「明治ならではの時間の流れと、現代の時間の流れを比較したかった」『ある船頭の話』オダギリ ジョー監督舞台挨拶


 関西では、9月20日(金)より絶賛上映中の『ある船頭の話』。日本屈指の国際派俳優でもあるオダギリ ジョーの初監督作は、明治時代の年老いた船頭を主人公に据え、現代社会に大きな疑問を投げかける作品だ。クリストファー・ドイルによる撮影は、日本にもまだこんな自然が残っていたのかと思うような、美しい山々や川のせせらぎ、そこに生きる生態系をアメンボ一つに至るまで、丁寧に映し出す。その大自然の中、新しく橋をかける工事が始まり、人々が便利になる生活を夢見る一方で、ずっと村の人たちをこちら側からあちら側へ渡す役割を担ってきた船頭、トイチ(柄本明)は複雑な気持ちを募らせながら、淡々と自らの役目を果たし、来る日も来る日もお客を乗せて舟を漕ぐ。



 舟に乗っているように移りゆく風景の描写、朝や夕方に自然がみせる様々な表情、乗せた客が「また帰りもよろしく」とだけ言えば相通じる、いい意味で適当な時間感覚。現在とは全く違う時間がゆるりと流れる話は、トイチが川で、沈んでいた瀕死の少女(川島鈴遥)を助けたことから、何事もなく終わっていくかもしれなかった彼の人生にさざ波が立ち始める。寡黙なトイチが身内のように可愛がっている若い源三(村上虹郎)と少女の3人が共に過ごす季節はあっという間に過ぎていくのだった。




 上映後に登壇したオダギリジョー監督は、10年以上前に自分が演じるつもりで脚本を書いていたという本作について、「柄本明さんがトイチを演じてくださったおかげで、老いを超えて生と死というテーマを加えることができました。(ラストは)柄本さんの年齢だから出てきた哀愁があると思います」。また、細野晴臣の大ファンの観客からキャスティング理由を聞かれると、「この作品の世界観をしっかりと支えてくれているのは、それぞれ出演者の方々です。自分の理想のキャスティングが実現出来ました。細野さんが演じてくれた役は、その人物自体から溢れる『人間力』みたいなものが必要で、存在そのものが魅力的な方が良いと思っていました。無理だろうと思いながらも(オファーの)手紙を書いたら引き受けて下さいました。(音楽ファンなど)色々な方に見ていただけるのも細野さんのおかげです」と真摯に答える姿も印象的だった。



 大ベテランのキャストが多い中で、トイチの運命を変える少女を演じたのは、オーディションで選ばれた新星、川島鈴遥だ。「同業者なので、(オーディションで)役者としての可能性や素質が、大体分かるんです。川島さんは、オーディションに来ていた女の子の中でも一番繊細な感性を持っているように感じました。数ヶ月の演技レッスンでその感性を大きく伸ばしたり、現場でも川島さんが芝居をやりやすいように、丁寧に準備を重ねました。感情が爆発するシーンでは、僕も川島さんも納得できる深みまで達していなかったので、柄本さんにも協力してもらい、翌日再度撮影し、ご覧いただいたようなシーンになりました」と、存在感溢れる演技の裏に、オダギリ監督ならではの細やかな演出があったことを明かした。



 音楽を担当したのは、本作が初の映画音楽となるティグラン・ハマシアン。クリストファー・ドイルが撮影した美しい山あいの自然の風景、川の表情に気持ちよく寄り添うような、和の雰囲気を感じる美しい音楽だ。ただ、トイチと少女による幻想的なシーンは、音楽が最後まで決まらなかったという。「どこかファンタジー要素を描きたいと思ったシーンですが、ティグランが最初に作ってくれた曲は、想像していた以上にロマンティックに聞こえたんです。音楽は観客の感情を大きく動かすものなので、ティグランとも事細かく話し合い、二人が納得できるまで続けました。今の形に落ち着いたのは、結局レコーディングの当日でした」 


 この作品では、「明治ならではの時間の流れと現代の時間の流れを比較したかった」というオダギリ監督は、この作品の特に前半部分でトイチが船頭として舟を漕ぐ日々の時間の流れを大切に描きたかったという。この前半部分をどう捉えるかで、観客の作品への評価が変わるのではないかと自作を客観的に捉えながら、現代の時間の流れのあまりにもの速さに「仕事や時間に追われ、振り返ったら何が残るのだろうか」と疑問を覚え続けていることを明かした。まさにオダギリ監督が、しいては、現代に生きる我々が立ち止まって考えるべき問題を内在した、非常に示唆深い作品と言えよう。便利さを手にする中で、失うものの多さを考えさせられるヒューマンドラマ。舟に乗るお客との様々なエピソードからも、色々な人生が滲み出ている。そして、トイチの様々な葛藤と虐げられてきた人生の中で守ろうとしたことが、最後に深い感動を呼ぶのだ。



<作品情報>

『ある船頭の話』

【脚本・監督】オダギリ ジョー 

【出演】柄本明、川島鈴遥、村上虹郎/伊原剛志、浅野忠信、村上淳、蒼井優/笹野高史、草笛光子/細野晴臣、永瀬正敏、橋爪功 

【撮影監督】クリストファー・ドイル 

【衣装デザイン】ワダエミ 

【音楽】ティグラン・ハマシアン 

【劇場】新宿武蔵野館、シネ・リーブル梅田、京都シネマ他、絶賛上映中