原題「渡」に次世代へ繋ぎ、救うという意味を込めて 『未来の魂』ジョウ・ジョウ監督、薬師真珠賞受賞のチー・ユンが描いた命の尊厳@第19回大阪アジアン映画祭


 第19回大阪アジアン映画祭コンペティション部門作品として、3月7日ABCホール(大阪市北区)にてオーストラリア・中国合作の『未来の魂』が世界初上映され、ジョウ・ジョウ監督、共同脚本、主演のチー・ユンが舞台あいさつで登壇した。

介護施設にいる脳性麻痺の叔父の見舞いに通う妊娠中期のシェン・チン(チー・ユン)が、胎児に先天性疾患のある可能性が見つかったことから、医者や夫、義父らに中絶の選択を迫られ、追い詰められていく。お腹で日々育っていく命を感じ、叔父の愛に育まれたシェン・チンの決断を、その表情をまっすぐに捉えながら描いていた、まさに魂の作品だ。自分のことを必死で守ろうとしている母に話しかける胎児の声、豊かな自然と伝統に育まれた安慶の風景が、本作の奥深さにも繋がっている。まさに美しく深淵で、そして「あなたなら、どうする?」と訴えかけてくることだろう。

10日の授賞式では主演のチー・ユンが、見事上映されたすべての作品の出演者を対象に、薬師真珠が最も輝きを放っていると評価した俳優に授与される「薬師真珠賞」に輝き、受賞コメントで「この映画を通じて、みなさんが障がいのある方をより温かい目で見守り、生きていくことを考えていただけるのではないかと思います。本当に映画を通じてそのような方への愛を伝えることができれば幸いです」と作品に込めた想いを語っている。



 2019年の同映画祭で初長編作『美麗』を日本初上映して以来の来阪となるお二人。プロデュース、脚本も二人で手がけるスタイルでまさに二人三脚で作品を生み出している。世界初上映後に

「こんにちは。日本で初めてこんなに大きな規模で上映していただくことになりました。今もみなさんと一緒に鑑賞し、感動が覚めやらない感じです」(ジョウ・ジョウ監督)

「大阪に訪れるのは2回目ですが、あれからコロナ禍をはさみ、5年が経ちました。その間色々なことがありましたが、こんなに多くのみなさんが映画を観に来ていただき、心から嬉しいです。この作品がみなさんの心の中に何かを残し、そして考えていただければと思います」(チー・ユン)


とご挨拶した後、本作のきっかけやロケ地、撮影のこだわりについて語った。その模様をご紹介したい。


ーーー本作を構想したきっかけは?

ジョウ監督:あるお寺で修行を積んでいらっしゃる女性と接する機会があり、彼女が私たちに深い感銘をもたらしました。その場では、あまり色々なことについて話すことはなかったのですが、それが本当のこの物語の始まりでした。チー・ユンさんは実際に小さい頃から叔父さんと深く交流しながら育ってきた経験がありましたから、彼女自身の経歴に添いながら脚本を書いていきました。



ーーーシェン・チンを演じるにあたり、どのように役作りを行ったのか?

チー:ジョウ・ジョウ監督とのタッグは3作目になりますが、監督と脚本を書くときは、演じるときのことをあまり考えていません。テクニックや方法はあまり考えず、ストーリーの流れや組み立てを重視し、脚本を書くことに注力していました。物語の核がどこにあるのかをきっちりと組み立て、掘り起こせるように書いていきました。シェン・チンは非常に心が敏感な人です。撮影開始の3ヶ月前、フィールドワークに入ってから役作りに取り組みました。そこからは役者としての自分に入っていきました。


ーーー画面サイズを狭くした理由は?

ジョウ監督:縦横の比率をカメラマンと検討し、16:9で撮りましたが、その効果を見ると満足のいくものではなかったので、4:3の比率で撮り直しました。カメラマンは最初の比率の素材を全て捨て、新たなもので撮り直してくださったのです。色々な監督とタッグを組んでいる経験豊富なカメラマンでしたが、「こんなことをするのは初めてだ」と言われました。



ーーー脳性麻痺の叔父とお酒を飲むシーンが、川の流れのリズムのように静かで素晴らしかったが、ロケ地は?

ジョウ監督:この作品は安徽省の安慶市で撮影しました。実は私の故郷で、この映画で安慶がどれだけ美しいかを感じていただけたら嬉しく思います。故郷の安慶では近くに長江が流れており、禅宗の仏教の一つのお寺があります。そこは非常に有名なところで、安慶は仏教の雰囲気が色濃く残っている街なのです。

また、劇中劇として登場する王昭君の演目は、かつて自らを犠牲にして異郷に嫁ぎ戦争を終わらせた王昭君の想いを主人公シェン・チンの慈悲の心と重ねています。



ーーー最後に胎児の声で「ぼくはもう行くね」というナレーションがあるが、意図したことは?

ジョウ監督:このシーンをどのように作るか考え、シュールリアリズムの手法を用いました。彼女の選択は最も人間として讃えられるべき選択だし、全ての負担を担ってその選択をしたのです。この人物が素晴らしい選択をし、次の未来は素晴らしいものであるに違いないという意味があります。胎児の魂にとっては、母の愛を十分に感じることができ、母に捨てられることは決してなかった。そのことは生まれてこなかった魂にとって、とても幸せなことであり、その胎児の気持ちをこのセリフで表現しようと思ったのです。

チー:この魂の存在は純粋なものであったと考え、このシーンを撮りました。この魂は神秘的な存在で、全てのものを別の世界に昇華させる意図があります。シェン・チンの叔父は、彼女を救った。原題「渡」は救うという意味で、次の世代に繋ぐことを意図しています。叔父から渡されたものを、胎児をみごもったシェン・チンも受け取り、次の世界に繋いでいくのです。



第19回大阪アジアン映画祭は3月10日まで開催中。

詳しくはhttps://oaff.jp まで。

(江口由美) Photo by OAFF