「理想の装幀との出会いは、一瞬の衝動を起こす“劇”のようなもの」 『つつんで、ひらいて』菊地信義さん、広瀬奈々子監督、福島聡さん(ジュンク堂難波店店長)トークショー
1月11日から第七藝術劇場他で絶賛公開中の、広瀬奈々子監督(『夜明け』)によるドキュメンタリー映画『つつんで、ひらいて』。装幀家の父を持ちながらも、その仕事内容を知らなかったという広瀬監督は、実家の本棚にあった「装幀談義」を読み、著者で装幀家の菊地信義さんを撮りたいという気持ちが湧き上がったのだという。映画では菊地さんの仕事ぶりや生活に滲み出る哲学を丹念に映し出すだけでなく、本が出来上がるまでの過程をワクワクするような鮮やかさで見せる。本への興味がなお一層増す作品だ。
1月18日に第七藝術劇場で行われたトークショーでは、本編上映後に装幀家の菊地信義さん、広瀬奈々子監督、そしてジュンク堂難波店店長の福島聡さんが登壇し、1時間以上にわたり、本や本屋にまつわる興味深いトークを繰り広げた。装幀や本への熱い想いを語る菊地さんの言葉をはじめ、印象に残った内容を中心にご紹介したい。
■菊地さんが装幀に込められている思いと共通点があるのではないか。(福島)
―――オファーされた時のことを教えてください。
菊地:10年ぐらい前、一番働かされていた頃に映像化の依頼をいただいたが、まずは装幀家はこうあるべきという絵作りをして、企画書を持ってくる。そういう形で絵作りに協力する気は全くないので、全てお断りしました。今回も「またこれか」という思いがあり、最初はお断りしましたが、1ヶ月ほどして「映画を作らせてください」とまた広瀬監督がおっしゃったので、「やらせは一切しませんよ。あくまでもぼくの日常にカメラを向けるだけで何かが作れるのなら、どうぞ」という形でお引き受けしました。
福島:菊地さんが一生懸命作られた装幀を私は商売柄、カバーをかけるのですが、その時に本がお客様に届いて、菊地さんの仕事が完成しているのかなと思うのです。だから著者より装幀家の方が仕事的には近いと感じています。本屋に行ってこんな本があるのかと発見することが今は減っているのを、(書店側としては)なんとかしなくてはという思いがありますし、菊地さんが装幀に込められている思いと共通点があるのではないか。そう思いながら映画を楽しみましたし、本屋を離れた立場でも、本を作る中での色々なドラマがドキュメンタリーの中に描かれていて、とても面白い映画でした。
―――長回しで、じっとカメラが菊地さんを追っていましたが、被写体としてやりにくさはありましたか?
菊地:(1年という約束が、最終的には撮影に3年かかったが)1年目からごく素直にカメラの前にいました。独立してから40年間、人を雇って働いてきた銀座の事務所を昨年秋にたたみ、本当の意味で今はフリーになれたと思っています。ようやく鎌倉の自宅でこの1月から装幀の仕事をはじめました。それまでの2か月間はこの映画のためのプロモーションをしていましたから(笑)40代後半から50代の最盛期には1日3冊の装幀を3か月間やっていたこともありました。(パンフには1万5千冊と出ているが)シリーズ本もあるので、私自身が管理しているデータベースでは実際には2万冊弱の仕事をしています。
■目的のない人がふらっと立ち寄り本と出会うのが、本の出会いの理想(菊地)
―――本屋はどんどん減少していますが、その現状は?
福島:年間1000件ペースで本屋が減っていった時期があり、今はなくなる本屋の数もない状態です。昔は本を買わなくても、本屋に行くだけで楽しかったですが、そういう楽しみ方が減ってしまいました。本屋側も今はお客様に求められる本がすぐ見つかるのが良いという考え方になっています。よくマーケット・イン(お客様が求める本を入れろ)と言われますが、そうではなくて、プロダクト・インで何とかこれを読んでほしいという本を作り、お客様に手に取ってもらうようにすべきなのではないかと。
菊地:今は目的買いの本はネットで購入しますが、本屋の一番の価値は、目的のない人がふらっと立ち寄り、本と出会うのが、本の出会いの理想です。そういう理想的な本との出会いの時間が減ってしまいました。
■紙の本の最大のピンチの時代にこの映画を作ってもらい、本ができるまでの豊かな瞬間を見えるようにしてくれた。(菊地)
―――印刷の技術が減ってしまったようですね。
菊地:本来、本はモノですから、装幀の表現において一番大事なのは文字や絵を散らす畑である場、それが紙であり、その物質感なのです。バーコードなど、いくつかの理由はあるのですが、まずファンシーペーパーという色紙のカバーが一切使えなくなってしまった。特に私の携わっていた文芸関係は売れ筋中心の物作りで、テキストが物語ばかりなので、昔は挿絵(イラスト)や書き文字という作家性のあるものがカバーを飾っていましたが、最近はキャリアがなくても簡単にパソコンで文字やイラストが作れますから、作家性がないものがカバーを覆ってしまっています。グルメ番組で、美味しいとか、甘いなどしか言わないように、怖いとか楽しいという簡単なメッセージだけがカバーに盛られる本が蔓延っています。そうなると、一番大事な物質感を表現する見返しや本表紙の紙がどんどん使われなくなり、この数年間紙屋さんが僕のところにくるのは、廃番のお知らせなのです。「この紙は廃番にします」「この色は使えなくなります」と。
そういう意味では、今は紙の本の最大のピンチの時代です。本当にこの映画を今、作ってもらえるのは、40年頑張ってきて良かったと思います。ギリギリのところで広瀬監督は、カメラの前で、本を作るところが見えるようにしてくれた。編集者の人たちは知っている、本ができるまでの豊かな瞬間を、たくさんの人に見えるようにしてくれた。製本の過程で、大きなSLのような機械がガッチャンガッチャンと形にしていく。ああいうところのカメラはすごくいい。僕は彼女のああいう面が大好きなんだ。僕自身が、製本過程の絵作りにはすごく感動しました。
■言葉をできるだけ引き、菊地さんの指先と紙を見つめる。(広瀬)
―――映画を撮られて、菊地さんの仕事のどんなところに魅力を感じましたか?
広瀬:言葉がないです。取材対象にこんな風に言っていただけるのは本当に幸せなことだと思います。映画の最後に受注仕事の中のクリエイティブについて、失礼ながら質問させていただきましたが、菊地さん自身の生き方が作品を持ってくる。菊地さんのモノへの執着が依頼を作っているのかなと思います。
―――この映画も目的を持ってというよりは、菊地さんと一緒に過ごしているようなドキュメンタリーですが、余白を意識しましたか?
広瀬:本当にたくさんの言葉をいただき、映画では抱えきれないとお会いした段階から思っていました。菊地さんの全てを映すことはできませんし、そうすることがいかに失礼なことであるかとも思っていましたので、言葉をできるだけ引いていこう。そうすることが、一番嘘がないと思いました。菊地さんの指先と紙を見つめていこうと。
■理想の装幀との出会いは、消費者から生産者に変わる劇となる。
―――余白は装幀にも通じるところがあるのでしょうか?
菊地:理想の装幀は、言葉を装幀から取ることです。平台に置いた時、一瞬にしていい本だと思ってもらう瞬間をどう作るか。表紙は著者名もあればタイトルも、膨大な広告もあるけれど、理想の装幀はそういうことが一瞬で消える。平台で「ああいい本だ」と思う出会いから、レジでカバーをかけられるまでのわずかな時間で勝負するのが装幀の仕事だと思ってやり続けています。つまり、一瞬の瞬間芸なんです。
理想の装幀との出会いは、一瞬の衝動を起こすこと。僕はそれを劇だと思っているんです。「何だろう?なぜ、この装幀に惹かれるの?何、私って?読んでみようかな」と。その一瞬が消費者から生産者に変わる劇なのです。何かに感じてしまった自分を、自分で問い返すことで、まさに私というものが立ちあがるのです。読むということは、一瞬立ち上がった私を見つけるための行為として始まる。そういう意味では、ある種の余白がないと装幀はだめだと思います。それは、消費者から生産者に変わる瞬間の余白であり、福島さん(書店員)にカバーをかけられる前の余白なのです。
■紙の本の使命、装幀家の存在意義、そして未来について〜印象的な言葉たち
福島:私は、書店は劇場だと思っています。お客様が演出家であり役者だとすれば、私たち書店員は観客で、役者のお客様がほんと出会う瞬間が持てるように私たちは裏方として支えたいのです。
菊地:今日会場にいる、(菊地さんの弟子で装幀家の)水戸部さんはパソコンでしかできないことを、紙に落とし込んでいます。本は非常にミニマムな表現であり、いかに消費者を生産者にするか。本の需要は減っていっても、今は小さな一人出版社が増えており、装幀という表現は絶対に消えることはありません。
福島:本の一番大事な指名は残っていくことです。デジタルは版元が倒産すれば、どうすることもできませんが、紙の本は一度誰かの手に渡れば、どこかで残ります。
菊地:本を読む時に、触感はとても大事です。手で本を読む時にはドラマがあり、厚みの変化を感じる。手が感じているのは官能なのです。また、積ん読もまさに読書で、本の背はポエムです。本棚で、みなさんは詩を作っているのです。そこに新たな意味が絶対に生まれます。買っただけで読まなくても、その本を買ってしまった自分の証であり、本棚にさしておくだけでもご利益があります。
<作品情報>
『つつんで、ひらいて』(2019年 日本 94分)
監督・撮影・編集:広瀬奈々子
出演:菊地信義、水戸部功、古井由吉他
現在、第七藝術劇場、シアターセブン、神戸アートビレッジセンターで絶賛公開中、 1月24日(金)〜出町座他全国順次公開
公式サイト⇒https://www.magichour.co.jp/tsutsunde/
© 2019『つつんで、ひらいて』製作委員会
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