「映画を通してインターセックスの人のことを知ってもらいたい」 『メタモルフォシス』ホセ・エンリーケ・ティグラオ監督インタビュー

 第15回大阪アジアン映画祭で、特集企画《ニューアクション! サウスイースト》のホセ・エンリーケ・ティグラオ監督作『メタモルフォシス』が海外初上映された。

 男子として生きてきた牧師の息子、アダム(ゴールド・アゼロン)。生理が来たことでアダム自身も家族も、彼が男性器と女性器の両方を持つインターセックスであることに気づく。二つの性の間で揺れるアダムが、性的指向も含め、自身のアイデンティティを探していく物語では、比喩的な表現でアダムの成長を表現。その一方で、神の教えに忠実な父(リッキー・ダバオ)が、一つの性に決めてしまおうと手術の手配をするシーンでは、LGBTQと同じく、インターセックスに無理解な現実が露わになる。同級生との距離ができる中、マニラから転校してきた24歳のエンジェル(イアナ・ベルナルデス)の華やかな存在が、アダムにも映画にも大きな影響を与えている。

 本作のホセ・エンリーケ・ティグラオ(JE)監督に、インターセックスの人を描こうとした理由や、映像面での様々な狙いについてお話を伺った。



■映画を通してインターセックスの人のことを知ってもらいたい。

――――初長編作で、インターセックスの人を描こうとした理由は?

JE監督:フィリピンには異性愛者や同性愛者の映画、またはLGBTQの人を題材にした映画はありますが、インターセックスの人を題材にした映画はなかったので、それをきちんと表す映画を作りたいと思いました。彼らについて知っている人が少なく、誤った情報が広がってしまうがために、インターセックスの人は異常だとか、社会に適合しないという偏見を持たれているのが現状で、映画を通してインターセックスの人のことを知ってもらいたい。また私自身、宗教心が強く、LGBTQIの人は除外し、神は男と女だけを創造したという考え方の保守的な家族の元で育ったことも映画のベースになっています。究極的には自由について描いているのです。


――――インターセックスの人は実際にどれぐらい、いらっしゃるのでしょうか。

JE監督:国連の調査によれば人口の1.7%がインターセックスで生まれてきています。つまりフィリピンの人口で考えれば200万人ですし、世界全体に広げると1億人がインターセックスの人になります。マイノリティ扱いをしていますが、1億人といえば一つの国を形成する規模の人数ですし、その人たちについての映画がフィリピンにないのはおかしいと思ったので、きちんとした形で彼らについて描く作品にしたいと思いました。


――――この作品では、生理がきたことで、はじめてアダム自身も両親も、彼がインターセックスであることに気づきます。

JE監督:生まれた時に普通の男性器とは少し違うことが分かっていたけれど、アダムは男の子として育ってきました。アダムの両親は何らかの予兆を感じてはいたけれど、彼に生理がきたことで、息子が完全な男性ではなく、女性の部分があることを初めて知り、それを認めざるを得なくなるのです。


■両性具有という自分のアイデンティティを受け入れる。

――――アダムは、自分がインターセックスであることを知ると同時に、彼の性自認の揺らぎや、思春期の性への目覚めも描いていますね。

JE監督:アダムは両性具有で、半分は男性であり、半分は女性の体です。女性的魅力に溢れるエンジェルを好きだという気持ち、筋肉質で男性的なアブラハムのことも好きになるのは、別にインターセックスだからとか、特別なことではありません。マスターベーションのシーンで男性器と女性器の両方をアダムは触りますが、それは性への目覚めだけでなく、両性具有という自分のアイデンティティを受け入れる姿も描いているのです。


■ゴールド・アゼロンさんのチャーミングさに惹かれ、アダム役に抜擢。

――――アダム役のゴールド・アゼロンさんは、難しい役どころをまさに体当たりで熱演しています。数々の映画祭で主演男優賞に輝いていますが、キャスティングの経緯を教えてください。

JE監督:本当はインターセックスの人をキャスティングしたかったのですが、役に合う人が見つからず、また実際にインターセックスをカミングアウトすることは非常に難しいということもあり、実現できませんでした。結局、広くオーディションでアダム役を募り、600人の応募があり、内100人ぐらいを実際に審査しましたが、ソフトでセンシティブかつフェミニンな印象を与える人がその中にはいなかったのです。その時、友人の監督が、ある子が話しているビデオを見せてくれ、女の子かと思ったら、ストレートの男の子(性的指向も性自認も男)だと教えてくれたので、連絡を取り、2回目のオーディションに来てもらいました。それがゴールド・アゼロンで、その時にとてもチャーミングだったし、女性っぽい仕草も完璧にできたので、アダム役に決めたのです。でも当時はぽっちゃり体型だったので、役作りのために2ヶ月で15キロ減量する必要がありました。ランニングとダイエットをして、その時の状況を写メで送ってもらい、完璧にアダムの体型になった時に来てもらいました。彼は、広告モデルはしていましたが、俳優としては新人だったので、最初は丸4日間演技コーチについて、演技レッスンを行いました。まさにアゼロンと一緒に壮大な旅に出て、持てる力を全て出してくれたと思います。


■前作のヒロインとつながる、アダムの同級生、エンジェル。

――――イアナ・ベルナルデスさんが演じるエンジェルは、アダムの高校に転校してきた24歳の同級生という、ユニークな役どころです。イアナさんは、今年のOAFFでも『LSS:ラスト・ソング・シンドローム』(出演)、『女と銃』(プロデューサー)の2作品に関わり、昨年の『視床下部すべてで、好き』で女優としてスクリーンデビューして以来、大活躍をされている印象を受けますが、エンジェル役の背景や、イアナさんをキャスティングした理由を教えてください。

JE監督:エンジェルは、私の初短編作『オナン』“Onang”(2013)のキャラクターがベースになっています。ヒロインのオナンは父親にレイプされ、マニラに逃げて終わるのですが、オナンがそこでセックスワーカーを経て、エンジェルとなって本作のアダムの住む町にやってくるのです。イアナさんの表現力のある目と、彼女自身が醸し出すオーラがまさにエンジェル役にぴったりでした。イアナさんはこの役で助演女優賞を受賞していますし、プロデューサーとしても活躍しています。


――――アダムの成長を表すのに、マンゴの木や蝶をモチーフにして非常に詩的な表現がされているのが印象的でした。

JE監督:蝶はアダム自身が変身していく様を比喩的に表現しています。血で汚れたパンツを履いたままベッドで蚊帳に包まれている様は、蝶になる前のさなぎのようですし、マンゴの木からシュガーアップルが実るのも、アダムは両親とは違う体であることを示しています。この映画では非常に現実的な面とファンタジーな面の両面を見せています。というのも、人はインターセックスの人をむしろファンタジックに捉えたり、神秘的、現実離れしているものとして理解していますから。また、おっしゃる通り、詩のように映画を見せていきたいという狙いもあります。まさにメタファーなので、「メタモルフォシス」なのです。


■映画のカラーも画面のアスペクト比も、変身変体の「メタモルフォシス」

――――映像の色合いも独特で、ビスタサイズとスタンダードサイズの使い分けなどは、グザヴィエ・ドラン監督の『Mommy/マミー』を彷彿とさせましたが、その狙いは?

JE監督:映画のカラーに関しては、インターセックスの旗の色(黄色の背景に紫の丸模様)を取り入れています。映画の最初は黄色の暖かい色でカラリングしていますが、中盤になり、アダムが自身の中に女性的部分を認めつつ、男性的部分と葛藤するところでは紫色になっていきます。衣装も、最初は黄色のTシャツを来ていましたが、中盤は紫色に代わっていきます。終盤、アダムが鏡を覗き込むところでは、顔半分が黄色、半分が紫色にライティングされていて、まさに半分半分なのです。

画面のアスペクト比も、彼の人生に大きなことが起きると大きくなるようにしています。『Mommy』もアスペクト比が途中で変わりますが、この作品は大きくなったり小さくなったりと常に変わり続け、全てがメタモルフォシスで、変身変体なのです。色も黄色から紫色へ、アスペクト比も小から大へと全て変容を遂げているのです。


■まだ人に語られていないことを、声をあげて伝えていきたい。

――――今回はインターセックスを題材に映画を撮られましたが、今後どのような方向性の映画を撮っていきたいですか?

JE監督:映画はエンターテイメントだけのものではないと思っています。映画を通して、社会的、政治的な声を届けることができるし、大きなムーヴメントを起こすことができるのではないでしょうか。今回もインターセックスの人の声を届け、革命を起こすことにつながるかもしれませんし、さらに国のイメージを作る声や強い力を持っています。そういうことに携わりたいと思い、映画制作者になりました。まだ人に語られていないことを、声をあげて伝えていきたいです。次回作は精神疾患を持った人の話を準備中で、近親相姦のカップルを題材にモラル面やまだきちんと議論されていないことを取り上げていきたいと思います。

(江口由美)


<作品情報>

『メタモルフォシス』“Metamorphosis”

2019年/フィリピン/99分

監督:ホセ・エンリーケ・ティグラオ

出演:ゴールド・アゼロン、イアナ・ベルナルデス、リッキー・ダバオ、ヤーヨ・アギーラ、イヴァン・パディリア