『世界で一番ゴッホを描いた男』ひたすらゴッホを真似た男が、ゴッホと向き合う時

アートの知らざる世界を覗き込む思いがする『世界で一番ゴッホを描いた男』。インド、繊維工場の過酷労働に肉薄したドキュメンタリー『人間機械』を彷彿とさせるように、狭い作業場では所狭しと描きかけのゴッホの複製画が並び、職人たちは機械作業のように、同じ箇所を次々に色付けしていく。タブレットで本物とタッチや色合いに違いがないかを確かめ、マズい場合は書き直しを指示するベテランの複製画家が本作の主人公、チャオ・シャオヨンだ。世界最大の油画村と呼ばれ、複製画制作の町として知られる中国の深圳市大芬(ダーフェン)村。今や観光地となっているダーフェンで、20年間ゴッホの複製画を家族経営で描き続けてきたシャオヨンの元には、主にヨーロッパから次々と受注が入る。商売繁盛のように見えるが、工房兼住居となっているその場所を見ていると、そんなに贅沢な暮らしができているようには見えない。ひたすらゴッホの絵を描き続けているシャオヨンは、ゴッホの本物の絵を見たいと家族に打ち明ける。お金がかかるという妻を、ギャラ交渉もするからと説得し、アムステルダムに旅立ったシャオヨンが見たのは、自分が納品した複製画がギャラリーではなく、露天の土産物屋で、卸値の8倍以上の高値で売られていたこと。



複製画ビジネスというものを目の当たりにするだけでなく、安価で雇われた画工たちが、過酷な労働環境で休む間も無く描き続けている姿に心底驚かされる。20年間、ひたすらゴッホの売れ筋の絵を描き続ける仕事。でもなかなかうまくいかない若手を横目に、シャオヨンの視線は真剣そのもの。ゴッホと心を重ねているかのように、筆を重ねていく。



そんなシャオヨンだからこそ、ゴッホ美術館でホンモノを目の前にした時、自分が描いてきたものとは全然違うことに気付き、志を新たにするのだ。自らの労働条件を嘆くより、ゴッホと近づけたことを感じ、さらにゴッホがある絵を描いた場所にも出向いていく。ゴッホが描いたのと同じ場所を、同じような日が沈んだ頃に描く。ゴッホがいた場所を感じながら描く絵は、中国の工房で描くのとはまた全く違う風情をもたらし、シャオヨンの心にも、一人の画家としての自我が芽生えていくのだ。芸術をビジネス的視点で捉える一方、ゴッホを描き続けた男とその家族の生活や、ホンモノと触れることで、よりゴッホを感じ、ゴッホと対話する主人公の心の旅をじっくり描いた異色のアートドキュメンタリー。画家として新しい一歩を踏み出す勇気を与えてくれたのは、ゴッホだった。

10月27日からシネ・リーブル梅田、京都シネマ、 順次元町映画館 にて公開。