大阪アジアン映画祭焦点監督、田中未来監督、達富航平さん(撮影)インタビュー 後編『ブルー・アンバー』『エミレット』を語る
大阪アジアン映画祭焦点監督、田中未来監督、達富航平さん(撮影)インタビュー 後編では、芳泉短編賞スペシャル・メンションを受賞した『ブルー・アンバー』と『エミレット』についてお届けしたい。
インタビュー前編はこちら↓
■『ブルー・アンバー』に込めた「他者への理解が難しくても、何か歩み寄ることが大事」という想い
―――前編に引き続き、世界初上映された『ブルー・アンバー』に話を移しますが、この作品は映画もポスタービジュアルも主人公翔也を演じる栗原颯人さんが印象的です。
達富:これまでの話を聞いていて思ったのですが、『ジンジャー・ボーイ』のように岸田の視点を通してという感じではなく、『ブルー・アンバー』は翔也がバコーンと前面に出てきますね。
―――2025年に制作したもう一本の『エミレット』は愛していても肉体的接触ができない男性とその恋人の物語ですが、本作で主人公のカメラマン、翔也は人を愛することがわからないという設定です。
田中:人間はどうしても自分の目線でしか物事を見ることができず、自分のものさしでしか他者をはかれないので、そこから生まれる人間関係の歪みが必ずあると思います。他者への理解が難しくても、歩み寄ることが大事だということを描きたくて、翔也のキャラクターを深めていきました。
■一見社会でうまくいっている人間は内面の苦悩がわかりづらい
―――自分の欲を翔也に押し付けてしまう身近な人たちとの関係の歪みも描かれていきますね。
田中:翔也を取り巻く人びとは、最初は彼のことを好きになるけれど、次第に離れていきます。自分が人を好きになれる人間だから、相手も人を好きになれるに決まっているという無意識の思い込みがあり、翔也がそういう人間ではなかったことに落胆して離れていくのでしょう。それが本人にとってはとても辛いことだと知るだけでも、今後他者を見る目線が少し変わるのかなと。翔也を演じる栗原さんをアップで映し出すシーンが多いのも、彼が一見社会でうまくいっている人間で、社会的に振る舞える人なので、彼の苦悩が周囲にわかりづらいからです。だから細かな表情の変化を捉えることで、彼の内面の苦悩を感じ取っていただければと考え、翔也の表情を大きく抜いてくる編集になっています。
―――夜の公園で輪になってブラジル音楽を演奏しているグループに出会い、翔也はそこへ通うことで新しい居場所を見つけたかのようです。他2作にはない、新しい展開だと感じましたが、どこからこのアイデアが生まれたのですか?
田中:人を好きになれる人間の場合、相手からも好きになってもらえたら恋人関係になったり愛情を確かめたり、拠り所になる存在ができると思うのです。でも翔也の場合、相手からの愛情を感じられず、自分からの愛情も生まれない拠り所のない人間と言えます。そんな翔也に、彼なりの居場所を見つけてほしかった。公園の演奏隊も翔也と同じように自分たちだけのコロニーを作っており、恋愛感情はおそらく存在せず、音楽で繋がっている純粋な関係性に翔也は居場所を感じたのだと思います。
■新しい時代を感じさせるニューウェーブな俳優を起用
―――翔也役の栗原颯人さんと、翔也のアシスタントを務める守谷役の林裕太さんはどういう経緯でキャスティングしたのですか?
田中:作品自体が今の若者を描いており、さまざまなセクシャリティが世間に少しずつ浸透し始めているタイミングでもあります。そういう新しい時代を切り取りたいと思っていたので、俳優さんも新しい時代を感じさせるニューウェーブな方を意識して探しました。
そこで最初に浮かんだのが空音央監督の『HAPPYEND』(24)に出演していた栗原さんと林さんだったんです。『HAPPYEND』は本当に新しい時代の作品だと感じたので、ぜひこのお二人に出演していただきたいと思いました。
―――舞台挨拶で、エスニックな要素を加えたとおっしゃっていましたが、撮影面で『ブルー・アンバー』においてトライしたことはありますか?
達富:ホームレスたちが築いていたコロニーや、翔也がブルー・アンバーという理想郷に向かって進んでいる感じ。さらにはあのモダンな翔也のルックスや三軒茶屋でガチャガチャしているような雰囲気に、さらに別のベクトルのエスニックなスパイス的要素があれば、物語に深みが出ると思ったんです。
田中:翔也はバックパッカーをしていたし、ブラジル音楽が好きで、メキシコの理想郷に思いを馳せているというところがエスニック要素ですね。
達富:ブラジルのDJ・ミュージシャンのNuma Gamaさんに脚本を読んでもらい、オープニング、途中のクレープを食べているところ、エンディングの3曲を書き下ろしてもらいました。オープニングを重低音で始めるというのはNuma Gamaさんのアイデアで、そこからボン!と渋谷に飛んでいく構成にしています。
―――オープニングは黒バックに音楽がめちゃくちゃかっこよくて痺れました。
達富:嬉しいですね。公園でのホームレスの方々によるブラジル音楽の演奏は、東京にいらっしゃる社会人サンバサークルの団体の方にお願いして、出演していただいています。音楽も映画の中で非常に大事な要素ですね。
―――他の2作は悲劇的な部分を多く感じましたが、『ブルー・アンバー』は主人公が孤独感に苛まれながらも、最後には自分の居場所を自分で作っていこうと決意したように見えたのですが。
達富:面白い視点ですね。僕は悲劇よりかと思ったのですが。
田中:どっちもあると思います。ラストシーンは「HAPPY SAD」感を出して撮ってほしいとお願いしました。紫陽花が咲いている平和な昼下がりの団地というを背景に、HAPPYな風景の中で、SADなことが起こっているというギャップを意識しました。翔也は前向きに、これから撮りたい作品の話をするのですが、その言葉を聞いた守谷の態度は今までとは違っており、ハッピーエンドと捉えるか悲劇と捉えるかは人それぞれで、ラストの翔也の表情についても観客に解釈を委ねています。
■「絵本」のようにライトに観てほしい『エミレット』
―――最後に『エミレット』についてお話を伺います。絵本のような構成にしたり、だんだん悲劇的な展開になっていく中、音の効果で少し朗らかな気持ちで観ることができる軽やかさを備えた一作になっています。このような構成や音楽の使い方をした狙いは?
田中:この作品は、今までとは違う実験的な画作りで観た人に新鮮な驚きを与えたいと思って作りました。 意図的に長回しの引き画を多くしたり、劇中に文字を多く入れたりと、ページをめくっているような演出にこだわりました。更に「恋人関係における肉体関係の有無」という題材の少し苦めなストーリーにすることで、まるで「大人の絵本」を読んでいるような感覚になるかなと。あくまで「絵本」のようにライトに観てほしいということもあり、ポップな音楽を入れています。
―――過去のトラウマから肉体的接触を拒絶する三崎ではなく、触れられないことに悶々と悩む恋人のにーなから大部分を描いたのが印象的でしたが、あえてそうした理由は?
田中:終盤までにーな視点を徹底したのは、「他者と性行為ができない」という大多数とは異なるであろう三崎の性質の「理解されなさ」をより効果的に描きたかったからです。 これまで当たり前に恋人と肉体関係を持ってきたにーなにとって、三崎は「理解できない」対象として映ります。そしておそらく多く視聴者にも、同じように三崎が「何を考えているか分からない」「掴みどころがない」人物として映っているかと思います。 それがラストでぐっと三崎に焦点を当てることで、彼が人知れず抱える孤独が浮き彫りになってくる。そういう構成にすることで、人間関係における「他者を想像する」大切さを伝えられるのではと思いました。
―――同棲しているにーなと三崎の部屋にある赤いシクラメンに込めた意味は?
田中:シクラメンは、三崎の「無機物・植物へ向ける純粋な愛情」のメタファーとして登場させています。 劇中、三崎が愛おしそうにシクラメンの花に触れたり、水をやったりする場面が描写されます。 そんな様子を密かに見ているにーなは、あえてシクラメンにだけ水をやらなかったりする。 恋人である三崎と性行為ができないことは、にーなにとっては満足に水を注いでもらっていないような状況だったのでしょう。
■少しでも他者の気持ち、生きてきた時間を想像してみる
―――この作品で観客に問いかけたかったことは?
田中:分かりやすいテーマとしては「肉体関係がなくても恋愛関係は成り立つのか」ということになるのですが、突き詰めると、「異なる価値観を持った二人の人間がうまくやっていくには」ということだと思っています。 先に触れたように、相手は自分と違う経験をして、自分と違う価値観を持って生きています。 自分のものさしだけで推し量らず、少しでも他者の気持ち、生きてきた時間を想像することができれば、人間関係は良好になっていくのではないかと思っています。もちろん、マジョリティ・マイノリティに関わらずお互いに。 それがすごく難しいことではあるんですけどね…。
―――ありがとうございました。最後にこれからどんな作品を撮っていきたいですか?
田中:いつの時代にもあるであろう人間関係の問題やほころびを描きたいという気持ちはずっとあります。これからも誰しもが共感してくれるような普遍的なものを描いていきたいと思います。
(江口由美)
<作品情報>
『ブルー・アンバー』(2025年 日本 34分)
監督・脚本:田中未来 撮影:達富航平
出演:栗原颯人、林裕太、羽音、大瀧慶祐、續木淳平
https://oaff.jp/programs/2025expo-id-f01/
©︎JIJI / SPOTTED PRODUCTIONS
『エミレット』(2025年 日本 32分)
監督・脚本:田中未来 プロデュース・撮影:達富航平
出演:日下玉巳、工藤孝生、ミノリ、成嶋翔太、大瀧慶祐
https://oaff.jp/programs/2025expo-id-f03/
©︎JIJI
映画祭写真:(C) OAFF EXPO2025-OAFF2026
0コメント