真っ当な政治家がうまくいかない日本の政治を見つめ、今こそ問う。 『なぜ君は総理大臣になれないのか』大島新監督インタビュー
汚職や不正が相次ぎ、政治不信が蔓延する中、こんなにクリーンで、実に真っ当なことをきちんと主張できる政治家がいるのかと驚きを覚えるドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』が、7月24日(金)よりシネマート心斎橋、9月4日(金)より宝塚シネ・ピピア、今夏元町映画館他全国順次公開される。
監督は、『園子温という生きもの』の大島新。大島監督は2003年、「社会を良くしたい」という思いで、総務省を辞め、故郷高松で衆議院議員に立候補した小川淳也さんを取材し、以来定期的に会う中で、安倍政権が長期化すればするほど、当初に抱いていた「総理大臣を目指す」という目標に遠ざかっていく小川さんの姿を見て、2016年に映画化を決意。2003年、民主党の小川さんが初出馬するところから始まる本作は、民主党政権誕生、自民党の第二次安倍政権発足を経て、前原民進党代表の最側近となった小川さんが希望の党との合流で苦悩する姿を、その選挙戦に密着しながら映し出す。また、後に無所属となった小川さんが「統計王子」と呼ばれるようになった、国会での統計不正問題に抗議する演説シーンも収録。小川淳也という政治家の本質が見て取れるだろう。政権を狙いながら、なかなか手が届かない野党目線で日本の政治を省みる作品であり、かつこれだけ私利私欲のない実直で志の高い政治家が重要ポジションにつけない今の日本の政治や政治家像についても、一石を投じる作品だ。
本作の大島新監督に、お話を伺った。
■この映画は小池さんに振り回された、ある政治家の長い闘い。
――――先日行われた東京都知事選で現職の小池さんが圧勝しましたが、本作でも17年の小池氏がキーマンとなった衆議院選挙のシーンが一番印象的でした。
大島:最近刊行された「女帝 小池百合子」と本作を合わせて読んだり、観たりするといいとTwitterでご感想をいただくこともあるのですが、小池さんのノンフィクションに対し、この映画は小池さんに振り回された、ある政治家の長い闘いです。小池さんの今までの軌跡を見ていくと、細川護煕さん、小沢一郎さん、小泉純一郎さんとそれぞれの広報担当者のようになり出世していくのですが、この3人は全く違う政治ポリシーを持っているので、有権者からすれば、(出世のためなら)なんでもいいのかと思ってしまう。私が取材した小川淳也さんは、やりたいことが明確で、そのために政治家になりましたし、それを曲げたくないという強い意志があります。まじめで誠実だけど、出世ができない。それだけが理由ではないでしょうが、誠実さが政治家としてうまく行かない一つの原因になっているのです。ある種、皮肉でもあるのですが、小池さんと対比することで、どちらの政治家の特徴も言い表しているのではないでしょうか。
■「ドキュメンタリーの仕事をするためにテレビ局にいること自体が間違っているのではないか」と気付き、30歳直前で独立。
――――大島監督は元々テレビ局でキャリアをスタートさせていますが、早々に独立されたのはなぜですか?
大島:元々活字のノンフィクションが好きで、学生時代、深夜のドキュメンタリー番組「NONFIX」で、当時は無名のテレビディレクターだった森達也さんや是枝裕和さんが、作家性のある尖ったドキュメンタリーを作っていたのに憧れ、95年フジテレビに入社しました。運良くそういう仕事ができる部署に配属されたので、「ザ・ノンフィクション」や「NONFIX」の番組を作ることができたのですが、若い社員にドキュメンタリーを担当させるのは思い出づくりのような位置付けで、ある年齢になると局員がドキュメンタリーの現場に立つことは難しくなるんです。実際、当時「NONFIX」用の企画を出したら、会社側から何ヶ月もかけてドキュメンタリーを撮るような仕事をするのではなく、ゴールデンタイムのバラエティのように、ちゃんと稼げる仕事をしてほしいと言われました。
その時、ドキュメンタリーの仕事をするためにテレビ局にいること自体が間違っているのではないかと思いました。大阪の毎日放送(MBS)のように地方局にはドキュメンタリーを作れる可能性のあるところもありますが、残念ながらフジテレビにはその環境がなく、非常に狭き門の「ザ・ノンフィクション」のプロデューサーになるしかなかった。仮にその立場になれたとしても、自分で取材するわけではないのです。一方、制作会社だと、フジテレビだけでなく、NHKや在京他局など色々なところと仕事ができます。僕は30歳直前でしたが、当時は日本一給料の高い会社とも言われていましたから、これ以上給料が上がる前に辞めてフリーランスになる道を選んだのです。
――――最初は映画を作りたいというより、テレビドキュメンタリーを作るための独立だったのですね。
大島:森達也さんがオウム真理教を内側から描いたドキュメンタリー映画『A』(98)は本当に衝撃的でした。テレビ報道と真逆のことをされたわけですから、テレビ局にいては作れない。本当に凄いなと思ったのです。映画はチャンスがあればと思っていましたが、僕自身はまだまだ経験値も少なかったので、とにかく色々な土俵に立ち、面白いドキュメンタリーを作るというのはどういうことかを勉強しなければという思いが強かった。だから30代前半は、テレビドキュメンタリーの仕事に没頭していました。
――――本作で密着した小川淳也さんと出会われたのが、ちょうどその頃ですか?
大島:フリーのディレクターとしてMBSの「情熱大陸」や、フジテレビの「ザ・ノンフィクション」、NHKの「課外事業、ようこそ先輩」などを手がけていた頃で、制作会社や局の方から色々な企画のお声かけをいただくようにはなっていたのですが、自分自身の企画はなかなか通らなかった。他人の企画であったとしても、自ら取材し、いい番組を作って認められることも大事だったのですが、やはり自分の企画で何か作りたいという気持ちは常に持ち続けていました。ちょうどその時、妻の高校時代の同級生から、夫が衆議院選挙に出馬すると言い出して困っているという話を聞き、「面白そうだ」と思ったのです。
――――それは、直感ですか?
大島:ずっと人物ドキュメンタリーを志向してきたのですが、その中で特に政治家に興味を抱いていました。ただテレビ報道の場合、各局の報道局のスタッフ、いわゆる政治記者でなければ、なかなか政治家にアクセスできないのです。私はフジテレビ時代、情報セクションにいましたし、フリーランスになればなおさら、永田町に近付く術がない。でも、小川さんは初出馬とお聞きしたので、それならフリーランスの僕でも取材できるのではないかという思惑はありましたね。
■軽い感動を覚えるほどの“青臭さ”、選挙の結果に関わりなく、小川さんの動向を見つめていたいと感じた。
――――実際、その時会いに行くだけでなく、いきなり1ヶ月ほど取材をされたそうですが、それだけ小川さんに魅力を感じたということでしょうか?
大島:会って半日話しただけで、本当にびっくりしました。こんな人いるんだ!と。私と同世代ですが、ちょっと“青臭さ”に軽い感動を覚えるほどで、あそこまで真剣だと心打たれ、この人には叶わないという気持ちでした。家庭の事情で、年に数回は香川に行く用事もありましたし、この選挙がどうなろうとも、しばらくは小川さんの動向を見つめていたいという感じでした。
■「どうして小川さんのように真っ当な政治家がうまくいかないのか」を記録として残す。
――――民主党政権になったときの小川さんの華やかな顔つきから一転して、小川さんの表情が苦悩に満ちていきます。今まで仕事をしながらライフワークのように追いかけてきた小川さんを、トランプ政権誕生前夜とも言える2016年、改めて密着して映画にしようと思った一番の動機は?
大島:それまでは発表することを特に考えずにカメラを回していたのですが、2012年に安倍政権が発足し、第一次安倍政権の時のことを考えると、そう長くは続かないと思っていました。小川さんも2014年に自身の政策をまとめた渾身の一冊「日本改革原案」を刊行し、悲壮感はなかったのです。でも安倍政権が3年以上になってくると「こんなに続くの?」と。まさにトランプ政権誕生前夜の2016年は、世界的に乱暴な言葉遣いの、ちょっとマッチョタイプの政治家が受けるようになってきた。その頃から小川さんは、民進党内でもうまくいっていないとボヤくようになってきたのです。僕自身、小川さんに期待していたものの、正直政治の世界で上にいくのは難しいのではないかと思い始めました。
映画でも登場するジャーナリスト、田崎史郎さんを囲んでの食事会で、自民党の魔の2回生問題の話題にもなりながら、小川さんのように真っ当で優秀な政治家がうまくいかないのかということを記録として残したいと思ったのです。初出馬の2003年に、小川さんは「政治家を志すからには総理大臣を目指す」と僕に言ったわけですが、全然なれそうになかった。だから企画書を書き、最初は日本や世界の政治の節目ごとに、それらに対する小川さんの考えを聞いたインタビューが中心のオーラルヒストリー形式で発表しようと考えたのです。最初は「こんな映画、誰が見るの?」と周りから言われましたね。
■「こんなにひどい選挙はなかった」2017年の衆議院選挙。記録として意味のあるものが撮影できた。
――――2017年の衆議院選挙では、小池さんの一言のせいで希望の党と合流した小川さんのような民進党議員は、大きなジレンマを抱えて選挙戦に臨まなざるを得なくなりました。本作ではその部分がリアルに描かれていますね。
大島:2017年は映画でも一番ボリュームを使って見せていますが、こんなにひどい選挙はなかったというぐらい酷かったです。その前段階で、小川さんは前原さんが民進党代表になった時、党役員室長に抜擢されたんです。前原さんはリベラル政党の人の割には右寄りの政治家だったので、そのリーダーシップの下で、小川さんが手綱をやや左に引くというコンビネーションで野党を立て直していくつもりでしたが、小池さん率いる希望の党と合流することになってしまった。
小川さんは悩んだ挙句、希望の党で立候補したのですが、あの時無所属を選べなかったのは、やはり彼の弱さでもあると思います。その結果、息子や、父親である小川さんを選挙のたびに支えている小川さんの家族も、「期待していたのに・・・」と小川さんが地域の人や支持者から叱咤されるのを目の当たりにせざるを得なくなる。あの選挙は、いろいろな意味で見応えがありましたし、記録としても意味のあるものが撮影できたと思えた。その時点で、これは映画になるなという手応えを掴めたのです。
■駆け引きも、性に合わないこともしない、永田町での変わり者。
――――その後、無所属になった小川さんが、国会質疑で鋭く統計不正に対して問いただすシーンは、まだ真っ当なことをきちんと自分の言葉で指摘し、伝えられる政治家がいるのかと、少し希望が持てました。こういう演説シーンを映画として後世に残すのは、非常に意味があることだと思います。「統計王子」のことは初耳でした。
大島:一部の国会ウォッチャーから「統計王子」と呼ばれ、地下アイドルのような人気を博しているそうです。一方、永田町では少し変わり者と思われているようですね。駆け引きはしませんし、性に合わないことはしませんから。
――――小川さんの発言でもう一つ感じたのは、野党でありながら、自民党の良い部分は認めた上で、正すべきことを訴えていますね。非常にバランス感覚のある方だと感じます。
大島:小川さんともよく話すのですが、今は右派も左派も言葉が汚い。本当に良くないです。野党議員の質疑も内容はともあれ、言い方が意地悪であったり、揚げ足とりに聞こえると、聞いている方はいい気がしませんよね。小川さんの主張は、「私利私欲を捨てて、野党は一つに」なのですが、それぞれの党の思惑からか、なかなかそこに向かえない。小川さん曰く「安倍政権のままでいいのか」という話ですよね。
■私利私欲はないけれど、ある意味大きな欲はある。
――――もう一つ、小川さんは自身が苦戦を強いられた17年の選挙戦の時ですら、「みなさんの関心が選挙に集まったことは良かった」とおっしゃり、大局から物事を見ることができる方だなとも思ったのですが。
大島:僕は小川さんと長い付き合いですが、私利私欲はほとんど感じません。でも、ある意味大きな欲はある。それは、本当に歴史に残るような大政治家になるとか、いい仕事をすることなのです。例えば南アフリカのネルソン・マンデラや、台湾の李登輝など、海外の大政治家のことはすごく意識されています。権力者にくっついて、大臣になりたいとか、そんな欲は全くないですね。
――――小川さんが、3世議員で地元のメディアも握っている保守陣営の選挙区で闘っていること自体も、大きな意味がありますね。
大島:小川さんは官僚でもあったので、国家を運営していくという意味をよく知っている人です。保守政党とリベラル政党は8 ~9割は政策が一致していていいという考え方なので、何でも反対の野党的考え方ではない。相反する1~2割の政策については、もし国家の利益と国民の利益がぶつかった時に、国家側の利益を選びがちなのが保守政党であるのに対し、国民側の利益を選ぶのはリベラル政党だと言うのです。小川さんはそういう穏健なリベラル派なのですが、彼自身、官僚で限界を感じ、やはり政治を変えなければと思っていますし、田舎の典型的なパターンで、政官財を自民党が牛耳るという構図も変えたかったのではないでしょうか。
■政治家の言葉や振る舞いが、コロナ禍でより問われる時代になった。
――――映画のラストには、緊急事態宣言下で行われたリモートインタビューも含まれていますが、これは元々そこまで入れ込んでいたのですか?
大島:この作品は3月半ばに完成し、4月上旬に緊急事態宣言が発令されたので、マスコミ試写を1回しかできなかったんです。日々色々なことが起こる中、6月公開予定の映画のエンディングがこのままでいいのかと考え込みました。やはり政治家の言葉や振る舞いが、コロナ禍でより問われる時代になったと思うのです。十数年も付き合ってきた政治家である小川さんのポストコロナについての言葉を、最後に入れようと決めました。実際この映画が今、注目していただけているのは、政治家の発言から、心がないことが露わになったり、逆にその発言に優しさを見たりということを、皆が実感したからだと思います。私自身、小川さんのことは、これからも見つめていきたいと思います。ここまでやりましたから、これでもうおしまいということはないですね。
■父、大島渚から受け継いだ、権力や横暴な人に対してNOを突きつけるような精神。
――――小川さんが政治家に向いているかどうかという話が本作では小川さんのご家族の間でも度々登場しました。大島監督はお父様(大島渚監督)と同じ道を歩まれていますが、ご自身が映画監督に向いているかどうかをよく考えられたりしたのですか?
大島:フィクション、劇映画を作ろうと思ったことは一度もありませんが、今考えれば、ドキュメンタリーの作り手としては多少向いている部分はあるのかなと思います。でも決して突出しているとは思っていません。企画によっては、僕がやる意味があると思えるものもあります。お陰様で、経験や人脈も増えてきましたから、プロデューサーとして、若い監督やディレクターが作品を発表するお手伝いもできるかなと思っています。自身で監督することと両方をやっていきたいですね。
――――小川さんの娘さんたちが声を揃えて「絶対に政治家の妻にはならない」とおっしゃっていたのも印象的でしたが、大島監督ご自身は、親の背中を見て、どんなことを感じていたのですか?
大島:僕はある種ファザコンですし、父はそれこそ僕にとっての大きな壁でもあり、ああいう大きな存在にはなれないということを、早い時点からわかっていました。若い頃はいろいろ意識もしましたし、比べられるのも嫌でしたが、今はそんなに意識していないですね。ただ、父が持っていた正義感や、権力や横暴な人に対してNOを突きつけるような精神は受け継いでいると思います。
(江口由美)
<作品情報>
『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020年 日本 119分)
監督:大島新
出演:小川淳也他
7月24日(金)よりシネマート心斎橋、京都シネマ、9月4日(金)より宝塚シネ・ピピア、今夏元町映画館他全国順次公開
公式サイト⇒http://www.nazekimi.com/
©ネツゲン
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