安田真奈監督が語る人生と映画づくり(後編)〜電器屋が舞台の『幸福(しあわせ)のスイッチ』、子育て中に執筆した児童虐待がテーマのドラマ「やさしい花」に込めた思い。
■徹底的に取材をして、王道と似て非なるものをオリジナル脚本で作り上げる楽しさ。
――――今は原作モノでなければ企画が通らないような時代ですが、ずっとオリジナル脚本で映画を撮られているのは、本当にすごいことですね。
安田:関西にいながら、『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』、「TUNAガール」と2年連続してオリジナル脚本で撮らせていただけたのは、本当にありがたいことです。
実際、オリジナル脚本の企画が通るのは、本当に難しいことで、『幸福(しあわせ)のスイッチ』の時も、「安田さんの脚本を読んだらいい話なんだけど、電器屋の話ではお客さんが来ない」と色々なところから断られましたが、電器屋を取材し、時にはフェアで店頭に立ったりと、お手伝いもしました。ですから、映画の中で出てくるエピソードは、取材した電器屋さんが実際に行っているサービスなんです。世の中にはよく似た青春モノはありますし、「TUNAガール」も何かが苦手だった女の子がそれを克服するという王道ものです。でも似て非なるものを目指さなければならない。王道の家族ものだけど、ここまで電器屋の裏側が、とか、ここまで養殖の研究が、と言われるぐらい、徹底的に取材をして、似て非なるものをオリジナル脚本で作り上げるのは楽しいですね。もちろんオリジナリティの出し方は色々あって、演出で耽美な表現をするなどの手段もありますが、私の場合は取材から脚本を深めていくのが好きですね。
■11年ぶりに監督復帰。オリジナル脚本
毎日は、ちょっと嬉しかったり、ちょっと悲しかったりの繰り返し。青春はまさに微熱…
「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」
■若い人にとって、「働いている大人はかっこいい」と思う瞬間が大事。
――――映画やドラマを拝見すると、働く姿が好きなことが伝わってきます。
安田:学生時代はサラリーマンのおっちゃんとはあまり接点がなくて、街で酔っ払ってる姿などのマイナスイメージがあったのですが、パナソニック(当時は松下電器産業)に就職してからは、おっちゃんたちはなんて頑張っているんだろうと!上司には詰められ、部下は言うことを聞かずに陰口を言われ、得意先には頭を下げ・・・。頑張っているおっちゃんが、すごく好きになったんです。ところが、このおっちゃんの頑張りを肝心のご家族が見ていない。特に日本は長時間労働で、お父さんが疲れた顔をして家に帰ると、子どもは「親父みたいに毎日ネクタイを締めて、満員電車に乗る仕事に就きたくない」と反抗するし、奥さんも「私も日中、あれもやって、これもやってしんどかったのよ」と。父親が働く姿を間近で見ることができないのは、日本全国のあらゆる家族で寂しいすれ違いを生んでいるなと思うのです。
さらに、2001年の附属池田小事件以降、学校は門を閉めて、近所の方が入れなくなり、子どもたちは、知らない人とは口を利くな、知ってる人も用心しろ、と教育されるようになりました。あれから20年近くたち、近隣の方とはコミュニケーションをとらずに育った子どもが大人になり、親になっているので、これから加速度的に近所で働いているおっちゃん、おばちゃんと交流しない傾向が顕著となってくるでしょう。買い物も大型スーパーが主流になり、個人商店はどんどん潰れてしまう。ご近所さんともしゃべらず、表札すら出さない。働く大人に直に触れる機会が少ないという現象もどんどん進行していくのです。
でも、若い人にとって、「働いている大人はかっこいい」と思う瞬間が大事です。働く親父の姿を見て、娘が人生や家族の絆を考えるという物語を撮りたくて、2006年、上野樹里さんと沢田研二さん主演の『幸福(しあわせ)のスイッチ』を作りましたが、色んな業界で働く人々を、また描きたいと思いますし、今の日本の世の中に大事なことではないかと思います。商品を購入して消費するだけではなく、その裏にある人の努力を知ることって大事ですよね。
■上野樹里×沢田研二、じんわりあたたかな電器屋親子物語。
映画『幸福(しあわせ)のスイッチ』(東北新社・東京テアトル・関西テレビ放送)
第16回日本映画批評家大賞 特別女性監督賞、主演男優賞(沢田研二)
第2回おおさかシネマフェスティバル 脚本賞、助演女優賞(本上まなみ)
『幸福のスイッチ』DVD好評発売中 ¥4,935 東北新社
■子育て中に執筆した児童虐待する母の再生がテーマのNHKドラマ「やさしい花」に思うこと。
――――今、安田監督は子育てをしながら映画を撮っておられますが、お子さんがまだ小さい頃はどのようなお仕事をされてきたのですか?
安田:「幸福(しあわせ)のスイッチ」の監督・脚本で劇場デビューできましたが、すぐに子どもができました。撮影現場には出づらくなり、子育て中は脚本仕事のみとなりました。 NHKドラマ「やさしい花」(製作 NHK大阪放送局、平成23年度文化庁芸術祭参加作品)では児童虐待していた人、児童虐待をされた人、児童相談所の人など、多くの方のインタビューをもとに、脚本を書いています。
――――ドラマを拝見しましたが、子育て時代のしんどい時期のことを思い出して涙が出そうになりました。このドラマは、児童虐待のニュースが溢れるまさに今、再放送していただきたいですね。子育てで悩むお母さんたちの気持ち、周りの態度がこれほどリアルに凝縮されている作品はなかなかありません。 そして最後には光も射します。
安田:オンエアしてから8年経ちますが、今でも上映会が行われています。※NHK福祉ビデオライブラリよりDVD無料貸出中(送料要負担)。子育ての時期があったからこそできた仕事だと思います。私は10年間会社員をして違う業界にいたので、すんなりと映像の世界に入ったわけではありませんが、人生に回り道はない。通ってきた道には全て拾うべきものがあると思っています。
ドラマオンエア時の安田真奈監督コメント:
児童虐待。かつてはその言葉に、「自分とは無縁」「忌むべき犯罪」という印象を抱い ていました。子どもに手を出すという行為が、理解できなかったのです。 しかし実際に育ててみると……四六時中イヤイヤに振り回され、手作りの食事はひっく り返され、二年近く毎晩4、5回夜泣きで起こされ、睡眠障害に陥っても休む時間はな く……。愛おしいのは言うまでもないのですが、限界を超えた疲労に、あやうく育児ウ ツになりかけました。この上、周囲の理解がなかったら、子どもにストレスをぶつけて しまうのかも…?虐待は遠い世界の問題ではない、と感じました。 鬱々とした心を癒してくれたのは、周囲の優しさです。隣人の何気ない「可愛いわぁ」 。保健士さんの「元気に育ててますね」。ママ友の「イライラしない母親なんていない よ」。 孤立は、虐待リスクを高めるとのこと。ご覧になった方々が、近くの親子を優しく見守 ってくださると、幸いです。
――――自分で育児をすることで、インタビューされた方に対して理解や共感する部分があったのでは?
安田:ありますね。私も男の子が一人いますが、2歳ぐらいまでは毎晩5、6回起きる子だったので、徹夜は得意と思っていた私ですら睡眠障害に陥りました。ウツになりかけてカウンセリングも探しましたが、幼い子を連れてはいけませんでした。その最中、子育て広場に行って「子どもが寝てると思って夜中にシャワーを浴びていると、子どもの泣き声が聞こえるので慌ててシャワーを止めると泣いていない。それを繰り返して、『やばい、幻聴や!』と思った」と話すと、その場にいるお母さんの5人中4人が「あるある!」と頷いたんです。つまり、子育ては一人でいると悩みを抱え込んでしまうけれど、話すと意外と理解者がいるものなんです。キラキラ輝いているように見える人でも、陰にしんどいものを抱えているのが人間じゃないですか。子育ては、孤独が一番のリスク。しんどさを共有できれば、少しは楽になるのではと思います。
■一貫したテーマは「人生は、ちょっと見方を変えれば、決して悪いものではない」
――――子育て真っ最中のお母さんたちには、「大丈夫よ」と言ってあげたいですね。
安田:本当に、「大丈夫、育ってる!」と言ってあげたいですね。私の中では一貫したテーマがあるんです。人生は、ちょっと見方を変えれば、決して悪いものではないのに、なぜそのちょっとの方向転換ができないのか。どの作品も人と人との交わりの中で、ちょっとしたきっかけで自分の人生が明るくなったり、親や友達からの愛情に気付いたり、自分のこだわりに気付く。ちょっと人生が明るくなるストーリーなのです。
なぜ、私がそういうストーリーばかり書くかというと、高校時代、同居していた祖母(母方)がうつ病で、ネガティブな発言を繰り返していたんです。私をよく育ててくれた、大好きな祖母だったので、残念でした。家族仲が悪いわけでもなく、ボチボチ健康で住まいもあるのに、なぜ祖母は毎日悲しいのだろうと。その影響で、私もパニック障害や神経性胃炎を10年ほど患いました。はたから見て元気な人でも、陰で重い悩みを抱えているかもしれないし、私も映画を撮っているときはずっと楽しそうな子に見えていたと思いますが、パニック障害のため途中で電車を降りてしまうときもありました。
今幸せな人でも、過去にはすごく辛い思いをしたかもしれないし、人は見た通りではない。一方、重いものを抱えていても、分かち合える人がいれば、少し心が解き放たれる。映画を観終わった時に、「家族に会いたくなった」「元気が出た」とか、心に陽の風が吹く映画を撮りたいと思っています。
■皆の力を合わせて、それぞれの専門技術の良さを持ち寄ることで、作品の良さが膨らむのが、映画づくりの醍醐味。
――――安田監督ご自身も様々なしんどい思いを抱えた時期がある中、映画を撮るということは、ある意味セラピー的な効果があったのでしょうか?
安田:そうですね。「友達に会いたくなった」とか「実家に帰りたくなったわ」という感想を聞くと、すごくうれしいです。作って、発信して、その先の反響を聞くまでが作品です。長いサイクルですが、他ではなかなかできないことですね。あと小説と違って映画は共同作業なので、そこでの膨らみ方が面白い。脚本段階で100だとすると、いい撮影なら120になるし、いい芝居だと150に、いい音楽だとさらに良くなる という具合に、皆の力を合わせて、それぞれの専門技術の良さを持ち寄ることで、どんどんその作品の良さが膨らんでくるのがたまらなく快感ですし、映画づくりの醍醐味だと思います。
――――今後撮りたいテーマは?
安田:今のところ2つあります。1つは母と娘の物語で、分かりやすい毒母というわけではないけれど、親の意向に沿って生きてきた娘が、ある日パンクしてしまう。そういう母娘はすごく多いと思うので、普遍的なものが撮れるのではないかと思っています。もう1つは10数年温め、何度も書き直しているのですが、『虹色のネジ』という映画を撮りたいと思っています。ネジ工場を舞台にした男三代の子育て物語です。ただ『幸福(しあわせ)のスイッチ』のようなリアル路線ではなく、実はファンタジーも好きなので、絵本(画 はりたつお 文 安田真奈 「にじいろのネジ」)の世界と交錯させていきたいと考えています。
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