『フリーソロ』命綱なしの絶壁クライミングにハラハラ度MAX!


 垂直にそそり立つ巨大な岩壁に小さい赤い点が見える。近づいてくると、それはなんと、人の姿だ。カメラが真上から捉えると、遠い下方には緑に囲まれた地面が!この瞬間に、背筋がぞわっとした。体を支えるロープや安全装置を一切使わずに山や絶壁を登るフリーソロ・クライミング。山ならともかく、足場もないような岩壁を自分の手足を注意深く配置し、命綱なしで登っていくのだから、こちらはただ見ているだけなのに、歯を食いしばり、思わずウヮーと声をあげそうになる。フリー・ソロの天才クライマー、アレックス・オノルドが制覇を目指すのは、長年彼が挑戦したかったというカリフォルニア州ヨセミテ国立公園の伝説的絶壁、エル・キャピタン。サンフランシスコやロサンジェルスからバスや電車で行ける人気国立公園の象徴的な絶壁だ。


 映画は、16年春にベテランプロクライマー、トミー・コールドウェルと開始した現地トレーニングの様子から、アレックスの彼女、サンニと共に過ごす日々まで、天才クライマーの努力の日々からプライベートまでをテンポよく映し出す。「一世一代の挑戦を前にしたら、恋人よりそちらを優先させる」とさらりと言い放つアレックスだが、心配しながらも彼の挑戦を応援するポジティブなサンニの前では笑顔が溢れる。普通の青年らしさをのぞかせる瞬間だ。さらに、母親のインタビューから、命がけのチャレンジをする息子に対する誇らしい気持ちと、心配で仕方がない気持ちが滲む。厳しい中にも愛情があった父との思い出、そして底知れぬ自己嫌悪感がフリーソロのモチベーションになっているという告白に、改めて家庭での接し方が子どもに与える精神的影響を痛感させられる。

 緻密に、そして様々なシミュレーションをしながら登っていくトレーニング。命綱があっても、なにせ、垂直の岩壁なのだから、少しでも足のつく位置が悪かったり、集中力が途切れたりすれば、落下してしまう。股関節を最大限に稼働させ、右から左へ大きく足を広げて場所移動をするような難所や、途中で体勢を切り替えなければ登れないような場所、足よりも、ひたすら腕を岩と岩の隙間に深く突っ込み、ただただ登り続ける場所など、自然の造形物を相手にした壮大な挑戦は、実際に登ってみなければ分からないことばかりだ。しかも途中で落下し、靭帯損傷(捻挫)でチャレンジに暗雲が立ち込める局面になることも。それでも決して諦めない。なんども練習を重ね、自分の精神力を管理し、集中力を高めるアレックスには、そばにカメラがあっても、決してナーバスになることはないのだ。


 上空からのドローン撮影だけでなく、アレックスが登っている至近距離からその表情を捉えるカメラワークにも感服する。この前人未到のチャレンジで、指先から、足の先まで、全身の隅々にまで力をみなぎらせ、慎重に、確実に、頂上に向かって進んでいくアレックスを、その息遣いが聞こえるような距離でじっと見守ることができるのだから。死と隣り合わせの危険を、むしろ力に変えてフリーソロをするアレックスの超人的な運動能力と精神力を鮮明に映し出すだけでなく、彼を支えるサンニとのエピソードの数々が、アレックスの中のシャイな部分や、親しみやすい部分を浮かび上がらせた。究極のフリーソロ映画であり、ヒューマンドキュメンタリーと言えるだろう。


 余談だが、私がヨセミテ国立公園に行ったのは、初めてサンフランシスコに海外留学をした20代の頃。その名前を聞いて、久々に当時の旅のことを思い出そうとしたが、出てくるのは森のようなイメージばかり。古い写真を引っ張りだして検証してみると、写真にはいたるところに岩肌が写っていた!私たちが歩いていたのは、確かに緑溢れる木々や滝のあたりだが、その背景は見事な岩山に囲まれていたのだ。当時のパンフレットにも、エル・キャピタンの写真がシンボルのように写っていて、改めて若い頃の私は無意識のうちに、アレックスが登ったエル・キャピタンを見ていたのだろうなと思いながら、サンフランシスコ経由でヨセミテに行くツアーに申し込み、行くのを楽しみに現地の学校に通っていた遠い昔の記憶が蘇った。これも『フリーソロ』に出会ったから。映画と人生は思わぬところでリンクするものだな。


<作品情報>

『フリーソロ』2018年/アメリカ/英語/100分/原題:Free solo

監督/製作:エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ、ジミー・チン(『MERU/メルー』) 

出演:アレックス・オノルド、トミー・コールドウェル、ジミー・チン、サンニ・マッカンドレス 

撮影監督: ジミー・チン、クレア・ポプキン、マイキー・シェイファー  

音楽:マルコ・ベルトラミ(『クワイエット・プレイス』『LOGAN/ローガン』)   

主題歌「Gravity(原題)」:ティム・マッグロウ 

監修:平山ユージ  

提供:ニューセレクト

配給:アルバトロス・フィルム

9月6日(金)~新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ 、MOVIX京都、シネ・リーブル神戸他全国ロードショー

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