“レンタル彼氏”を題材にしたファンタジックな青春映画 『桃味の梨』蘇鈺淳監督、漆山拓実さん(主演)、石井夏実さん(脚本)インタビュー

 

 山本奈衣瑠主演の初長編『走れない人の走り方』(23)が全国公開され、第30回PFFプロデュース作品『メイメイ』が同フィルムフェスティバルでお披露目予定の蘇鈺淳(スー・ユチュン)監督による最新短編『桃味の梨』が、第21回大阪アジアン映画祭(以下OAFF2025EXPO)で世界初上映された。  主演を務めるのは、本作が映画初主演となる17歳の新鋭、漆山拓実。レンタル彼氏をしながら、親友の透と過ごす時間を大事にしている高校生、真の複雑な内面を自然体で表現している。本作の蘇鈺淳監督、主演の漆山拓実さん、脚本の石井夏実さんにお話を伺った。 



■レンタル彼氏のキャラクター設定(石井) 

―――本作の企画が立ち上がったきっかけは? 

石井:漆山さんが所属されている事務所から依頼された短編企画で、漆山さんと同年代の男女の物語という条件でした。監督・脚本から3本企画を提出し、そのうちの企画の一つであるレンタル彼氏を題材にしたものを事務所に選んでいただきました。 


―――真はレンタル彼氏をしているという設定ですが、屋上から運動場で部活動をしている同級生たちを俯瞰して眺めている様子が印象的でした。 

石井:脚本を書く段階で漆山さんともお会いしていたので、孤独感がありながらも、友達を大切に思っているキャラクターとして書いていました。 


 蘇監督:みんなで一緒にお茶しましたよ。大人たちはみんなコーヒーを飲んでいたけれど、漆山さんは一人でアイスを食べていましたよね? 


 石井:アイスを食べている漆山さんを見て、できるだけ自然な感じで演じられそうなキャラクターにしようと思いました。 



■山﨑賢人さん主演の『キングダム』を観て、俳優に強烈な憧れを抱く(漆山) 

―――漆山さんはどのような経緯で俳優業に進まれたのですか? 

漆山:小学6年生のときに山﨑賢人さんが主演の『キングダム』を映画館で観たとき、上映後のざわめきや沸き起こる拍手を聞いた瞬間、俳優という仕事に強烈な憧れを抱きました。今は拍手を送る側だけど、将来、拍手を送られる側の、映画に出演する俳優になりたいと志すきっかけになりました。

  中学校時代は部活動(硬式テニス)に熱中し、芸能活動をするきっかけがないまま過ごしていたのですが、部活引退後に友人のお母さんから「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」のことを教えてもらい、迷わず応募しました。審査が進むにつれ、僕自身も俳優という仕事に対する熱意が膨らんでいきましたし、ありがたいことに審査員特別賞をいただき、16歳で今の事務所に所属し、芸能活動をスタートすることができました。 


―――実際に脚本を読んだときの印象は? 

漆山:レンタル彼氏は、僕自身経験したことがなく、自分から遠い存在だったので、レンタル彼氏をしている真役にどのように落とし込んでいくかを、いろいろと考えました。そんな中、セリフ合わせをしているときに蘇監督が「ルールを作ってみたら?」と提案してくださって。自分がレンタル彼氏をするなら、どういうルールでやるのかを書き出していくうちに、レンタル彼氏とはどういう存在なのか、何を目的としているのかが徐々に見えてきました。親近感が湧くとまではいかないけれど、少し自分に引き寄せることができた気がします。 



■自分に通ずる部分、真逆の部分について考えさせられた作品(漆山) 

―――ポスタービジュアルも誰もいない屋上が映し出され、真は学校で一番屋上が好きなのではと思いながら観ていました。 

漆山:俯瞰的にものごとを眺めたりもするし、どこか達観しているというか、もうどうにでもなれとぐらいに思っているようなところがありますよね。僕自身は突き詰めて考え込んでしまう部分があるので真逆だなと思います。一方、親友と一緒にいる時間が一番大事だと思う真の気持ちは、僕も同じだなとか。自分に通ずる部分や、真逆の部分について考えさせられた作品ですね。 


―――屋上で透といるときの真と、同級生のレンタル彼氏になってデートをする真と、テンションの違いが現れていましたね。 

漆山:蘇監督が撮影前に透(岩田奏)と一緒に過ごす時間を作ってくださり、それが真と透の時間として構築されていきました。逆に真がレンタル彼氏をしているときの時間は透と会えない寂しい時間を過ごしているわけで、そこでの真の気持ちについても蘇監督と二人で話し合いながら役作りをしました。 


―――レンタル彼氏の時間が終わる「ピピピ」という音が鳴ったら、真の中でスイッチが切り替わるようでした。 

漆山:真は、決して自分をレンタルしている同級生・絢音のことを、嫌いなわけではないんです。タイマー音が鳴った瞬間に、透への意識が高まり、そして絢音とはただの同級生に戻る。その切り替えは意識して演じました。 



■真と透の雑談から生まれたタイトル『桃味の梨』(蘇監督) 

―――「桃味の梨」というちょっと不思議な言葉は、漆山さんと岩田さんが二人で話をしていたときに出てきた言葉を蘇監督が脚本に取り入れ、タイトルにもなっています。一体どんな話の流れから、そういう言葉が飛び出したのですか? 

漆山:撮影前に行われた透とのリハーサルの時間で、好きな映画やゲームの話などの雑談をしていたときに、好きな果物の話に展開していったんです。二人とも桃が好きで、桃の美味しさを追求してみると「梨の食感のする桃があったら美味しいんじゃない」という話になって(笑) 


蘇監督:アッバス・キアロスタミの名作『桜桃の味』と読みの雰囲気が似ているし、完成するまでの仮タイトルとして『桃味の梨』とつけたのですが、最終的にはChatGTPにも聞き、『桃味の梨』が一番良いタイトルだったので、そのまま正式タイトルにしたんですよ。 


石井:タイトルバックに合わせて作っていただいたフェイクの梨の映像がファンタジックで好きですね。 


蘇監督:東京藝術大学大学院映像研究科監督領域の同期、木村愼さんは自作短編『真アジ』(OAFF2025)のタイトルデザインも手がけており、それがすごく良かったので、今回本作のタイトルデザインをお願いしました。元々アニメーションを頼もうと思っていたのですが、出来上がったのは作り物の梨と桃が同時に存在している実写ものになっていたんです。ちょうど良い木を探すために一人で山奥まで撮影に行ってくれて。幼さがあり、子ども向けのような雰囲気だったのでスタッフの間で意見が分かれたのですが、最終的にはエンドクレジットで使わせていただくことになりました。



■初挑戦の青春映画とファンタジー(蘇監督) 

―――前作の『走れない人の走り方』をはじめ、蘇監督は同世代を描いてきましたが、今回青春映画に取り組んでみて、いかがでしたか? 

蘇監督:大変でした(笑)まず、石井さんに書いてもらった脚本を漆山さんらキャストのみなさんで本読みしてもらい、そこから少し時間をとってから、先ほど話に出た雑談する時間やアドリブを含めたリハーサルを行い、石井さんがそこで漆山さんたちが話していたことを、また脚本に取り入れていくという流れでした。 


―――本作はリアルと地続きのファンタジー的要素もありますが、演出や撮影などで工夫した点は? 蘇監督:屋上のカット割は、撮影の関瑠惟さんと話し合いましたし、編集である人物が登場する予感をさせるようにしています。ファンタジーは初めてだったので、どのタイミングで観客にそのことを分かってもらうように仕掛けるか、またそのやり方でファンタジーであることを分かってもらえるのかを考えたのは、わたしにとってもいい勉強になりました。 



―――世界初上映ということで、さきほど満席の観客と一緒に大スクリーンで初主演作をご覧になっての感想は? 

蘇監督:先週初号ができたばかりで、お客さまはもちろん関係者にも初めて観ていただいたので、どのように評価されるのかドキドキしながら一番後ろの端っこから観ていましたが、スクリーンも大きく、お客さまの反応も感じ取れてよかったです。 


 漆山:大スクリーンで観ると、俳優たちの繊細な表情をつぶさに感じることができ、作品の力をダイレクトに感じましたし、もっとこういう芝居ができるなとか、自分の芝居を集中して観ることができました。そして何よりも、お客さまに観ていただけることが幸せだなと素直に思いました。 


―――真が下校する、さりげないシーンの美しさも際立っていましたね。 

蘇監督:脚本にはなかったのですが、冒頭、屋上で真と透が駄菓子屋の話をしていたので、駄菓子屋を通り過ぎる帰り道のシーンを追加したいと思い、駄菓子屋を探してもらったんです。結局、駄菓子屋は見つけられなかったのですが、帰り道のシーンで良さそうな場所を探し、追加で撮影したシーンですね。 


―――今後も国内外での上映を目指しているとのことで、最後に一言ずつお願いします。 

漆山:ふとしたときに青春を感じていただけるシーンもありますし、レンタル彼氏をしているけれど、どこにでもいる普通の高校生のありのままの姿も見ていただけると思います。観ていただける機会があれば、ぜひ楽しんでいただきたいです。 


石井:蘇さんの青春映画はなかなか珍しいと思いますので、いろいろな人に観ていただけたら嬉しいです。 


 蘇監督:かつて電車の中でラブラブなカップルを見たとき、もし男性がレンタル彼氏だったら、二人がわかれた後、それぞれの表情が気になるなと思ったことがあり、レンタル彼氏を題材にした作品を作りたいと思っていました。わかれた後や一緒にいるときの表情について漆山さんと話し合ったり、本読みのときに即興でやった内容を脚本に反映させたりと、芸大在学時代にやりたかったことをこの作品で実現でき、さらに大阪アジアン映画祭で上映できてうれしいです。 

(江口由美)



 <作品情報> 

『桃味の梨』(2025年 日本 23分) 

監督:蘇鈺淳 脚本:石井夏実  

出演:漆山拓実、岩田奏、増井湖々 

https://oaff.jp/programs/2025expo-id14/

場面写真: (c)コンテンツ・スリー 

映画祭写真:(C) OAFF EXPO2025-OAFF2026