私の作品では常に理想の世界を見つめたい。 『ビリーとエマ』サマンサ・リー監督インタビュー
第14回大阪アジアン映画祭特集企画《ニューアクション! アジア》出品作として海外初上映されたフィリピン映画『ビリーとエマ』。大阪アジアン映画祭2017では長編デビュー作『たぶん明日』“BAKA BUKAS”を携えて来阪。20代のレズビアン女性の恋と日常を瑞々しい映像でスタイリッシュに描き、LGBTQ映画に新風を巻き起こした。
3月20日にフィリピンで公開されたばかりの最新作『ビリーとエマ』は、90年代の田舎のキリスト教系女子高校に転校してきたビリーと、スカラーシップを得て大学進学を目指している優等生エマの実に爽やかな青春ラブストーリーだ。単に爽やかなだけでなく、高校生の妊娠や同性愛者に対する偏見、学校側の保守的な姿勢、学校での嫌がらせなど、現在にも通じる様々な問題も描かれる。だが、それをも上回る2人の友情から愛情への変化や、自分らしく生きることを宣言する姿にドキドキさせられ、そして勇気をもらうのだ。 今回もLGBTQの若い人たちに、自分らしく生きてほしいというメッセージを込めたというサマンサ・リー監督。国際審査委員としてコンペティション部門の審査を終え、授賞式目前の最終日に、お話を伺った。
――――『たぶん明日』“BAKA BUKAS”は現代の20代女性が主人公でしたが、本作は90年代の田舎が舞台ですね。
1作目は、SNSや様々なテクノロジーが進化している現代の物語ですが、今回はテクノロジーやSNSなどが介在しないような時代の作品を作りたいと思いました。前作を撮った後、またふとアイデアが浮かんで、あまり時間を置くことなく新作を作ることができました。 カトリックの女子校という舞台設定も、私自身が14歳の時からカトリックの女子校に通っていたので、その方がリアルに物語を描けると思ったのです。
■私の作品では常に理想の世界を見つめたい。
――――LGBTQの主人公が登場する物語では、周りにどう伝えようか悩んだり、葛藤すること、そこからの成長が物語の中心となることが多いですが、本作のビリーは、すでにその葛藤を超え、転校してきた時、堂々と振舞っているところから見せようとしたのですね?
前作もそうですが、私の作品では常に理想の世界を見つめたいと思っています。自分が若い頃のことを思い出し、「今は悩んでいるかもしれないし、親がどう考えるか、友達がどう考えるか、そして社会がどう考えるかが気になるかもしれない。でも、それは大人になれば大丈夫だということがわかるから、今のあなたのままでいいんだよ」というメッセージを伝えていきたいのです。
――――ビリーが街から田舎にやってくるファーストシーンは、特に何も語らなくてもビリーがどんな子であるかが伝わり、そして青春映画の名作に重なるような爽やかさがありました。
このファーストシーンでは、ビリーがアウトサイダーな女の子であり、都会からやってきた、ちょっと田舎ではいないような変わった存在であることを印象付けたかったのです。
■ビリー役はクィアーの人から。SNSで知り合ったザール・ドナトさんの初出演、初主演作。
――――ビリー役のザール・ドナトさんは、とてもクールで魅力的でしたが、どのようにキャスティングしたのですか?
ビリー役はなるべくクィアーの人から選びたいと思っていました。ただフィリピン人の有名な俳優で、自分がゲイやレズビアンであることを公表している人が少ないので、SNSを通じて候補者を探し、ちょうど大学卒業したてのザール・ドナトさんと知り合いました。彼女は演技経験もなければ、出演経験もありません。まさに本作は、ドナトさんのデビュー作です。
――――初対面から、ビリーの雰囲気そのものだったのですか?
そうですね、髪は切ってもらいました(笑)演技は初めてだったので、演技のワークショップにもいくつか参加してもらい、それから撮影に入りました。エマ役のギャビー・パディラさんはベテラン俳優なので、ドナトさんの演技の指導もしたり、セリフを忘れることがあればサポートしてあげたり、とても現場で仲良くしていましたね。最初の出演作で主演ですから、この作品に参加できたことをとても喜んでくれました。
■LGBTQの話題だけでなく、女性の権利についても触れたかった。
――――エマの方はボーイフレンドもいて学校でも人気者のある優等生ですが、大学進学のスカラーシップが取れることを目前に妊娠してしまい、夢が断たれそうになります。エマをこの設定にした理由は?
この映画はLGBTQの話題だけでなく、女性の権利についても触れたいと思っていました。大体映画やテレビで子どもを堕胎することは悲劇として語られることが多いのですが、現実的には若い女性がその選択をすることは将来のためになることもあります。そのことをポジティブに考えてほしいという願いを込めました。
――――エマは全校集会で壇上から自分が妊娠していることをアナウンスするシーンには驚きました。その後スカラーシップを取り下げようとする学校に対し、生徒たちが異議を唱えて立ち上がるシーンもあり、妊娠しても堂々としているエマは勇気のある人物に映りましたが。
あのシーンは、嫌いな人も多いんです。これは子どもたちが成長していく過程を見せる映画でもありますが、子どもが大人になろうとする時に勇気を持ってやろうとしていることが、実は自暴自棄であったり、直感的にその場の勢いで行動してしまうことも多いんです。また、子どもが大人のように振舞おうとするシーン、例えば赤ちゃんの魂に見立てた卵のお葬式のシーンや革命のシーンなど、子どもが背伸びをしている姿も見せています。
――――カトリックの学校で、中絶した赤ちゃんの魂を卵に見立てて、生徒がペアになって育てるグループワークが本当にあるのですか?
私も女子校時代、そのグループワークをやりました。ずっと卵に目配りをしなければいけなかったのです。ただ有名な俳優を父親役に想定して行っていたので、この映画のように恋が生まれることはなかったですね。
■ハリウッドロマンチックコメディーのような伝統を大事にしながらも、革新的な部分を備える手法。
――――ビリーとエマが次第にお互いのことを知り、好意を寄せる様子は少女漫画を見るような爽やかさがありましたが、描く上でどんな演出を心がけたのですか?
ハリウッドの古典的なロマンチックムービーの感覚を出したいと思いました。具体的には『2ガールズ』(95)“The incredeible adventures two girls in love”にインスピレーションを受けています。古き良き時代のハリウッドロマンチックコメディーによくある形を取りながら、そのカップルはLGBTQなのです。伝統を大事にしながらも、革新的な部分を備えている。そういう手法をとっています。
■レズビアンの古典「Rubyfruit Jungle」に秘められたメッセージ。
――――ビリーが心の支えにしている愛読書「Rubyfruit Jungle」について教えてください。 「Rubyfruit Jungle」は40年前ぐらいに書かれたレズビアンの古典と呼ばれる小説です。ここには秘められたメッセージがあり、読んでもらえれば分かると思います。私自身も若い頃、愛読していまし、この本に勇気付けられました。ラストの言葉「自分らしく生きることは最大の革命」“The most revolutionary thing you can do is to be yourself”はこの本から引用したものです。
――――ビリーの独身の伯母や、エマの母親など、男に頼らず生きている大人の女性が2人の周りで描かれています。その意図は?
1人はシングルマザーですし、1人はオールドミスで、一般社会から少し下に見られているような人たちですが、この物語では色々な女性が、色々な形で、この社会の中で生きていることを描きたいと思いました。
――――サマンサ監督は、前作、今作とLGBTQの若い人たちに向けて勇気を与える作品を作り続けておられますが、実際に手応えを感じていますか?
SNSでの反応はとてもよく、3回、4回も見てくれた方もいて、気に入ってくださっているとの声をたくさんいただいているのはうれしいですね。3月20日にフィリピンで劇場公開されるので、もっとたくさんの人にこの映画が届いてくれるとうれしいです。
■女性監督、主演も女優という映画がとても多かった今年のOAFFは素晴らしい。
――――ありがとうございました。最後に、今回は国際審査委員も務めておられますが、大阪アジアン映画祭コンペティション部門の作品をご覧になっての感想や、この映画祭へのコメントがあればお願いします。
来阪は2回目ですが、大阪のことが好きですので、大変うれしく思っています。また審査委員として、大変興味深い作品を観ることができたのも良かったです。特に女性監督がたくさんおられ、主演も女優という映画がとても多かったので、それも素晴らしいことだと思います。
(Yumi Eguchi 江口由美)
<作品情報>
『ビリーとエマ』 “Billie & Emma”
2018年/フィリピン/107分
監督・脚本:サマンサ・リー Samantha LEE
出演:ギャビー・パディラ、ザール・ドナト、ビューティ・ゴンザレス、シエロ・アキノ、レイル・パオロ・サンティアゴ
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