うんこの循環から旧石器時代へのタイムトリップまで、地球上の生き物の営みを探るアナザージャーニー 『うんこと死体の復権』関野吉晴監督インタビュー


 世間からの鼻つまみ者に大きな光をあてるドキュメンタリー映画『うんこと死体の復権』(文部科学省選定作品)が、2024年8月23日(金)より京都シネマ、24日(土)より第七藝術劇場、元町映画館他全国順次公開される。

 監督はグレートジャーニーで知られる探検家、医師の関野吉晴。50年間野糞をし続け、野糞の重要性を説く伝道師、伊沢正名氏、玉川上水の動植物の調査、保全活動を行う理学博士、高槻成紀氏、死体喰いの生き物たちを執拗に観察する絵本作家、舘野鴻氏が、関野監督とともに、生態系の循環を観察し、新たな発見を得ていくようすを、楽しく、そしてわかりやすく見せていく。人間ファーストで開発し続けた結果、地球が悲鳴をあげている今、あらためて人間以外の生き物の働きに触れ、自然の多様性がもたらす本来の循環の姿を目撃してほしい。

本作の関野吉晴監督にお話を伺った。



■大学探検部の後輩、大島新とドキュメンタリー映画『カレーライスを一から作る』

―――本作のプロデューサーを務めている大島新さんは、関野さんが1993年からはじめた「グレートジャーニー」(南米最南端からアフリカの人類発祥の地まで約53,000km を 8年3か月かけて踏破)のADとして関わっておられたそうですね。

関野:僕は一橋大学在学中に、自分で探検部を作ったのですが、先輩もいないし、何の知識もなかったので、社会人の山岳会で活動する一方で、他大学の探検部を訪ねて行き、どんなことをやっているのか聞いていたんです。関東の探検部の中で、当時一番活動が盛んだったのが早稲田の探検部でした。合宿にも参加させてもらい、気づけば早稲田のどの部員よりも熱心に探検活動を行っていたぐらいだし、今でも早稲田大学探検部OBで、唯一の学外会員なんですよ。大島さんは僕の20年ぐらい後に早稲田の探検部に入っており、僕のグレートジャーニーに興味を持ち、参加を希望したのだと思います。南米からスタートし、大島さんが入ったのは2年目からで、さらにその2年後のアラスカ行きのときに彼がADとして同行しました。ただ実際には僕とカメラマンと大島さんの3人だけだったので、彼がディレクター的な仕事をしていました。ちょうどフジテレビ全盛時代でしたが、やりたいことを追求するため大島さんは退社してしまい、実際に一緒に周った期間は短かった。でも、付かず離れずの関係性は続きましたね。


―――その繋がりが結実した作品の一つのが、ドキュメンタリー映画『カレーライスを一から作る』でした。関野さんのゼミでの取り組みですね。

前田:大島さんから関野さんの話はよく聞いていました。武蔵野美術大学のゼミの活動として、一からカレーライスを作るらしいという話を聞いたとき、最初はテレビ番組として作ろうと、既に局に企画を通していたんです。でも編集で長いバージョンを観た大島さんが、「これは絶対に映画にしよう!」と言い、そこから映画へとシフトしていきました。

関野:ゼミは一年で終わりますが、例えば胡椒の実ができるまでは3年かかります。だから生姜と唐辛子とウコン、コリアンダーを使いました。トータル5年間この授業を行う中で、1年目は番組になるかどうかを前田さんに見てもらい、これなら番組にできるということで、授業の2年目をしっかり撮ってもらいました。


―――カレーを素材から作るとなると、時間がかかることがよくわかります。

関野:この授業をするきっかけになったのが、学生たちは課題を出されたらこなすけれど、課題を作ることができない。実はその前にゼミでカヌーづくりも行ったのですが、たたら製鉄を行ったとき、その熱がすごかった。その様子を後輩たちは先輩から聞いているものだから、なぜ僕たちには体験させてくれないの?と言うのです。それが問題で、僕から言わせれば「自分でやれよ」と。自分たちでアイデアが出せないので、「ラーメンとかカレーライスを作ったら?」と言ったところ、カレーライスを一から作ることになったんです。


■地球の50年後を考える「地球永住計画」プロジェクト

―――なるほど。ヒントを与えながら、自分たちで課題を設定していったんですね。今回はもっと根源的なところに踏み込みましたが、そのきっかけは?

関野:大学の共同研究として、2015年から「地球永住計画」というプロジェクトが始まりました。これは火星移住計画に対してという意味合いもあります。火星には液体の水も酸素も土もありません。火星探検は未知のものに触れ、生命とは何かを考える上で重要だと思いますが、火星移住となると行けるのはごくわずかな人だけとなってしまう。そういうことに、あまりエネルギーを使いたくないんです。人口が増えたから火星に行くのではなく、この奇跡的に豊かな地球の50年後を考える。つまり我々の孫世代に文句を言われないようにするための地球に関するプロジェクトなんです。そこでは玉川上水の生物調査をしたり、色々な方を招いて対談や講演会を行っています。



■玉川上水から学ぶ、水と植物の多様性の大切さ

―――東京のど真ん中に40キロ以上に及ぶ緑のラインが引かれているかのような玉川上水の存在を初めて知りました。自然の宝庫ですね。

関野:1600年ごろ江戸幕府が誕生しましたが、50年もすると水が足りなくなったので、多摩川から水を引くことにした。でも実は落差がなかったため、後に玉川姓を与えられる庄右衛門・清右衛門兄弟が今から400年近く前の時代に43キロの用水路を完成させました。

水が流れることによって、周りにも自然と木が生え、緑が豊かになり、都が維持できたわけです。同様に、砂漠でも水のあるところには植物が生えますし、南米のチリで1滴も雨が降らない1万人都市がありますが、山から雪解け水が流れてくるので農業ができます。つまり、水がいかに大事かということです。


―――玉川上水の多様性調査では、桜の木だけを残し、他の木を伐採した小金井市の数値がガクンと下がっていましたが、伐採が行われたのは最近ですか?

関野:もともと桜の名所なので、もっと景観をよくするために伐採を行ったのですが、そうなると台風が来た時の被害が甚大になってしまう。僕たちが観察したのは隣の小平市ですが、そこが一番緑豊かで、台風でも木が倒れなかったんですよ。


―――玉川上水にはたぬきもいるんですね?

関野:たぬきだけではなく、本当にいろいろな種類の鳥がいるし、虫も多様です。玉川上水ができたことで、他の場所も緑が植わってきた。ただ当時は農地だったところが宅地化が進み、緑がなくなった結果、玉川上水が生き物たちの避難所になってしまったんです。だから生き物たちからすれば、とても狭い。でも、43キロ繋がって水が流れていることが大事なんです。


―――映画でも子どもたちが高槻先生と一緒に自然体験をしている様子が映りますが、都会の中でそういう体験ができる貴重な場所でもありますね。

関野:糞虫マップを高槻さんと作ったんですよ。僕は玉川上水の分岐点から杉並まで、100以上ある小さな橋をいくつかに区切りながら調べましたが、やはり小平が1日で何十匹も採取できるんです。一番取れないのが小金井でした。鳥類を20年間毎朝調べているサラリーマンの方もいらっしゃるのですが、結果は糞虫と同じでした。これらの調査をやったのと同じ時期に伊沢正名さんや舘野鴻さんと知り合ったんです。



■玉川上水とプープランドのうんこ(糞)調査でわかった生態系の循環

―――糞土師の肩書きを持つ伊沢正名さんは、プープランド(自由にうんこができる場所)のために山地を購入し、50年実践研究を続けるパッションの持ち主ですが、関野さんは以前から人間のうんこについて何か思うところはありましたか?

関野:玉川上水で糞虫を調べたので、うんこには興味を持っていましたが、高槻さんと出会ってなければその視点はなかったかもしれません。玉川上水は土の道なので、犬の散歩によく使われ、ときどき犬のうんこが放置されていることがあるのですが、それをひっくり返してみるとわっと糞虫が出てくるんですよ。

 もうひとつ、たぬきの溜め糞を調べたんです。たぬきは同じところに糞をするので、そこを探すところから始めます。大体、人が見えない茂みにあり、場所が見つかればうんこをしているところを自動撮影装置で撮影するわけです。うんこがでると糞虫がやってくるし、今度は糞虫を食べるために鳥がやってくる。たぬきは植物の種や実も食べるので、そこから芽が出てきて大きな木になる。だから高槻先生と調査したのは、何がいるかはわかっているけれど、どう繋がっているかがわからなかったので、簡単な素人でもできる道具で調査し、こちらも思わず熱くなりました。


―――自然界の循環を調査によって裏付けていかれる様子と、その喜びも伝わってきました。伊沢さんのパートでは、関野さんご自身もプープランドでチャレンジされていましが。

関野:伊沢さんがプープランドを作ったのは、自分がうんこをするためではなく、うんこをさせるためだとおっしゃっていました。元々は、学生をたくさん連れてきて、うんこをしてもらうプランでしたが、場所が遠く、交通費がかかることもあり、なかなか参加してもらえなかった。環境グループの学生たちもチャレンジしてくれたのですが、通うのは難しかった。


―――ちなみにどれぐらいのペースで観察をするのですか?

関野:経験則で、「これは3日で開けよう」とか「これは1週間で開けよう」とか。伊沢さんは15年前に自分がよくうんこをしているところと、そうでないところとの分解の速さを比べる調査をしていたのですが、今回再びやることにしたんです。伊沢さんからすれば、どうせ同じ結果になるだろうから別の人にやってもらうつもりだったのに、該当者がいなくて自分がやることになった。しかも真正面から撮られて、ポスターにまで使われてしまった。監督なのに(笑)



■人間のうんこと地球の関係

―――実際、カメラで映すわけで、いいうんこをするのも大変ですよね?

関野:本当に大変です。伊沢さんも慣れているはずなのに、カメラの前では緊張しておられました。副交感神経が緩んだ状態だとうまく出るのですが、緊張すると肛門がきゅっと締まってしまう。伊沢さんは1000日間連続で野糞をした記録を持っているのですが、僕はもしかしたら伊沢さんの次に多いかもしれない。南米にいたときはずっと野糞でしたから。

前田:昨日、映画のトークイベントで登壇された漫画家の新井英樹さんが、「この作品は関野さんがうんこをする成長物語に見える。最初は出ないと言っていたのに、最後は堂々と野糞をされている」と。関野さん自らの体験をアウトプットしているところもあるでしょうが、ご覧になった方からも「最初はぎょっとするけれど、だんだん慣れてくる」と。

関野:どうせ見せるなら立派なうんこを見せたいと思って(笑)


―――うんこの中でも、糞虫が死んでしまうようなものもあり、いいウンチであることが大事なのかなと。

関野:あとは外に放置されて乾燥しているものもだめですね。菌類や微生物が分解をするので、空中においてはダメです。土の力ですね。実は深く掘り過ぎてもダメ。理想は土がパラリとかぶさるぐらいです。


―――人間は環境を破壊する元凶と思っていましたが、地球にお返しできるものとしてうんこがあるのかと思うと少し救われた気持ちになります。死んだ体も土に還せば、分解されて循環のサイクルに入っていくわけで。

関野:アマゾンの人たちは土に埋めてしまうので完璧だったのですが、明日お会いする土の研究者、藤井一至さんの本を読むと、土中で死体を分解する菌類が呼吸をするので、厳密に言えば二酸化炭素が出るんですね。えっと思いました。


―――舘野鴻さんは死体を分解する虫や、うじ虫を絵本に描いておられますが、どうしてもうじ虫といえば汚いイメージが付きまといますね。

関野:うじ虫は汚いイメージはありますが、うじ虫は自分が汚いとは思っていない。食べているものが腐っているだけです。ハエもうんこを食べますが、よく見ると美しいですよ。


―――既成のイメージが覆され、その虫たちの働きぶりをしっかり見ることができました。

関野:僕はアマゾンにずっと通っているのですが、先住民のひとたちがお尻を拭いているのを見たことがない。僕は葉っぱで拭いたのですが、ついてきた子どもたちは何も言わなかったので聞けばよかったと後悔しています。おしっこも川で済ませるのですが、それが川を汚すということではない。彼らの衛生観念も聞けていないので、もう一度映画を携えてアマゾンに行かなければと思っています。



■日本で旧石器時代にタイムスリップ!

―――映画全体の構成として、冒頭にこの映画はどういう映画かを語ってからスタートし、最後にご自身の現在の旧石器時代に遡っての取り組みを紹介しているのが、関野さんらしさを感じました。

関野:最後に、お客さんが置いてけぼりにならないように、3年半かけて僕自身がどうなったかを語れとプロデューサーから言われ、自分が取り組んでいることを書いたところ、よりお客さんを思わぬ遠くへ連れていくのが関野さんらしくていいということで、今の形になりました。

実はグレートジャーニーそのものが、旧石器時代のマンモスハンターの旅で、僕は、それに想いを馳せるためにやっていました。50年前まではニューギニアに石器だけを使う人たちがいましたが、今はいなくなり鉄器時代です。世界中で赤ちゃんを除き、鉄の世話になっていない人はいない。逆にプラスチックもガラスや金銀銅を知らずに生きている人はたくさんいます。アマゾンもその一例です。

 だから旧石器時代を旅するためには、タイムマシンに乗ってその時代に戻るしかない。

もうひとつは未知の場所を僕はずっと求めていたのですが、もうそんな場所はないので、旧石器時代に自分で行くことにしたんです。アマゾンの人たちはナイフ1本あれば、生きていけますが、彼らと渡り合うためにはナイフなしで生きてみる。石器を作り、紐を編み、家を作り、暮らすというのが僕のいまの計画です。


―――この作品を見ると、みなさん自然界の循環について、新たな気づきがあると思いますし、道具から作ることで現代にいながら、タイムトリップできるというのも新鮮です。

関野:みんなこの撮影で実験に取り組む中で、新しいことに気づくわけです。伊沢さんも、プープランドがこんなに豊かになっているとか、舘野さんもシデムシを題材とした絵本を一度書いたので自分の中では終わっていたのに、今回は64種類もの虫が死体に群がることを知り、「僕はシデムシのことを何も知らなかった」と話されていました。舘野さんは、がろあむしの研究も10年やられていましたが、岩の間に住んでいる虫なので、石の研究を合わせて行っておられ、僕が石器作りをするとき、随分いろいろなことを教えてもらいました。特に砥石になる流紋岩を一緒に探しに行ったりもしたんですよ。 

(江口由美)



<作品情報>

『うんこと死体の復権』(2024年 日本 106分)

監督:関野吉晴 プロデューサー・撮影:前田亜紀 プロデューサー:大島新

出演:伊沢正名、高槻成紀、舘野鴻

2024年8月23日(金)より京都シネマ、24日(土)より第七藝術劇場、元町映画館他全国順次公開

公式サイト⇒https://www.unkotoshitai.com/

(C) 2024「うんこと死体の復権」製作委員会