「マルセル・デュシャンと日本美術」@東京国立博物館

東京滞在中、今回は上野に繰り出した。というのも、一番のお目当てはこのマルセル・デュシャン展を絶対見たかったからだ。それまで私は恥ずかしながら「マルセル・デュシャン」の名前も知らなかったが、『スティルライフオブメモリーズ 』矢崎仁司監督インタビューの際、あるシーンについて質問をすると、四方田犬彦先生の原作『映像要理』の中に、マルセル・デュシャンも言及されていたことからインスピレーションを得たという。そこにすかさず、同席した伊藤プロデューサーが「今、東京でマルセル・デュシャン展をやってますよ。『遺産』という作品で、現物は大きすぎて持ってこれないけれど、映像でその作品を見ることができますから」と教えてくれたのだ。その一言でこの展示にたどり着くことができた。感謝しかない。



上野はムンク展、フェルメール展、ルーベンス展と目移りすることこの上なし。他が並んでいるのを横目に比較的すんなりと入ることができた。嬉しいことに、禁止マーク(マン・レイ撮影の写真など)以外の全作品は写真撮影OK。そこにもマルセル・デュシャンの「オリジナルだけが美術なのか」という疑問の姿勢が反映されていることは、展示を見ながら分かってくることなのだが。



フライヤーの便器の写真のイメージがあったので、絵を描いていた時代があったとは驚き。しかもキュビズムへの移行期の絵もあり、マルセル・デュシャンの変遷がよく分かる。


「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(通称 大ガラス)東京版」と呼ばれるガラス板に作られた実験的なオブジェ。確か、この作品を制作中の写真もあったと思う。こんなアートを解読しようと思ったら、それはそれは時間がいくらあっても足りないだろう。


そして、デュシャンの作品の中でも一番有名と言われているトイレの便器にイニシャルを記した「泉」。第一次世界大戦のため、ヨーロッパからアメリカに移住したというデュシャン。移民アーティストでもあるデュシャンの作品としては他に英語とフランス語を交えての文章アート、新聞を使ったもの、そして、トランクケースに自身の過去作品のミニチュアをセットし、それをも一つの作品にしている。セルフ模写というか、トランク一つでいつでも動けるというのは戦争をかいくぐって、移動を続けたデュシャンらしいアイデア。この頃はチェスのプロとしての活動もしていたというから、その頭の中を覗くことは不可能だろう。既成の概念を覆すという点では、ローズ・セラヴィという女性名での活動を行なっていたのもデュシャンの特徴。性別をも超越するデュシャンは螺旋など、手描きのアートとは対照的なアートに邁進していく。


ちなみにこの「螺旋」も映画『スティルライフオブメモリーズ 』の中で頻繁に登場するモチーフの一つ。そして、ある意味一番のお目当てでもあった「遺産」は、制作過程や、その外観から、のぞき穴から見える光景まで、本当に見て良かった。デュシャンが込めた「遺産」の精神を踏襲するかのようなビジュアルと、精神性を備えたシーンが『スティルライフオブメモリーズ 』に込められているのだ。友人のイラストレーター、朝野ペコさんがマルセル・デュシャン研究で知られる平芳幸浩さんの新刊「マルセル・デュシャンとは何か」の表紙、挿絵を手がけていたりと、色々な偶然が重なり、導かれたマルセル・デュシャン展。非常に充実した展示と、デュシャンのスゴさに、日本美術との関わりの展示は申し訳ないがあまり覚えていないぐらい。滅多にこれだけ大規模展は行われないという。まだあと1ヶ月あるので、ムンクやフェルメールもいいけれど、デュシャン展をぜひオススメしたい。





Cinemagical シネマジカル

映画を楽しむ。人生を楽しむ。