「この作品をきっかけに、もっと自分のことを語ってほしい」実話を基にした命と向き合う群像劇『渇愛の果て、』で長編監督デビューの有田あんさんインタビュー


 友人の出⽣前診断をきっかけに、妊娠・出産について取材をし、実話を基に制作した群像劇『渇愛の果て、』が、2024年5月18日(土)より新宿K's cinema、6月1日(土)よりシアターセブンほか全国順次公開される。

 監督は「家族・人間愛」をテーマにし、あて書きベースの脚本で舞台の公演を行ってきた「野生児童」主宰の有田あん。演劇的要素も取り入れながら、夫婦や学生時代からの友人とそのパートナーたち、さらに病院の医師、看護師、助産師など、妊娠、出産する主人公を支える医療現場のスタッフたちも細やかに描写。妊活や出産、障がいについて観た後話し合いたくなる、涙あり、笑いあり、歌ありのエンターテイメント作品だ。

本作の脚本・監督・プロデュース・主演を務める有田あんさんにお話を伺った。


■コロナ禍すぐに、映画化を模索

――――女性同士でも話題にしにくい出産や妊活、出産前診断に向き合い、映画を観たあとで話したくなるような開かれた作品になっています。コロナ禍ではオンライン配信の短編の演劇も上演していたそうですね。

有田:2020年に無観客公演をオンライン配信しました。映画に出演しているメンバーが、演劇でも出演してくれたのですが、自分は出演せず、脚本・演出だけに集中したのは初めての挑戦でした。文化芸術分野への補助金「ARTS for the future!」を活用して、やりたいことに挑戦しようと、歌や踊りなども盛り込みました。


――――映画の公開は2024年ですが、オンライン配信のダイジェスト映像には、本作で登場する若い頃の登場人物たちの映像も挿入されていたので、4年前ぐらいから映画の制作も進めておられたんだなと。

有田:2020年2月ぐらいから、新型コロナウイルスの影響でわたしが所属していた劇団鹿殺しの舞台も本番3日前くらいに急遽中止になり、周りの舞台も次々に中止になっていくのを目の当たりにして、しばらくは舞台を上演するのが難しいだろうと実感しました。小原徳子さんをはじめ、ごく少人数で「どうやって映画化するのか」と話し合ったのが4月でした。


――――有田さんのご友人の実体験をもとにされたとのことですが。

有田:映画では、友人とわたしの関係を主人公の眞希と妹の渚(辻凪子)に置き換えている部分もあります。実際、昔から付き合いのある友人に起きた出産にまつわる出来事だったので、他人事とは思えなかったし、友人にしてみれば、わたしは遠くに住んでいるので話しやすかったのかもしれません。切迫早産しそうになったとか、生まれる子どもに障がいがあるかもしれないという話や、元気で生まれてくれるだけでうれしいという言葉も彼女から聞いていました。ただ出産後、彼女からの連絡がなかなか来ませんでした。一般的にそういうものなのかと思って待っていたところ連絡があり、夜の12時過ぎくらいから3〜4時ぐらいまで電話を繋ぎっぱなしだったことが何度かありました。そのやりとりや、電話の向こうから聞こえてきた看護師さんの話など、覚えていることをセリフに書いているところもあります。どこでどういう状況で友人と話していたか、鮮明に覚えています。



■メディアとして映像を使い、“知りたいこと”を届ける

――――眞希が出産後、不安を吐露したリアリティのあるシーンの背景には、有田さんご自身の話を聞く側としての体験があったんですね。

有田:実際、友人のお子さんの先天性疾患は、3万人に1人しかない難病で、テレビやニュース、ネットで調べてもでてこず、同じ疾患を持つ母が発信する情報も鍵アカになっていて読めない。なぜ、知りたいことがどこにも情報として出てこないのか。「こういうことこそ情報番組やネットで取り上げてほしいのに、世の中ってむずいな」という友人の言葉が耳に残っていました。以前、わたしが福島に関する舞台に出演したとき、メディアとして演劇を使うという考えに共感し、自分のやりたいことについて考えたことがあったので、今回は新聞やニュースという形でなく、舞台や映像で伝えられるのではないかと思ったのです。


――――医療側である看護師や病院の先生の目線や悩みを取り入れていますが、群像劇を構築するにあたり、かなり様々な分野の方にリサーチされたのでは?

有田:最初は夫婦だけを描くつもりでしたが、産婦人科医の洞下由記さんに監修医として入っていただき、取材をしていくうちに、先生と患者という関係があるため、その言葉があまりにも力を持ち過ぎてしまうという医療従事者側のもどかしさも感じ、その視点は絶対に入れようと思いました。また、キャスト、スタッフ全員にも話を聞き、高齢出産をされた方や出生前診断をされた方、診断があることを知っていたけれど受けなかった方、中絶を試みた方などトータルで40〜50名ぐらいに話をお伺いしました。最初にお話しした友人の話だけでも作品を作ることは出来ると思ったのですが、ひとりの出産が終わるまでに、さまざまな人の視点が本来なら入っているし、自分の視点だけで見ると世界が狭くなってしまうことを、ヒアリングを通じて改めて感じました。みなさんのお話を聞く中で、群像劇の要素がみるみる膨らんでいきましたね。



■台本の第一印象をキャストやスタッフから聞き、リアルな声を盛り込む

――――なるほど、広い視点を提示する姿勢が作品から伝わってきます。夫側の悩みを入れたのも、良かったです。

有田:わたしは台本を書き上げたら、必ずキャストやスタッフのみんなに読んでいただき、「最初に思った言葉を教えてください」と投げかけるんです。「はー」とか「重いな」「なるほど」など、第一印象の言葉を聞くことが好きで、それが真実だと思うのです。その中で、男性キャストが「こういうとき、男性はどう言ったらいいか迷いますよね」と感想を言ってくれたり、あるシーンを即興で演じてもらった時「(妊娠の)安定期っていつごろなんだろう?」という言葉が出てくるのを聞いたりして、本当にそうやんなと納得することもありました。そんなみなさんのリアルな声を台本に取り入れた方が、妊娠のことをあまり知らないけど、知らないと言いづらいような人にも共感してもらえるのではないか。みんな最初は知らないのだから、「知らない」と言っていいんだよということを感じていただきたくて、当初の内容よりだいぶん膨らませた部分はありましたね。


――――性別問わず、映画を通して出産を自分ごととして捉えるきっかけになるのでは?

有田:2年前、クラウドファンディングの支援者の方を対象にリアルとオンラインで0号試写をしたときも、藁をもすがる思いでこの作品にたどり着いてくださったという、出生前診断を受けるリミット(妊娠5ヶ月)になる直前の妊娠中の方が観てくださいました。当時は出生前診断を一番のテーマに掲げていたので、そのテーマで検索し、この作品を知ってくださった方は、何か情報がほしいと必死で探してくださったのだと思います。それだけに、ご覧になった後、その方が納得いかない箇所にかなり手厳しい指摘をいただき、わたし自身が相当ダメージを受けた時期もありました。一方、「先天性疾患を持つ子どもと共に生きていく夫婦の物語なので、このテーマにこれだけ向き合ったのなら、最後に子どもを登場させた方がいい」というご意見と同時に、出演するお子さんを探してくださると言ってくださる方もいらしたので、ラストはお子さんのお母さまにサポートしていただきながら、追加撮影したものを挿入しています。



■映画を作っていく中で、自分自身の出産に向き合う姿勢も現実味が帯びてきた

――――ちなみに有田さんご自身は、出産についてどんな考えをお持ちだったのですか?

有田:わたしが演じた眞希と同じく、絶対に子どもは欲しいと思っていましたし、若い頃の理想は20代後半から30歳までには子どもが欲しかった。今年37歳になるので、自分が思い描いていたより相当遅くなった感覚はありますが、実は“役者あるある”かなと。出産のタイミングがわからなくなる。特にコロナが流行した2020年までは舞台を中心に活動していたので、少し先の舞台が決まると「これに出演してから」と、どんどん先延ばしにしてしまう。ずっと自分がやりたいことをやってきたら、あっという間に30歳を過ぎ、映画を作り始めたときは30代前半でした。でも友人の話から、この映画を作り始め、ヒアリングを重ねていくと、遠い存在だった出産が、ものすごく近いものになり、法律も絡んでくるし、出生前診断のことを知ってはいたけれどものすごくシビアだなとか、決めた後もこんなに決断に迫られるのだと。映画を作っていく中で、わたしの中の出産に向き合う姿勢も現実味を帯びてきたし、出生前診断についても夫としっかり話し合わなければと思っています。出産というものが自分の感情ではなく、年齢と数字と体という自分と分離した中で決まっていくのだと感じています。わたしも映画完成後に、監修医の洞下先生に紹介していただいた病院で不妊治療を行っており、映画を通して、わたしも成長させてもらっています。自分の映画に何千回と向き合うと、さすがに他人事ではなく考えるよねと(笑)。


――――わたし自身も二人目の出産が双子で、手の抜き加減がわかっていたことからなんとか乗り切れた部分がありましたが、医者の言うことが全てではないと言わんばかりに、眞希の子どもと同じ障がいを抱えた子を育てている二児の母、佐伯りか(大木亜希子)の存在は大きいですね。

有田:胃ろうなのに、レモンを食べさせてみたり、自由なチャレンジをするりかも、わたしの友人がモデルなんです。二人目だから、全てお医者さんにいわれたとおりに子育てをしなくても大丈夫だとわかっている。そんな彼女から、逆に一人目に障がいを持つ子が生まれたらどうだろうと想像し、眞希のことを描いていった部分はありました。



■韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』の要素を取り入れ、門戸を開く映画に

――――学生時代の仲良し女子4人組と30代を迎えたその後の4人組が登場し、様々な選択肢を選びとってきた女性たちの今とその友情をリアルに描いている点で、韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』が思い浮かびました。演劇の手法をうまく取り入れ、重いテーマですが、エンターテイメント性も感じます。

有田:わたしは、『サニー』が大好きなんですよ!この作品は華やかでカラフルでもあり、シビアな部分が急にやってくる。ラストシーンのコントラストもすごく好きです。常識ではやってはいけないこともやるけれど、泣き笑いできる。このテーマを考えてほしいとか、極力触れてほしくて作っているのに、ガチガチにしては元からこのテーマに深い関心を寄せている人しか観に来てくれない。だから、できるだけ門戸を開こうとして作ったんです。


――――観客に門戸を広げるための工夫は、すごく大事です。

有田:2018年に統合失調症を題材にした演劇を書いたのですが、そのときは観客全員が付いてこなくても構わないと思い、半分実話を交えながら、とにかく書きたいように書いてみたら、結構重めの作品になりました。自分としては新しいチャレンジができて良かったのですが、昔所属していた劇団鹿殺しの丸尾丸一郎さんが観劇後の打ち上げの席で、「あえて舞台を別の場所にするとか、ずらすことで、より観てもらいやすくなるかもしれない」とアドバイスしてくださったことが頭に残っていたんです。今回は、たくさんの人に観ていただきたいので、間口を広げたり、予告編で明るいシーンを入れようと決めていました。テーマだけで「結構重めなヤツ」と安易な感じでまとめられることに違和感があるんですよ。でも確かに医療ドラマはどうしてもそう見えるし、わたしも一瞬一歩引いてしまうところはあるので、極力宣伝では重く見せない工夫をしています。小学生のお子さんにも観てもらいたいですし。



■学校で観た映画は忘れない

――――命の物語なので、お子さんに観てもらいたいという意図を最初から持っておられたんですね。

有田:最終的な理想は、中学校や高校の道徳の時間や大学で鑑賞していただきたいということ。わたしも学生時代に学校で観た映画は結構覚えているんですよ。ロビン・ウィリアムズ主演の『いまを生きる』をクラスのみんなで観たことや、劇中で登場するラテン語の「カルペ・ディエム」は「今をつかめ」という意味だということがずっと忘れない。本作だと、NIPT(新型出生前診断)をリズムに乗せて説明する歌を歌っているのですが、小学生とかが何か面白いからと意味もわからずに真似して歌ってくれたら嬉しいなと。口ずさんでいた言葉を、大人になってからふと言葉の意味に気づいたり、その意味が分かるときが来るときには既に言葉としては知っていて、ふとした瞬間に「これは」と気づいてもらえればと感じています。


――――偶然にも今年の3月に開催された「第19回大阪アジアン映画祭」で世界初上映された中国映画『未来の魂』も出生前診断や命の尊厳をめぐる物語でした。

有田:すごく観たいですね。ただポスタービジュアルが、いわゆる世間の人が持っているこの問題に対するイメージを表象しているように感じます。真剣に考えるべきテーマではありますが、ふだんから語り合う習慣がないと、意見を言うこともできなくなるので、例えばスタバとかで「実際どうなんやろな〜」と日常会話で語るぐらいになればいいのにと思うんです。命の話は本当に身近な話なのに、情報は入ってこないし、しゃべりにくい。もう少し相談しやすいとか、当たり前に話せる空気を作り出すにはどうすればいい?と考えますね。



■この作品をきっかけに、自分のことを語ってほしい

――――この作品のトーンや含まれている内容の多彩さから、上映後に感想シェア会が自然と起きそうな気がします。

有田:ありがたいことに様々な方との対談や取材をしていただいていますが、この映画の話をしていると、必ず話題が逸れていくんですよ。視点がたくさん入っているので、「実は…」とそれぞれが共感できたことに付随する話に広がっていく。他の映画の話も出てきますし、話す方によって、方向性がさまざまなのが楽しいんです。この作品をきっかけに自分のことをもっと語ってほしいですね。0号試写のときは、恋人のいる人やプロポーズを受けたばかりという若い世代も観に来てくれ、次はパートナーを連れてきたいとか、出産や命のことを考えるきっかけになったと語ってくれたのは嬉しかったですね。今、苦しんでいる人だけでなく、今まで考えたことがなかった人に少しでも引っかかってもらうことがあればと思っています。


――――ありがとうございました。最後にタイトルの『渇愛の果て、』について教えていただけますか。

有田:舞台版の台本を書いたときから、これにしようと決めていました。もともと「渇愛」は仏教用語で、身体・精神的な渇望を意味しますが、「子どもが欲しいと願い続けた先に…」という気持ちでつけています。特に「渇」の文字に、どうしようともがくような意味合いを重ねたかった。最後につけた「、」にも、家族の行く末がどうなるのかをわたしが一方的に決めるのではなく、皆さんの中で考え続けてほしいという願いを込めました。

(江口由美)



<作品情報>

『渇愛の果て、』2023年/日本/97分

脚本・監督・プロデュース・主演:有田あん

出演:山岡竜弘、小原徳子、瑞生桜子、小林春世、二條正士、伊藤亜美瑠、辻凪子、大木亜希子、関幸治、みょんふぁ、オクイシュージほか

2024年5月18日(土)より新宿K's cinema、6月1日(土)よりシアターセブンほか全国順次公開

公式サイト→https://www.yaseijidou.net/katsuainohate

(C)野生児童