この映画はマニラへのラブレター、マニラの街を人格化したアイリーンが男たちを惹きつける。『視床下部すべてで、好き』ドウェイン・バルタザール監督インタビュー
第14回大阪アジアン映画祭コンペティション部門出品作として日本初上映されたフィリピン映画『視床下部すべてで、好き』。海外の映画祭で評価を得ているドウェイン・バルタザール監督の長編2作目で、マニラの街で、それぞれの欲望を抱えて生きる4人の男たちの群像劇だ。男たちの前に登場する女性、アイリーンが、彼らの欲望を刺激し、それぞれの妄想を掻き立てる様子を、街の喧騒に重ねて描いている。
映画祭で上映後に行われたQ&Aでは、多彩な切り口で解釈できる本作について「映画は理解してもらうものではなく、感じてもらうものだと思っています」と観客へ呼びかけたドウェイン・バルタザール監督。インタビューでは、マニラの街の喧騒をむしろファンタジー的効果に昇華させたバルダザール監督のマニラ愛が垣間みえた。その内容をご紹介したい。
■馴染みのあるキアポ地区での撮影、オープニングは徳永英明のカバー曲「Ikaw pa rin」をヒロイン、アイリーンのイメージに重ねて。
――――魅力的な女性、アイリーンをナビゲーターに、マニラに住む4人の孤独な男の内面や欲望を見せていく物語ですが、何から着想を得たのですか?
この映画は、マニラの中でも私の大好きなキアポ地区で撮影しました。カロイが住んでいる衣料品店のあたりも私がよく行く馴染みのある場所なのですが、以前そこを歩いていた時に全然知らない人から「ミシェル!」と話しかけられたことがあったのです。実際は人違いだったのですが、その経験が映画のアイデアになるのではないかと思いました。つまり、全くの他人で、相手が知らない人であれば、自分も相手に合わせて、また違った自分になることができる。そう考え、アイリーンのアイデアが発展していきました。
――――冒頭、アイリーンがマニラの雑踏をスローモーションで歩く後ろ姿から始まります。幻想的な物語に入るプロローグのように見えました。
アイリーンが最初と最後に歩く通りや街並みは、フィリピンの人たち、特にマニラの人たちがよく知っている場所です。全体の構想を考えていた時から、オープニングシーンはこのイメージを考えていました。日本の曲(徳永英明)をカバーした、私が大好きなTed Itoの「Ikaw pa rin」で始まるのですが、この映画全体の雰囲気や、キアポの街に合っていると思います。アイリーンのイメージを持ちながら、あの歌のメロディーがかぶさり、主人公の紹介がなされていく。そういうオープニングシーンにしたかったのです。
■キャスティング担当だったイアナ・ベルナルデスさんを抜擢。演技未経験だから引き出せるアイリーンの魅力がある。
――――アイリーンの存在は、現実の人間として登場しながらも、見終われば幻想という複雑なキャラクターですが、イアナ・ベルナルデスさんをキャスティグした理由は?
アイリーンを演じたイアナ・ベルナルデスさんは、女優ではなく、元々キャスティング担当でした。アイリーン役を射止めるためにオーディションに来た人たちの調整をしていました。彼女は有名女優エンジェル・アキノさん(OAFF2014『アニタのラスト・チャチャ』)の娘で、オーディションにあたり、アイリーン役にエンジェル・アキノさんの名前が出た時に、イアナさんは「母が候補になるぐらいなら、私もオーディションを受けたいわ」と冗談交じりで言ったので、それならばとオーディションを受けてもらいました。彼女はプロの女優ではありませんが、だからこそ引き出せるアイリーンの姿があります。オーディションを受けたプロの女優は、どうしても演技をしてしまい、アイリーンのイメージから離れてしまいます。最初から無名の人に演じてもらいたかったのです。有名女優だと、その方が演じている役というイメージを与えてしまうので、イアナさんは適任でした。
■4人の男、それぞれが出来上がった世界の中で完成したキャラクターを持つように。
――――アイリーンに妄想を抱く孤独な男たちは、4人それぞれ年齢も境遇も違いますが、それぞれのキャラクター造詣について教えてください。
イヤリングを盗んだ無口な男、オペンについては、私が自分で書いていた短編小説のキャラクターだったので、そのままキャラクターにしました。人物設定はできるだけ幅広い層の人たちの話を作りたいと思いましたし、それぞれが出来上がった世界の中で完成したキャラクターを持ってほしいという狙いもありました。
――――4人の中でもカロイは、一番アイリーンと絡むシーンが長く、アイリーンに寄せる気持ちが強まる様子も段階的に描かれていますね。
カロイは4人の中で一番お気に入りのキャラクターです。脚本を書いている時も、全員それぞれ違う欲望を抱く中で、カロイの欲望は一番純粋だと思っていました。妻としての女性を欲しているのです。
――――Q&Aでもアイリーンがいつも同じ制服を着ていることへの質問があり、同じに見えても少し変えている部分があるとおっしゃっていましたが、制服以外で変えている部分はあるのですか?
実は靴が違いますし、ストッキングも柄入りのものを履いている場合もあります。イヤリングにも変化を加えています。電気屋の男、ランドーのシーンで登場するアイリーンは、彼が娼婦的な女性を求めていることから、少し胸元の開いた服にし、彼の願望を反映させました。
■環境音からそれぞれのキャラクターが浮き出たせ、街の喧騒は催眠的効果を狙う。
――――マニラの街の車の音や生活音が常に聞こえ、臨場感がありましたが、サウンドデザインについて教えてください。
サウンドデザインの専門家には、音楽スコアの音量は控えめにし、むしろ環境音を取り入れたいと、しっかりディスカッションしました。環境音からそれぞれのキャラクターが浮き出てくる部分もあるようにしました。車の行き交う音や、通りの音が色々と入っています。
――――オペンたちが話し込んでいる前の道を車が通ったり、人を映すというより、人が集い、行き交う街自体を映しているように見えました。
街の喧騒の中、そこにこだます様々な音によって催眠にかけるような狙いもあります。もちろんビジネスパーソンもたくさんいますが、その中でもアイリーンをめぐるラブストーリーがふわりと浮き上がるようにしました。会話についても、アフレコではなく、大部分がライブ録音です。
――――街がもう一つの主人公という点では、ブリランテ・メンドーサ監督のような雰囲気を感じさせましたが、その辺りは意識されたのですか?
そうですね。でもメンドーサ監督はなんというか、もっとギラギラした感じがしますし(笑)、マニラを犯罪都市として描いている気がします。比較されるのはよく分かります。というのも、海外の観客でフィリピンの映画作家として名前が挙がるのは、ブリランテ・メンドーサ、ラヴ・ディアス、ラヤ・マーティンぐらいですから。彼らが取り上げているマニラやフィリピンの貧しい部分を、私たちは貧困ポルノと呼んでいます。私も、ゴチャゴチャしているマニラの街の喧騒を、先ほど言ったように催眠にかけるような感覚で取り入れていますが、私にとってはそれが魅力として映るのです。
■この映画はマニラに向けたラブレター。
――――つまり、バルタザール監督のマニラへの愛が、この作品に散りばめられているのですね。
この映画はマニラに向けたラブレターでもありますし、アイリーンはマニラを人格化したものと言えます。カロイはマニラの大都会が嫌になり、田舎に帰ろうとしています。残りの3人も、口には出しませんが、マニラの生活が嫌になりかけています。でも、アイリーンと出会うことにより、マニラにとどまります。つまり、マニラの街が「ここにとどまりなさい」と語りかけているのです。
■死、小さな社会に囚われ抜け出せないこと、そして孤独感。自分の恐れを映画のテーマに。
――――愛を描くというのは、過去の作品にも共通したテーマなのですか?
『視床下部すべてで、好き』は私の2作目となりますが、今振り返ると、私が作ってきた作品にはある流れがあります。1作目の“Mamay Umeng”は、死にたいけれど死に切れないという、死に時を探している老人の話です。3作目の“Oda Sa Wala”は、小さな村に住んでいる女性が、葬儀社で死体と恋に落ちる話です。3作品を観た人たちから、「どうしてあなたはこんなに傷ついた人の作品を作るのか?」と聞かれることがよくありますが、確かに、愛や孤独について描いてきました。今考えると、この3作品は私が一番恐れているものを取り上げています。死であったり、小さな社会に囚われ、そこから抜け出せないことであったり、孤独感。そういう私の恐れがテーマになっていると思います。
(Yumi Eguchi 江口由美)
<作品情報>
『視床下部すべてで、好き』 “With All My Hypothalamus”
2018年/フィリピン/99分
監督・脚本:ドウェイン・バルタザール Dwein BALTAZAR
出演:イアナ・ベルナルデス、アンソニー・ファルコン、ニコ・マナロ、ディラン・レイ・タロンソリマン・クルズ
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