女子高生と後ろ向きに歩く男が、モノクロの世界で織りなす壮大な映像詩。 『コントラ』アンシュル・チョウハン監督、円井わん、間瀬英正インタビュー

 円井わんスタイリスト:石垣陽輔(GAKKY)

 

 第15回大阪アジアン映画祭で、コンペティション部門のアンシュル・チョウハン監督作『コントラ』がアジア初上映され、主演の間瀬英正が見事、最優秀男優賞を受賞した。アンシュル・チョウハン監督の長編デビュー作『東京不穏詩』(OAFF2018)で、主演の飯島珠奈が最優秀女優賞を受賞したのに続く快挙だ。

<授賞理由>
映画全体の狂気を体現し、緊張感を絶やさず、強烈なインパクトを与えてくれた。


 死んだ祖父が遺した戦中日記で山中の遺品の存在を知った、父と二人暮らしの女子高生、ソラ(円井わん)。ひょんなことから、後ろ向きで歩き続ける裸足の男(間瀬英正)が出会い、父と男と3人の疑似家族のような生活が始まる。父とうまく向き合えない反抗心を抱えたソラも、後ろ向きで歩く男に何かシンパシーを感じ、口を聞かぬ男の真意を読み取ろうとコミュニケーションを試みる。歴史の彼方から現れたような男と、祖父の戦中日記から読み取る第二次世界大戦の記憶。田舎の小都市を舞台に、日本在住の撮影監督マックス・ゴロミドフによる全編モノクロの映像と、時より押し寄せるような音楽が、現在の物語でありながら、時空を超えるような広がりを感じさせる。緊張感漂う中に、ふっとしたユーモアを盛り込み、アンシュル・チョウハン監督作品ならでは味わいを感じさせる壮大な映像詩だ。

 本作のアンシュル・チョウハン監督、そして、まさに目が離せない演技をみせた主演の円井わんさん、間瀬英正さんにお話を伺った。


――――『東京不穏詩』(OAFF2018)から2年ぶりとなるコンペティション部門入選ですが、まずは、アジア初上映後の感想をお聞かせください。

アンシュル監督:2018年12月に撮影した作品で日本語の映画なので、日本の観客の皆さんにお見せすることができ、とても嬉しく思います。『東京不穏詩』はヨーロッパでも上映しましたが、西側諸国と東側諸国とでは観客の反応が違い、日本の観客の感想を伺うことができたのは、とてもいい体験になりました。

円井:大阪出身なので、地元でアジアプレミア上映できることが嬉しいですし、海外では何度か上映され、反応が掴めましたが、日本の方が観て、どのような反応をされるのか不安な部分もあります。アンシュル監督のユーモアも入り、海外クルーの方と作った作品なので、果たして受け入れられるのか、楽しみあり、不安ありでした。今日のお客さまの反応を見て、「うわぁ、良かったな」と思い、それも相まって涙が出たのかもしれません。

間瀬:後ろ向きに歩くのは、かなり練習しました。この役は表現が難しい役で、撮影前からアンシュル監督のところに通い、たくさん質問をして、実際に演技をしては「やりすぎ」とか「何をやっているか分からない」と指摘を受け、人物の落とし込みをしていきました。当時は監督のオーダーに応えられるかどうか不安でしたが、お客さまの反応を見て、「ちょっといいものに、なっているかもしれないな」とホッとしています。


■円井さん、間瀬さんがいなければ、この作品はできなかった。(アンシュル監督)

――――円井さん、間瀬さんお二人でホッとなさったんですね。非常にオリジナリティが高い作品ですが、企画の経緯について教えてください。

アンシュル監督:実はこの映画を撮る前に、別の映画制作を行うべく、企画を出し、脚本を書き、プリプロダクション、キャスティングまで行っていたのですが、最終的に金銭的な理由で撮れなくなってしまったのです。それはきちんとした映画制作のシステムに添い、プロデューサーを探し、オーディションしてキャスティングを進め、上手くいかなかったので、今回は反対にシステムに抗う作り方をしました。また今回は自分のファミリーストーリーも含まれているので、とにかく撮りたい気持ちが大きかった時期にはちょうど良かったです。中でも詳しくは言えませんが、あるシーンは、キャンセルになった作品の中にも出て来てて、なんとしてでも撮りたいシーンだったので、本作で実現させました。もう一つ、僕が映画を撮るときは、キャスティングをし、その人に合わせて当て書きをするので、円井さん、間瀬さんがいなければ、この作品はできなかったですね。


■高校生の目を通して、歴史や第二次世界大戦のことを描きたい。(アンシュル監督)

――――エンドクレジットで「第二次世界大戦に従軍した学生兵士と、まだ見ぬ祖父に捧ぐ」という言葉がありましたが、それも含めて、どのようなファミリーストーリーが込められているのですか?

アンシュル監督:祖父が亡くなった翌日に僕が生まれたので「まだ見ぬ祖父に捧ぐ」と記しています。私は軍の学校に通い、軍の大変さを経験していますし、私の家族も代々、軍に入隊経験があり、その部分がファミリーストーリーと繋がっています。私は歴史も好きで、よく本を読むのですが、今の日本の若者たちは戦争に興味を持っていなければ、戦争のことをほとんど知りません。今の日本の若い世代の監督は高校生をロマンチックな映画の中の登場人物として描きますが、私は高校生の目を通して、歴史や第二次世界大戦のことを描きたいと思いました。また僕はアニメーション作家でもあるのですが、今回は間瀬さんがアーティストでもあるので、劇中で出てくる祖父の戦中日記の絵を描いてもらいました。


――――後ろ向きに歩く男のアイデアはどこから来たのですか?

アンシュル監督:精神に何かしらの異常をきたした時、後ろ向きに歩く人は実際にいると以前本で読んだことがあり、それにインスパイアされて間瀬さんの役を作りました。亡くなっても、満足のいく形で成仏せずにこの世を彷徨う霊の存在はアジア的考え方の中にありますが、後ろ向きに歩く男もそれを具現化したものと言えます。


――――アンシュル監督との出会いや、ソラ役を演じるにあたりどのような指導があったのか教えてください。

円井:私が役者を始めてすぐの時に一度お仕事をし、その後Facebookで私の活動を見てくれ、撮る予定だった作品のオーディションに誘ってくれたのです。その映画は制作自体が中止になったのですが、再度声をかけていただき、『コントラ』のソラ役をやらないかというオファーを直接いただきました。実際、ソラはほとんど私に当て書きのキャラクターなので、アンシュル監督からは「大体のあらすじが分かったら、台本を見ないで」と指示をされました。だから、結構現場ではアドリブが多いんです。それにほぼ順撮りだったので、最初の演技はとても硬いように見えるけれど、ある意味それがソラの成長にも見えてくる。アンシュル監督独特のキャラクター作りであり、才能だと思いました。


■考えたことを全部捨て、ソラとして必死に生きる。(円井)

――――アドリブが多かったとのことですが、現場ではどのように演じたのですか?

円井:考えてやろうとしたのですが、考えすぎると逆に芝居が壊れ、よくない方向に行ってしまったのです。だから全部捨て、その瞬間をソラとして必死に生きるように、ずっと頭の中で持久走をしているような感覚でした。夜だけ円井わんに戻れるのだけど、頭の中ではずっとソラとその日の撮影のことをしゃべっている。常にソラと一緒にいるような日々でしたね。


――――ソラは父親とうまく向き合えない一方、後ろ向きに歩く男のことを甲斐甲斐しく世話しようとします。周りが偏見を持つような人物にもフラットに向き合える、気持ちの真っ直ぐさが表れていました。

円井:ソラは孤独とうまく向き合える子ですし、正義感も強いので、尊敬します。


■当時の日本兵の姿に近づく役作りで、後ろ向きランニングとダイエット。(間瀬)

――――間瀬さんは、後ろ向きに歩く男を演じるにあたり、監督からどんなオーダーがあったのですか?

間瀬:まずアンシュル監督のご自宅に通い、色々と役についてやりとりをしました。例えば「初めてソラと出会う時、仏陀のように彼女を見てくれ」というオーダーがありましたね。僕は演劇で、第二次世界大戦中の日本人兵士を多く演じた経験があったので、やはりその時代、その状況の人を演じるには今の自分の肉体ではダメで、だから役に向けての準備として実際に9キロダイエットもしました。爪を切らないでくれとか、髭を剃らないでくれとか、最初は髪もボサボサにしてくれと言われましたが、最終的には全て切り、当時の日本兵の姿に近づいていきました。


――――ストイックな外見で、しかもずっと後ろ向きに歩くのを見て、ものすごい身体能力の持ち主だなと感嘆しました。

間瀬:後ろ向きに歩くことに関しては、アンシュル監督と一緒に練習したり、ダイエットを兼ねて後ろ向きランニングを一時間ぐらいしたんです。当時、自宅周辺では「かなり変な人がいる」と思われていたのではないでしょうか(笑)監督のご自宅に行くときも後ろ向き歩きで行きましたし。極端なようですが、訓練していないと怖くて出来ない。逆にやってみると、ガードレールを超えることができたり、どんどん上手くなるんですよ。


■自分が描いた戦争時代の絵に、とても心を動かされる撮影。(間瀬)

――――後ろ向きランニングとは、恐れ入りました。戦中日記の絵も間瀬さんご自身が描かれていますが。

間瀬:17ページのスケッチを描いてくれとオーダーがあり、実際に戦争時代の様子を描きました。自分でも驚いたのですが、戦争時代の絵を描いている時間は、描いている間ずっとそのことを考えているんです。カメラの前でその絵を見る時も、他人が描いた絵ではなく自分が描いたものなので、やはり思い入れが全く違う。自分が描いた戦争時代の絵に、とても心を動かされる撮影でした。そこは、アンシュル監督の狙い通りだったのではないかと思っています。


――――最後のページの絵が、また感動的でしたね。

間瀬:最後のページだけは、監督が何を描くか言わなかったのですが、撮影現場で突然、この時間でこれを描いてくれと告げられて、こちらもびっくりしました。

円井:私も現場でカメラが回ってから初めて絵を見て、思わず涙が出ました。

間瀬:僕も円井さんと同じく、撮るはずだった映画のオーディションに呼ばれ、自己紹介の時に、アクター以外に絵を描く人間であることを言おうかどうか、関係ないことだしとすごく迷ったんです。もし、あの時に絵を描くことを告げなければ、今回描くこともなかったはず。あの場で言って良かったとつくづく思います。今から思えば、オーディションでは「どんな絵を描くんだ」とアンシュル監督に熱心に聞かれていたなと。この映画で絵を描くことと、演技が一緒になり、本当に幸せな思いです。


――――ソラは、祖父が遺した絵日記を読みながら、祖父の若い頃の戦争時代の様子を追体験していきますが、実際に読んで、どんな気持ちが湧き上がってきましたか?

円井:あの日記も本番までアンシュル監督には「読むな」と言われていたので、本番でいきなり読むとなると、読めない漢字に焦ったりもしました。ただ、その内容は「教官に殴られ、未だ帰ってこず」とか、とても辛いものばかりですし、私の祖父も第二次世界大戦を経験し、当時の話を聞いていたので、やはり胸に迫るものが大きかったです。間瀬さんの描いた絵がとてもリアルだったので、より一層そう感じました。


■10日間の撮影、「アンシュル監督がすごく奮い立たせてくる」(円井)

――――後半、ソラが感情を爆発させるシーンがとても力強かったです。前作『東京不穏詩』でも飯島珠奈さん演じるヒロインの瞬発力のある演技が見事でしたが、今回もアンシュル監督の役者を奮い立たせるような演出があったのですか?

円井:ありましたね。森にいるシーンも最初はどうしたらいいか分からず、曖昧にしかできずにいると、アンシュル監督がすごく奮い立たせてくるのです。こちらもそれは必死になり、枝や土を食べたりもしました。

アンシュル監督:10日間で撮影を終えなければいけなかったので、全てのシーンを完璧に、早撮りする必要がありました。できないシーンはまた明日と先延ばしにする余裕がなかったので、すごく厳しかったと思います(笑)。

円井:終盤、家族で和やかに団欒した後、後ろ向きに歩く男と対峙するシーンも、「地元にいるヤンキーの感じでやれ!」と。

アンシュル監督:一般的に酔っている状況での演技をさせると、リアクションが大きすぎて逆に不自然です。本当に酔っている時は酔っていることを見せないようにするはずですから、実際にお酒を飲み、酔っている間に撮りました。

■全部大変だった撮影秘話。

――――ソラと後ろ向きに歩く男の二人芝居のシーンが多く、またアドリブも多かったとのことですが、印象に残ったシーンや、大変だったシーンは?

円井:全部大変でした(笑)初日に、乗っていた自転車を投げるシーンで、いきなり血だらけになってしまったり。崖の上に立つシーンでは、本当に落ちたら死ぬような、一人立つのがやっとのような場所で、命綱を付け、父親役の山田太一さんに足を支えてもらいながら撮影しましたね。

間瀬:本当にどのシーンも「大変だったな」と泣けてきます。後ろ向きに歩く男が車に轢かれるシーンがありますが、本当に車に当たっていたり(笑)。アンシュル監督が先に車に撥ねられて土手を転がり落ちて、「できるから、MASE、やろう!」と言われたり。数え上げればキリがないです。他にも僕は薄着なのに、12月の岐阜県の川に飛び込んでいますから。寒くて震えているところ、お風呂のシーンでは入ると熱々で、「あ〜〜〜っつ!」と声が漏れました。


――――しゃべらない人なのかと思ったら、風呂のシーンでは感嘆の声を上げていたので、そんなに風呂に入るのが嬉しかったのかと思えば、そういう裏話があったんですね(笑)食べるシーンはむしろコミカルさが際立っていましたが。

アンシュル監督:間瀬さんはダイエットをしていたので、撮影ではものすごい勢いで食べていましたよ。

間瀬:ご飯が本当に美味しくて、食べるのにもう必死でした。でもあの食べ方も普通の食べ方ではないものを監督にオーダーされ、最終的には左手で食べる形になっています。


■『コントラ』は今後ずっと残る映画。(円井)

――――最後に、アンシュル監督の『コントラ』に出演した体験を、今後の俳優人生にどう繋げていきたいですか?

間瀬:メインの役をやらせていただくことはなかなかないと思うので、僕の一生の宝物になりましたね。

円井:『コントラ』はみんなからすごく注目していただき、観たいとか、応援したいという声が増えたことを実感しますし、今後ずっと残る映画だと思っています。私は何かを伝えていきたいからお芝居をしているので、『コントラ』でソラを演じることができ、アンシュル監督には「ありがとう」と言いたいです。

(江口由美)



<作品情報>

『コントラ』“Kontora”

2019年/日本/145分

監督・脚本:アンシュル・チョウハン

出演:円井わん、間瀬英正、山田太一、小島聖良、清水拓蔵