「女性たちが観たい作品をわたしたちがきちんと作っていこうという気持ちになれました」『ミルクレディ』宮瀬佐知子監督、迫あすみプロデューサー/撮影監督インタビュー
宮瀬佐知子監督の短編『ミルクレディ』が、第21回大阪アジアン映画祭(OAFF2025EXPO)インディ・フォーラム部門作品として、大阪中之島美術館1Fホールで日本初上映され、見事芳泉短編賞スペシャルメンションに輝いた。
家族経営の乳製品会社で30年以上牛乳配達の仕事を続けてきた50代独身の明美。職場の同僚で、キャリアを手放し、明美の会社で牛乳配達を始めた子育て中の麻衣の態度を、コネ入社の支店長、健太は快く思っていないようだ。自身の選択を後悔する麻衣の姿に、自らが体験してきた社会の不条理や女性の生きづらさを次の世代に引き継がせたくないという怒りが沸き起こってきた明美は、ある行動に出る。
女性たちが長年忍耐を強いられてきた職場での不当な扱いにNOを突きつけ、立ち上がる力強い物語をダイナミックかつきめ細やかに描いた本作の宮瀬佐知子監督(写真左)、プロデューサー・脚本・撮影の迫あすみさん(写真右)にお話を伺った。
■リアルな中年女性を描く映画がないと、ずっと思っていた(宮瀬)
―――まず、本作を作るまで映画業界でどんなキャリアを積まれてきたのか、また制作のきっかけを教えてください。
宮瀬:監督作としては『ミルクレディ』が短編3本目になりますが、普段はプロデューサーを主にやっています。アシスタントプロデューサーや助監督などの下積みを15年ぐらいやりながら、ようやくこの5〜6年でプロデューサーとして商業ベースの大規模な作品に携わるようになりました。ただ現在の日本映画では、40代から50代以上の女性が“おばさん刑事”など特別なキャラクターとして描かれてしまうことが多いと感じます。わたしたちだって普通にご飯を食べて、生活をしている一方で、探偵だってやってみたいし、カーチェイスもやりたい。でもそういうリアルな中年女性を描く映画がないなと、ずっと思っていました。
―――確かに主演級はキャラクタライズされていることが多いです。
宮瀬:映画業界の中で女性の立場や役割について様々なジレンマを抱えていたときに、同年代の迫さんという女性の撮影監督がいることを業界の友人を通して知りました。こちらから声をかけて迫さんと何度かお茶をしながら、この業界のことやそれぞれが積んできた様々な経験を次世代にいい意味で残していきたいとか、女性たちが不利益を被るような悪いシステムをどのように変えていくのかについて話し合っていました。迫さんはそういうことが話せる唯一の友人でしたし、いつか一緒に何か作りたいと思っていたところ、彼女が立ち上げた企画に声をかけてくれたのです。
わたし自身も脚本を書きますが、他の方の脚本でも自分がやりたい企画なら携わらせてもらいたいと常々思っていたので巡り合わせが良かったし、お互いが本当に映画業界でさまざまなことを体験しているので、それらをごった煮のように合わせて、わたしたちが思い描く作品をいい形で作れればと思いました。
――― 一人で何役も兼ねた少数精鋭のスタッフ陣ですね 。
宮瀬:映画業界でキャリアを重ねる中で仲間もできてきたので、お互い一緒に仕事をしたいスタッフに声をかけ、少人数編成ですが労働環境を考えながら取り組んだ作品です。何でも自分たちでやらなければいけないので、製作部の仕事や車輌の発注、ロケ場所の選定など、なんでもやりました。音楽と美術もわたしが担当しています。
■自分たちの物語を自分で書く(迫)
―――迫さんは撮影が本職ですが、本作の脚本を書き、プロデューサーとして企画を立ち上げた経緯を教えてください。
迫:カナダの映画学校を卒業し、日本の会社で照明部として仕事をしたくて応募したところ、当時その会社は女性スタッフを雇っていないと言われ、結局就職できたのは撮影の技術会社でした。撮影助手からはじまり、主に日本のテレビドラマに携わりましたが、かなり労働環境が厳しかったです。退職後、環境を変えるためオーストラリアで撮影の仕事をし、2016年に帰国後はフリーランスで仕事をしています。12年間撮影助手をし、5年前にカメラマンとなって撮影部で活動をしていますが、商業作品に携わる中で、そこで描かれている主人公は若い女性が多いし、年齢を重ねた方はお母さんや妻、またはすごくキャラクター化された女性が多かったのです。自分も年を重ね、自分たちの物語がないことに気づかされたし、そういう女性を描く商業作品を待っていても来ないので、自分で書こうと思ったんです。
―――自分たちの物語を自分で作る、まさにDIYの精神ですね。
迫:実は自分で脚本を書き、映画を撮るというのはこれで3作目なんです。1作目はオーストラリアで撮影した"Cafe Hernandez"、2作目は撮影助手をしていたときに脚本を書き、齋藤栄美さんに共同脚本、監督をお願いした『一夜二糸』です。『ミルクレディ』を撮るにあたっては、脚本を理解し共鳴してくれる人に監督をお願いしたいと思っていたので、宮瀬さんはプロデュースが主で、監督としての経験は少ないことは知っていましたが、ぜひとお願いしました。他のスタッフもこの作品に携わることで、みんなのステップアップになればと思う気持ちがありました。
―――美術担当の宮瀬さんの細かな仕事も、すごく効いていますね。
宮瀬:ロゴやステッカーも作りました。プロではありませんが、映画の中の意味を持ったデザインや小道具がすごく好きなんです。美術部や装飾部の友人をそばで見ていると本当に技術職だと感じます。この作品に限っては、「女性たちが闘う話なので、花言葉で『困難に打ち勝つ』という意味のあるサザンカを入れたロゴをデザインするとか、自分たちのやりたいように作り出せる。それができたのが嬉しかったですね。
■医学部不正入試事件の裁判で若い世代のために闘う元受験生から着想を得る(迫)
―――男性上司のもと、現場で働く女性たちは年齢も状況も様々な人たちの葛藤が感じられますが、脚本を書く上で念頭に置いたことは?
迫:この話の一番元となったアイデアは、2018年に発覚した医学部不正入試事件です。入試を受けた元受験生たちが不正入試を行なった大学を訴えた裁判の傍聴に行ったのですが、かなり前から不正入試が行われていたので、様々な年代やバックグラウンドの女性たちが原告側におられたのです。彼女たちが口を揃えておっしゃっていたのが、「自分たちより若い世代の女性たちに、同じ経験をしてほしくない」と。
わたしたちも何か嫌なことがあったときは自分を責めがちですが、他の人が理不尽な目に遭っているのを俯瞰的に見ると、より怒りが湧いてくる。その怒りのパワーが凄いと思ったし、原告側の元受験生たちが若い世代のために闘っている姿を見て、世代間の連帯を描きたいと思っていました。本作では明美と智子が50代と上の世代で、麻衣はその下の世代ですが、明美からすれば麻衣は自分たちが体験してきた理不尽さに苦しみ、彼女が差別を受けているのを見たときに、怒りのエネルギーが着火するわけです。
―――明美は就職氷河期世代だと話しますが、その世代の物語を撮るのも狙いの一つでしょうか?
宮瀬:就職氷河期世代にすごくフォーカスするというよりは、すごく長い間、脈々と続いている差別的な状況に対し、彼女たちが怒りを覚えてもそれを発露する選択肢すらなかったという意図は込めています。世代でくくることが必ずしも良いかどうかはわかりませんが、わたしたちの下の世代も怒っていいのに怒れないとか、笑ってごまかしてしまう姿をずっと見てきました。 悪い意味で受け継がれてしまっている文化にずっと疑問を持っていたので、劇中で世代のことも言葉として出しましたし、次世代の麻衣が受けている不条理に対し、明美たちがどういうアプローチをするのかを考えました。
明美の怒りは「ムカつく!」という短略的なものではなく、これまでの世代で積み重なってきた葛藤や存在が透明にされてしまうことなど全てに対する怒りであり、それはみんなが持っているものです。その怒りから人を殺めてしまうことはもちろん許されないことですが、一方それぐらい怒っていいことであるという認識のもと、キャラクター設定をするにあたり、きちんと世代を分けて描くことで受け継がれるものについてきちんと表現できるのではないかと思いました。
■脚本の理解力が素晴らしかった「年齢を重ねた女性たち」のオーディション(宮瀬)
―――その怒りが募っていく様子を演じた明美役の原ふき子さん(トップ写真中央)は、オーディションで選ばれたそうですね。
宮瀬:明美役のオーディションというより、他のキャラクターも全て一緒に選ぶような全体的なオーディションをさせていただいたところ、1000通ぐらいの応募があったんです。わたしたち自主制作なのに大丈夫かしらと、思わず慌ててしまうぐらい(笑)
―――応募殺到ですね。ちなみにどんな告知をされたのですか?
宮瀬:わたしたちの企画意図や想いを端的に伝えたシートを作成し、キャスティングのカイジュウさんを介してフリーランスの方も含め、多方面に告知をしていただきました。今回は短編なので脚本を事前にみなさんに読んできてもらい、当日お会いすることができたのは良かった点ですね。きちんと物語のレイヤーを理解したみなさんと実際にお会いしてオーディションすることができたし、原さんも今まで自分が求められてきた役だけではなく、もっと女性たちが自分の物語だと実感できる役を演じたいという強い意志のもと、応募してくださっていました。そして何よりも彼女のお芝居が良かったですね。
―――演じる俳優側も、より自分たちの物語だと実感できる役を演じたいという切実な想いがあったのでしょうね。
宮瀬:年齢を重ねた女性たちのその年代にしか出せない空気感や、経験を経た間合いとか、そういうものだけで胸がいっぱいになりました。迫さんとも顔を見合わせて「この年代の俳優さんたちと、もっと作品づくりをやりたいね」と『ミルクレディ』がクランクインする前から、構想だけはどんどんと膨らんでいったんですよ(笑)。
迫:応募されたみなさんの、脚本の理解力が素晴らしくて、オーディションだと限られた時間しかお話を伺えなかったので、なんならちょっとコーヒーでも飲みに行って、お話をゆっくり聞かせていただきたいと思ったぐらい。
―――こちらが何も説明せずとも、みなさんが狙いをきちんと押さえてくださるのは、脚本の力でしょうね。
宮瀬:オーディションの様子を見て、脚本が意図を持ったシーンで構成されていることを、改めて実感しました。俳優たちの独自の視点もあるし、脚本を自分なりの経験から読み込んで理解を深めたり、しっかりした自分の軸足を持ちながら脚本に接していただいたのも、本当にいい経験になりました。
―――しっかり脚本を理解している俳優陣との撮影は、現場では特に何も言わなくても良かったと?
宮瀬:明美役の原さんは柔道のシーンがあったので、迫さんとわたしと3人で柔道に入門し、原さんはそのまま継続して柔道の練習に通ってくださり、コミュニケーションをする機会も作ってくださったので、現場ではみなさんから質問や確認事項があれば、聞いてもらうスタイルで、こちらから特段指示を出さなくてもうまく演じてくださいました。もう一人、後半のキーパーソンとなる智子役の金谷真由美さんは、原さんとはまた違うタイプで、みなさんの芝居の経験値をみせていただき、監督として俳優陣とコミュニケーションを取るのが楽しかったです。
■「グループの一員」から「個」の描写へのこだわり(迫)
―――迫さんは撮影で、各シーンの撮り方においてこだわった点はありますか?
迫:導入部分のシーンは、みんなが同じ制服を着て、同じ自転車に乗り、同じ言葉を毎朝唱和するのを見せることで、「個」というよりは「グループの一員」であることを強調しています。物語が進むにつれ、だんだんと「個」の部分が見えてくるように意識しました。あと、後半で一部ドラマチックなシーンが登場しますが、それ以外はなるべく彼女たちの生活をリアルにみせたかったので、日常に寄り添った絵づくりをしています。
―――智子が退社時に自家製味噌を明美におすそ分けし、明美が家でその味噌を使ってお味噌汁を作るところまで描かれているのが、50代女性のさりげない日常描写になっていましたね。今年初めて味噌を作ったので、我が事のように感じました(笑)
迫:おばさん特有の行動なのかもしれませんが、よくおすそ分けをしますよね。わたしの姉が味噌作りをして家族や友人に配っていて。明美と智子は同僚で、ふたり一緒に会話をするシーンはあまりないのですが、今までもずっとおすそ分けをし合ってきたんだろうなと関係性を想像していただけるように、あのシーンを入れました。
宮瀬:お味噌汁を作っているとき、グツグツと具を煮込むカットもやりたかったことで、明美の怒りがフツフツと沸き立っていることと重ねています。
―――タバコで一服したり、何気ない一コマが映るシーンがすごくいいですね。
迫:一見無駄なように見えるディテールが好きなんです。ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」というメインリスナーがおばさんのポッドキャストがあるのですが、明美はそのポッドキャストのリスナーという設定で、「OVER THE SUN」のTシャツを着ているんですよ。普段、撮影監督としては衣装や美術への直接的な決定権はないのですが、今回は宮瀬さんと二人で誰も気づかないような細部にまでこだわるのが楽しかったですね。
宮瀬:ロケーションもクライマックスのシーンでは上の立場にいる人の顛末を描くために、高低差をつけることが大事でした。通常だと不可能だと思われることを明美が実行する画が撮れたのは、迫さんが素晴らしいロケーションを探してくれたおかげです。
迫:会社の立場では所長が上で明美は下なのですが、それを明美自身の力で反転させる様子を画的に見せたくて、あのロケーションを見つけたときにはこれだ!と思いました。
■ “おばプロ”を続けていきたい
―――今後もこのコンビで、次は長編にチャレンジする予定はありますか?
宮瀬:ぜひ作りたいです。オーディション段階で、40代・50代以上の女性たちをきちんと描いていくことを、わたしたちが率先してやっていこうと思えたのは、すごく大きな変化でした。今までもずっとそれが必要だと感じてはいましたが、これから自分のキャリアをどのように構築していくかと考えたとき、『ミルクレディ』を作ったことで、こちらの方向に舵を切り、女性たちが観たい作品をわたしたちがきちんと作っていこうという気持ちになれました。OAFFでの上映後、女性の観客のみなさんから「続編はないの?」「長編にしないの?」とたくさんお声がけをいただいたので、スピンオフだろうがなんだろうが、ぜひやりたい。これからおばさんプロジェクト、“おばプロ”を続けていきたいですね。
迫:脚本のプロではないわたしが書いたものに、みなさんが集まって映画を作ることができました。先日韓国のソウル女性映画祭で世界初上映したのですが、言葉が違うのにすごくリアクションをいただきましたし、今回の上映でも観客から熱いメッセージをいただいたので、これは続けてやらなくてはと思っています。
<作品情報>
『ミルクレディ』(2025年 日本 19分)
監督:宮瀬佐知子 プロデューサー・脚本・撮影:迫あすみ
出演:原ふき子、市原茉莉、金谷真由美、佐藤岳人、赤松真吾
https://oaff.jp/programs/2025expo-id12/
第21回大阪アジアン映画祭は9月7日まで開催。 詳しくはhttps://oaff.jp まで。
映画祭写真:(C) OAFF EXPO2025-OAFF2026
場面写真:(C) MILKLADY2025
(江口由美)
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