「前田敦子さんは過去を引きずった“れいこ”として生きてくれた」 『一月の声に歓びを刻め』三島有紀子監督インタビュー後編


 『一月の声に歓びを刻め』三島有紀子監督インタビュー後編は、八丈島編と地元パワーに支えられた大阪・堂島編、そして本作の持つ可能性についてのお話をご紹介したい。




■罪、傷、性、生を考えながらの撮影旅

―――八丈島編では、哀川翔さん演じる誠が、娘の海が離婚届を送りつけた男の子どもを妊娠していると知り、思わず鉄パイプを握って飛び出していきます。これも、インパクトがありました。

三島:人間は誰かを守ろうとするとき武器を持つとすれば、その武器を手放すのはどんな時なんだろうと、現場で鉄パイプを見ながら考えていたんです(笑)。芸術やお酒、タバコ、コーヒーなど、ある種の嗜好品が武器を捨てる瞬間を生むのではないか。その考えから、鉄パイプを持つ誠にタバコの箱が投げ込まれることで、はたとタバコでも吸うかという思考になり、それまで手にしていた武器を手放してタバコを吸う。その行為によって、頭に血が上っていた誠が冷静になっていく。一方、罪を背負った男の子どもを宿している海も、その命をどうするのかという葛藤があるだろうし、男のことが好きだから彼を守るために、彼女も武器を持つわけです。


―――海が仁王立ちになり、鉄パイプを握って「人間はみな、罪人だ」と父に言い放ち、すごく腑に落ちました。

三島:昔、罪人が流される流刑地という過去を背負った場所で生まれ育ったのが海であり、そういう背景のある島で発するからこそ、より生きたセリフになったと思います。法律を犯すのが罪であるという考え方は当然としても、逆に法律に触れていなければ罪ではないのか。もっと言えば、大阪のれいこは被害者なのに罪を感じているわけです。マキの後悔という罪の意識もありますし。人間は罪を重ねていく生き物ですが、それはどこから生まれてくるのかを多面的に見ることができればいいなと思い、3箇所で撮影をしながら、スタッフたちとみんなで旅をしていました。罪とは? 傷とは? 性とは? 生とは? 各々が考えてくれたものを結集し、作品にできたのではないかと思っています。



■物語を閉じることのない映画が示す可能性

―――その通りで、実際に起こっていることの奥にある本質を探りたくて、何度も見返したくなります。

三島:かつて大きなことが起きてはいても、現在、大きく物語を動かすようなことは起きていません。今回は自主映画なので、頑張って物語を語らないようにし、極力事象の描写を削ぎ落としています。その中で感じていただけるものは何かを突き詰めていくと、結果として物語を閉じることのない映画になったというお声をいただいたし、わたしもそう思います。


―――観た者それぞれが、どこかに自分の心の中で封印していた罪や傷を重ね合わせたり、それからの登場人物たちのことを想像したり、作品と向き合い、自分の中で熟成させていく歓びのある作品なのではないかと。

三島:物語を閉じないことで、100人いれば100通りの捉え方があると思っていますが、自分自身では、「生」を最終的には小さな光として描いたつもりであるし、そこだけは受け取っていただけると嬉しいですね。



■地元パワーに支えられた大阪・堂島編

―――三島さんの地元である大阪・堂島編は、通常大阪ロケといえば必ず出てくるような場所ではなく、地元民に愛される大阪第一ビルの喫茶店が登場したのも、嬉しい驚きでした。同級生のエキストラ出演もあったそうですが。

三島:エキストラ出演だけでなく、れいことレンタル彼氏のトト・モレッティが訪れるラブホテルも中学時代の同級生が経営している場所ですし、れいこの元カレの葬儀が行われた場所も、我が家のお墓があるお寺です。また、マヅラ喫茶店で撮影したいと同級生に話したところ、なんと3人ぐらいの人が、別々にお店へ来て「三島という監督がどうしてもここで映画を撮影したいから、頼みに来たら貸してあげてな」と頼んだらしく、わたしが訪れると店主から「あんた、ほんま感謝せなあかんわ」と言われました(笑) 今も東通中商店街にたくさんポスターを貼っていただいていて、故郷であるが故にたくさん応援していただけるのは、本当に嬉しいです。


―――トト・モレッティが語ったナポリと大阪が似ている説は、あるある!とちょっと笑いました。

三島:似てますよね(笑)わたしがナポリに行ったとき、朝から外の話し声が本当に賑やかで、大阪みたいだと思ったんです。またそこで娼婦の人から「男を抱く時は、本当にその人を好きと思って抱くこと」だと聞いたのも、トトのセリフに入れています。


―――三島監督のナポリでの実体験が盛り込まれているんですね。

三島:人間は思い込みの生き物だし、思い込みは生きていく上で大事なことです。れいこは好きだった元カレが亡くなり、葬儀帰りにこのままで1日を終わりたくないと思ったとき、その瞬間だけ思い込んで愛を交わす夜があってもいいのではないか。だからといって、彼女がハッピーになるわけではないのですが…。



■前田敦子はれいことして生きてくれた

―――作品の要となるれいこを演じた前田敦子さんも、役作りに悩まれたのではないかと思いますが。

三島:台本をお渡ししてからお返事をいただくまで1ヶ月ぐらいの期間があったので、そこで台本を読み込みながら熟考されていたのではないかと思います。実際の撮影期間中も外部の人とはメールなどのやりとりを一切せず、外界をシャットアウトして、れいことして生きてくれたのは、すごく有り難かったです。

 れいこが独白するシーンは、実際の犯行現場で長回し撮影をしたのですが、撮影前に前田さんへ、実際にどのあたりで、どんなことをされたのかをれいこの場合に変換しながら1時間ぐらいかけて説明したのです。そのとき、自分では気づかなかったけれど、わたしと前田さんはいつの間にか手を繋いでいたと、後ろで見ていたトト役の坂東龍汰さんやスタッフが教えてくれました。そして「この映画にとって大事なものを、ふたりの背中を見て発見できた」と。あの時間があったからこそ、前田さんの演じるというより、感じたことをそのまま肉体から発することで立ち上がるれいこの叫びを撮ることができたのだと思います。みんながくれた大切な時間です。


―――大阪は他の2箇所と比べ、登場人物も多いし、街の人の数も多い分、余計に孤独を抱えて彷徨うれいこが浮き上がっていました。

三島:大阪は賑やかな街ですが、わたし自身が幼少期に性被害に遭ったとき、世の中がモノクロになってしまい、映画を観るようになってから映画の中がカラーに見え、だんだん世界がカラーになるという経験をしました。まだ若いれいこは過去を引きずっているので、この街がどう見えているのかと考えたとき、モノクロであろうし、電車や車の賑やかな音も彼女にはほぼ聞こえていないに等しい。前田さんもそのような感覚を持って演じてくださったので、とても信頼できるお芝居でしたし、クランクアップのとき「三島監督と映画を作る最初が、この作品で良かった」と言ってくださいました。わたしも前田さんと『一月の声に歓びを刻め』を作れたことはすごく大きかったです。



■れいことは何なのかを深く考えた音楽制作

―――三島さんの作品はいつも音楽にこだわりがありますが、今回も場所ごとに違う楽器でテイストの違う音楽が、登場人物の心情描写を底支えしていましたね。

三島:音楽の田中拓人さんは、音楽を入れる必要がないところは極力落とそうということでした。洞爺湖編で、最初はマキのれいこへの想いをピアノで表現していたのですが、それを全体に展開するにあたり、れいことは何なのかを深く考え始めたのです。れいことはある特定の人のことではなく、いろいろな人の無数の傷が浮かび上がるようなものであり、それを表現するためのピアノのメロディとして田中さんが作ってくれました。

 大阪編でジャズっぽい音楽が流れるところは、れいこの中の何かが動き出した瞬間であり、今まで寄せ付けなかった性の部分に踏み込んでいく心境を表現していますし、トトとベッドに入る前の音楽は、れいこの思い込みを後押しする装置として、イタリアの音楽を新たに録音しました。わたしが日本語で書いた歌詞をイタリア語に翻訳してもらい、イタリア人のシンガー、コーラスはイタリア人留学生にお願いし、手間をかけて生まれた曲なんです。



■生きる行為の象徴としての歌、その声は歓びに繋がる

―――この映画は声の映画でもあると思いますが、洞爺湖でのマキの叫びしかり、そして大阪でのれいこの独白と閉ざされていた心が開くかのように口ずさむ歌しかり、声を出す、歌うことで人間は心を開き、他者と繋がれる気がします。

三島:捨てて食べて歌うというのが、わたしの中で生きる行為の象徴としてあります。何かを叫んだり、わかってもらおうとする声ではなく、声を発して、そこにメロディが乗るという歌声は、自分にとって歓びに繋がっています。


―――『一月の声に歓びを刻め』というタイトルの、特に「刻め」の部分が、三島さんの強い意志を感じて、ぐっと胸に刺さりますね。

三島:良かったです。みんなにタイトルが長いと言われていたので(笑)本当に歓びを胸に刻んでいただきたいという想いを込めています。


―――辛いだけでは終わらないぞという宣言にも見えました。さいごにメッセージをお願いします。

三島:言葉にできないから二時間かけて映画を作っているので・・・メッセージを聞かれると、いつも何をお話ししようかと悩むのですが…。なぜ、おせちの料理が「りんごきんとん」だったのかとか、小さな謎が散りばめられていますので、それをひとつずつ拾い上げながら、五感を使って見ていただきたいですね。映像も人間も美しい映画になったと思いますので、パートナーや友達、ご家族と一緒に観終わってから、元気にご飯を食べてもらえたら嬉しいです。

(江口由美)

「性の本質、心の傷、罪の意識を三つの角度から見つめたかった」 『一月の声に歓びを刻め』三島有紀子監督インタビュー前編はコチラ


<作品情報>

『一月の声に歓びを刻め』(2023年 日本 118分)

監督・脚本:三島有紀子

出演:前田敦子、カルーセル麻紀、哀川翔、坂東龍汰、片岡礼子、宇野祥平、原田龍二、松本妃代、長田詩音、とよた真帆

公式サイト→ https://ichikoe.com/

2024年2月9日(金)よりシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、アップリンク京都、イオンシネマ大日、MOVIXあまがさき他で公開

※2月11日(日)、シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸にて三島有紀子監督ティーチイン&サイン会あり

(C) bouquet garni films