「一人ひとりの子どもの世界を味わってほしい」 『ゆうやけ子どもクラブ!』井手洋子監督インタビュー
東京都小平市で1978年に、障害を持つ子どもたちの放課後活動を支援する場所として誕生したゆうやけ子どもクラブ。全国1万3千カ所ある放課後活動の草分け的存在であるゆうやけ子どもクラブと、日々そこで指導員とともに遊び、少しずつ成長していく子どもたちを描くドキュメンタリー映画『ゆうやけ子どもクラブ!』が、2月15日(土)よりシネ・ヌーヴォX(2月29日よりシネ・ヌーヴォ)、2月29日(土)より元町映画館、3月7日(土)より京都シネマ他全国順次公開で全国順次公開される。
『ショージとタカオ』の井手洋子監督が2017年冬から2019年3月までゆうやけ子どもクラブの活動に密着したこの映画では、子どもたち一人ひとりに寄り添い、 受け入れ、見守る指導員たちの姿や、同クラブに子どもを通わせている保護者のイキイキした姿も映し出され、障害者の子どもを持つ親にとっても、かけがえのない場所であることが伝わってくる。2019年に障害者福祉の報酬費改定に伴う新基準ができるということで、存続の危機にも直面し、福祉の現場の知られざる一面も映し出されている。 本作の井手洋子監督にお話を伺った。
――――まず、井手監督がドキュメンタリー監督になったきっかけを教えてください。
井手:学生時代からアナウンス研究会に所属し、アナウンスの成果を発表するために放送番組のような作品を作っていました。そのときに、演じるというよりは、作品作りに携わる仕事をしていきたい気持ちが強くなったのです。私は新藤兼人監督の『裸の島』やエルマンノ・オルミ監督の『木靴の樹』を観て、劇映画の監督を志していましたが、80年代の日本では女性監督の存在は皆無に等しかったのです。助監督を希望しても「スクリプターなら紹介します」と言われ、女性は役に立たないと相手にもしてもらえなかった。一方、ドキュメンタリーの監督であれば日本でも女性の方がいたので、大学卒業後に女性監督に師事し、映像業界へ入りました。
――――いつ頃、監督デビューされたのですか?
井手:横浜にある私立の障害を持つ子どもたちの学校のプロモーション映画を作るのが最初の仕事でした。本作にも通じますが、「この子はダウン症」とか、子どもたちそれぞれの障害について言う前に、彼らは一人の少年であり、少女である。ですから、そういう言葉を一切入れずに作りました。実際には、ご覧になった方から、もっと社会的意義を伝えるようにとご批判を受け、私にはこういうテーマは実力外で無理なのかと、以来それがメインになる仕事はずっと避けてきました。
■撮影という形で自閉症の子どものことを知り、身構えず接することができるように。
――――なるほど、デビュー当時の仕事で、すでに障害を持つ子どもに密着する経験をしていたのですね。
井手:助監督時代にも、チナミちゃんという自閉症の女の子を1年以上追いかける記録映像に携わったので、これらの経験のおかげでたまに電車で障害のある子どもが騒いでいるのを見かけても「機嫌がいいんだな」と思えるようになりました。実際に撮影という形で彼らのことを知ることができたことで、身構えないで接することができるようになりましたね。
――――今回、撮影を依頼されるに至ったきっかけは?
井手:前作の『ショージとタカオ』を見てくださったゆうやけ子どもクラブの代表の村岡さんから連絡をいただき、劇映画の中でも登場するコンサートのために、30分程の紹介ビデオを撮ってほしいと言われたのです。過去に他所でボランティアで作ったこともあるのですが、そうなると一度上映しただけで終わる等、作品をあまり大事にしてもらえないケースが多く、そうはなりたくないとまず伝えました。やはり30分ではなかなか子どものことを描ききれないので、「1時間ぐらいの映画を作りましょう。そのためには製作資金が必要になります。そういう覚悟を持ってください」と村岡さんにお願いし、実行委員会の保護者の方達と議論して、寄付金を集めて下さいました。それを元に、映画を作りあげた形です。
――――映画では保護者も含め、タブーなく顔出しで映っておられますね。
井手:私の自主制作となれば難しかったかもしれませんが、今回はゆうやけ子どもクラブを紹介する映画だと職員から説明してもらったので、通われている保護者の方も納得してくださいました。ただお名前を仮名にするのは嫌だったので、普段の呼び名を使わせていただけるように、保護者の皆さんにお願いしました。障害のある子どもたちが雑誌などの媒体で公に紹介される際には、その子どもや家族が差別や偏見などを受けてしまわないように、名前と顔が一致することはできるだけ避けるということが通常のようですが、映画ではできるだけ自然なかたちで子供達を紹介したいと考えました。
■「一緒に飛んでいくつもりでやりましょう」代表村岡さんの言葉が撮影のテーマに。
――――依頼がきっかけの撮影ですが、順調でしたか?
井手:とにかく、職員の方は「これを撮ってほしい」とか「私たちはこういう方針だ」というアピールを一切しないんです。ただゆうやけ子どもクラブの活動を撮ってほしいと依頼されただけなので、主人公も決めにくく、何を取っ掛かりに撮ればいいのか、ずっと悩んでいました。あるとき、放課後に子どもたちと過ごす以外に、昼間は何をやっているのだろうかと思い、訪ねてみると、正規職員が集まる職員研修会があり、最近問題がある子どもに対し、どう働きかけをしたらいいのか、過去の資料を遡りながら、輪読したり、議論しているのです。「放課後活動はここまでと線引きをするのではなく、その子どもの探究心に沿って、一緒に飛んでいくつもりでやりましょう。そういう腹の括り方が放課後活動なんですよ」と代表の村岡さんがおっしゃるのを聞き、ハッとしました。
――――「一緒に飛んでいくつもり」というのが、ゆうやけ子どもクラブの姿勢なのですね。
井手:そうなのです。撮影をしていて、なぜこんなに甘やかすのかと最初思っていました。例えば夕方に指導員と一緒にダンボールで工作をするのですが、ただ指導員が作ってあげるだけのように見えていました。また、あまり怒らないので、もう少し注意すべきところは言ってあげた方がいいのではないかと。でも、今まで甘やかしていると思っていた光景が、職員の皆さんは子どもたちと一緒に飛んでいる瞬間だったと気づいたのです。それまではカメラマンになかなか指示ができなかったのですが、そこからは「飛んでいく」つもりで撮っていきました。
■大きな家族のようなゆうやけ子どもクラブ。
――――押し付けられているのではなく、自分がやりたいことに寄り添ってくれる。家族のように寄り添ってくれる場所は、親子共にとって本当に必要な場所だと痛感します。
井手:子どもは一直線に成長するのではなく、障害を持っている子どもは特に、行きつ戻りつします。「大きな家族のような関係を目指す」というゆうやけ子どもクラブの目標を綺麗事のように感じていたのですが、クラブの運動会でヒカル君のお父さんが、孤独なお母さんがたくさんいて、妻も悩んでいたと話してくださったシーンがあります。そんなお母さんたちが集まって、バザーの準備をする中で共におしゃべりをしたり、毎日のお迎えで職員と触れ合ったり、様々な活動を通して、子ども、保護者、職員が大きな家族のようになっていくのだと実感しました。
■ゆうやけ子どもクラブを立体的に描き、外の世界が見えてくるような映画を目指す。
――――どのような方針で編集されたのですか?
井手:ドキュメンタリーは、本来は主人公一人の日常生活に密着して描くと観客に伝わりやすくいい感じになります。私も初めは、イベントなどの非日常活動は入れないようにしようと思っていました。実際、編集の時に、運動会やバザーを除外しようかどうか迷いました。“ホームムービーみたいだね”って観た人から言われるのじゃないかと思って。でも、イベントもゆうやけ子どもクラブの重要な要素なので、ここは勇気を持って入れることにしました。子どもの世界だけを描くのではなく、いろんな角度からゆうやけ子どもクラブを見てもらいたかったので、イベントでの父母会の交流や、存続の危機に直面した時の職員の話し合いも入れたのです。映画の観客はフレームの中の世界を味わう訳ですが、そこを見観ているうちに、ゆうやけ子どもクラブを取り囲む外の世界が見えてくるような映画を目指しました。
――――ゆうやけ子どもクラブは高校生までが通えるクラブですが、卒業後はどうしているのでしょうか?
井手:作業所に行く子たちもいるので、村岡さんは様子が気になる子を時々訪ねたりもするそうです。やはりいくらゆうやけ子どもクラブが素晴らしいことをしていても、一歩外に出ると厳しい社会が待っています。日頃障害者に接する機会のない人が、映画を通して、少しでも彼らのことを理解し、何かを感じていただけるとうれしいですね。よく「ダイバーシティ」とか「多様性」と謳われますが、では多様性って一体何なのと考えた時、障害を持つ子どもたちのことをまず知るということが、初めの一歩ではないかと。自分たちの足元のことを考えてみたいという思いで、この作品を作りました。 映画の後半、3人の子どもにフューチャーしていますが、それぞれの子どもの世界を味わってもらえればと思っています。
――――3人共、本当に違うこだわりを持ち、個性が際立っていました。職員と1対1でお散歩に出かけている姿も印象的でしたが。
井手:デビュー時に自閉症の子どもに密着したので、自閉症については自分は理解していると思っていましたが、今回撮影して、自閉症でも一人一人全く違うことが分かりました。 放課後デイサービスでは、通常は子ども8人に対して指導員1人という基準ですが、ゆうやけ子どもクラブは、できるだけ子ども2人か1人に対して指導員が1人という配置にしています。ただ注目していただきたいのは、映画の最後につけた字幕です。40人の職員のうち正規職員は8人で、あとは全て非正規職員(アルバイト)なのです。
■「これで終われる」と手応えを掴んだ、子どもの成長の兆し。
――――村岡さんをはじめ、指導員職員の方々の尽力で40年以上も続いているゆうやけ子どもクラブと、そこに通う子どもたち、一人ひとりの成長を見観る者も感じ取ることができました。
井手:ドキュメンタリーは終わり方が難しいのですが、目標として子どもの成長の兆しが少しでも見えればと思っていました。1年半の撮影で、ヒカル君が、ずっと加わることができなかった子どもたちの輪に入った時、これで終われるという手応えをつかめましたね。
――――最後に、これからこの映画をご覧になる皆さんに、メッセージをお願いします。
井手:福祉の映画となると敬遠される方も多いと思いますが、一人ひとりの子どもの世界をぜひ味わって、楽しんでいただきたいです。お隣の人の話と思って、楽しんでください。
<作品情報>
『ゆうやけ子どもクラブ!』(2019年 日本 112分)
監督・製作・撮影:井手洋子
出演:村岡真治他
2020年2月15日(土)~シネ・ヌーヴォX(2月29日〜シネ・ヌーヴォ)、2月29日(土)〜元町映画館、3月7日(土)〜京都シネマ他全国順次公開
※シネ・ヌーヴォX 2月15日(土) 井手洋子監督挨拶 3月1日(日) 村岡真治さん挨拶(ゆうやけ子どもクラブ代表)
※元町映画館 2月29日(土) 村岡真治さん(ゆうやけ子どもクラブ代表)、井手洋子監督挨拶
※京都シネマ 3月7日(土) 井手洋子監督挨拶 3月8日(日) 桜井菜穂さん挨拶(ゆうやけ子どもクラブ職員)
公式サイト⇒https://www.yuyake-kodomo-club.com/
©井手商店映画部
問い合わせ/井手商店映画部 03-6383-4472
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