島での撮影は「みんなにとってスペシャルな時間」『ALL THE SONGS WE NEVER SANG』クリス・ルッツ監督、永瀬未留さん、家納ジュンコさん、サンディー海さんインタビュー


 3月10日に閉幕した第19回大阪アジアン映画祭で、インディ・フォーラム部門の『ALL THE SONGS WE NEVER SANG』がアジア初上映された。

 監督は、東京を拠点に活動するポーランド出身のクリス・ルッツ。母と双子で絶縁状態の叔母レイコを訪ねて島にやってきた17歳のナツミが過ごすひと夏の交流と心の解放を、80年代風シティポップやラップをふんだんに取り入れ、おおらかに描くヒューマンドラマだ。

 本作のクリス・ルッツ監督と出演の永瀬未留さん、家納ジュンコさん、サンディー海さんにお話を伺った。



■今の日本の人たちの物語を海外や日本の人たちに向けて作りたい(クリス監督)

―――クリス監督はポーランド出身ですが、なぜ日本で、日本映画を撮ろうと思ったのですか?

クリス監督:昔から日本映画が大好きでずっと観ていました。黒澤明監督の作品は全て素晴らしいですし、新藤兼人監督の『鬼婆』(64)と、伊丹十三監督の『タンポポ』(85)はとりわけ好きな作品です。アートアカデミー(大学)の卒業時に「なぜ僕は日本映画でないと泣けないのか」という論文を書いたほどですから、日本に来たかったし、日本で海外の人が僕と同じように感情を揺さぶられるような日本映画を作りたかったのです。


―――どのようにして日本で映画を撮る足がかりを作ったのですか?

クリス監督:元々アムステルダムで広告代理店に勤めていたのですが、日本に留学がしたかったので京都精華大学でイラストを学び、そのまま日本の広告代理店に就職しました。撮りたい映画を作るために、最初はCM業界からスタートし、人脈をつくろうとしましたが、実際に映画を作る段階で気づいたのは、映画業界とCM業界では携わっている人も違うし、映画業界に入るのはとてもハードルが高いということでした。それでも諦めなかったので、僕は今日ここにいるわけですが(笑)



―――具体的にどのような点で難しさを感じたのですか?

クリス監督:映画を作るにあたり、まずプロデューサーに台本を持っていきましたが「手伝わない」と言われただけでなく、「作らない方がいい」とまで言われたのです。僕のような外国人が日本目線で発信するメッセージなんて、誰も興味がないことを指摘され、逆にやる気に火がつきました。ただ、なぜそう言われたかもわかるのです。今まで海外の人が作ってきた日本に関する作品は、ヤクザ映画とかサムライ映画などステレオタイプなものばかりですから。でも僕はその路線ではなく、今の日本の人たちの物語を海外や日本の人たちに向けて作りたいと思っていたし、それをどうやったら実現できるか道筋を立てるのが難しかったです。ただ、映画業界や作品のアプローチも少しずつ変わってきているので、この映画が新しいムーヴメントの力になれると嬉しいですし、日本人のためと海外の人のためというのではなく、みんなが楽しめる作品を作っていきたいですね。


―――クリス監督の短編“What To Do, To Be Like You”は、島を舞台に永瀬未留さんと家納ジュンコさんが主演ですが、本作とのつながりは?

クリス監督:本作の撮影が5月からスタートすることが決まった後、ジャパン・フィルムコミッションから日本の様々な場所で5人の監督が短編映画を撮るという企画のオファーがあり、そのうちの一つの題材が海女だったのです。まさに運命的な機会をいただき、本作の撮影に先立ち現地に行き、ロケハンをしたり、カメラアングルを決めたり、音楽の構想を練ったり、永瀬未留さんも参加してくれたので役作りに関することを話しあったり、地元の方たちとコミュニケーションを重ねることができました。また、水中撮影も試すことができたのです。まさに宇宙から与えられたサインですね。「クリス、映画を作りなさい。全てがうまくひとつになっていくから」と。“What To Do, To Be Like You”を撮れたことは、本作を作る上で、本当に良かったです。



■永瀬未留は「スペシャルな人」、家納ジュンコは「タフさの中に絶望からくる怒りを表現する演技を作ってきてくれた」

―――永瀬未留さんと家納ジュンコさんのキャスティングについて教えてください。

クリス監督:未留さんは日本の若い世代の俳優の中でもトップクラスの実力を持つ存在だと思います。大人になりきっていない、かといって子どもでもない思春期の揺らぎやその世代独特の雰囲気を備えていて、オーディションで出会った瞬間に「彼女はとてもスペシャルな人だ」と感じました。ジュンコさんの場合も、田舎で暮らすタフさを表現できる人を探していたのですが、タフさの中に20年以上抱え続けてきたトラウマやそれが引き起こす心の痛み、絶望からくる怒りを表現してもらう必要がありました。この物語はある意味僕自身の人生の経験でもあるので、それを誠実に探していたところ、オーディションに参加したジュンコさんがその演技を作ってきてくださったのです。他の人が普通に座っていたところ、ジュンコさんだけ床に座って、足を広げ地べたにすわって演技をしていて、「ビンゴ!(この人だ!)」と思いました。


―――永瀬さんは、クリス監督のオーディションにどんな気持ちで挑まれたのですか?また役づくりについて教えてください。

永瀬:ナツミ役オーディションの日が都合で行けず、レイコ役オーディションの日に参加させていただいたので、ナツミとして何人かの相手役を務めさせていただきました。ほかの俳優の方々より多くわたしの演技を見ていただく機会があったことや、レイコ役とのマッチングなど、その後ナツミを演じる上で得るものがありました。撮影に入る前にいろいろと考えることはありましたが、撮影に入るとクルーは海外の方がほとんどで今まで体験してきたものと環境が違いすぎたため、全てを手放して挑むしかなかった。レイコさんやサンディーさんが演じたシジョウくんがしてくれたことを、そのまま受けて反応していったら、ご覧いただいたようなナツミになったのです。


―――家納ジュンコさんは一人二役で、双子ならではの葛藤やトラウマを長年抱え込んだレイコを演じていますが、オーディションはいかがでしたか?

家納:12月末にオーディションを受けたので、「今年最後に演じさせていただくのがこの役なんだ」という、ちょっと気持ちが高鳴るような、ありがたい気持ちがありました。また、監督は英語で話されるので全てが理解できないことで逆にふっきれ、言葉ではない部分で演技を見てもらおうと思いました。実際のオーディションも、こんな風にやっていいんだと思えるようなラフな感じで新鮮でしたし、相手役をしてくれた(永瀬)未留さんも、最初はスタッフさんだと思っていたので、「すごく上手な人だな」と感心していたんです(笑)だから、未留さんに助けてもらったし、言葉でない部分で接するしかないと腹を括ることができました。



―――レイコにとって潜ることは、全てをシャットダウンできるという仕事とは別の意味を持ちますね。

家納:潜ることで安心感や守られているという感覚を得られる人なんです。お風呂に潜ったりもしますので、そういう行為をすることでいろいろな辛いことに耐えられたし、レイコが海女という仕事をするのもそこに繋がるのだと思います。


―――島で一人暮らしをしているレイコの家を突然ナツミが訪れ、二人が初めて対面を果たすシーンのレイコの険しい表情に、彼女のそれまでの人生が凝縮されていましたが、どんな演出をしたのですか?

クリス監督:撮影前に1週間リハーサルをしたのですが、そのときすでに二人の中にレイコやナツミのキャラクターが入っていたので、彼女たちの演技からインスピレーションをもらましたし、感銘を受けました。僕のプロセスとしては、リハーサルの前にできるだけキャラクターのことやそのイメージの話をし、演技に対しては「少しだけモチベーションを変えて」など、微調整を加える程度でした。二人ともキャラクターを生きてくれていたので、本当に素晴らしかったです。



■ピエール瀧とサンディー海は最初から出演を念頭に置いていた(クリス監督)

―――サンディー海さんは中編『WHOLE』(19)で自身のアイデンティティに悩むミックスルーツの青年を演じておられましたが、本作のシジョウはヒップホップ調の言い回しも楽しい、真逆のキャラクターで驚きました。ルッツ監督のこだわりが詰まった愛すべきキャラクターですね。

クリス監督:シジョウ役のサンディー海さんと巡査部長役のピエール瀧さんはオーディションではなく、最初から出演いただくのをイメージしていました。実は来日前、アムステルダムにいた2014年に本作の第一稿を書いていたのですが、当時からピエールさんに出演してほしいと思い、トモヒロ役(レイコの同級生)を想定していました。ただ実際の撮影は10年近く後になってしまったので、トモヒロを演じるにはやや年齢が高すぎることもあり、巡査部長役で直接オファーをしました。本当に適任でしたね。

サンディー:以前からクリスとは何度かパーティーで会ってはいたのですが、撮影の2年前に偶然中目黒でケバブを食べているのを見かけたので話しかけたところ、映画のシナリオを書いていたと聞いたので「何かあればオーディションに行くから」と伝えたところ、「ラッパー役があるから、どう?」と。その1年半後にクリスから、映画を作ることにしたから家に来てラップをして!と誘われたので、クリスが作った音楽に、僕がフリースタイルでラップをつけたんです。

クリス監督:グッドメモリーだね。



サンディ:やっているときはすごく楽しかったけれど、後から映像を見たらすごくダサい(笑)週に2〜3回ぐらい頻繁に通い、クリスの前でフリースタイルをしたので、頑張っているのにダサいというシジョウのバランスを探れたと思います。1年がかりのリハーサル!ラッパーのMIYACHIさんにもお会いし、彼の音楽もシジョウ役を作る際にインスピレーションを与えてくれました。

クリス監督:カッコよく見せようとしているのにダサいという“シジョウスタイル”が生まれたね。Spotifyにシジョウのプレイリストを二人で一緒に作ったんですよ。ちょうどコロナ禍だったので、シジョウを作り込む時間があったのもよかった。シジョウのキャラクターを試したかったので、原宿のヒップホップ系ショップに行ったこともありましたね。

サンディー:クリスから「シジョウになってお店に入って」と無茶振りされたので、「ヨー、今から帽子買うぜ〜」みたいな感じでお店に入っていったんです(笑)するとアトランタ出身の店員さんが「ヨー、まじか〜」とすごくテンションを上げてくれて、帰り際に「See you at the top!(大成功したら、その場で会おうぜ!)」と言われてすごくテンションが上がりました。(全員笑)


―――このシジョウと行動を共にすることが多かったナツミとしては、笑い出したくなることも多かったのでは?

永瀬:ナツミのベースにあるのはあまり明るい気持ちではないので、シジョウが横でふざけてくれていると、少しそちらの方向に彼女自身が引っ張ってもらえるし、物語全体が暗くなり過ぎない。また、ナツミは暗い部分を出そうと思えばいくらでも出せるキャラクターなので、シジョウがいたから、彼女の明るい部分を引き出してくれたと思います。

家納:海さんは監督の世界観がしっかりわかっているので、その細かいニュアンスもうまく伝える通訳をしてくれたり、監督の演出を教えてくれ、すごく助かりました。

サンディー:もともとクリスからは助監督もやってほしいと言われていたのですが、シジョウに集中したいので手伝いはするけれどイヤだ!と拒否(笑)。撮影は楽しかったですね。



■島の撮影で地元のコミュニティーを撮影し、記録に残すことができた(クリス監督)
東京と環境がなにもかも違うので、いるだけでナツミになれた(永瀬)
海女さんにこんなにパワフルに、楽しく生きていけるというパワーをいただいた(家納)

―――島での撮影は貴重だったと思いますが、いかがでしたか?

クリス監督:みんなにとってスペシャルな時間だったと思います。我々クルーが家族になっただけでなく、島のコミュニティーの方々とも大家族のような感覚を持てるようになり、素晴らしかった。毎朝、撮影現場でお会いすると、海女さんやカフェの方が「クリス、おはよう!」と声をかけてくれましたし、80〜90年代の日本の田舎の風景にインスピレーションを受け、映画に取り入れようとしていたので、ゆるやかな田舎の雰囲気の中で、夏の青春映画という世界観を一緒に作っていただいた感じです。海女仲間や、セリフのある役など地元の方にたくさん出演していただくことで、地元のコミュニティーを撮影し、記録に残すことができました。それはわたしがやりたかったことなので嬉しいですし、地元の方にとっても外国人たちがやってきて、1ヶ月泊まり込みで撮ったあの夏の日が楽しい思い出となり、それを振り返ることができる映画になっていればと思います。

永瀬:東京で台本をもらい、撮影に入るまで役作りのことを色々考えましたが、島に入ると、なにもかも環境が違うので、そこにいるだけで東京から来たわたしはナツミになれると思いました。クリスも言ったように、島のみなさんがいろいろな場所で良い意味でお節介を焼いてくれる感覚がすごく心地よかったし、わたしの感じたことは、ナツミの感じたことでもあると思うのです。撮影後、夜にみんなで飲んだり、花火をしたり、悩んだら星を見に行ったりということが、毎日のように出来たので、素敵な夏の思い出になりました。

家納:通常は撮影が終わるとすぐに忘れてしまうのですが、この島で出会ったみなさんやその場所のことはずっと自分の中に残っています。伊豆で撮ったらもう少し近いのにと思うけれど、鳥羽市を監督が選んだ理由であったり、現地の海女のみなさんと一緒に映画を撮ったことは、確実に自分の中に根付いているんです。60〜70歳代の方が海女をされているのですが、当時わたし自身がこれからについて悩んでいたこともあり、こんなにパワフルに、楽しく生きていけるというパワーをたくさんいただきました。あそこがいいんだと連れて行ってくれた監督にありがとうと言いたいです。



―――受け入れるのを拒絶するレイコと、そこしか居場所がないナツミの二人が時には火花を散らしながら暮らす疑似家族の行方が、映画の見どころでもありますが、二人のシーンで印象深かった点は?

永瀬:家納さんはちゃんと怖かったし、わたしもちゃんとイライラしたし、受け取れるものが多かったです。役的にもずっと受け身の立場だったので、感じたものを感じただけ返していきました。

家納:リハーサルも含め、結構一緒にいる時間は長かったのですが、最初はギクシャクしたところからはじまる関係だったので、すごくいい感じで入っていき、二人の関係がだんだんと馴染んでくる演技ができました。未留さんは17歳の役でしたが本当にしっかりしているので、本気で立ち向かわなければと、わたしもぶつかって行けました。



■ダークな中でも面白さや楽しさを探すことができる(クリス監督)

―――本作は犯罪がらみのサブストーリーがあったり、シジョウのようなユニークなキャラクターを強く押し出したりし、ナツミが一人前の海女になることを丁寧に描くというよりもエンターテイメント感が強めているように見えますが、その狙いは?

クリス監督:辛い出来事を悲劇的に描くような映画は僕の好みではありません。暗いときにも明るい部分を見いだすことができるし、ダークな中でも面白さや楽しさを探すことができるというのが、僕の人生観としてあり、映画でもその人生観を反映させています。よく「なぜもっと海女さんにフォーカスしなかったのか」と聞かれるのですが、僕にとってこの作品は、海女さんになることを描く作品ではなく、彼女たちの人生や家族になるまでを描くヒューマンドラマなのです。最後に希望を抱いてもらいたかったので、ハッピーサッドなエンディングにしています。


―――本作はシジョウのラップや80年代を彷彿とさせるシティポップがふんだんに使われた音楽映画とも言えますが、とりわけ何度も登場する「はじまりの歌」が記憶に残りました。

クリス監督:素晴しい作曲家でもあるChristopher Sawaguchi が所属するBlack Cat White Catと一緒に仕事ができ、予算が少ない中、みんなが情熱的にこの作品のために取り組んでくれました。ここまで素晴しい音楽ができたのはまさにミラクルです。Christopherと歌を歌ってくれた彼の妻はミックスルーツなので、80年代シティポップの雰囲気がほしいとリクエストをすると両方のカルチャーが分かっており、ファーストバージョンで完璧なものが出てきました。僕からは感情面や内容面のフィードバックを行い、毎回素晴らしい楽曲を提供してくれ、本当に感謝しています。


―――ありがとうございました。最後に、『ALL THE SONGS WE NEVER SANG』というタイトルのまま日本で公開すると覚えにくいので、サブタイトルを考えるとすれば何がいいでしょうね?

クリス監督:はじまりの歌!(サブタイトル付きのポストカードも登場し、一同拍手!)日本でリリースするときは、どちらのタイトルもつけたいと思います。

(江口由美) Photo by OAFF

第19回大阪アジアン映画祭 3/10 Tジョイ梅田でのアジア初上映記念ポストカード


<作品情報>

『ALL THE SONGS WE NEVER SANG』(2023年 日本 115分)

監督・脚本:クリス・ルッツ

出演:永瀬未留、家納ジュンコ、河野達郎、サンディー海、ピエール瀧

https://oaff.jp/programs/2024-id01/