女性の観点から「私たちはNOと言える」ことがとても大事 『美麗』ジョウ・ジョウ監督、主演 チー・ユンさんインタビュー
第14回大阪アジアン映画祭コンペティション部門出品作として日本初上映された中国映画『美麗』。ジョウ・ジョウ監督の初長編作品となった本作は、新星チー・ユン演じる主人公メイリーが、ガールフレンドと幸せになることを願って懸命に生きるにも関わらず、様々な困難が訪れ、悲劇の運命をたどるヒューマンドラマだ。臨場感あふれるカメラワークで、ガールフレンドの愛を渇望するメイリーの日々をつぶさに捉え、メイリーからまさに目が離せない。家族との確執や度重なる理不尽な出来事への怒りっぷりも半端ではなく、全身全霊で怒る姿が、胸に強く焼きつくのだ。 映画祭のゲストとして来阪したジョウ・ジョウ監督と主演のチー・ユンさんに、お話を伺った。一部上映後Q&Aの模様を交えながら、ご紹介したい。
■映画はどんな物語やテーマでも、素晴らしい役者がいなければ、それを表現できない。チー・ユンさんとの出会いで初長編が可能に(ジョウ・ジョウ監督)
――――チー・ユンさんは脚本にも参加していますが、そもそもユンさん主演の映画を作ることから、プロジェクトがスタートしたそうですね。
ジョウ監督:私はユンさんと知り合い、彼女がすごく鮮明なキャラクターを持っていることが分かりました。また演技も天才的で素晴らしく、私の中に「もしかしたら、映画を撮れるかもしれない」という気持ちが生まれたわけです。というのも、私は素晴らしい役者をみつけたわけですから。彼女のキャラクター、イメージが全て好きなのです。映画はどんな物語やテーマでも、素晴らしい役者がいなければ、それを表現し、演じてみせることはできません。これはとても大切ですが、同時にとても難しい。だから、映画監督としてユンさんと出会ったのは、本当にラッキーでした。フランスの監督も撮影の時、役者と相談し、共同制作していく手法はよくとられています。私の場合は撮影が8日間と非常に短く、議論する時間を持てないので、脚本の段階でユンさんを招き、一緒に人物を作り上げていきました。
――――両親はおらず、義兄のレイプによる望まぬ出産など、主人公、メイリーの生い立ちはあまりにも過酷ですが、そのような設定にした理由は?
ジョウ監督:結局この映画の中で描かれているメイリーは愛を熱望し、愛に飢えています。それなのに、愛を失い、恋人から捨てられてしまう。とても絶望的な人物です。メイリーは繰り返し愛を求めては裏切られ、最後は絶望的になり全てを投げ出すのですが、実はある種の勇気を手に入れます。刑務所に入ることになっても、自分を傷つけた人を殺す勇気を得たわけです。悲劇的であり、孤独な人物を主人公にした脚本を2人で1年かけて書いたのですが、私たちの心の中の声を表現したのだと思います。
■女性の同性愛者でも異性愛者でも本質的には一緒。人間は情感もあれば、欲もある。 (ジョウ・ジョウ監督)
――――レズビアンの物語でもありますが、中国ではあまり描かれなかったテーマにあえて挑んだ理由は?
ジョウ監督:今の中国では一部同性愛の描写がある商業映画もあり、上映もできています。全体的に同性愛がテーマだと以前の中国では認めませんでした。最近は言い方を変えて「あまりオススメできない」作品という表現をしています。この映画は資金がほとんどなく、私の初長編でもありますので、撮影現場ではプロが使用するカメラではなく、オスモというiPhoneみたいな小さなカメラで撮影しました。というのは、撮影した時はこの映画がどこかで上映されることは全く考えていませんでした。とにかく、自分たちが撮りたい映画を撮る、主人公メイリーを記録する気持ちが優先していました。映画では、女性2人の情感の部分が丁寧に描かれています。女性の気持ちは非常に細やかですから、描く対象が同性愛の女性というのは、初めて映画を撮る私にとって非常に挑戦的なことでした。私からすれば女性の同性愛者でも異性愛者でも本質的には一緒で、同じ人間です。人間は情感もあれば、欲もあり、そういうところからきた感情ですから、それは大切で、正常なものです。撮影の時にも淡々と臨みました。
■女性の観点から「私たちはNOと言える」ことがとても大事(チー・ユン)
――――チー・ユンさんが演じるメイリーは、常に怒らなければならないことばかり起こり、人生がなかなかうまくいきません。演じる上でもかなりエネルギーが必要な役だったと思いますが、どのようにしてキャラクターを作り上げていったのですか?
ユンさん:メイリーの性格の多くは、私自身が持っている性格を反映させています。私も何か言いたいことがある時はストレートに物を言いますし、結論が出るまでは相手を問い詰めます。時に、相手に逃げ道も与えないぐらい追い詰める部分は、私自身が持っているものです。そしてそれが表現したかった部分でもあります。世の中は、映画の中のメイリーより、もっと悲惨な境遇の女性がいっぱいいると思います。毎日理不尽なことを体験したり、不公平な扱いを受けている人も多いでしょう。私としては、女性の観点から「私たちはNOと言える」ことがとても大事だと思います。アジアの女性であろうと、ヨーロッパの女性であろうと、全世界の女性がメイリーを見てある種の力を感じると思います。つまり、「そうか、NOと言えるんだ」という力、自分たちの力で理不尽な現実を変える。そこをとても強烈に表現したかったのです。
■映画の中でイキイキとした人物を描くと、その人物が観客の心の中に残る(ジョウ・ジョウ監督)
――――メイリーの仕事から家での暮らしぶりまで、その日常が実にリアルに描写されており、カメラは常にメイリーを追いかけます。そのような手法にした狙いは?
ジョウ監督:チー・ユンさんはとてもエネルギッシュで生命力も強く、それをどんどん発散していく願望を持っています。ずっとカメラで追いかける撮影方法は、才能ある俳優にとってはむしろ幸せだと思います。途中で中断することなく、好きなように自分の演技をできますから、本作ではロングショットを多用しています。そのような才能がない俳優さんにとっては災難でしょうね。チー・ユンさんだからこそできる撮影方法です。映画を創作する観点から言えば、私は物語やテーマにあまり関心をもっていません。どちらかといえば、私は自分の映画の中で、イキイキとした人物を描くことに関心があります。メイリーが笑ったり、泣いたり、どんな選択をしたか、どんな運命をたどるか。映画を通して、ある意味人生において非常に意味を持つような人物が、観客の心の中に残るのです。そういう人物を撮るわけですから、当然カメラも主人公メイリーにフォーカスして、追いかけていくしかありません。
■今の自分を突破して、違う自分を映画の中で見せたかった(チー・ユン)
――――演じる側としてはやりがいがある一方、常にカメラが回っている前で自然な演技をするのは難しい面もあったのでは?
ユンさん:実は時々辛いんです。ロングショットだと、時には十数分間ワンカットで撮影するので、ストーリーが展開する中で、あれもしなければ、これもしなければと色々考えながらやるのですが、常に自分に言い聞かせているのは「ここでは表情を間違えてはいけない」。ワンカットが長いと、観客が見間違ってしまうので、私の表情は常に正確でなければなりません。とにかく一生懸命演じました。私もプロの女優として色々な仕事をしてきましたが、今まではある意味であまりうまくいかなかったのです。色々な制限もされていましたから、今の自分を突破して、違う自分を映画の中で見せたかった。『美麗』のキャラクター、メイリーは私にとてもいい機会を与えてくれました。脚本の段階から関わることができましたし、演技の面では大量のロングショットにも関わらず、一応はそれをこなすことができました。今回の作品は「私もできる」ということを証明する一つの素晴らしい手段だと思っています。観客のみなさんがどう思われるのか、以前私のことを否定した人が、この作品をどう考えているのかはわかりません。でも、私としては一生懸命に取り組み、違う自分を投影することができたと思っています。
ジョウ監督:もちろん、色々強烈な芝居の場面もありますが、ご覧になった方から「メイリーの日常生活が非常に自然で、魅力的です」というお声もいただきました。カメラの前で日常の自分をこんなにリアルに見せることができるのは、ユンさんの演技がある意味、別の境地に至っていると言えるでしょう。監督として、私はユンさんの今回の演技に敬服しています。
――――メイリーが恋人に捨てられ、カラオケで泣きながら歌うシーンがとても印象的でした。「ラブ・イズ・オーバー」は日本でも50年ほど前に欧陽菲菲さんが歌って大ヒットした曲です。
ユンさん:私が選びました。欧陽菲菲さんは知らないのですが、私の大好きな曲です。メロディーも歌詞もとても美しくて大好きなんです。 ジョウ監督:これはまさに絶望の歌ですね。
■カメラが入らなくても演じ抜いたラストシーン (チー・ユン)
――――ラストシーンだけあえてメイリーを映さず、音だけで悲劇を表現していますが、その狙いは?
ジョウ監督:この映画はずっとカメラを通してメイリーの暮らしを追っていく訳ですが、ラストシーンの撮影の朝、私は直感でこのシーンをカメラで撮るのは止めようと思いました。メイリーが義兄を殺し、混乱の状態に陥り、血を洗っても洗っても洗い落とせない。それは本当に強烈な悲劇で、痛みが伴うわけです。この場面はカメラで撮らなくてもいい。カメラマンには、「私たちのカメラは扉の前を映すことにして、中に入るのはやめよう」と。私はユンさんの演技を信じていました。というのも、いい役者は体を使って演技をするだけではなく、声だけで演技をすることができると思うのです。撮影の時、ユンさんに「あなたは声で観客を説得するしかないけど、大丈夫?」と聞くと、「大丈夫です」と自信満々に答えてくれたので安心して任せられました。現場で私はイヤホンを使い、ユンさんの声を聞いていたのですが、「よし、よくやった」と伝えました。
ユンさん:カメラは中に入ってこなかったのですが、中は暗くて、わずかなライトだけで、窓の外の光が入っている状態でした。私はそこで人を殺さなければなりません。私は人を殺し、手を洗い、血がついたナイフを取るという演技をするだけでなく、しなくてもいいことかもしれませんが、体に血をつけることも、一生懸命やりました。というのも、万が一私が家の中から出て行った時には、それを撮影する訳ですから、返り血を浴びている状態でなければおかしい。ですから、暗い場所でしゃべりながら、ナイフを取って、血をつけて・・・。大変でしたが、やり通すことができました。
■正直に生き、一生懸命に頑張る女性の姿を見せたかった(チー・ユン)
美麗は欲望を否定する人物。だから美しい。(ジョウ・ジョウ監督)
――――悲劇的な運命を歩むメイリーの物語ですが、あえて『美麗』というタイトルをつけた理由は?
ユンさん:人間性と関わる問題だと思います。今の世の中、家庭や職場で女性が常に不利な状況に置かれている状況が多いと思います。ある女性が正直に生き、一生懸命手に入れようと頑張る姿をこの映画でお見せしたかった。世界で、あるいは何千年前からこういう状況が存在していますが、映画の中の女性を通して、女性にも力があることを知ってもらいたいですし、男性もこの映画を見て、女性に対する理解を深めることができればいいなと思います。
ジョウ監督:付け加えると、今の中国社会はなんでも欲に基づいている部分が多く、欲望は、はっきりいってみっともない。美麗は欲望を否定する人物です。だから美しいと思います。
(Yumi Eguchi 江口由美)
<作品情報>
『美麗』Meili [美麗]
2018年/台湾・中国/88分
監督:ジョウ・ジョウ (周洲)
脚本:ジョウ・ジョウ (周洲) 、チー・ユン(池韻)
出演:チー・ユン(池韻)、ジョウ・メイイェン(周美姸)、ワン・リーミン(王立民)
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