台湾版『ブエノスアイレス』に込めた、LGBTQが認められるまでの歴史。 『君の心に刻んだ名前』リウ・クァンフイ監督インタビュー


 第15回大阪アジアン映画祭で、コンペティション部門のリウ・クァンフイ監督作『君の心に刻んだ名前』が世界初上映され、現代パートの主人公アハンを演じたレオン・ダイが見事、薬師真珠賞(上映されたすべての作品の出演者を対象に、薬師真珠が最も輝きを放っていると評価した俳優に授与)に輝いた。

受賞理由:主人公青年の中年時代を、繊細さと緻密にコントロールされた情念で説得力たっぷりに演じきり、『君の心に刻んだ名前』に核心的な深みと陰影を与えた。彼の演技人生の新しい一頁がここに記されたことは、間違いない。


 戒厳令解除直後の時代を舞台に、規律が厳しいキリスト教系男子高校のアハン(エドワード・チェン)とバーディ(ツェン・ジンホア)の友情が愛に変わる様子や、胸をかきむしられるような切ない日々、そして二人の30年後を情熱的に描いている。当時の学校行事や、蒋経国総統追悼式など、抑圧された台湾の様子を当時の音楽を交えながら、リアルに描き出し、LGBTQが合法化される前の非常に生きづらかった台湾の雰囲気を見事に映し出している。

 本作のリウ・クァンフイ監督に、台湾でのLGBTQが認められるまでの歴史も含め、お話を伺った。



■「そろそろ自分の話を撮ってはどうか」プロデューサーの声に背中を押され。

――――本作が世界初上映された3月14日にリウ監督は50歳のお誕生日を迎えられたそうですね。テレビドラマのキャリアも非常に長いと伺いましたが、まさに満を持してのタイミングで、この題材に取り組んだ理由を教えてください。

リウ監督:以前はドラマをたくさん撮り、映画も長編を撮りましたが、いずれも他人の物語でした。この話を作る前も2本ほどシノプシスやおおまかな脚本を用意していましたが、それをプロデューサーに見せると、「あなたはもうすぐ50歳なのに、また他人の話を撮るの?そろそろ自分の話を撮ってはどうか」と提案されたのです。改めてシノプシスを書いたり、脚本家に頼んだりしたのですが、どれも上手くいかなかった。そこでプロデューサーのチュウ・ヨウニン(CHU Yu-ning)が、それなら自分が書こうかと申し出てくれ、僕の実話を基に、脚本を書いてくれました。彼は僕の高校の同級生なので、同じ時代の高校生活や、背景をよく理解し、自分の話を描くにのまさに適した脚本家だったと思います。


――――リウ監督の年齢をお聞きした時点で、この物語はかなり監督ご自身の実体験が反映されているのではないかと直感しました。厳戒令解除直後のカトリック系男子校という規律の厳しい学校が舞台になっていますが、実際にどの部分が監督の実体験で、どの部分がフィクションとして膨らませたものなのでしょうか?

リウ監督:主役のアハンと彼と愛し合う同級生のバーディ、そして吹奏楽部の顧問であるカナダ人神父は実在の人物を基にしています。バーディが戒厳令解除の翌年に入学してきた新入生女子のバンバンと恋仲になるのはフィクションですが、途中でバーディが生徒たちの前で飛び降りるシーンは、脚本を書いたシウプロデューサー自身の体験で、彼は高校時代好きな女の子の前で、勇気があることを示すために飛び降りたそうです。その頃僕は男子が好きだったので、二人の高校時代の話を織り交ぜ、アハンとバーディ、バンバンの関係に変化を与えるエピソードとして挿入しました。


――――冒頭を含め、何度もアハンが神父の元に通い、男子同士愛し合うことが罪なのかと、自らの苦しい胸の内を明かします。同性愛への偏見が非常に強く、誰にも相談できない当時、神父の存在はアハンの唯一の救いだったのでは?

リウ監督:神父といえば、優しくて慈悲深く、心の悩みを告白すれば助けてくれるような存在というのが一般的なイメージです。カトリックというのもこの映画の中では大きな意味を持っています。つまりカトリック教会は強大な権力を持ち、人々を監視しています。神父についても両面性があり、神様に尽くす一方、神様に監視されたのです。映画で登場する神父も、実は若い頃男性が好きだったことが明かされますが、その時にカトリックの強力な両面性が浮き彫りになる訳です。



■LGBTQが台湾で認められるまでの30年の歴史は非常に長い。もっとこれから改善してほしいという気持ちを込めて。

――――1988年、蒋経国総統が死去し、アハンとバーディが台北の追悼式に参加した後、ゲイ抑圧に反対するパネルを掲げた男性が警察に連行されるのを目撃しますが、当時、同性愛者は罪に問われる状況だったのでしょうか。

リウ監督:戒厳令解除後、言論の自由を取り戻し、新聞や雑誌が自由に報道できるようになったり、若い人なら長髪ができるとか、男女共学が認められるなど、社会的には少しずつ良い方向に進んでいきました。ただしゲイなどの同性愛者に対しての差別は全くなくなりませんでした。映画の中で二人が台北の追悼式に出席しますが、これも権力の象徴で、当時の台湾は社会的に影響力のある人が亡くなると、皆、泣かなければいけないという馬鹿馬鹿しい部分も描いています。街頭に立っていた女装した男性は、チー・ジャーウェイという実在の人物です。彼を入れることで自由な時代と皆が思っていた当時も、同性愛者は全然自由ではなく、差別を受け続けていることを見てとれるでしょう。LGBTQが台湾で昨年認められるようになりましたが、そこに到るまでの30年という歴史は非常に長く、ようやくその成果が現れてきた。これからの人々にはLGBTQの状況をもっと改善してほしい。そういう気持ちもこの作品には込められているのです。


■エドワード・チェンとツェン・ジンホア、役作りで温泉での裸の付き合いも。

――――戒厳令解除後の時代に、同性を愛する喜びと苦悩を体現する役を演じるにあたり、アハンとバーディを、エドワード・チェンさん、ツェン・ジンホアさんにどのような演出をしたのですか?

リウ監督:キャスティングが決まった後、1ヶ月半の間、二人を同じアパートに住まわせましたが、最初は本当に他人行儀でしたね。やはりこの役を演じるには、内面を理解する訓練が必要だと思い、台湾のLGBTQ団体を訪れ、年輩方などから置かれている状況であったり、気持ちの面の話を聞かせてもらうことをやりました。またゲイバーに二人を連れて行き、ただ居るだけではなく、そこに居る人と話して友達になるように課題を出しました。30分もすると二人がいなくなってしまったので、後で話を聞くと、すぐに打ち解けて、お酒をおごってもらったそうで、「ゲイっていい人たちだね」と。そういう体験をするうちに、だんだん心を解き放っていきました。また、2〜3日おきに、それぞれの役柄の立場で日記を書き、交換して読ませたりもしました。最後は温泉に連れていき、裸の付き合いもしてもらったのですが、今の若い台湾人は人前で裸になれなくて、すぐに隠そうとしてしまうのです。そういう意味では、日本の裸の文化と、台湾の裸の文化は若干違うのかもしれませんね(笑)


――――世界初上映後、観客の皆さんが「私はアハンがいい」「私はバーディ派」と口々におっしゃるぐらい、ずっと見ていたくなるような魅力がありました。

リウ監督:二人には『ブエノスアイレス』を見るようにとも言いましたね。君たちは現代のトニー・レオンとレスリー・チャンだよと。


■世の中は無常という気持ちが現れている名曲「この世界」(這個世界)

――――なるほど、映画でのあの親密さが生まれるまでに、丁寧な役作りをされたのですね。この作品のもう一つの特徴は、時代を彩る音楽が随所に盛り込まれていることです。ボビー・チェン(「混雑した楽園」)や、学校の軍事行進コンテストでバーディが歌った歌など、印象的なものが数々ありました。

リウ監督:最初、この映画のタイトルもボビー・チェン(陳昇)の歌のタイトル「混雑した楽園」(擁擠的樂園)にしようかと思いましたが、俗っぽすぎるのでやめました(笑)。当時は文化青年、つまり若いのに結構大人ぶっているようなタイプの人が多く、女性小説家の三毛の作品や映画など、大人っぽい作品が大流行りだったんです。もう一つ、「この世界」(這個世界)というバーディが歌った曲には「この世界はどこか希望がある」という歌詞がありますが、この曲を書いたツァイ・ラン・シン(蔡藍欽)は、すごく才能のある方でした。でも、このアルバムを1枚出したきり、20代で亡くなってしまったのです。ダメだとわかっているけれど、将来はよくなるのではないかという希望を歌っている歌で、この曲の内容を聞くと、当時の同性愛に対する気持ちや、戒厳令解除に触れている気がします。世の中は無常だという気持ちが、すごくこの時代に合っていると思いました。


――――全編を彩るジャズの音楽も、甘く切ないノスタルジーな雰囲気を醸し出していましたね。

リウ監督:冒頭で登場するレコートジャケットにはナイアガラの滝が描かれており、それが30年後のパートに繋がっていくわけですが、その音楽が管楽器演奏者による「ダニーボーイ」で、30年後パートの音楽にも使われています。


■ゲイ役に初チャレンジのレオン・ダイ、現場ではワン・シーシェンにアプローチ。

――――ラストに登場する現代パートでは、中年期を迎えたアハンを、台湾の名俳優、レオン・ダイが演じています。ブランクの期間があったレオンさんの久々の映画出演ですが、オファーの経緯や、現場でのエピソードを教えてください。

リウ監督:この映画では30年前の話だけではなく、30年後の時間、愛情という無常のものを描きたかったのです。30年前愛してくれたあなたは、まだ自分のことを愛しているのかと。レオン・ダイさんは、年は僕より上ですが、大学の後輩なんです。彼はハンサムなだけではなく、顔にシワなど時間の経過が刻まれています。オファーした時には、ゲイの役はしたことがないからチャレンジしたいと快諾してくれました。現場では、バーディの中年期を演じるワン・シーシェンさんにいつもアプローチをしていて(笑)この二人はプロですから、ただじゃれ合うだけではなく、もう少し様々なニュアンスを出してほしいとアドバイスすると、レオンさんが僕のところにやってきて「今のこの仕草は、女性っぽくなりすぎた?」と聞いたりすることもありました。僕やレオンさんは芸術系大学でアートを学んでいたので、周りに同性愛者もいましたし、彼も気負わず自然に演じてくれました。やはり30年後に再会した時、レオンさん演じるアハンが言った「一緒に歩きましょうか」という言葉に尽きる。そういう気持ちですね。


――――最後に、エンドクレジットで台湾の有名クリエーター、方序中さんのお名前がありましたが、本作では何を担当されたのですか?

リウ監督:方序中さんには、国際版のポスターを担当してもらいました。アハンとバーディが水の中にいるデザインで、不安な感じが出ています。水中において大事なことは、呼吸しなければいけないということ。当時はまさに、呼吸困難な時代でしたから、このポスターには、そういうイメージも込めています。

(Yumi Eguchi /江口由美)


<作品情報>

『君の心に刻んだ名前』“Your Name Engraved Herein” [刻在你心底的名字]

2020年/台湾/113分

監督:リウ・クァンフイ(柳廣輝)

出演:エドワード・チェン(陳昊森)、ツェン・ジンホア(曾敬驊)、レオン・ダイ(戴立忍)、ワン・シーシェン(王識賢)