「人と人とのつながりや思いやりは、人種や国境を超え、全世界共通」 『パドレ・プロジェクト~父の影を追って~』武内剛監督インタビュー


 2歳で生き別れたカメルーン人の父を持つ、芸人「ぶらっくさむらい」として活動してきた武内剛。自らが監督・プロデュース・編集を務め、父を探してイタリアへ向かう旅を記録したドキュメンタリー映画『パドレ・プロジェクト~父の影を追って~』が、9月27日(金)よりアップリンク京都、9月28日(土)よりシアターセブン、元町映画館にて公開される。

 映画では、今は認知症を患い、介護施設で生活をしている母の姿も映し出すと同時に、母が出産前から一人で産み育てる覚悟をしていたことや、折に触れて父のことを息子の武内さんに伝えてきたことも明かされる。クラウドファンディングを行い、イタリアでの父親探しをサポートする通訳者のキキさんと事前準備を重ね、10日間という限られた時間でどのように父親探しを行うのか。その過程での様々な出会いや葛藤を経て、今思うことは?40代を目前に、プロジェクト支援者の想いも抱えながら、自らの父親探しプロジェクトを記録した本作の武内剛監督に、お話を伺った。



■はじまりは、仕事がなくなったコロナ禍でのYoutube配信

―――まず、『パドレ・プロジェクト』というタイトルですが、このプロジェクトをいつスタートされたのかも含めて教えていただけますか?

武内: 2020年、コロナウィルスが蔓延した当時、僕はお笑い事務所に所属し、「ぶらっくさむらい」という芸名で芸人として活動していたのですが、ライブやイベントができなくなり、一気に仕事がなくなってしまった。ちょうと30代最後の時期で、40歳までに芸人としてやっていけるぐらい売れなければ、違う活動をしようと思っていたところだったので、そのまま事務所を辞め、Youtubeなどオンラインでの発信をやり始めたのです。長年、僕は父親のことで心の中がモヤモヤし続けていて、ずっと会っていないけれど、生きているなら60代後半だし、会いに行くなら今がもうラストチャンスだと思ったのです。パドレ(padre)というのは、イタリア語やスペイン語で「父親」という意味なので、「パドレ・プロジェクト」と名付け、もともとはYoutubeでシリーズものの動画として、その経過を発信するつもりでした。だから思いもよらない展開で映画化となったとき、もはや別のタイトルは考えつかなかった。ですから、「父の影を追って」という副題をつけています。


―――映画を拝見して、お母さんの一人で産んで育てるという覚悟や、折に触れて長年会えていない父のことを剛さんに話して聞かせていたなど、母と息子の深いつながりが築けていることがあらゆるところから窺い知れ、父親探し以前の段階で感動していました。旅先でも色々な人から助けられ、監督である武内さんのお人柄に触れながら、気持ちよく観ることができる作品ですね。

武内:僕の10代の頃を知っている友達なら、「剛、何を善人ぶってるんだ!」と絶対言われると思います(笑)。だから昔の友達に映画を観てもらうのはかなり恥ずかしいのですが、いくつになっても人は変われるという気持ちを込めてもいます。僕自身、人前で全てをさらけ出すことに抵抗があるタイプなのですが、僕と同じようにダブルの出自を持つ人や複雑な家庭環境にある人に、ポジティブなメッセージを届けたい気持ちの方が勝り、自分が恥ずかしがっている場合ではないと思って作りました。



■『マドレ(母)・プロジェクト』の一面をもっと入れたかった

―――なるほど、恥ずかしさはありながらも、最初から自分にカメラを向けられることに対する覚悟ができていたんですね。

武内:制作サイドに携わっている人からすれば、僕自身が編集もやっているので、「武内監督は1割ぐらいは格好をつけているな」と分かっているかもしれない(笑)母のことについては、相当苦労したと思うし、本当はもっとそのバックグラウンドや、どういう人生を歩んでいたかを紹介したかったんです。今は認知症のため施設で暮らしており、この映画のこともなんとなくは分かっているかもしれないけれど、母の許可を得ることは実質的に難しかった。その部分も自分が監督兼編集だとセーブしてしまう。だから『パドレ・プロジェクト』ではあるけれども、本当は『マドレ(母)・プロジェクト』の一面をもっと入れたいという気持ちはありましたね。


―――『マドレ・プロジェクト』でもあるというのは、わかる気がします。

武内:僕の母親は今、70代後半ですが、1970年代にヨーロッパを20カ国旅したのです。フェリーで横浜からソ連に渡り、そこからシベリア鉄道でヨーロッパに行った。そこで外国人と恋愛をし、帰国後一人で子どもを産むというのは当時、世間からの理解も得られず、すごく大変なことだったそうです。母はすごく自立した女性だったので、産むと決めた時点で、一人で子どもを育てる覚悟をしていたようです。イタリアにいた父は当時まだ学生でしたし、黒人の外国人だったので差別され、仕事もなかったことも、その選択に至る理由だったのでしょう。


―――今、認知症を患っておられるお母さんは、それまで一人で子育てすることに邁進し、背負ってきた荷物をようやく下ろすことができた状態なのかもしれません。

武内:5年ほど前に母を老人ホームに入居される決断をしたのですが、あれだけ元気だった母がボケていくので、当初は悲しいことだとしか捉えられない自分がいました。ただ映画館での上映時、母が登場するシーンになると、ほのぼのとした雰囲気になったり、笑いが起こることもあったんです。僕もこういう風にお客さまが母のことを受け止めてくれるのが嬉しかったし、発見にもなりました。ボケていく母を見て悲しむのではなく、可愛い存在として見守っていきたいと思っています。


―――次回作は今の母を描く『マドレ・プロジェクト』になるかもしれませんね。父探しのプロジェクトで欠かせない存在だったのが通訳を買って出てくれたキキさんです。イタリア出発までの事前準備もかなり入念にされていました。

武内:コロナ禍で最初にYoutube動画を発信したとき、かなりの反響やコメントをいただきました。僕も長くエンタメ業界にいるので、この企画の手応えを感じ、しっかりとした形にしていこうと思ったんです。父はイタリアにいるので、イタリアの人にプロジェクトを手伝ってもらえたらとSNSを通じて通訳の募集をしたら手を上げてくれたのがキキさんでした。彼女の協力がなければ、あの短期間で父親に会うことはできていなかったですね。



■自分だけの想いではなくなった「パドレ ・プロジェクト」

―――全てをかけて父を探しに現地へ行くという行動があったからこそ、この結果がもたらされたと思うし、少し俯瞰してみるとその行動こそが大事だと感じました。

武内:僕は今、43歳なのですが、芸人としても中途半端だし、一世を風靡したわけでもなく、何も成し遂げていない。でも人生は一度きりだし、何かやらなきゃいけないという気持ちがあり、僕の中でやることの一つとして挙げていたのが父親探しでした。

何十年ぶりに父親を探して会うということをシリアスに捉える方も多いと思うのですが、僕の場合は母が認知症になる前、「もし剛が父に会いに行くのなら、向こうは絶対に会ってくれると思うよ」と言ってくれていたのです。それだけでなく、「あなたのクリエイティブな能力は間違いなく父親譲りだ」と父親に対してポジティブな言葉をずっと語っていたので、僕としては父親に会いに行くことに対して、そこまで抵抗はなかったんです。

ただ、父親側も新しい家族ができているだろうし、病気をしてホームレスになっていたり、亡くなっている可能性だってあるかもしれない。そして会いたくないと拒絶されるリスクもゼロではなかった。クラウドファンディング で支援を募った時点で、自分だけの想いではなくなってしまったので、もうやるしかないと覚悟を決めました。


―――支援者の名前が書かれたTシャツを着ていらっしゃったので、みんなの夢にもなっていたのかなと。

武内:家族や仕事があり、今の自分が夢に向けて行動するのは難しいので、武内さんの夢の実現を応援したいという方も結構多かったです。



■必死の姿勢が通じた捜索秘話

―――実際に会いに行く過程で、様々な現地の方と出会っていき、そこでみんな親身になって動いてくれるようになっていくのも、人間が本来持つ優しさが垣間見えました。

武内:僕が余裕の表情だったら、そこまで親身になってくれたかは疑問ですが、とにかく必死でしたから、それが通じたのかもしれません。最初のカフェで出会った男性は、フィクション映画の登場人物みたいでしたよね。「父親探しをしているとは言ってはいけない!」とか(笑)


―――実際にカメルーン人が集まるバーを教えてもらって現地に行かれたときは、映画でも「怖そう…」と最初戦々恐々としておられましたね。

武内:最初は、僕たち自身がすごく怪しまれましたね。屈強なセキュリティーの方達数人に囲まれ、なぜここに来たのかと問い詰められた。本当は撮影したかったけれど、実際にそんなことをしていたら、つまみ出されていたでしょう。僕は生まれも育ちも日本なので、日本人の顔の区別はもちろんつくけれど、黒人の顔は同じに見える。でも僕の父親の写真をバーのカメルーン人のみなさんに見せると、「おまえ、親父にそっくりじゃないか!」と(笑)


―――ありがとうございました。最後に、このパドレ・プロジェクトを映画として世に送り出したことで、何か新たな気づきはありましたか?

武内:人と人とのつながりや思いやりというのは、人種や国境を超え、全世界共通なものだと再確認できました。日本はこれから外国人や外国人のルーツを持つ人が増えてくるし、それは避けては通れないことだと思うので、この作品をご覧いただいて、何かを感じていただけると嬉しいですね。次回作は未定ではありますが、日本と外国とをつなぐ作品を作れたらと思っています。

(江口由美)



<作品情報>

『パドレ・プロジェクト~父の影を追って~』

(2023年 日本 80分)

監督・プロデュース・編集・出演:武内剛

2024年9月27日(金)よりアップリンク京都、9月28日(土)よりシアターセブン、元町映画館にて公開

※9月28日(土)、29日(日)上映後、アップリンク京都、シアターセブン、元町映画館での監督舞台挨拶あり

公式サイト⇒ https://padreproject.jp/

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