「性の本質、心の傷、罪の意識を三つの角度から見つめたかった」 『一月の声に歓びを刻め』三島有紀子監督インタビュー前編


 『幼な子われらに生まれ』『Red』の三島有紀子監督最新作『一月の声に歓びを刻め』が、2月9日(金)よりシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、アップリンク京都、イオンシネマ大日、MOVIXあまがさき他で公開される。

 北海道・洞爺湖の中島、八丈島、大阪・堂島の三つの島を舞台に、三島監督が長年向き合って来た事件をモチーフにして編み上げられた心に深い傷を抱えながら、それでも生きる人間たちの物語。雄大な自然を前に、彼女ら、彼らが発する声は、どんな感情を発露するのか。観る者の心に強く訴えかけてくる魂の一作だ。

 三島有紀子監督インタビュー、前編では本作のきっかけや脚本のねらい、そして北海道・洞爺湖についてのお話をご紹介したい。



■故郷の大阪で映画を撮るなら避けて通れなかった、幼少期の性被害

―――佐藤浩市さん主演の短編『IMPERIAL大阪堂島出入橋』のお話を伺った際、プライベートなことを映画で取り上げることに抵抗があったとおっしゃっていましたが、その垣根が取り払われたからこそできた作品でもあると感じました。

三島:2020年『Red』を公開してから1週間ほどで映画館が休館となり、4月7日に緊急事態宣言が発出され、企画に6年ぐらいかけ、5月にクランクイン予定だった作品が最終的には中止に追い込まれてしまいました。コロナ禍で、それまでに1年に1本映画を撮ることができるようにと準備をしてきたものが、1年ごとに中止・延期になっていくという状況だったのです。映画を作るときは自分自身を見つめ、社会と自分と第三者の間を行き来しながら物語を考えるのですが、当時は自分の内面を掘り下げていくしかなかった。そこから、わたしの家族と通っていたレストラン、IMPERIALの閉店を知り、映画を撮ろうとロケハンをしたとき、ある喫茶店に入ったのです。そこが、6歳のときにわたしが性被害を受けた現場と近いことは知っていましたが、ビルがあるから見えないと思っていました。でも座った席の窓から見える景色はビルがなくなっていたせいで、犯行現場が丸見えだったのです。


―――それは大きなショックを受けたのではないですか?

三島:被害を受けて以来、一度もそこを通らず、見ることもなかったので、みた瞬間「あー!」と声をあげてしまった。隣にいた山嵜晋平プロデューサーが驚いて事情を尋ねたので、6歳のとき性被害受けたことを、淡々と語ったんです。そのことが自分でもすごく意外だったし、そんなことを語れている自分が少し笑えてくるぐらい。あの日から47年が経ち、こんな風に語れる日がくるのだと。


―――意図せずして語るシチュエーションが訪れたわけですね。

三島:いつかは自分の生まれ故郷である大阪で映画を撮りたいと思っていましたが、いざ撮るとなると、そのことが炙り出されてしまう。折に触れて、まだ撮れないなと思ってきました。山嵜プロデューサーに語れたことをきっかけに、今がその傷を見つめるタイミングなのかもしれないし、それなら様々な制約を受けずに作品を作りたいと思い、自主映画として制作するべく、資金調達をはじめたのです。



■角度を変えて性の本質を見つめ、心の傷、罪の意識を浮き彫りに

―――おっしゃる通り、非常に純度の高い作品であると同時に、自身の幼少時の性被害を映画でどのように表現し、織り込んでいくのか。脚本を書くにあたっても難しい作業だったのでは?

三島:事件当時のことを描いても、単にその事実を示すだけになってしまう。大事なのは自分自身がこうして今も生きていることであり、その後も人生が続くということなので、そのような過去の傷を抱えながらも生きている人を描こうと思いました。その想いで最初に書き始めたのが大阪編で、まだその傷が生々しい年齢の人がどのように生きているのかを見つめました。もう1点、性被害のことだけでなく、どちらかといえば性の本質を見つめたかったので、性被害を受けた当事者とは違う角度から見ることができないかと考えたとき、思い浮かんだのが父の姿でした。わたしが性被害を受けたときも、父は優しい言葉をかけることも、抱きしめることもなかった。とても厳しい態度に当時の自分はすごく傷ついたのですが、今となってみれば、父自身も苦しかったのでしょう。


―――洞爺湖・中島編では、ご自身の父をモチーフに、性被害を別の角度から見つめたのですね。

三島:例えば性被害を受けた幼い娘が、父の厳しい態度に傷つき、死を選んだケースだと、父はどんな気持ちになるのかを考えてみたのです。娘を死に追いやったのは男性の性器であれば、父自身がその性器を憎み続けたらどうなるのか。そこから自身の性器を切り取ってしまうというカリカチュアした人物像として誕生したのが、カルーセル麻紀さんに演じていただいたマキです。ある種、そういう事件をきっかけに家族の形態を失っていくわけです。


―――八丈島編は、また違う切り口です。

三島:被害者本人と被害者の家族。そしてもうひとつは、直接的ではないけれど罪を犯した人間たちの物語を描けないかと考えました。かつては流人が送られる地であった八丈島を舞台に直接的な加害シーンを描くのではなく、少年院に入っていた過去を持つ恋人の子どもの命を宿した娘と父を主人公にし、交通事故に遭った母/妻の延命処置をしない決断をしたことで、彼女の命を絶ってしまったと罪を背負った家族が、罪の意識をどう見るのか。これらの三つの方向から描くことで、心の傷や、罪の意識、そんな何かが見えてくるのではないかという思いがあったのです。



■人間は生きること自体罪を重ねるが、それを否定はしない

―――罪や傷を背負った人間たちの小さな営みを包み込むような自然の姿が、とても豊かに存在感をもって描かれているのも、本作の深い部分につながる点ではないかと思うのですが。

三島:自然はもともと変わらず、そこにあるのに、生きていることで罪を重ねていく人間は、シンプルに言えばみな罪人ではあるけれど、それをわたしは否定していません。人間が生きること自体。汚れていくことであり、罪を重ねていくことでもあると思っているので、それを大自然の中で叫ぶ中から感じていただけるのではないかなと考えました。


―――大自然の中にポンと身を置くことが、役を演じる上でも必要不可欠であったのではとすら思う、人間のむき出しの姿が描かれていましたね。

三島:わたし自身が撮影現場に身を置いて感じたことや、役者のみなさんが感じてくださったこと。それは風や日差しなど、いろいろなことを感じた中で生まれたお芝居だと思うので、極力新たな音を付けることはせず、その場で実際に撮れたときに鳴っている音を丁寧に整音していただきました。撮影現場で鳴っていた音を観客のみなさんに体感していただけるようにと、技術的にも非常に難易度の高いことを音担当のチームにお願いし、見事に作り上げてくれました。


―――「ぎゅっ、ぎゅっ」とマキが雪を踏みしめる音を聞きながら、この寒さの中、マキはどんな気持ちで足を踏み出しているのかと想像せずにはいられないです。

三島:マイナス20度でしたからね。昨年の1月25日2に10年に1度の大寒波が襲来し、車で現場に行くことも難しい状況でした。でも撮影後に洞爺湖のみなさんがおっしゃっていたのは、「ここ10年で1番美しい洞爺湖だったので、すごくツイていますね」と。



■フードスタイリスト石森いづみさんとの縁から生まれた洞爺湖編とおせち料理シーン

―――神聖なる雪の世界に、罪を背負った人間が消えそうになりながら歩いていく。その対比が言葉以上に多くを語っていました。洞爺湖といえば、初長編の『しあわせのパン』と繋がりますね。

三島:マキの家は、『しあわせのパン』にフードスタイリストとして参加していただいた石森いづみさんの別荘をお借りしました。『しあわせのパン』のとき、伊丹組の『タンポポ』でフードスタイリストをされていた石森さんに入ってもらいたくて、偶然別荘にいらっしゃったので、直接お願いしに行った想い出のある別荘だったのです。そこを取り壊す前に、この場所で何か撮らないですかと声をかけてもらったのが、ちょうど本作の企画を進めている途中で、まさに導かれるかのように、大阪・堂島、八丈島に続く3つ目の場所として、最後に洞爺湖が決まりました。


―――マキがおせち料理を作るシーンがありますが、りんご入りのきんとんには驚きました。

三島:りんごがひとつの謎になっているのですが、片岡礼子さんが演じるれいこの姉、美砂子は本当は栗きんとんが大好きなのに、マキが作るのはれいこの好きなりんごきんとんばかりで、小さな心の傷が積み重なっている。でもマキにとっては幼くして亡くなったれいこに食べさせたいと、丁寧に丁寧に3日ぐらいかけておせち料理を作るわけです。もちろんお正月に帰省してくる美砂子一家のために作っているのですが、どうしてもれいこへの強い想いをおせち料理に込めずにはいられない。やはり想いが強ければ強いほど、周りを傷つけてしまうのが人間ですから、愛情を比較する表現として、食べ物を使うとすごくいいのです。また、石森さんとは常日頃からおせち料理の意味について語り合っていたのですが、れんこんや黒豆など、ひとつひとつに日本人の願いが宿っていますよね。黒豆は「まめまめしく働く」、数の子は「子沢山」という具合に。素敵な文化ではあるけれど、女性の性という視点からみると、非常に追い込まれていくというか、プレッシャーを感じさせる日本文化の象徴とも言えるんです。生まれつきは男性で、今は女性として生きるマキは、その辺がフラットに見えている人だという捉え方もできる。


―――なるほど、確かにおせち料理に込められた意味をマキが語るシーンもありました。あと、窓際には俳句も貼られていましたね。

三島:石森さんのお父さんは俳句を詠む方だったので、マキも俳句を詠む人に設定したり、独り言をいうときは、五七五調で喋ってしまう人にしようとか。石森さんのおかげで、マキの設定が膨らみました。すべてを見通すれんこんの穴から過去の世界に沈んでいくマキをリアリティというより、カリカチュアしてみせるシーンでは、深く湖の底に沈んでいったれいこのもとに、マキ自身の心も沈んでいく。れいこが最後に口にした言葉をなんども繰り返して。20分ぐらいの長回しのシーンを一部カットして使っていますが、全部で3テイク撮りましたね。



■命がけでマキ役に挑んだカルーセル麻紀

―――マキを演じたカルーセル麻紀さんは、撮影後満身創痍だったのでは?

三島:カルーセルさんは、監督が求めるものに応えたいという気持ちがものすごく強い方です。クライマックスのマイナス20度の雪原の中、杖一本で歩いていくという演技も、見事にしてくださいました。撮影中は「鬼!」とかいろいろ言われもしましたが(笑)、命がけで挑んでいただきました。現場では、マキがれいこを失ったときの気持ちや、れいこがどんな気持ちで生きていたのか、そして自宅に戻る車中の美砂子をマキがどんな気持ちで見送ったのかを繰り返し想像され、その気持ちを爆発させてくれたのが、最後の洞爺湖の中にある中島でのシーンです。私は、麻紀さんに、父親の声で、世界中の人に届くように、と伝えました。


―――そこでのマキの懸命な叫びは、スクリーンを飛び越えて胸に響きますね。

三島:幼いれいこの遺体が水際に打ち上がっていると思ったとき、ものすごく冷たい湖の中にカルーセルさんは手を突っ込んだのです。わたしの演出ではなく、ご自身が本当に感じたことから、カルーセルさん演じるマキの肉体が自然に動いた。そのアクションは、わたしの中で、それまでの水に対する解釈が一変するぐらい、大きなものでした。


―――というのは?

三島:もともと水を撮るのが好きで、実際に映画でもよく水のシーンを挿入していますが、水を「黄泉の国への入り口」、つまり死の世界への入り口というイメージで捉えていました。でも今回は、撮影途中から孤島を結ぶ存在としての水というイメージに変わった。もちろん物理的には船が繋いでくれるのですが、孤島と孤島の間に水があるから繋がることができるのだとより思えたのが、カルーセルさんの水に手を突っ込んだ瞬間だったのです。もちろん死者と繋がる瞬間だと感じられる方もおられるでしょう。ただ、わたしにとっては物理的には離れているけれど、大阪のれいこと繋がることができるかもしれないと、より信じさせてくれたアクションで、すごく大きな意味を持つものでした。

(江口由美)

 (C) bouquet garni films

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