「中年男性を味わい深く描きたい」 『息子の鑑』野原位監督、川村りらさん(共同脚本)インタビュー  


 『ハッピーアワー』(15)、『スパイの妻』(20)で映画監督の濱口竜介と共同脚本を務め、『三度目の、正直』(21)で劇場監督デビューを果たした野原位監督の最新短編『息子の鑑』が、第21回大阪アジアン映画祭(OAFF2025EXPO)インディ・フォーラム部門作品として、大阪中之島美術館1Fホールで世界初上映された。

  神戸の運送会社で働く主人公、日柳を演じるのは多彩な活動を続ける津田健次郎。配送した虎のオブジェが割れていたというクレームが入り、日柳と社長の桜井(吉岡睦雄)は送り主の元へ謝罪に訪れるが、父の平八(小松利昌)はアーティストである息子、純(中山慎悟)の作品の価値を語り、いくらで弁償するのかと詰め寄る。一方、純は大人たちのやりとりをじっと観察していて…。思わぬトラブルから、登場人物それぞれの息子との関係を見つめ直す、滋味深い人情喜劇だ。本作の野原位監督、川村りらさん(共同脚本)にお話を伺った。



■キャラクター作りから始まった人情喜劇 

―――一昨年末に共同脚本の川村りらさんに元町映画館「今日なに観よう」インタビューでお話を伺ったとき、『三度目の、正直』の次は人情喜劇を書きたいとおっしゃっていたのですが、『息子の鑑』はそのコンセプトで作ったのですか? 

野原:そうですね、人情喜劇という点は意識しました。ただ、完成後スタッフに観てもらったときは内容を知っていることもあり、そこまで笑いが起きなかったので心配がありましたが、今回世界初上映でご覧いただき、客席から笑いが起きていたので人情喜劇として作ったものがちゃんと受け取ってもらえたとホッとしています。 


 ―――『ハッピーアワー』や『三度目の、正直』は地元のワークショップ参加者や演劇で活躍している俳優、ミュージシャンなどが主な出演者でしたが、本作は最初からプロの俳優を使うことを念頭に置いていたそうですね。キャスティングも素晴らしかったです。日柳役の津田健次郎さんはもちろんですが、笑いを誘った平八役の小松利昌さんとか。 

野原:平八は一見性格が悪そうに見えますが、奥深くに息子思いな面もあるという絶妙な塩梅を小松さんが見事に演じてくださり、とてもよかったですね。キャスティングに関しては、先にキャラクターを決め、短編でこのキャラクターたちでどんな物語が作れるかをりらさんと話しながら最初に考えていきました。それらが出来上がってから、キャラクターを演じることができる方を探しました。 



■津田健次郎へのオファーは「キャラクターを真摯に受け止めて演じてくださるのではないかと期待を込めて」 

―――キャスティングではどんなことにこだわったのですか? 

野原:年齢は50歳前後の設定で、関西(神戸)が舞台の物語なので、今回はネイティブの関西弁の方をキャスティングするのにこだわりました。ただ関西出身者に限定すると、非常に選択肢が狭くなってしまい、なかなかお願いしたい方が見つからなかったんです。ずっと探し続けている中で、もともと声優として大活躍されていた津田健次郎さんが俳優としても脚光を浴び、いろいろな作品で演じる姿を観させていただいて、この方に日柳を演じてもらったら良いのではというイメージが湧いてきました。津田さんは声優という職業柄、キャラクターを真摯に受け止めて演じてくださるのではないかという期待も込めて、オファーをさせていただきました。初めてご一緒するので、本読みするまではどういう感じになるだろうかと思いましたが、やっていただいてみると非常に良かったです。現場に入ってもこちらの要望をすぐに理解し、調整していただきました。 


―――野原さんの期待に見事に応える演技をしてくださったんですね。 

野原:2023年、MBS「情熱大陸」で津田さんが密着されている回を拝見したとき、時代劇ドラマの撮影時に、ずっと一人でセリフの練習をしている姿に感銘を受け、そんなに役に真摯に向き合ってくださるなら嬉しいなと思ったことも、オファーするきっかけになりました。津田さんが決まると、そこに合う形でバランスを見ながらキャスティングをしていきました。 


 ―――日柳が勤める運送会社の社長、桜井を演じるのは、こちらも名脇役として引っ張りだこの吉岡睦雄さんです。 

野原:吉岡さんは黒沢清監督の『Chime』(24)で主役を演じていましたし、濱口竜介監督の『THE DEPTHS』では後半、ホテルのバーで男娼のリュウ(石田法嗣)に飲み物をこぼされて怒鳴り散らすも、気づいたらリョウと一夜を過ごしていた客を演じたのも吉岡さんでした。日ごろは個性的な役が多いので、吉岡さんの新たな面をお客さんに見ていただけるのではないかと思い、オファーしました。 


―――平八役の小松利昌さんはまさに関西ネイティブですね。 

野原:小松さんはとても表情が印象的な方で、日頃はドラマや舞台で活躍されているのですが、よくよく調べてみると、大阪芸術大学を卒業され、ご自身も造形作家として活躍しておられました。一人芝居の小道具もご自身で作っているそうで、息子の純というキャラクターを父として理解していただけるのではないかと思い、オファーしました。最近はMBS「プレバト!!」での活躍も注目されていますね。 


―――息子の純を演じた中山慎悟さん(トップ画像右)は京都出身だとか。 

野原:純役はオーディションで選びました。数百人の応募者から選ばれたのが中山くんです。オーディションでは本読みもしてもらったのですが、役の捉え方がその場の誰よりもしっくりきていたので、中山くんにお願いしたいと思いました。 


―――本作のポスタービジュアルにもなり、騒動の発端となった純が作った虎のオブジェも絶妙な塩梅の作品ですね。 

野原:今、注目されている若手彫刻家の瀬戸優さんに作っていただいたのですが、すごくイメージに合う絶妙な塩梅のものを作っていただきました。 


―――この父と息子をめぐる話を作る上で、どのように脚本を組み立てていったのですか? 

川村:高田聡プロデューサーからのオファーは尺が30分弱、登場人物が大体2人で、以前脚本を担当した短編『すずめの涙』(21)みたいな味がある話を書いてほしいというものでした。登場人物は4人に増えましたが、初稿を提出したら、ほぼそのまま採用された感じです。 



 ■日ごろ聞くエピソードを盛り込んでの脚本作りで「自分たちの映画、自分たちが作らなくちゃいけない映画になっていく」 

―――ほとんどが平八と純の家で展開する話なので、舞台劇としても成立しそうですね。 

野原:アート関係の方と食事をした際に、荷物の運搬について聞くと、割と配送における荷物の破損が多いそうで、そのエピソードをもとに話を発展させていきました。 


川村:過去の自分の経験、普段聞いていた色々な話が、急に頭の中でまとまり、最終的にこの脚本になりました。息子、純のキャラクターについては、わたしが福祉関係の施設に勤めているので、日頃お会いする利用者の方から発想を得て、どんな父親像が思い浮かぶかを考えました。 


野原:『三度目の、正直』のときも、日ごろ周りの人や友人たちから聞くエピソードなどからインスピレーションを受けることがありました。そのような脚本作りをすることで、自分たちの映画、自分たちが作らなくちゃいけない映画になっていくような気がしますね。 


―――今までは女性目線の話を描いておられましたが、今回は登場人物4人が全員男性なのに驚きました。 

野原:意図してというのではなく、結果的にそうなったという感じです。参加してもらったラインプロデューサーに脚本を読んでもらったところ、面白いけれど昨今の映画業界を巡る状況において、登場人物に女性が入っていないのは大丈夫だろうかというご指摘があったのは確かです。 僕としては、女性は登場していないけれど、日柳には別れた妻がいるし、平八と純の親子も、おそらく妻が出ていってしまった家庭でしょうし、何かしら女性が不在の雰囲気は感じ取れる話になっていると思います。 



■いつか使いたかった思い出の言葉を日柳の決めセリフに 

―――津田さんが演じる日柳は主人公ではあるけれど、あまりしゃべらない寡黙なキャラクターなのが印象的でした。 

川村:日柳が後半に平八に対して「純くんはお父さんの最高傑作です」と言うセリフだけはあらかじめ決めていました。日柳がその言葉を口にするまで、どのような態度を取るのかを考えたとき、彼はあまりしゃべらないキャラクターではないかと思ったのです。口論が続く中、最後に一言、ズシリとくるセリフを言ってもらうという狙いですね。 


 野原:上映を迎えるまでは、声優としても人気の俳優さんなのに、あまりしゃべらせないということが津田さんファンの方にはどう捉えられるのかとドキドキしていましたが、上映後に熱い声を寄せていただけて、よかったです。 


 ―――息子をめぐる物語ということで、ご自身の体験も入っているのでしょうか? 

川村:わたしが24歳で息子を出産し、産後うつみたいになって閉じこもっていたときに、美術大学時代の友人が遊びに来てくれました。彼女はカメラマンで、ポラロイドでたくさん母子の写真を撮り、ぽろっと「この子はりらちゃんの最高傑作だね」と言ったんです。彼女が帰った後写真を見て一人で大泣きしました。「そうか」と。その後の子育て期でもずっと頭の中にその言葉が残っていました。脚本を書くようになり、いつかセリフにしたいと思っていました。 


 野原:大袈裟かもしれませんが、全ての子育てに悩む人に捧げたいという感じですね。

 

 川村:子育てをしている当事者はあまり気づかないし、お母さんはもちろんですが、本作のようにお父さんにも伝えたいと思って。 


 野原:最近出産されたばかりのスタッフの方が、本作を試写で観た際「すぐに家に帰って子供に会いたくなりました」と言ってくれました。そう感じていただけたならうれしいですね。 


 ■男の人たちが輝いてほしい 

―――日柳は離婚して妻子とわかれ、今は独り身という設定ですが、この騒動を通じて、大きな気づきがあったと言えますね。 

野原:男性のダメなところを美化するつもりはないけれど、何かしら中年男性の味わい深さが出るように腐心しました。最近は中年の男たちの物語を描く方が少なくなったように感じますが、そこは意識して描いています。 


 川村:『ハッピーアワー』で男性の登場人物への評価が厳しかったのが印象的で、『三度目の、正直』では男性たちがもう少し地位を取り戻してほしいという思いでしたが、やはり中年男性の登場人物に対する評価は芳しくなかった(笑)。だから今度こそ、がんばる中年男性が輝いてほしいという想いはありましたね。 

 (江口由美) 


<作品情報> 

『息子の鑑』(2025年 日本 25分) 

監督:野原位 脚本:野原位、川村りら 

出演:津田健次郎、吉岡睦雄、小松利昌、中山慎悟 

https://oaff.jp/programs/2025expo-id08/ 

場面写真:(C)2025 NEOPA 

映画祭写真:(C) OAFF EXPO2025-OAFF2026 

大阪アジアン映画祭公式サイト https://oaff.jp