『顔たち、ところどころ』アニエス・ヴァルダ&ストリートアーティストJRがアートで綴る出会いと記憶の旅

年の差50以上だがフォトグラファーという共通点があり、会ってすぐに意気投合したというアニエス・ヴァルダとストリートアーティストJR。この二人が共同監督で作ったドキュメンタリーというだけで、胸が踊る。偶然のように見えて、実は入念に練られ、90歳になろうかという時期にヴァルダが撮った作品は、彼女が映画に遺しておきたい、または素晴らしい友人となったJRに見せてあげたい風景や人がたくさん登場する。


ヴァルダがJRに出会った時から再三、口にしていたのは「黒眼鏡を外さないの?」フォトグラファーとして、相手の目を見たいと多分普通の人より強く思うのだろう。大ベテランのヴァルダに促されても、JRは頑なに眼鏡を外さない。その様子に「かつて私の友達にも黒眼鏡をかけている人がいた・・・」と『5時から7時までのクレオ』でカメオ出演している眼鏡を外したゴダールを映し出す。目の病気で手術をするときのヴァルダの目もクローズアップすれば、貨物車に貼るオブジェにも目の写真が使われているのだ。


かと思えば、昔からずっと持っていた鉱夫の全身像が映るポストカードを引き伸ばしたり、ル・アーブルの港湾労働者の妻たちを呼び、彼女たちの全身像を、コンテナを100個以上積み上げた巨大な壁を作って、大オブジェを作り上げる。部分と全体、個人と公共を混ぜ合わせながらのアート活動で一貫していたのは、とにかくVillage(村)をまわるということ。教会の鐘をつく人、農場経営者から、無職の自称廃材アーティストまで、村で出会う人々の話を聞き、彼らを元気付けるアートをダイナミックに仕上げていく。


中でも興味深かったのはヴァルダが、最近はヤギの角を切っていることが多いことに疑問を呈していたこと。ヤギの角を切らずに飼育することを信条とする養牧者を訪れると、角が生えたままのヤギを小屋のアートにしている。実はサンドリーヌ・ボネール演じる少女モナが行き当たりばったりの旅をするヴァルダの監督作『冬の旅』(85)で、モナが若い家族が経営する農場にしばらく落ち着くシーンがあり、そこでは立派な角が生えたヤギがたくさん飼われていた。ヴァルダの中のヤギの記憶がそれであれば、角にこだわったのは無理もないなと、点と点が線でつながっていく。


また、若い頃にフォトグラファー、ギイ・ブルタンと写真を撮った思い出の海岸では、20年前、人工的に海岸へ落とされた巨大な壁のような岩に、懐かしい写真を引き伸ばして、貼り付ける。作業は大変、でも自然の猛威には逆らえない。次の日には消えてしまっているアートを見て、何事も一期一会であると強く思わされるのだ。その一期一会は、ヴァルダとJRにも当てはまる。旅の合間に二人は向き合い、人生について語り合う。映画を撮っているときは気丈でも、ヌーヴェルヴァーグ時代の友人がどんどんこの世を去っていき寂しさを抱えるヴァルダは、JRに素直な心情を打ち明ける。100歳の祖母と小さい頃から触れ合ってきたというJRは、そんなヴァルダを温かく受け入れる。魂の共鳴とはこのことだなと思う美しい瞬間だ。


アート、伝承、そして人との触れ合いと、ヴァルダらしい構成で、JRと素晴らしい友情を焼き付けた美しい作品。特に女性の声を聞き、彼女たちを励まし、讃える姿に、映画業界における女性監督の先駆け的存在を果たしてきたヴァルダらしさを強く感じた。