第21回大阪アジアン映画祭焦点監督、田中未来監督、達富航平さん(撮影)インタビュー 前編『ジンジャー・ボーイ』を語る
第78回カンヌ国際映画祭ラ・シネフ部門で第3位入賞を果たした『ジンジャー・ボーイ』(24)、「肉体的接触がなくても恋人関係は成り立つのか」という題材をテーマにした「大人の絵本」のような作品『エミレット』(25)、栗原颯人主演の『ブルー・アンバー』(25)の3本が、第21回大阪アジアン映画祭(OAFF2025EXPO)でインディ・フォーラム部門<焦点監督:田中未来>として特集上映され、見事『ジンジャー・ボーイ』がJAPAN CUTS Award、『ブルー・アンバー』が芳泉短編賞スペシャル・メンションのW受賞を果たした。
3作品を手がけた田中未来監督と撮影を担当する達富航平さんのインタビュー前編では、『ジンジャー・ボーイ』についてお届けしたい。
(写真左より、撮影の達富航平さん、田中未来監督、『ジンジャー・ボーイ』主演の藤田開さん)
■シンプルに登場人物を深掘りし、人間の営みを描くことが評価されたカンヌ
―――まずは、『ジンジャー・ボーイ』のカンヌ国際映画祭ラ・シネフ部門で第3位入賞、おめでとうございます。現地でどんな刺激を受けましたか?
田中:ありがとうございます!ラ・シネフ部門に入選した他の作品も鑑賞したのですが、どれも作品のクオリティが高く、カンヌが目指す方向性が見えた気がしました。そんな素晴らしい映画祭だからこそ、3位を受賞させていただけたことはすごく嬉しかったですし、光栄なことでした。
―――ちなみにカンヌが目指していると感じた方向性とは?
田中:断定することは難しいのですが、ヒューマンドラマの中でも人間同士の関係性やその機微を重視していることと、どちらかといえばアーティスティックな画づくりや、撮り方、アングルのこだわりを感じる作品が多かったので、画のクオリティーも非常に重視していると感じました。
―――なるほど、そのクオリティーの作品が揃った中での第3位は価値がありますね。暉峻プログラミングディレクターにインタビューをした時、「その画をちょっと観ただけで『これは田中監督の作品』だと分かるのではないか」とおっしゃっていましたが、撮影の達富さんはカンヌでどんなことを感じましたか?
達富:本当に学生が作ったのかと思うぐらい、脚本も画のクオリティーも高かったです。作品ごとにいろいろな画と内容のバランスがあり、そういう意味でも『ジンジャー・ボーイ』は強い脚本に対し、バランスが取れるような画を撮りましたし、それが評価してもらえたのではないかと感じました。この方向性で進んでいいと確認できたことは、田中監督とも喜べた部分ですね。
―――「この方向性」について、具体的に教えてもらえますか?
達富:シンプルに登場人物を深掘りし、人間の営みを描いていくことに尽きるのではないかと思います。当たり前のことですが、よりそこに注視していきたいし、田中監督とそういう映画を作りたいと思っているので、その部分を評価していただけたことが自信になりました。
■ウォン・カーウァイ作品に感銘、「映画は色彩」
―――映画の話を伺う前に、大学では文学を学ばれたということで映画を撮るに至るまでのターニングポイントを教えていただけますか。
田中:幼少期から本が好きで、暇さえあれば本を読んでいる子どもでした。小学生のころにサン=テグジュペリの『星の王子さま』を読み、文学の面白さを実感し、サンタさんに絵本を100冊ぐらいお願いしていました。サンタさんからは毎年選りすぐりの10冊が届きましたね。大学では近現代文学を学ぶ日々で、村上春樹作品も好きですし、J.D.サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』にも影響を受けました。 最初に映画に触れたのも大学時代で、わたしが多分好きだろうと先輩が連れていってくれたウォン・カーウァイの『天使の涙』を観て、映画の概念が覆されました。それまでは『スターウォーズ』みたいなハリウッド大作が映画だと思っていたけれど、こういう映画もあるのだと感銘を受け、そのときからずっと映画は色彩だと思って撮り続けています。
―――ウォン・カーウァイ作品はさぞや衝撃を受けたでしょうね。
田中:そうですね。ただそのときはまだ映画を撮ろうとまでは思っておらず、それよりは小説を書くことに興味があったのですが、その流れで脚本も書いてみようと思い、学校で脚本を学びはじめました。そこで先生から「自分で撮った方が早いんじゃない」と言われたのがきっかけで、ニューシネマワークショップで映画撮影を学び、初短編を撮りました。それが、ウォン・カーウァイに思いっきりオマージュを捧げた『忘却天使』(21)です。学校で監督賞をいただき、シネマロサでMOVIES-HIGH21の1本として上映されました。勢い任せの作品だとは思うけれど、個人的に思い入れのある作品です。
―――達富さんとタッグを組むようになったきっかけは?
達富:『ジンジャー・ボーイ』で倉役を演じたW主演の中藤契さんともともと友人で、彼と自主制作映画を作ったりもしていたのですが、彼に「田中監督と航平は多分合うと思う」と紹介してもらったのがきっかけです。 田中:ENBUゼミナールの中間制作で中藤さんに出演してもらったのですが、とても良い縁を繋いでくれました。
■倉というキャラクターから膨らませていった『ジンジャー・ボーイ』
―――『ジンジャー・ボーイ』は高校時代の親友と精神的な別れを描く、ある意味普遍的な物語ですね。20代は自分が何者になれるのかともがく時期でもありますが、この物語はどのように生まれたのですか?
田中:まず、東京でフリーター生活をしている倉というキャラクターを先に作り上げ、そこから物語を膨らませていきました。人物から考えて物語を作っていくのは、わたしが脚本を書くときによくする方法です。ただ最終的に出来上がった倉の人物像は狂気的な部分や精神的な疾患も抱えていたので、倉を主観で描くと抽象的な話になる恐れがありました。そこで、そんな倉のことを俯瞰して見つめる目線が欲しいと思い、もう一人の人物として高校時代の親友、岸田という存在が生まれました。
―――藤田開さんが演じる岸田も一見、社会人人生を順調に歩んでいるように見えますが、資本主義社会の歯車となることに対し、どこかしんどさも滲んでいましたね。
達富:僕は、岸田はなかなか非情な奴だと思っているけれど、もっと歳をとれば「岸田も大変だったんだな」と思えるかな。
田中:すごく大人の視点ですね。人生経験を積めば、こういう二人の状況は誰が悪いというのではなく環境や時間の経過などいろいろな問題が絡み合い、仲の良かった二人が離れていく「ただそれだけのこと」なのだと思えるのではないでしょうか。
■岸田の内面の解釈の余地を広げる演出
―――岸田の細かな表情が非常によく撮られているので、高校時代のまま変わらない倉のことを目の当たりにし、早く大人になろうとしている自分自身との葛藤とも相まって、非常に複雑な気持ちを抱いていることが想像できます。
田中:最後に岸田が部屋を去るシーンは時間をかけ、18テイクぐらい撮ったのですが、岸田が手放しにこの場を去るのではないというような解釈の幅が欲しくて、ドアを閉めるまで間を置くようにしました。意図的に、岸田が倉に対して完全にドライな気持ちになってしまったのではないというニュアンスを残しています。あまりにも昔のままでいる倉に対し岸田が思っている感情は、多分99%、自分はそうはなれないという見切りがあったと思いますが、残りの1%は羨ましいという感情があって欲しいとわたしは思います。
―――そうですね。一方、高校時代のノリで、自分たちのやりたいことをやれると信じている倉は、どこか憎めない部分がありますね。
達富:美しいですよね。
田中:倉は人間としての生命的なエネルギーに満ち溢れていて、私はそういう部分に憧れています。とても危うい生き方だけど、輝いているし、そういう泥臭い場所でもがいている人間の輝きを表現できるのが映画なのではないかと思います。
―――岸田役、藤田さんのキャスティング経緯は?
田中:中間制作でご一緒した中藤さんは演技も素晴らしいし、倉というキャラクターの雰囲気をすでに纏っていたので、すぐに倉役で出演してもらうことに決めたのですが、岸田役はなかなか決まらないまま、本読みをすることになったんです。そこでとにかく知り合いの俳優さんを連れてきてほしいと中藤さんに頼んだところ、連れてきてくれたのが藤田さんでした。初対面から飄々としていて、どこか他者と距離を取っている感じが岸田っぽい人だと思ったのですが、実は二人は高校時代からの友人だったんです。大人になってお互いに俳優をやっていることを知ったそうで、作品の倉と岸田の関係とも親和性があるし、役にピッタリの雰囲気を持っていたので、直感的に二人で演じてほしいと思いました。
―――そんな偶然があるんですね。達富さんを紹介したことといい、中藤さんのプロデュース力と言えるのかもしれません。ちなみに本作では意識的に無音の部分を入れていますが、音の設計について教えていただけますか。
田中:ラストの無音についてはかなりこだわりました。岸田が部屋を離れていく音が聞こえますが、倉はヘッドフォンでその音を遮断し、岸田が離れるという現実を受け入れません。倉はヘッドフォンをしながら自分の内なる声と会話をすることもあるので、自分の内面に逃げ込んでしまったという描写になっています。その倉の孤独を観客のみなさんにも感じていただきたくて、全くの無音で映画が終わるようにしました。
第21回大阪アジアン映画祭焦点監督、田中未来監督、達富航平さん(撮影)インタビュー 後編『ブルー・アンバー』『エミレット』を語る に続く
(江口由美)
<作品情報>
『ジンジャー・ボーイ』(2024年 日本 48分)
監督・脚本:田中未来
プロデュース・撮影:達富航平
出演:藤田開、中藤契、志磨灯、井出みずき、ヒルズりょー
https://oaff.jp/programs/2025expo-id-f03/
©︎JIJI
映画祭写真:(C) OAFF EXPO2025-OAFF2026
0コメント