「亡くなってから新しいことを知る時間があると思えば、少し救いになる」 母、東直子の小説を映画化した『とりつくしま』東かほり監督インタビュー


 「もう一度、この世を見つめることができるとしたら」。

東直子の小説『とりつくしま』を、娘で映画監督の東かほりが映画化した『とりつくしま』が、9月27日(金)よりテアトル梅田、10月18日(金)より出町座、10月19日(土)より元町映画館にて公開される。

  ENBUゼミナール「シネマプロジェクト」第11弾作品となる本作。亡くなったものの、この世に未練がありそうな人に、モノになって現世に戻ることができると問いかける“とりつくしま係”を小泉今日子が扮するほか、モノに取り憑いた亡き人の目で現世を見つめる『とりつくしま』の世界観の中で、幅広い年齢層の俳優たちが亡き人を思う登場人物たちを好演している。肉体は消えても現世で愛する人を見守ることができる蘇りの物語は、死が全ての終わりではないと勇気付けてくれるよう。東直子の小説を、独自の脚色で見事に映画化した東かほり監督オリジナルの部分もぜひ注目してほしい。

本作の東かほり監督に、お話を伺った。



■出版当時から読んでいた『とりつくしま』、母が原作者だとやりやすい

―――今回は東監督の母、東直子さんの小説が原作となっていますが、今までお母さんが詩集やエッセイ、小説などを出版された際、作品を読んでおられたのですか?

東:母は、小説の中で家族のことを登場させることがたまにあるのですが、わたしが高校生のとき、熱心に彼氏のことを聞いてきたことがあり、どんな人か話すと、小説のキャラクターとしてかなりトレースされたことがあって(笑)

今から思えば全然大したことではないのですが、当時のわたしはそれ以降、特に恋愛要素のある母の小説は避けるようになっていました。そういう状況下でも『とりつくしま』は気になって読んでいた本でした。


―――なるほど、『とりつくしま』は刊行当時から読んでいた本だったんですね。

東:とにかく当時は反抗期真っ只中だったので、「ちょっと読んでやるか」という気持ちだったのですが、それでもぐっときた記憶があり、大人になってちゃんと読み返した感じですね。


―――今回はどのように企画がスタートしたのですか?

東:本作はENBUゼミナール「シネマプロジェクト」の第11弾ですが、わたしはオリジナルの企画を含めて5つぐらいの企画を提出し、その中の一つが『とりつくしま』でした。短編のオムニバス小説なので、ワークショップで幅広い年齢層の人が参加されても、何かしら演じる役を作れることから、ちょうど映画化にいいのではないかと思い、ENBUゼミナール側と相談しながら決めていきました。


―――以前の長編映画の脚本は永妻優一さんと共同で担当されていましたが、今回は単独で書かれていますね。

東:母の本が原作なので、オムニバスの1話分を書いてはすぐ読んでもらったりと、常に母の意見を聞きながら進めていきました。母からの「こうしてほしい」という要望も入っているし、一方でわたしの自由にさせてもらえた部分もありました。母が原作者というのは、一番やりやすいですね。


―――わたしも原作を読んでいたので、どのエピソードがどの順番で登場するのか注目していたのですが、映画ならではの魅力と広がりを感じさせる見事な構成になっていました。

東:ありがとうございます。小説では一番形のない「ロージン(野球でピッチャーが使うロージンバック)」から始まることができるけれど、「粉になった」と書かれているものを映像化するのは難しい。なので、物としてわかりやすいマグカップ(「トリケラトプス」)を最初に持ってきたり、この映画を観た人の世界にも広がっている感じで終わりたかったので、最後に「ロージン」をもってきたり、エピソードの順番は結構考えました。



■とりつくしま係がいる部屋の裏設定は?

―――昨年、バカリズムさんの脚本で話題になったTVドラマ「ブラッシュアップライフ」もしかりですが、もう一度人生をやり直す物語において、あの世の入り口にいる番人のような人の存在はとても大切ですね。

東:そう思います。「ブラッシュアップライフ」の受付係がいる世界は、真っ白の世界でしたよね。あのドラマは大好きで素敵なのですが、「とりつくしま係の部屋」は現実にもある場所にしたかった。原作ではとりつくしま係は人間ではないし、白い顔に黒い穴のあるような、人間ではない何か、でした。でもわたしは『とりつくしま』を読んで、モノにとりつく設定はファンタジーのようでリアルなことのように感じ、より現実味をだしたかったので、とりつくしま係は人間として描きました。また死者ととりつくしま係が出会う場所も温かみのある場所がいいなと思い、音楽室を選びました。


―――とりつくしま係のいる音楽室にあるのが、本当にさまざまなことを連想させる小物たちです。思わず見入ってしまいました。ずいぶん置くものをこだわって、チョイスしたのではなかと思ったのですが。

東:音楽室というのは、とりつくしま係も昔音楽に関わる仕事をしていた人で、今は音楽室にとりついているという裏設定からきています。小泉今日子さんに演じてもらうというのもあり、最初から音楽と絡めたいと考えていました。置かれているモノは、美術さんと相談し、今まで誰かがとりついていて、使命を終えたモノが置いてあるという設定にしています。実際に置いてあるモノに関しては、古いレトロなものや、子どもが使っていそうなものなど、写真やイメージを共有しながら美術さんに探してもらいました。


―――なるほど、とりつくしま係との面談を経て、誰かが取り憑いたものが役目を果たしたモノを集めた博物館というイメージなんですね。ちなみに、とりつくしま係に小泉今日子さんをオファーした経緯は?

東:小泉今日子さんに演じていただきたいというのは、わたしたち親子の中ですぐに出た意見でした。小泉さんは元々小説を読んでくださっており、「ホントのコイズミさん」というラジオ番組に母をゲストで呼んでいただき、『とりつくしま』について紹介してくださっていて。そういう経緯もあり、とりつくしま係役のオファーを快諾してくださいました。



■小泉今日子が演じたとりつくしま係を、知らず知らずのうちに母と重ねて

―――小泉さんが、あそこまでふんわりとした雰囲気の服装をされていることが珍しいので、とても新鮮でした。

東:小説を読むと、多くの方がとりつくしま係を人物で描くとすれば男性というイメージがあると思うのですが、わたしは女性で温かい声の方がいいと思っていました。衣装も母が日頃好んで着ている服のイメージなんです。撮影中、小泉さんの後ろ姿だけですが、母と似ているなと思ったときに、「そうか、わたしはとりつくしま係を母と重ねているのか」と気づきました。年代や声の雰囲気などから母に投影している部分がかなりあると思います。


―――それは母の東直子さんも、嬉しいでしょうね。

東:反抗期で母と口をきかない時期も長かったので、きっとビックリするでしょう(笑)


―――最初のエピソード「トリケラトプス」で主人公が取り憑くトリケラトプスの柄が入ったマグカップがすごく印象的でしたが、エンドクレジットを見て東直子さんが作られたのかと驚きました。

東:トリケラトプスのマグカップも、実際に博物館で買ってきたものが東家にあり、兄が愛用していたんです。それを“とりつくモノ”の一つとして小説で母が使っていたので、最初は似たデザインの物を美術さんに用意してもらおうと思っていたのです。でも、趣味で陶芸をしている母が自分で作りたいと言ってくれて。候補となるマグカップを3つぐらい作ってくれました。確かにこちらの方が温かい感じが出るし、他にはないモノなので、小泉さんや出演者の皆さんからも意見をいただき、母が作ったトリケラトプスのマグカップを起用しました。



■モノの視点の表現方法と、原作にはない自分の色を入れること

―――本作は、亡くなっても現世に想いを残している人が、自分の好きなモノに取り憑くことで会いたい人のもとに戻るという設定なので、取り憑いたモノの目線を巧みに取り入れています。小説との大きな違いであり、魅力だと思いますが、どのようにモノの視点を表現していったのですか?

東:企画時点でこの小説をすでに読んでいた方からは、モノが主役で、ロージンのような空中に消える粉末もある中で、どうやって撮るのかとよく聞かれました。どうやってモノの目線で撮るかは、撮影の古屋幸一さんからたくさんアイデアやご意見をいただき、「こうすればモノからの目線に見えるかもしれない」ということをあれこれ考えた結果、意外とすごくシンプルなことかもしれないという結論に落ち着きました。

 最初に一番わかりやすいマグカップで魚眼レンズを使い、登場人物がモノに触っている大写しのショットを入れて、観客にこれがモノからの視点であることをわかってもらう。そうすると、次の話からはわざわざ説明しなくても(モノの視点であることが)伝わるのではないかと考えました。各話ごとに魚眼レンズで撮影していましたが、編集上で魚眼レンズでのショットがなくても伝わると思うところは、どんどんそのショットを省いていきました。


―――確かに、最初は「これがモノからの視点なのか」と感心したりもしましたが、次の話になっていくにつれ、特に魚眼レンズの映像がなくても、モノからの目線だと伝わってきましたね。もう一つ面白いなと思ったのは、各話の中で、これはかほり監督のオリジナルだなと思うセリフが随所にあるところです。

東:やはり母の小説をそのまま描くのではなく、自分の色も入れたいという想いがありました。特に、「トリケラトプス」で一人暮らしになった夫の部屋に、酔っ払って介抱されながらやってきたリオというキャラクターは、母から「原作と全然違うね。ちょっと不思議な感じだけど」と言われました。演じてくれた小川未祐さんは、普段はとても凛とした方で、決して深夜にペヤングを食べるような方ではないんです。でも小川さんと出会ったとき、彼女の違う一面を見たいと思ってしまい、ワークショップでも酔っ払い役とか、色々なことをやってもらった上で、やはりリオ役は小川さんにと決めたところ、母も「いいと思う」と最終的には言ってくれました。


―――なるほど、リオはこだわりのキャラクターだったんですね。

東:ギャルだから派手だとか、見た目のイメージだけで押し切るのではなく、「こういう風にみえて、こんな面もあるのか」と、ちょっと裏側を見せるのが、人のリアルを描くことなのではと思ったんですよ。



―――男の子がジャングルジムに取り憑く「あおいの」は、小説とはだいぶん趣きが異なり、相当自由に話を組み立てた印象がありました。

東:そうですね。登場人物もかなり増やしましたし、わたしの映画の常連である宇乃うめのさんは、芸人役で入れたいと、いつの間にかあて書きしていました。小説では男の子の寂しさが一番迫ってくるお話なのですが、それを映像化すると寂しさだけがより残ってしまう気がしました。なので仲間を増やしてあげたいと思い、各話の中で一番登場人物を増やし、脚色も行いました。小説の「くちびる」に出てくるリップクリームも形を変えて、この「あおいの」に登場させたりもしています。



■『とりつくしま』とリンクしたロケ地とは?

―――「レンズ」は、主人公が取り憑いたカメラを持ったメインキャラクターのおじいちゃんが、あちらこちらに出かけていきます。一番行動範囲が広いなと思って観ていました。

東:そうなんです。第二の人生を歩んでいる人の話で、原作の中で「日記」とどちらを入れるかどうか迷ったんです。「トリケラトプス」「あおいの」「ロージン」の3つに加えるなら、箸休め的な方がいい。そう考えたとき、「日記」だとどうしても深く掘り下げなくてはいけなくなるので、「レンズ」はいわば、亡くなって取り憑いてからも新しい出会いがあり、これから何かが始まるというところで終わるので、他の設定と被らず入れやすいと感じて選びました。


―――見ず知らずのおじいちゃんの日常を覗き見る感じでもあり、楽しかったです。

東:「レンズ」のおじいちゃんの家は、たくさんのモノに囲まれているのですが、あそこは美術は一切入れていないんです。80代男性の方のご自宅をお借りしたのですが、習字で目標や格言を書いていたり、こちらで美術を用意しても出せない味わいで溢れていました。撮影で使わなかった2階には、若くして亡くなられたという娘さんの部屋が、そのままの状態で遺されていました。家の中のモノにとりつくしまを感じて、ぎゅっとした想いになり、「このお家で撮影をしたいです」と改めてお願いをした経緯がありました。


―――本当にご縁を感じる家だったんですね。『とりつくしま』を観ていても感じることですが、やはりモノに心が宿っていることって、ありますよね?

東:そう思います。「誰かがいたんだ」という感覚がありました。



■車掌の声役、鈴木慶一からのコメント「とりつくなら音に」

―――突然大事な人を失い、悲しい気持ちを抱えている人に、あの世から届いたラブレターのような映画だなと思いました。ちなみに鈴木慶一さんがクレジットされていましたが?

東:最初に、車掌の声で「赤ちゃんの産声を頼りに進んでおります」と語っているのが、鈴木慶一さんです。『ほとぼりメルトサウンズ』に出演していただきましたし、本当に大好きで素敵な方なんです。「とりつくなら音に」というコメントをいただいて、あーかっこいい!と感動しました。


―――死んだ人の魂が現世に戻る話は、どうしても重くなったり、感情を強く揺さぶるというタイプの作品になりがちですが、この作品はどこか清々しさの方が勝る気がしますね。

東:死ぬことはもちろん怖いのですが、わたしはそこまで死に対する恐怖感がなく、いつか来るものというイメージなんです。すでに映画をご覧になった方から「死ぬのが少し怖くなくなりました」という声をいただいたりもしました。亡くなった後に、大切な人とのほんとうのさよならの時間があったり、亡くなってから新しいことを知る時間があると思えれば、少し救いになるのかなと思います。なので、なるべく悲しい気持ちだけを強調しないように心がけて演出や編集を行い、音楽をつける位置なども考えて配置しました。


―――肉体はこの世からなくなっても、どこかで現世の人たちを見守っている魂たちの心や目線が可視化されたような、とてもいい映画でした。関西での公開時、舞台挨拶でお会いできるのを楽しみにしています。

(江口由美)


<作品紹介>

『とりつくしま』 (2024年 日本 89分)

監督・脚本:東かほり 原作:東直子『とりつくしま』(筑摩書房)

出演:橋本紡 櫛島想史 小川未祐 楠田悠人 磯西真喜 柴田義之 安宅陽子 志村魁 小泉今日子 中澤梓佐 石井心寧 安光隆太郎 新谷ゆづみ 鈴木喜明 千賀由紀子 佐藤有里子 宇乃うめの 山下航平 山田結愛 村田凪 田名瀬偉年 富士たくや 富井寧音 松浦祐子 大槻圭紀 平松克美 熊﨑踊花 岩本蒼祐 大古知遣

9月27日(金)よりテアトル梅田、10月18日(金)より出町座、10月19日(土)より元町映画館にて公開

※9月28日(土)にテアトル梅田、10月19日(土)に元町映画館、10月20日(日)に出町座にて東かほり監督の舞台挨拶あり

http://toritsukushima.com/

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