才能やエネルギーに年齢は関係ない。40歳崖っぷち男が競輪の世界に挑む! 『ガチ星』江口カン監督インタビュー
ギャンブル、不倫、借金と人生を転がり落ちそうになっている元プロ野球選手の男が、40歳を前に競輪選手に転身!?競輪学校を舞台に、再起をかける崖っぷち男の挑戦を人間臭さたっぷりに描いた映画『ガチ星』が、9月8日(土)からシネ・ヌーヴォにて絶賛公開中だ。
監督は、今まで数々のCM(カンヌ国際広告祭に07〜09まで3年連続受賞)、ドラマ、東京五輪誘致PR映像(13)などを手がけ、本作が長編デビュー作となる江口カン。競輪誕生の地である北九州を舞台に、競輪学校でのトレーニングやレースシーンを交え、競輪の魅力と厳しさ、レースでの駆け引きを臨場感たっぷりに描き出す。3回にわたるオーディションによって選ばれた主演、安部賢一の熱演に加え、博多華丸、モロ師岡らベテラん勢の味のある演技が、物語に奥行きを与える。人生捨てたものじゃないと思わせる、熱き映画だ。
初日舞台挨拶で来阪した江口カン監督に、オリジナル脚本による初監督作の舞台裏をたっぷりと伺った。
■福岡、東京のW拠点で、「気持ちよく住めるところで暮らし、仕事をする」
――――東京だけでなく地元福岡のW拠点で、メジャーと地方からの発信とを両立させていますが、このスタイルで仕事をするに至った経緯は?
20代後半に東京で仕事をしようと思ったことが一瞬あったのですが、受け入れてもらえなかったんですよ。当時は「今更、作り手として東京に出ても遅いんじゃないの」とよく言われました。今なら「まだ20代後半」と思えるのですが、当時はそんなものかと思い、インターネットが普及してきた時期だったので、それなら福岡からミサイルをぶち込んでやろうという気になりました。それに、今もそうですが、東京に馴染めない。「パンが好き?ご飯が好き?」と言うぐらいの根っこの感情なので、気持ちよく住めるところで暮らし、仕事をした方がいいと思ったのです。福岡に住みながら仕事をしているうちに、東京を拠点に仕事をしていた人が、地元や好きな地方に移り住むケースが最近はどんどん増えてきました。だから、いつの間にかこのスタイルでは最先端になっている感がありますね。
■男の40歳は今までの人生に対して、ふと気づきがある時期
――――なるほど、地域映画が誕生する土壌が熟成されている気がしますね。ところで監督はもともと自転車がお好きだったそうですが、自転車が登場する映画として競輪に着目した理由は?
この企画を考えたのは2012年なのですが、それまで数々の映像に携わってきたものの、自分に紐付いたものはなかったので、それを作りたいとずっと思っていました。そのための準備をしている時に、偶然テレビで競輪学校のドキュメンタリーを見たのです。プロ野球をクビになった20代半ばぐらいの元選手が、競輪の世界を目指すというものでした。10代の人の中に入ると、20代半ばでもとても苦しそうにしていたのが印象的だったのです。
――――この物語の中でも主人公濱島は、40歳目前の崖っぷちで奮起するべく懸命に競輪に取り組んでいきますが、男の40歳というのはそれぐらい崖っぷち感があるのですか?
僕はずっとCMを作ってきましたが、同じ映像でも映画というのはやはり遠い存在で、当時は僕も40歳を過ぎて、映画を作れるのかという年齢的なプレッシャーを感じていました。
ただ年齢による限界というのは、ほぼ本人の意識の問題であると思うのです。男性に関しては30代はまだ体力もあるし、自分の中で色々なことを殺しながら突っ走ることもできれば、他人の言いなりに生きていくこともできる。でも40歳というのは、そういう今までの人生に対して、ふと気づきがある時期なんです。
――――カン監督の場合、40歳を迎えた時期はどんな気づきがあったのですか?
僕は、なんでも遅いんですよ。CMも40歳になって、やっと自分が面白いと思ったものを、周りの人も面白いと思ってもらえるようになった。「辞めんでよかった」と思いました。それまではものすごく乖離があって、俺がダメなのか、周りの見る目がないのか、よく分からんなと思いながらやり続けていましたから。40歳過ぎて作ったCMが海外の人の目に留まり、カンヌ国際広告祭を受賞したら、途端に声がかかるようになって(笑)。ラッキーでしたね。人に合わせられないタイプなので、自分のスタイルは全く変わらないのですが。
■主人公と重ね合わせられるような役者を探して「40代で鳴かず飛ばずの役者」オーディションを3回実施。最後は安部さんと「心中してみよう」という気持ちに。
――――濱島役のオーディションでは、「40代で鳴かず飛ばずの役者」という条件を出したそうですね。
有名な役者さんが濱島を演じるのはイメージできなかったです。脚本の金沢知樹さんは「あいのり」に出ていた芸人さんなのですが、今回のオーディションは彼のアイデアです。有名な人を使わずに、主人公と重ね合わせられるような役者にしてはどうかと提案してくれました。この映画はそのことだけだなと、途中から切り替えました。まさに心中です。
――――心中覚悟の大役、濱島役が安部賢一さんに決まるまで、紆余曲折があったそうですね。
数は集まったのですが、なかなかこれという人はいなくて、結局3回オーディションをしました。主役になった安部さんも1回目のオーディションからいたのですが、1回目、2回目と落としています。このままで映画が撮れるのかという感じでしたね。安部さんは父親が競輪選手で、本人も競輪選手を目指している時期があったので、とりあえずは競輪用自転車に乗れるというアドバンテージがありました。彼でいければいいなとこちらは思っているのに、とにかく彼の演技に納得がいかなかった。今回役作りで10キロ太ってもらったのですが、実際はもっとシュッとしていて、かっこいいんですよ。普通にカッコ良過ぎて、自分大好きという感じの芝居をされても、濱島役には程遠い。(芝居が)違うと言ってもなかなか直らない中、ある日、安部さんが「僕にはこれしかない!」と涙して訴えてこられたので、(安部さんと)心中してみようという気持ちになりましたね。
――――映画では見違えるぐらい徹底したダメ男ぶりを演じ切っていた安部さんですが、オーディション以降、どのような準備をしたのですか?
僕はずっと東京と福岡を行き来していたので、付きっきりでの練習はできなかったです。その代わり、毎日LINEで「濱島の、このシーンのこの顔はどんな顔か」とか、「濱島はどんな笑顔をするのか」とお題を出し、写真を撮って送ってもらいました。濱島は屈折しているのでなかなか笑わないし、笑ったとしても心の底から笑えない訳ですが、その説明をした後送ってきた写真が、普通の爽やかな笑顔で(笑)。ずっとダメ出ししていくと、段々と安部さんの顔つきが変わってきたんですよ。他に、映画にも出てきますが、壁のような坂は実際に競輪学校の敷地内にあり、そこで生徒たちがトレーニングをしている場所なんです。最初安部さんは久しぶりで登れなかったのですが、最後には登れるようになりました。
――――競輪学校のシーンでは相当トレーニングを積んでいますが、濱島が目の色を変えて必死になるまでに、何度も自分の高いプライドや体力の限界にぶち当たります。このまま何も掴めないのではないかと思うぐらい後半までヒヤヒヤしました。
最後のレースも4着なので、何かいいことがあった訳ではありませんが、それまでの低空飛行があまりにも長いので、少し上がっただけでも人間って嬉しいものですよね。一度プロ野球選手としてテッペンを見ていると、その場にいられなくなった時、むしろ苦しい状況に立たされてしまうのではないでしょうか。
■プロ選手も交えてのレースシーンで、プロの凄さを実感
――――競輪学校自体、今まで映像で見ることがなかったですし、激しいレースシーンも「あんなに激しくぶつかるのか」と、驚きの連続でした。
学校のトレーニングシーンでは役名がついていない人は全て競輪学校の実際の生徒ですし、レースシーンは本当のプロ選手に加わっていただいています。さすがプロだなと思ったのが、ある程度スピード出してレースシーンを撮影している時に一瞬安部さんが転びそうになった時があったんですよ。転んで怪我でもしたら本人や周りの怪我にも繋がりますし、監督の身からすれば撮影中止になるかもしれない。そんな不安がよぎった時、そのプロの選手は安部さん演じる濱島とぶつかる演技をしながら、彼を支えて起き上がらせたのです。
――――それはプロならではの技ですね。プロ並みのレースシーンを披露するために、かなり準備が必要だったのでは?
競輪学校のドキュメンタリーを見てから、競輪に興味を抱き、勉強をし始めたので、まだまだわかってないことがいっぱいありました。中でも試合展開がとても大切です。やはり競輪がお好きな方も映画をご覧になるでしょうから、僕なりに勉強し、色々な人にも話を聞いて、試合展開を考えました。そんな中、プロ選手の皆さんは映画の撮影が楽しくて仕方がなかったみたいで、こぞって「ここはこうしたほうがいい」とアドバイスをしてくださいました。おかげで、リアルなシーンが撮れたと思います。位置どりが作戦と密接に関わってくるので、実質の勝負はラスト1周なんです。それまでは様子を見ながら、場所を取り合いながらレースを進めていくようですね。
――――臨場感あふれるレースシーンや、練習中の選手たちの表情のアップなど、スポーツ映画の醍醐味を味わわせてくれるカメラワークも秀逸でした。特にこだわった点は?
競輪を舞台にした映画なので、レースのシーンで手抜きはできません。予算のない中、時間が足りなかったのですが、レースシーンだけは追加撮影しました。選手だけではなく、競輪場の各コーナーに立っている審判の方々も早朝までの撮影に付き合っていただくことになってしまい、本当に心苦しかったですね。
迫力を出すためには、カメラがどれだけ近づけるかにかかっています。この撮影のために発明したのが、長い棒の先に小さいカメラを付けるという方法。サイドカーで並走しながら棒の先のカメラをかなり突っ込んで撮ったりもしました。本当に大変でしたね。
■離婚した元妻、弥生も、かつては自分の境遇に甘えていたが成長を見せていく
――――濱島の家族の物語も並行して描かれています。引退後生活が荒れ、離婚した濱島の元妻が最後まで息子も含めて濱島を陰で応援している姿が印象的でした。
元妻、弥生を演じた林田麻里さんも福岡を拠点に活躍している女優で、紀伊國屋演劇賞を受賞している方です。林田さんとも話をしていたのですが、濱島が現役野球選手だった時の弥生の服装を見ていると、その境遇に甘えているのがわかります。主人が野球選手でたくさん稼いでいるので、いい生活をしているということに弥生も甘えていた。でも濱島が堕ちていくと、自分も自立しなければいけないと思い、弥生の衣装や顔つきが変わって行きます。弥生の中にも成長があったということですね。女性にとって40歳というのは、単なる若さに縛られていたものから解放される時期かもしれません。
■「幾つになっても再チャレンジできる」を裏返せば、「若くても才能がある人はいる」
――――競輪学校同期の若き優等生、久松は、幼い頃両親から受けた心の傷、母親を施設に入れてしまった無念さを背負うキャラクターです。濱島を奮起させるキャラクターとして久松に込めた思いは?
誰かに影響を受けて濱島は変わっていく訳ですが、スポーツの世界や僕ら映像の世界では、才能やエネルギーは年上や年下といった年齢は関係ないと思うのです。年下に教えられることもあるということが、面白みとして考えていたことの一つです。もう一つは、オーディション段階で、福山翔大君は最初から刃物のようにシャープな演技をするのです。安部さんは先ほど言ったようにちょっと的外れな感じだし、対照的でいいなと思いました。
幾つになっても再チャレンジできるという話ですが、裏を返せば、若くても才能がある人はいるという話でもあります。それ自体が「年齢は関係ない」に繋がります。怪我をしてからの久松は「執着心」がその表情にも現れるようになっています。
――――今回初の主役、しかも体力的にも限界に挑戦するような役をやりきった安部さんですが、カン監督からみて撮影前後で何か変化がありましたか?
一緒に映画の舞台挨拶をすることが多いのですが、今までどこかで何かを諦めている節があったと思います。多くの売れていない役者さんに共通だと感じるのは、どこかで「自分が主演の映画なんてある訳ない」と思っている節があること。まさに安部さんにとってはドリームズ・カム・トゥルーですよね。自分が売れていないことを斜に構えている部分を感じていましたが、これを気に安部さんは更なるチャレンジを始めていますし、人前でのしゃべりに慣れて、面白くなりましたね(笑)
■勝ち目を誰も見出せなかった企画に挑戦、今、手応えを感じている
――――カン監督にとっては長編映画デビュー作となる『ガチ星』ですが、オリジナル企画を作り上げた今の感想は?
この映画は色々な意味で実験や挑戦だらけです。最初にA4、1枚の企画を書いてから、もう6年経ちました。僕の中で一番長い時間をかけて取り組んだ仕事です。最初は大きい映画会社に企画を持参して断られもしましたし、日本映画業界の大きな壁を感じました。原作なし、有名な役者が出ない、僕も初監督、しかも「競輪の映画なんて誰も見ない」と方々から言われ、勝ち目なんて誰も、一つも、見出せなかったんです。
――――勝ち目が一つもないというのは、本作の濱島と全く同じ状況ですね。
そうなると、ますます抗いたくなって、どこまでいけるかやってやろうと奮起し、ついには大阪のシネ・ヌーヴォさんでも上映していただけるようになりました。こうやって広がっているのを見ると、やって良かったと思います。実験の答えが出ているところですね。いざやり始めると、協力してくださる方もたくさんいて、僕の中ではすごく大きな作品です。
――――最後に、『ガチ星』というタイトルに込めた思いを教えてください。
まさに「勝ち星」を取るより、「ガチの星」を取っていったほうがいいじゃないか。「勝ち」よりも「価値」のあるものという感じでしょうか。ダジャレばかりですが(笑)
<作品情報>
『ガチ星』(2018年 日本 1時間46分)
監督:江口カン
出演:安部賢一、福山翔大、林田麻里、船崎良、森崎健吾、伊藤公一、吉澤尚吾、西原誠吾、博多華丸、モロ師岡他
2018年9月8日(土)~シネ・ヌーヴォで絶賛上映中
公式サイト→http://gachiboshi.jp/
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