理解することを諦め、ひたすら感じてほしい。 『スティルライフオブメモリーズ』矢崎仁司監督インタビュー
エレガンスなピアノの音色と共に、接写で切り取られた植物のモノクロ写真が次々と映る。季節ごとに表情を変える森では、湖面が揺らぐ音や木々を揺らす風の音が聞こえる。そこにポツリと立つアトリエ小屋の中では、カシャ、カシャとフィルムカメラのシャッターを押す音がする。五感を刺激しながら、写真家と、彼に自分のある部位の撮影を依頼する女性、写真家の彼女の三人が織りなす愛や芸術を映し出す矢崎仁司監督最新作『スティルライフオブメモリーズ』が、11月3日(土)よりシネ・ヌーヴォ、11月17日(土)より元町映画館、出町座にて公開される。
フランスの画家、写真家のアンリ・マッケローニの写真集『とある女性の性器写真集成百枚ただし、二千枚より厳選したる』から、マッケローニと彼に写真を撮らせた愛人が過ごした2年間にインスパイアされ、企画された本作。スキャンダラスに見える題材を、矢崎監督ならではのエレガンスな表現で、写真へのリスペクト、生と死の匂い、そして芸術が生まれる瞬間の熱気を静かに映し出す。写真家、春馬を演じるのは、矢崎監督とは『ストロベリーショートケイクス』以来のタッグとなる安藤政信。最初は依頼に戸惑いながらも、撮影に没頭していく春馬を繊細に演じている。何も訊かない事、ネガを渡すことを条件に春馬に撮影を依頼する怜役の永夏子、春馬の様子が変わっていくことに心を痛める恋人、夏生役の松田リマと、春馬を取り巻く女性陣も美しくしなやかな、体当たりの演技を見せる。写真家の映画、女性器を芸術として扱う映画、生と死の映画、創作を見せていく映画、正反対の女性の中で揺れる男の映画と色々な切り口で見ることができる作品だ。
本作の矢崎仁司監督と伊藤彰彦プロデューサーに、お話を伺った。
■原作者、四方田先生のような知識の塊に挑むには、直感でいくしかない。
――――本当に美しく、エレガントな作品でした。制作のきっかけを教えてください。
矢崎:最初は、四方田犬彦先生の『映像要理』を映画化しないかというお話でした。
――――主人公の春馬と、彼に写真を依頼する怜との出会いはギャラリーの螺旋階段で、その後も重要な場面で螺旋階段での出会いがあります。四方田先生のエッセイがもとになっているのですか?
矢崎:四方田先生のような知識の塊に挑むには、私ごときは直感でいくしかないと思っていました。まずこの映画で全ての写真を手がけた中村早さんと、撮影の石井勲さん、プロデューサーの伊藤さんと4人で、日本で一番標高が高い湖に行きたいと思ったのも直感で、ロケハンをしているうちに、自然に螺旋階段が集まってきたような感じでした。
――――ラストのトンネルも螺旋模様が見えましたね。
伊藤:山梨から長野にかけてのありとあらゆるトンネルをロケハンしたんです。監督の納得するものが見つからなくて、半年以上経ったころ、矢崎さんが「これだッ!」というトンネルがあったんです。右側と左側の照明がたがい違いに付いていて、車で進んでいくと螺旋に吸いこまれていくように感じるんですね。そのことを指摘してくださったのは江口さんが初めてです。
■本作の写真を手がけた中村早さん。セリフにも中村さんの個展で写真を見たとき感じたことを反映。
――――それはうれしいです(笑)。ところで、写真家の中村さんは本作を撮る以前から注目されていたのですか?
矢崎:以前、友達に勧められて中村さんの個展を見に行き、すごく好きになりました。今回映画化の話をいただいた時に、伊藤さんに中村さんの個展を見に行っていただき、伊藤さんはその場で中村さんにオファーしたそうです。この映画で写真に関するセリフがいくつか登場しますが、それは僕が中村さんの写真を見たときに感じたことが、そのままセリフになっています。
――――「時間がなくなるように感じる」「心の傷に触る」など、写真に対する表現が豊かなのは、そこから来ているのですね。ちなみに、本作で使われている写真は、全て中村さんが撮ったものですか?
矢崎:そうです。最初の湖のロケハンからずっと撮りためたものです。
■動いているものが止まる「写真」と、止まっているものが動き出す「映画」、双方を取り入れる。 ――――使用する写真にもかなりこだわりが感じられましたが、他に、映画化にあたり、これだけはやりたいと思っていたことはありましたか?
矢崎:写真を扱う映画なので、時々俳優さんたちに15秒ぐらいは静止してもらい、そこから動き出すような撮影を行いました。動いているものが止まる「写真」と、止まっているものが動き出す「映画」というものの双方を取り入れてみたいと思ったのです。
■安藤さんと共有する時間、空気はすごく素敵。
――――安藤さんとは約10年ぶりのタッグとなりましたが、どんなところに成長を感じられましたか?
矢崎:安藤さんは素晴らしい人です。現場で一緒にモノを作っているのが本当に楽しいし、安藤さんと共有する時間、空気はすごく素敵ですね。
――――安藤さんご自身もカメラが趣味で、よく写真を撮られているそうですが、本作で安藤さんがロケ中に撮影した写真は使われているのですか?
矢崎:そこが安藤さんの素敵なところで、この映画は中村早さんの写真を使うからと、一枚も写真を撮っていません。
■永夏子、松田リマ、伊藤清美。三者三様のキャスティング秘話。
――――体当たりの演技を見せた怜役の永夏子さんと、夏生役の松田リマさんは、どのようにキャスティングしたのですか?
矢崎:永夏子さんと松田リマさんは、オーディションで選んだのですが、事前にシナリオは見せておらず、フルヌードがあるということを伝えた程度でした。2次オーディション後、だいたいこの二人にと決めた時に別室で、別々にシナリオを読んでもらったのですが、二人揃って「私は面白いですが、一般の方に分かるかどうか・・・」という返事だったんです。二人とも初めてのヌードにもかかわらず、本当に頑張ってくれました。
――――怜がミステリアスで死の影があるように見えるのは、伊藤清美さんが演じる病院で寝たきりの母の存在も大きいように感じました。
矢崎:母親役は伊藤さん以外考えられなかった。これも僕の直感です。伊藤さんは『三月のライオン』で黄色い主婦という役名で出ていただいて以来のお付き合いですが、それから僕の作品に出ていただいたときは、黄色いものをプレゼントしているんです。今回は、病室に飾ってある黄色いチューリップやひまわりの花で、病室に入った伊藤さんは「黄色だね」と分かってくださいました。
――――春馬の恋人、夏生は、アーティストとして彼を尊重すべきと分かっていながら、自分のことを見ていないことを肌で感じ、それでも太陽のような存在であり続ける女性です。松田リマさんを起用した理由は?
矢崎:お芝居もいいですし、すごくいい顔をするんです。2次オーディションの時に、ボートでのシーンをやってもらったのですが、実際にボートのシーンを撮った時、永さんも松田さんも「ついにこのシーンを撮るんだ」という感慨深さがあったようです。
――――怜と春馬が怜の母親が使っていたアトリエ小屋で撮影するシーンが度々あり、そこで撮影者と被写体との距離がどんどん縮まっていきます。
矢崎:シナリオには書かれていても、果たしてこれで本当に成立するのか不安な部分もありましたが、安藤さんと永さんが撮影を始めると、すごく自然に春馬と怜がそこにいて、僕もアトリエで二人の空気の中にいることができた。それが、とても幸せな時間でしたね。
■「僕は“違う”ということだけは分かるから、僕の“違う”だけは信じて」 矢崎流演出と、撮影、美術面のこだわり。
――――カメラは撮影中の二人を最初覗き見るように、そして段々と接写になっていくのが印象的でした。今回の撮影はどんな方針で望んだのですか?
矢崎:メインロケハンをしている時から、撮影の石井勲さんには、「今回は、三脚は使わないで撮ろう」という話はしていました。基本的に、撮影中カメラは一切覗かないので、どんな風に映っているのかは全て撮影が終わってからラッシュの時にみんなで見たのですが、石井さんはさすがです。実際に仕上がった絵を見ると、僕も春馬のようにシャッターを切っているような感覚になりました。
――――リハーサルは特にしなかったのですか?
矢崎:中村さんがモデルを撮影した時の経験を踏まえ、こういう位置からは写らないとか、これぐらい脚を上げないと写らないという指導を二人にして頂きました。撮影現場では、安藤さんと永さんのコラボレーションのようなもので、それを石井さんがどのように映し撮るのか。そんな現場でしたね。
――――安藤さんと永さんにはどのような声掛けをされたのですか?
矢崎:撮影に入る前に、俳優さんたちには「僕は“違う”ということだけは分かるから、僕の“違う”だけは信じて。一緒に悩むけれど、僕が答えを持っているわけではないからね」といつも言っています。
――――ラストに春馬が、夏生との間に生まれた娘のオムツを替えていた時、微妙な笑みを浮かべるシーンは、この映画の中でも唯一ふっと笑えます。
矢崎:大阪のお客さんだけは笑ってくれるんですよ。大阪向けの映画かもしれません(笑)大阪いいな、やっぱり好きだな。
――――自然の美しさと共に、春馬の暗室兼居住スペースや、二人が撮影する小屋など、美術面でも繊細なこだわりを感じました。
矢崎:今回、私が初めてご一緒した美術の田中真紗美さんは、四方田先生の原作に書かれていたマルセル・デュシャンの「遺作」をモチーフにした小屋を森の中に建ててくれました。森では春に撮影の後、半年そのままにし、自然に馴染んで朽ちてきた秋に、もう一度撮影しています。
■こんなに現場で生まれるシーンがたくさんある映画は珍しい。
――――セッションのように撮影する様子を見ていると、エロスではなく芸術を産む行為であると感じましたが、四方田犬彦さんのエッセイから、写真を中心に据えた映画として作り上げた感想は?
矢崎:シナリオの中で撮れなかったシーンもありましたが、逆に現場でシナリオにはないシーンを撮ることも多かった。こんなに現場で生まれるシーンがたくさんある映画は珍しいです。大体は、「現場では想像しないでください。現場は消化してください」と言われてきていたので、今回はそれを許してくれる現場でした。
■誰も見たことのないような映画を作りたかった。
――――音に対するこだわりといい、写真に対する最大限の敬意を感じました。
伊藤:映画自身が、音のない写真から段々と色が付き、映画が始まっていきます。映画の成り立ちも、最初は写真から始まり、リュミエールの映画につながっていく訳で、写真に対する敬意が根底にあるわけです。東京初日、矢崎監督はは、「リュミエールの『列車の到着』の驚きと、デレク・ジャーマンの『ブルー』を見た人と同じ驚きを、今日は味わっていただけたと思います」と挨拶されていました。
矢崎:私も含めて誰も見たことのないような映画を作りたかったのです。
――――久しぶりにやりたいことをやり切れた感じでしょうか?
矢崎:あの期間の中では、やりたいことをやれました。僕はいろんな映画があっていいと思うのですが、最近の日本の映画を見ていると、一つの映画しかないなと感じるのです。湖面に小石を投げて、小さい輪が広がっていく。そんな映画になっていればいいなと思っています。観客の皆さんは、どうしても映画を見て理解しようとするのだけど、理解を諦めて、ひたすら感じてほしい。
(江口由美)
<作品情報>
『スティルライフオブメモリーズ』(2018年 日本 107分)
監督:矢崎仁司
原作:四方田犬彦『映像要理』(朝日出版社刊)
写真:中村早
出演:安藤政信、永夏子、松田リマ、伊藤清美、ヴィヴィアン佐藤、四方田犬彦他
2018年11月3日(土)~シネ・ヌーヴォ、11月17日(土)~元町映画館、出町座他全国順次公開 ※11/3(土)18:30の回上映後、矢崎仁司監督トークショーあり
公式サイト→http://stilllife-movie.com/
(C) Plasir / Film Bandit
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