『花様年華』に負けない!?231着のアオザイに女優陣も大喜び! ベトナムで大旋風を巻き起こしたファッションファンタジー『サイゴン・クチュール』グエン・ケイ監督インタビュー
アオザイ嫌いの娘と、9代続いたアオザイの仕立て屋をなんとか守ろうとする母。60年代と現代のホーチミン市(サイゴン)を舞台に、時代を彩るアオザイファッションをふんだんに盛り込み、女性の成長と母娘の絆をパワフルに描いたファッションファンタジー『サイゴン・クチュール』が、2019年12月21日(金)より新宿K’s cinema、2020年1月24日(金)より京都みなみ会館、1月25日(土)よりシネ・ヌーヴォ、来春元町映画館、他全国順次公開される。
監督はアメリカ、イギリス、日本で実績を積み、ベトナムでA TYPE MACINE(エー・タイプ・マシン) という脚本家集団を立ち上げ、そこからヒット作を多数輩出しているグエン・ケイ。ベトナムを代表する女優、プロデューサーのゴ・タイン・バンと組んでの第1作となる『サイゴン・クチュール』が大阪アジアン映画祭2018のコンペティション部門作品として日本初上映(映画祭タイトル『仕立て屋、サイゴンを生きる』)された他、大阪アジアン映画祭2019では脚本を担当したゴ・タイン・バン主演の『ハイ・フォン』(レ・ヴァン・キエ監督)が日本初上映されている。 ベトナムでアオザイ旋風を巻き起こした本作は、主演ニュイをベトナムの人気女優で、コメディエンヌとしても人気のニン・ズーン・ラン・ゴックが演じる他、ニュイの母をハリウッドにまで活躍の場を広げているゴ・タイン・バンが演じ、華やかな物語をグッと引き締める。伝統を踏まえ、革新の道を歩んで欲しいという母の気持ちをよそに、突っ走ってしまったニュイが、未来の自分と対峙したとき、どんな方法で危機的状況を切り抜けるのか。ベトナムの華やかなファッション業界の舞台裏や、伝統的なアオザイ仕立ての工程など、見どころがいっぱいだ。 日本での劇場公開を前に来日したグエン・ケイ監督に、お話を伺った。
■当たり前すぎて、大事にしていないアオザイや母娘関係が「特別なもの」であることを、伝えたかった。
――――本作の企画を立ち上げた当初からアオザイを題材にした母娘物語を想定していたのですか?
ケイ監督:そのとおりです。アオザイはベトナム社会の中であまりにも当たり前にある存在で、ベトナムの人はあまり大事に思っていなかったのです。ですから、皆が「アオザイがカワイイ!」と思う映画を作りたいと思いました。母娘の関係についても、日頃の親との関係が当然のように思って過ごしていますが、それが特別なものであることを、映画を通して若い人たちに観てもらいたかったのです。
――――アオザイが当たり前にあるというのは、古めかしい存在としてでしょうか。それとも、日常着過ぎてということでしょうか。
ケイ監督:例えば大阪は食べ物が美味しいですが、それを日々食べている地元の人は、他の地域の食べ物に比べて大阪の食べ物が美味しいということに気づきません。大阪の食べ物を当たり前のように食べているからです。それに大阪の女性はとてもエネルギッシュでパワフルですが、大阪にずっといると自分がそれだけの能力や役割があることに気づけないのではないでしょうか。私は世界の他の地域や、東京にも長く住んだことがあるので、大阪の女性のパワフルさが分かるのですが、みなさんはそれが普通だから気づかない。私も外国に住んだことがなければ、アオザイなんて普通の服だと思い、その良さに気づかなかったでしょう。
――――本作のエグゼクティブ・プロデューサーを務め、主人公ニュイの母親を演じたゴ・タイン・バンさんは、現在Netflixで配信中のアオザイアクション大作『ハイ・フォン: ママは元ギャング』でも製作兼主役で、見事なアクションを披露しています。グエン・ケイ監督は本作に引き続き、『ハイ・フォン』でも脚本を担当し、ゴ・タイン・バンさんとタッグを組んでおられますが、そのキャリアを教えていただけますか。
ケイ監督:ゴ・タイン・バンさんはベトナム人ですが、10歳でノルウェーに移住し、20歳の時にベトナムに帰国しました。そこからモデルとして活動を始め、歌手、女優、音楽プロデューサー、映画プロデューサーとして活躍し続けています。1本だけですが、監督作もあります。ハリウッドでも2〜3本出演作があり、中でも出世作となったのは『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』のペイジ・ティコ役です。
■ゴ・タイン・バンさんのアシスタントに、一緒に仕事ができる人だと見込まれて。
――――ベトナムを代表する女優であり、プロデューサーですね。グエン・ケイ監督とゴ・タイン・バンさんが一緒に仕事をするようになったきっかけは何ですか?
ケイ監督:19歳の時に『1735kg』という、かなりマニアックな映画で助監督と脚本を担当したのですが、ゴ・タイン・バンさんのアシスタント、SAMさんがこの映画の大ファンだったのです。アメリカではセレブのアシスタントというのはとても重要な役割を果たす人で、アシスタントが勧めてくれるということは、とても力があるのです。優秀な脚本を書ける才能のある人はたくさんいますが、バンさんと一緒に仕事ができるかどうかが重要で、SAMさんは私がバンさんとうまく仕事を進めていけると見込んで勧めてくださいました。ハリウッドやベトナムでは、一本の映画を作り終えるまで、一緒にいることができ、映画を作り終わってから街で出会った時にニッコリと笑いあえるかどうか。つまり、相性が合うかどうかという点がとても大事で、SAMさんはまさに仲人のような役割を果たしてくれました。バンさんと私が出会ってからもう10年になりますが、私のような若い映画人とはもう100人ぐらい会っているはずなのです。でもSAMさんがバンさんと一緒に仕事ができる人だと私を見込んでくださったおかげで、私の人生は全く違うものになりました。
――――アシスタントの方に見込まれて、実際にバンさんと一緒に仕事をする中でどんな気づきがありましたか?
ケイ監督:バンさんはとてもハイレベルのリクエストをされる人ですね。とても影響力があるので、錚々たるメンバーをキャスティングすることができ、そのおかげでこの映画が成功したと思います。
■一番好きな60年代、231着のアオザイに女優陣は大喜び!
――――本作は60年代と現代の2つの時代が登場しますが、60年代にフォーカスした理由は?
ケイ監督:60年代は、音楽やファッションといろいろな新しい息吹が爆発しました。政治的にも経済的にも世界で大きな動きがあり、特に1969年には人類が初めて月面に着陸し、私が一番好きな時代なのです。映画はとてもカラフルな60年代で始まりますが、(代々作り続けてきたアオザイを古臭いと嫌がる)ニュイは教訓を得なくていけないというわけで、現代にタイムスリップさせました。そこでニュイは、アン・カイン(2017年のニュイ)を見て、「もし傲慢なまま生きれば、40数年後の自分はこんなにひどい有様になる」と愕然とするわけです。
――――60年代のパートで、バンさんが演じるニュイの母が、自身のアオザイの店で仕立てをしているシーンは、ウォン・カーウァイ監督の『花様年華』を彷彿とさせる美しさがありました。同作の主演、マギー・チャンがチャイナドレスを何着も着替えていましたが、本作でも本当にたくさんの美しいアオザイが登場しますね。
ケイ監督:私の好きな映画です。よく気がついてくださいました(笑)本作の製作とコスチューム・デザインを担当したトゥイ・グエンさんは優秀なデザイナーで、彼女がアオザイをはじめとする衣装をデザインし、さらにその素敵な衣装を美しい出演者たちが来てくれたおかげで、この映画が成功したと思っています。『花様年華』ではマギー・チャンが39着のチャイナドレスを着ていましたが、この映画では231着のアオザイを用意しました。製作陣は疲れ果てましたが、女優たちは大喜びしていましたね。
――――確かに、ニュイを演じたニン・ズーン・ラン・ゴックさんは日替わりファッションをハツラツと着こなしていました。
ケイ監督:やはり俳優陣にどうやって楽しく演技をしてもらうかが重要で、綺麗な服を着てもらうといい演技になるので、毎日新しい服を着せていました。ゴックさんは毎日撮影現場に着くやいなや、「今日はどんな服を着られるの?」とウキウキしていましたね。
■主演級の女優がほぼノーギャラで出演。「いい映画に出たいなら、ギャラにはこだわらない」
――――一方、現在のニュイ、アン・カインを演じたホン・ヴァンさんはかなりベテランの女優です。
ケイ監督:ホン・ヴァンさんは、ベトナム芸能界で30年間トップスターの座を守っている人です。若い頃は、ニン・ズーン・ラン・ゴックさんを凌ぐぐらいの美人だったんですよ。今回の主要キャストは、本来ならそれぞれが主演できる女優が揃っています。そういう主演級の女優が一本の映画に集結するのは、特別なことなのです。ハリウッドでは、すごく高いギャラを払うか、タダかのどちらかしかないという言い方がありますが、今回は皆が、ほぼノーギャラで出演してくださいました。いい映画に出たいなら、ギャラにはこだわらないのです。
――――ほぼノーギャラとはすごいですね。企画、脚本や衣装のことを伝えた段階で、みなさん大いに興味を持ってくださったということですね。
ケイ監督:その通りです。ファッションだけではなく、家族の絆が描かれていますし、特に、今までファッション業界を描いたベトナムオリジナルの作品はありませんでしたから。やはりみなさん、いい役がやりたいのです。
■時代によって変遷するベトナム人にとってのアオザイ。
――――アオザイに対するベトナムの人の思いは、時代によって変化してきたのですか?
ケイ監督:50〜60年代は、皆、アオザイを常に着ていなくてはなりませんでした。家で祖母や母がアオザイ以外の服を着ることを許してくれなかったのです。ベトナム戦争後、アオザイを作る素材が入手困難だった時代になると、短いアオザイと下はズボンの作業着、アオババを着ていました。アメリカがベトナムへの禁輸政策を解除したのが94年で、ベトナム経済は、それ以降ずっと右肩上がりを続け、リーマンショックも関係がないほどでした。そのように経済が成長していく中で、ベトナム人は再びアオザイやハイブランドの服を着るようになったのです。
――――母娘の話に戻すと、ニュイがアオザイを嫌いな理由が、ニュイの母が仕立て屋の経営に必死だったため、幼いニュイに構ってあげられないという、子育て期の傷跡も滲ませています。一緒にいる時にはわからない、ビターな物語でもありますね。
ケイ監督:ニュイは傲慢な部分があり、伝統を大事にしないがために、アオザイを守ってきた母と仲違いしてしまいますが、それには小さい頃に家が貧しく、母が仕事ばかりして自分のことを気にしてもらえなかったという正当な理由がないと、物語として成り立ちません。そこは脚本家としての腕の見せどころで、うまく書けたみたいですね(笑)
――――そんなニュイが人生をやり直す機会を得るところが、彼女自身の頑張りどころにもなるわけですが、今回、一番盛り込みたかったことは?
ケイ監督:どんなに主人公が完璧な人間とは程遠くても、彼女が可哀想な存在であると思ってもらいたかったですし、彼女が努力をし、チャンスが来た時にはそれを掴んで、自分を、周りを変えていくところを観てもらいたかったのです。
■公開後の旧正月では新柄のアオザイを着る女子が急増、歴代ベトナム映画のトップテン入り。
――――アオザイの継承だけでなく、革新を見せてくれる作品であり、『サイゴン・クチュール』という作品自身も今までのベトナム映画の伝統を継承しながらも革新的な面を備えています。本作がベトナムで公開されたことで、ベトナム映画界やファッションにどんな影響を与えたのですか?
ケイ監督:私たちがびっくりするぐらい成功を収め、本当に嬉しかったです。アオザイは普通にあるものと思われていましたが、楽しいもの、素敵なものだと思ってもらえるようになりました。本作が公開された翌年の旧正月に、女の子たちが水玉や花柄タイルのアオザイを皆、着てくれたのです。
■『サイゴン・クチュール』の成功で、より大きなプロジェクトに着手できるようになった。
――――具体的に、どれぐらいの成功を収めたのか教えていただけますか?
ケイ監督:700億ドン(1ドン=0.005円換算で3.5億円)の興行収入で、歴代ベトナム映画のトップテン入りを果たしました。そして、何よりもこの映画の後、私の人生が大きく変わったのです。社会的にはベトナム女性はとても強いですが…。
――――ベトナム女性が強い立場にあることは知りませんでした。どちらかといえば、『第三夫人と髪飾り』(アッシュ・メイフェア監督)で描かれたように、一夫多妻制で、女性の人権が虐げられてきたイメージが強かったです。
ケイ監督:あれは北部の話です。南部のホーチミン市(サイゴン)は違います。一般的には女性が強いのですが、映画業界では男性の方が強く、損したような気持ちになることもありました。でも、『サイゴン・クチュール』が成功したおかげで、より大きなプロジェクトに手が届くようになりました。その後、私が脚本を手がけた『ハイ・フォン』はベトナム映画の歴代ベストワンです。また、12月20日に公開予定のヴィクター・ヴー監督(『草原に黄色い花を見つける』)最新作、『つぶらな瞳』にも携わっています。こちらもトップテンかベストツーあたりに入るヒット作になると思います。そして今私が、構想しているのは戦争映画です。大規模予算の映画なので、監督は別の方がするのですが、私に脚本とプロデュースの話が来ました。 様々な条件が揃い、夢への一歩を踏み出せそうです。
――――それは、おめでとうございます。女性監督で大規模予算の戦争映画を手がけることは難しいのが現状ですから、完成を楽しみにしています。最後に、日本の観客へメッセージをお願いします。
ケイ監督:日本の観客の皆様へ。若い方にはぜひ、自分の人生を愛することを感じてほしいし、伝統を守ってほしいと伝えたいです。またご年配の方々には、この映画を観て、ご自身の青春時代を懐かしく感じてもらう、新たに思い返してもらう機会になればと思います。
(江口由美)
<作品情報>
『サイゴン・クチュール』(2017年 ベトナム 100分)
原題:Cô Ba Sài Gòn 英題:The Tailor
監督:グエン・ケイ/チャン・ビュー・ロック
脚本:エー・タイプマシン
製作:ゴ・タイン・バン 主題歌:ドン・ニー
出演:ニン・ズーン・ラン・ゴック/ホン・ヴァン/ジエム・ミー/オアン・キエウ/S.T/ゴ・タイン・バン(ベロニカ・グゥ)
2019年12月21日(金)より新宿K’s cinema、2020年1月24日(金)より京都みなみ会館、1月25日(土)よりシネ・ヌーヴォ、来春元町映画館他全国順次公開
公式サイト→http://saigoncouture.com/
配給:ムービー・アクト・プロジェクト
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