『スクリーンプレイ:時代』30年に渡る記録を通して問い直す旧東ドイツの崩壊とそれから

 自分たちが信じていた社会制度や主義が突然崩れ、全く別の主義のもと、今までのキャリアが全てなかったことになってしまったら・・・。今までベルリンの壁が崩壊し、分断の悲劇を乗り越えた東西ドイツの統一に対してポジティブなイメージを持っていたが、このドキュメンタリーで描かれる旧東ドイツ、ゴルツォウという田舎町で農業をはじめとする様々な生産活動で生活を立て、地域密着で暮らしてきた人々にとっては、積み上げてきたものがすべて無になってしまうぐらいの衝撃と、将来に対する不安を抱かずにはおれない出来事だったのだ。


 旧東ドイツ最大のフィルムスタジオDEFAによる国家的プロジェクトともいえる記録映画に挑んだのは、バーバラ・ユンゲ、ヴィンフリート・ユンゲの両監督。ちなみにゴルツォウという町は、第二次世界大戦でソ連軍との闘いにより壊滅的な被害を受けたものの、旧東ドイツになってからは農業を中心とした町づくりを推進し、80年代には世界80ヶ国から首相級が視察に訪れるほどの、模範的な町と位置付けられているところだという。


 ベルリンの壁ができて以降の61年から幼稚園の入学式にやってきた児童たちを、定点観測のように数年ごとに取材し、学校を卒業してからも、メインメンバーの数人とコンタクトを取りながら、彼らのプライベートでの姿にも密着。早々と専門の訓練を受けて就職した彼らは、結婚するのも早い。80年代には既に結婚して子どももそこそこ大きくなっていたりする。85年(だったと思う)に記録プロジェクトが一旦中止になるが、それまでの取材は、何度か東ドイツテレビで放映されていたようで、当時、一般人をこれだけ長期に渡って記録するドキュメンタリーがテレビで放映されることは、非常に珍しかったのではないか。本作に登場するメンバーたちはある意味カメラ慣れしており、社会主義の国ながら、カメラの前では割と本音を語っていたように思う。


 これらの記録を時系列で順を追って映し出すのかと思いきや、なかなかのランダムぶりで、まずはそこに驚かされる。記録プロジェクトは終わったが、89年以降ベルリンの壁崩壊前後にもかつて取材をしていた人たちを何度も訪れ、社会に対する期待や不安、仕事上の変化、生活の変化などをざっくばらんに、ズバリと聞いている。旧東ドイツが消滅したという事実を軸に、各人の過去を振り返ったり、ヴィンフリート・ユンゲ監督自身の父親や姉(市長経験あり)にもインタビュー。ヴィンフリート監督自身の語りだけでなく、本人もインタビューに映り込んだり、インタビューしているところをまた別のカメラで捉えていたりと、撮影の舞台裏が結構映し出されており、膨大な記録プロジェクトを何のためにするのかの自問自答も重ねている。そして、それらを含みながら、理想を掲げて建国したはずの旧東ドイツの繁栄と疲弊、指導者層の裏切りを炙り出していくのだ。


 「良いことは貧乏人がいないことと、失業がないこと」と、自由に西ドイツに行けないことに、そこまでの不自由さを感じていなかった市民が、統一以降に制度の変化に翻弄される様子は、実に不条理だ。元は同じ国であっても、失業、転職、資格の再取得と一部の成功者を除いて旧東ドイツ市民は、経済的、立場的に過酷な状況に追いやられてしまう。政治面からではなく、子どもたちの辿った人生を交えて、変わりゆく、そして最終的には消滅してしまった旧東ドイツの崩壊とそれからを考察する、非常に貴重なドキュメンタリー。本作は93年の作品(日本では95年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映)だが、06年に『And If They Haven't Passed Away . . . The Children of Golzow』というシリーズ最終作が作られたそうだ。旧東ドイツで青春時代を過ごした世代を含め、その子や孫世代が、今、どのように暮らしているのか。できるものなら、見てみたいと思った。

<元町映画館9周年特集上映「山形国際ドキュメンタリー映画祭傑作選」より>

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