー僧が州知事になり、憎悪と恐怖のキャンペーンを州で行うのですが、ちょうどそのとき、わたしたちが取材していたのです。2020年、編集するにあたり、「カバル・ラハリヤ」が取材しているというミクロの話と、インド全体のマクロの話をどう合わせるかが、編集の一つの課題になりました。インド全体のジャーナリズムの課題と、ジャーナリストである彼女たち個人の希望や夢を捉えていますし、ジャーナリストの役割の変化も表されていると思います。
―――「カバル・ラハリヤ」以外は男性記者ばかりで、テンプレートを使ったりと取材の仕方もかなり定型的な印象を受けました。そういう点でもインドのジャーナリズムの多数派と少数派の両方を知ることができた気がします。
スシュミト:ジャーナリズムを表す映画というのはフィクションであれ、ノンフィクションであれふたつのタイプに分かれます。ひとつはルーマニア映画『コレクティブ 国家の嘘』(2019) のように有名な事件を扱う作品。もうひとつは『マリア・レッサ フィリピン 強権国家との闘い』(2020) のように有名なジャーナリストに密着する作品ですが、この映画はどちらにも属していません。だから、どのようにして説得力を持たせながらジャーナリストのグループの活動を表すかを考えました。インドの特定の地域の小さな話で、インドの人でもわかりにくい複雑なカースト制度の話ですが、全世界の人に知ってもらいたいと思い、作っています。
―――具体的にはどんな工夫をしたのですか?
スシュミト:個人的なジャーナリストの話とインド全体の話を交えて編集していますが、20分ごとにインド全体でどうなっているのかを、字幕や記録映像を使って表しています。またその出来事が彼女たちにどんな影響を与えたかがわかると思います。またちょうど中盤に青年自警団員が登場しますが、そこでそれまでの登場人物3人(ミーラ、スニータ、シャームカリ)の物語から、大きく飛躍するのです。
■エンパワメントというのは旅であり、目的地ではない
―――「カバル・ラハリヤ」はメディアとして力をつけ、力のない同じダリトの人たちを救うために尽力しています。
リントゥ:わたしたちが撮ったもので、国内の状況を示す一番大きなものは権力だと思います。映画の中でも、誰が権力を持ち、そして何をしているのか。それが政府であれ、マフィアであれ、父権主義であれ、何をしているのかを撮ろうとしています。またミーラ、スニータ、シャームカリのそれぞれが自分たちの世界を作り、その構造がぶつかりあうことも映し出しています。わたしたちも4年間見続けてきました。権力は想像することも、破壊することもできますが、「カバル・ラハリヤ」はその力を使って創造してきました。組織自体が成功しているというより、彼女たちが個人的な困難もありながら、どうやってそれを乗り越え、価値を作り出していったか。それが創造だと思っています。一方で、毎日起きる破壊に対してどう向き合っていくかであり、この映画の大きなメッセージは「エンパワメントというのは旅であり、目的地ではない」なのです。インドにはカースト制度があり、乗り越えらなければならない困難な状態がありますが、世界にも人種や父権主義など様々な差別があると思います。自国においてどうなのかも考えていただきたいですね。
■「よりよい世界を作る希望」を諦めない勇気をもらう
―――4年間「カバル・ラハリヤ」を取材したことで、どんな影響を受けましたか?
スシュミト:よりよい世界を作るという希望を諦めない勇気が、彼女たちの仕事に現れていたと思います。インドでは、非常に大きなリスクを負うことがジャーナリズムだけではなく、学問の世界にも広がっています。歴史学の先生がある人を追悼しただけで刑務所に入れられることもありますし、ドキュメンタリー映画制作者でも政治に関する作品を作っただけで刑務所に入れられたり、危険が身近に迫っているのです。わたしが青年時代はまだ民主主義国でしたから、こんな事態が起きるとは思ってもいませんでした。でも、この作品の「カバル・ラハリヤ」のメンバーのように、まだ闘っている人がいることに大きな感銘を受けますし、もっと他に闘っている人を取り上げ、映画を作っていきたいと考えています。
リントゥ:「どのように同意しないか」について、いかに同意するか。つまり、自分たちを歓迎しない人たちに対して、どう対応していくかという一種の考え方の訓練や、生き残るための戦術を、彼女たちからずっと学んできました。
■沈黙してしまう前に、今、良いジャーナリストの支援を!
―――日本は今、報道の質の低下が叫ばれ、権力側へのメディアの監視機能が弱まっていると感じますが、そんな日本の観客に伝えたいことは?
リントゥ:ジャーナリストがわたしたちの支援を必要としている時期だと思います。大手メディアではなく、独立してオリジナルのニュースを発信している小さな媒体やフリーランスのジャーナリストに対し、例えば配信登録やニュース購入をして金銭的なサポートをしたり、SNSでシェアすることで情報拡散に協力することもできます。真実の声を上げようとしているところに対し、支援することがとても大事です。沈黙してしまう前に、今、支援をする必要があります。
スシュミト:フェイクニュースが出回る中、真実の声をあげようとしているメディア、機関、個人をサポートする制度も少なからずあります。良いジャーナリストを支援することが一番大事です。
(江口由美)
<作品情報>
『燃えあがる女性記者たち』 (2021年 インド 93分)
監督:リントゥ・トーマス、スシュミト・ゴーシュ
9月30日(土)より第七藝術劇場、10月6日(金)より京都シネマ、10月13日(金)よりシアタス心斎橋、10月14日(土)より元町映画館にて公開
公式サイト→ https://www.writingwithfire.jp/
(c) Black Ticket Films
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