普段の生活ができることへの感謝の気持ちを、セリフに込めて。 『歩けない僕らは』主演、落合モトキさんインタビュー
回復期リハビリテーション病院の新人理学療法士と、左半身が不随になった青年がリハビリを通じて自らの壁を乗り越え、成長していく姿を描いたヒューマンドラマ『歩けない僕らは』が、11月23日(土)より新宿K’s cinema、11月30日(土)よりシアターセブン他にて全国順次公開される。
監督は、今回併映される初の長編監督作品『ガンバレとかうるせぇ』(14)が、ぴあフィルムフェスティバル PFFアワード2014で映画ファン賞と観客賞を受賞、海外でも高い評価を得ている佐藤快磨。宇野愛海が演じる新人理学療法士、宮下遥と、落合モトキが演じるリハビリで再起をかける柘植との縮まらない距離感や苛立ちが、非常にリアルに描かれ、短編ながら見応えのある作品に仕上がっている。少ないセリフながら、登場人物の心の機微を見事に掬い取る佐藤監督の手腕に注目したい。左半身が不随になり、リハビリで再起をかける主演、柘植を演じた落合モトキさんにお話を伺った。
<ストーリー>
宮下遥(宇野愛海)は、回復期リハビリテーション病院1年目の理学療法士。仕事からの帰宅途中に脳卒中を発症し、左半身が不随になった柘植(落合モトキ)の入院から退院までを初めて担当することになる。日野課長(山中聡)と田口リーダー(板橋駿谷)の指導の元、現実と向き合う日々が始まるのだったが…。
――――『歩けない僕らは』は短編ながら見事劇場公開されますが、今のお気持ちを聞かせてください。
落合:クラウドファンディングで制作費を募りながら撮影していたので、撮影時は公開が具体的に決まっていたわけではありませんでした。こうして大阪でも取材をしていただき、公開されることになって、演じた甲斐があったなと思います。
――――SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019で、短編部門観客賞を受賞した作品ですが、出演の経緯は?
落合:今回、佐藤監督も登山プロデューサーもお仕事をするのは初めてだったのですが、お二人が事務所に来られて、こういう内容だけど一緒にやってくれないかと打診してくださったので、是非とお受けしました。脚本を読んだのはその後でしたね。
■デリケートさを意識しながら演じた左半身不随の柘植役。
――――実際に脚本を読んで、どんなことを感じましたか?
落合:僕が演じるのは脳卒中を発症し、左半身が不随になった男性、柘植役ですが、主人公で理学療法士の遥を演じる宇野さんは、リハビリの手順を覚える必要があり、大変だったと思います。二人でリハビリをするシーンは宇野さんに任せているような部分もあり、言われた通りやったので、何かを覚えるという役ではなかったです。ただデリケートな内容ではありますので、そこは自分で考え、そのデリケートさを意識しながら演じていましたね。
――――映画のオープニングでは、柘植が会社から後輩を乗せて帰るワンボックスカーの車中で、物思いにタバコを吸う姿を後ろから捉え、オープニングタイトルまで、彼に起こった思わぬ出来事を、とても静かに映し出します。これだけでも佐藤監督の才能を感じました。
落合:これはこういうことだと提示するのではなく、観る人が好きなように捉えていただけるように、佐藤監督は押し付けがましくない作り方をしています。柘植のリハビリが終わっても、また一からの出発になる。ここからだという不安も伝わると思います。
――――柘植役を演じるにあたって、リハビリテーション病院にも取材に行かれたそうですね。
落合:撮影で使わせていただいた実在するリハビリテーション病院へ、撮影の半月前にお邪魔し、熱心にリハビリに取り組まれている様子を、端から見学させていただきました。劇中の柘植は寂しそうな表情をしていますが、実際にその場でされている方は、明るい表情で、しんどい時を乗り越えて、今前向きに頑張っている。そんな感じがしましたね。
■佐藤監督は、今まで仕事をさせていただいた監督と雰囲気が違う「新しいタイプ」。
――――佐藤監督は落合さんと同世代だそうですが、初めて一緒に仕事をして、いかがでしたか?
落合:多分、監督が撮りたい絵は決まっていると思うのですが、それを直接的に僕に指示するのではなく、きちんとこちらに歩み寄って来て、形にしてくださいます。しかも、本当に実力のある監督でありながら、そのレベルの監督にありがちな強いエゴがないのです。佐藤監督はまだ30代前半ですし、僕が今まで仕事をさせていただいた監督とはまた雰囲気が違う、新しいタイプの方に出会えたなという思いがしました。
――――私は説明するための描写を省き、役者の佇まいや研ぎ澄まされたセリフで表現する、思い切った演出ができる方だという印象を抱きましたが、撮影したもののカットされたシーンも多かったのですか?
落合:実は本作でエンディングとなっているシーンの後に、遥が街を歩いていると、キャバクラから出てきた柘植に出くわすという大オチのシーンを撮っていたんです。そのシーンが入ってしまうと、一からやり直すはずの柘植に対する印象がマイナスの方に大きく変わってしまう。だから今思えば、監督が大オチをカットしたのは正解だと思います。
――――宇野愛海さんの初々しさも、新人理学療法士という役と重なりましたが、現場では落合さんが引っ張っていくような感じだったのですか?
落合:現場では挨拶程度で、一言も喋りませんでした。宇野さんと仲良くすることが、作品にいい効果をもたらすとは思わなかったので、話しかけてくれるなら喋るというスタンスでいたんです。撮影は4日間だったのですが、2日目に田口リーダー役の板橋駿谷さんがちょっと軽いテンションで撮影に入ってきてくれ、僕と宇野さんの緊張感ある現場がいい感じで緩み、風通しが良くなりました。宇野さんは元々お芝居が上手な方なので、これからの活躍が楽しみですね。
■普段の生活ができることへの感謝の気持ちを、セリフに込めて。
――――柘植がリハビリ当初、リハビリ担当の遥に問いかける「元の人生に戻れますかね」という言葉が非常に重く響きました。
落合:例えばペットボトルの蓋を開けるとか、そんな何でもないことができることへの感謝、普段の生活ができることへの感謝の気持ちがありました。ただ歩けるようになっても、そこから柘植が何をしたいのかが大事だと思います。
――――柘植を演じるにあたって、バックグラウンドの設定や内面の表現など、佐藤監督と何か話し合ったことはありましたか?
落合:柘植は、板金仕事に就いていて、後輩もでき、彼女もいるし、タバコも吸うという普通の青年です。ベランダでタバコを吸っている柘植が、「タバコって、こんなにマズかったっけ」と言うシーンがありますが、これは監督の入院していた知り合いが本当にこの言葉を言ったのを覚えていて、柘植に取り入れたそうです。
――――落合さんは、メジャー系の大作にも数多く出演されていますが、小規模かつ短期間での撮影現場はいかがでしたか?
落合:4日間だけの撮影だと思って臨んでいた時期もあったのですが、この企画を1年前から動かしていた人がいることに改めて気づいたんです。30歳手前にして気づくというのは遅すぎるかもしれません。でも、だからこそ、いい作品を作ろうとスタッフが一丸となっている中に参加させてもらっているのだから、それは頑張らなければという思いがぐっと強くなりました。多分、この仕事を続けていくのなら、ずっと持ち続けていく感情だと思います。
――――『歩けない僕らは』というタイトルは、複数形の「僕ら」に深い意味が込められている気がしますね。
落合:柘植の立場から言えば、ダイレクトなタイトルで来たなと思いました。ただ「僕ら」と複数形にすることで、精神的になかなか前に進めていない遥にも当てはまりますし、出来上がった作品をみて、「僕ら」がしっくりとくる感じがしました。
■廣木隆一監督の『4TEEN(フォーティーン)』、井筒和幸監督の『ヒーローショー』が役者人生の転機に。
――――子役時代からの長いキャリアの中で、役者人生を変えるような監督や作品について教えてください。
落合:14歳の時、廣木隆一監督の『4TEEN(フォーティーン)』(04 WOWOW制作オリジナルドラマ)に出演し、同級生と仕事をするのは楽しいと思えたのが、役者の仕事を目指すきっかけになりました。高校卒業後、俳優業に専念するつもりで臨んだのが井筒和幸監督の『ヒーローショー』(10)でしたが、井筒監督に役者としての考えを一から叩き直されました。同じことをするのではなく、新鮮さをもって演じるように等、色々な指導を受けましたが、それに応えられるように演じるのが楽しかった。この作品を見て、『桐島、部活やめるってよ』(12)のオーディションのオファーをしてくださったのが吉田大八監督だったのです。
――――20代前半の『桐島、部活やめるってよ』出演以降、何か現場で刺激を受けたことはありましたか?
落合:20代半ば以降は、同い年のスタッフが出現してきましたね。子役からやっていたので、周りは大人ばかりの中で仕事をしてきましたが、ようやく同世代が増えてきて、嬉しいし、楽しい。『歩けない僕らは』の現場も若いスタッフが多かったので、刺激になりました。
■『おっさんずラブ』田中圭との初共演は「学ぶところがたくさんあった」。
――――落合さんは、大人気ドラマ『おっさんずラブ』の始まりとなる単発の特別ドラマに出演されていましたね。田中圭さんや吉田鋼太郎さんと、どのように三人の恋愛劇を演じていたのですか?
落合:プロデューサーの女性の方が撮りたい作品ということで、作品に声をかけていただきました。1回で完結したので、僕はその後続けて出演していませんが、今や「ドクターX」状態の人気シリーズになりましたね。吉田さんは最初、正直怖かったのですが、チャーミングで素敵な方でした。田中さんも若いですが、たくさん仕事もされていたので、学ぶところがたくさんありました。
――――映画もよくご覧になるそうですが、特に好きなジャンルは?
落合:『ひるなかの流星』(17)や『L・DK』(14)、『ママレード・ボーイ』(18)みたいな直球の恋愛映画は大好きです。僕が演じる役は、ヒロインが好きな男の子のアシストをしている役や、ヒロインを取り合って、結局フラれてしまうという切ない役が多いですが。
■独特のカルチャーを持つ恋愛映画が大好き。
――――『ママレード・ボーイ』も廣木隆一監督ですが、廣木監督の恋愛映画はロケーションを非常に生かした作り方がされていて、見どころが多いですね。
落合:廣木監督の『4TEEN(フォーティーン)』も月島が舞台ですが、あと20〜30年もすればガラッと変わると思うので、その時見たら、かつての月島を映し出す作品になっていると思います。街が魅力的という点で言えば、相米慎二監督の『セーラー服と機関銃』(81)で、ラストは薬師丸ひろ子さんが演じる星泉の引きのショットで終わるのですが、どこの街か分からないけれど、独特のカルチャーを感じるというようなところが大好きです。昔の新宿が映ったり、日本もムチャクチャ責めている時代があったと感じられるのが好きですね。
■光石研さんのように「またこれも出ているの?」というスタンスで。
――――落合さんは来年30歳を迎えますが、これからの役者人生で目標にしていることや、野望はありますか?
落合:色々な人に出会い、色々な作品に出たいという思いは、今までと変わりません。光石研さんのように、「またこれも出ているの?」というスタンスがいいですね。今までは、あれをやりたいとか、これをやりたいという欲があったのですが、30歳を前にして達観してきました。プライベートでは結婚したいと最近言っているのですが、結婚したい日としたくない日があるので、無理ですね(笑)
――――最後に、役者をしていて幸せだと思う瞬間は?
落合:撮影が終わった時、作品ができた時、みんなに観てもらった時、そして良い評価をいただけた時ですね。やはり『桐島、部活やめるってよ』の時は本当に反響が大きかったし、賞もいただいて、最高の瞬間でした。
(江口由美)
<作品情報>
『歩けない僕らは』(2018年 日本 37分)
監督・脚本・編集:佐藤快磨
出演:宇野愛海 落合モトキ 板橋駿谷 堀春菜 細川岳 門田宗大 山中聡 佐々木すみ江
11月23日(土)より新宿K’s cinema、11月30日(土)よりシアターセブン他にて全国順次公開
公式サイト:aruboku.net
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