生まれ育った街の金都商場を舞台に描く、結婚とは?自由とは? 『私のプリンス・エドワード』ノリス・ウォン監督インタビュー
第15回大阪アジアン映画祭で、コンペティション部門|Special Focus on Hong Kong 2020のノリス・ウォン監督作『私のプリンス・エドワード』が日本初上映された。
舞台は、香港でウエディング関係のものなら何でも揃う商業ビル、金都商場。そのレンタル衣装店で働くフォンは、同じビルのウェディングムービー製作会社で勤めるウィリアムと長年同棲している。エドワードはフォンに公開プロポーズをし、エドワードの母の言いなりに披露宴の話がトントンと進んでいくが、フォンには10年前、親から独立したいがために、資金を得るため偽装結婚をした過去があった。まだ離婚が成立していなかったことに気づいたフォンは、慌てて偽装結婚相手の大陸人を探そうとするが…。
結婚を題材にした物語だが、主人公フォンには今の香港人女性が抱える悩みも反映されており、また母親の言いなりになるエドワードを見ていると、どこにでもこういうタイプの男性がいるなと思わず苦笑いをしたくなる。ステフィー・タンが演じる悩み深きフォンが、改めてエドワードや偽装結婚相手と向き合いながら下した、自分の未来への決断とは?最後まで目が離せない、大人のラブストーリーだ。香港電影評論学会大奬で最優秀脚本賞を受賞したのをはじめ、第39回香港電影金像奨で8部門のノミネートを果たし、見事新人監督賞を受賞している。
脚本家としてのキャリアを積み、本作で監督デビューを果たした新鋭、ノリス・ウォン監督に、お話を伺った。
■今はむしろ減りつつある偽装結婚。大陸人が香港に感じる魅力を失ってきている。
――――通常、偽装結婚といえば男性がするイメージを持っていましたが、女性が偽装結婚をしたままになっているという設定が斬新でした。
ウォン監督:実際、偽装結婚をするのは、香港人の女性の方が多いのです。大陸人の女性は偽装しなくても、若ければ香港人の男性をうまく見つけて、結婚することができますから。偽装結婚業者は香港人の女性を見つけ、大陸人の結婚相手の男性を探します。その方が、逆(大陸人の女性に、香港人の男性を紹介する)のパターンよりも、いいお金を稼げるということですね。
――――なるほど、10年ほど前から偽装結婚が増えてきた背景や、実際にインタビューをされての印象について教えてください。
ウォン監督:まず偽装結婚は今、むしろ減りつつあります。というのも、今は香港の情勢が安定しておらず、大陸人が香港に感じる魅力を失ってきているのです。今回は、偽装結婚をし、10年後に相手を探そうとしたけれど失踪して見つからないという部分を膨らませていきました。偽装結婚は違法行為ですから、インタビューも話をしてくれる人を見つけることが難しかったので、実際には報道している記者の方に話を聞いたり、偽装結婚業者からたまたま電話があったので、直接話をするような形で取材をしました。
■自分が作る最初の映画は、自分の住んでいる地区と結婚に関する物語にしたかった。
――――もう一つ、主人公のフォンと恋人のエドワードが二人ともブライダルビジネスに従事し、金都商場で働く設定した理由は?
ウォン監督:私がプリンス・エドワードにある金都商場の向かい側で生まれ育ったこともあり、プリンス・エドワードには結婚に関するものが何でもあるということをよく知っていました。子どもの頃は結婚に対する憧れが大きく、結婚することをファンタジックに捉えていましたが、大人になると、実はファンタジーではない現実がもちろん分かってきます。結婚は綺麗なウエディングドレスを着るということではなく、相手のご家族との関係性を作らなくてはいけないということがよく分かったのです。とはいえ、小さい頃から結婚に大きな興味があったことは事実で、私の両親は非常に保守的で、人前で手をつないだり、ハグをしたことがないので、政府が結婚相手を選んでくれるのだと思っていました。なにせ、5歳の頃両親に「私は何歳になったら、政府に申請して、結婚相手をもらえるの?」と聞いたぐらいですから(笑)だから、自分が作る最初の映画は、自分の住んでいる地区と結婚に関する物語にしたいと思っていたのです。
――――この物語は香港版『マリッジ・ストーリー』かと思うぐらい、カップルのリアルな会話の応酬が魅力の一つですが、これはウォン監督の脚本では欠かせないものなのでしょうか?
ウォン監督:私が脚本を書くのはテレビドラマが多く、ラブストーリーや、社会的な題材、警察ものも書いたりします。ただ私自身は、やはりラブストーリーを書くのが一番好きですし、男女の生活を細かく書くのが得意ではありますね。
――――偽装結婚をしたフォンのキャラクターを、どのように構築していったのですか?
ウォン監督:フォンのキャラクターですが、私自身に似ていますね。フォンが亀を飼うシーンがありますが、実際に私も亀を飼っています。今ではすっかり大きくなってしまいましたが(笑)どちらかといえば自分に起きたことがベースにすることが多いです。ただ、私の両親は干渉するタイプなので、その点は、私の理想的なものをフォンの状況に投影しています。
■パン・ホーチョン作品で「深い演技ができる」と見染めたステフィー・タン。隣のお姉さん的な感じで、撮影中も気づかれず。
――――フォンを演じるのは、『空手道』(OAFF2018)でもストイックな演技を見せたステフィー・タン さんですが、オファーの経緯は?
ウォン監督:ステフィー・タンさんは、パン・ホーチョン監督のオムニバス映画『些細なこと』[破事兒](2007)に出演しているのを見て、深い芝居ができる女優だと思い、いつか一緒に仕事をしたいという気持ちがありました。実際に80年代以降生まれの女優を探した時に、思い当たる人が4、5人ぐらいしかいません。今、香港には30歳代で主演ができる女優が非常に少ないので、ステフィーさんが脚本を気に入らなかったら、代わりがいない状況でした。気に入り、オファーを受けて下さって、本当に良かったです。
――――実際に、撮影現場でのステフィーさんはどうでしたか?
ウォン監督:ステフィーさんは、地に足がついていて、セレブ感を出さない女優です。むしろ隣のお姉さん的な感じなので、フォン役に適していました。撮影でも、ステフィーさん演じるフォンが、クリーニングしたドレスを抱えて街中を歩くシーンを遠くから撮影していたのですが、誰もステフィーさんに気付きませんでした。それぐらい、自然体でフォンを演じてくださったのが、良かったですね。
――――フォンが美しいウェディング衣装に身を包みながらも、すごく物憂げな表情で写っているポスターが、映画の内容をリアルに示していますね。
ウォン監督:このポスターが出来た時、一般のお客様から「正式なポスターはいつできるの」と聞かれました(笑)。皆、このポスターは仮のポスターだと思っていたみたいです。
――――フォンの彼氏、エドワードはウエディングムービーの仕事をし、結婚の現実を目の当たりにしながらも、派手なプロポーズでフォンを驚かせ、フォンより結婚に対しての理想を強く持っているように見えますが。
ウォン監督:エドワードが結婚するカップルを仕事で四六時中見ているのにまだ夢があるというのは、彼の仕事が結婚式用ムービーを撮影しているからという部分もあります。本編ではカットしていますが、エドワードが撮影したムービーを編集しているシーンがあり、撮影時に険悪なムードになっても、編集して、いい部分だけをつなげれば結婚式用ムービーが出来上がるのです。それはエドワードがフォンに行った公開プロポーズにも当てはまります。大勢の人を集め、みんなの力も借りながらプロポーズを成功させる。その瞬間にとても注力する一方、地味な日常生活の部分、ムービーならカットされそうな部分はおざなりで、協力的ではない。そこが、彼の本質だと思います。
■エドワードのキャラクターは、元カレのキャラクターそのもの。
――――そんなエドワードの束縛系彼氏でありながらマザコンというキャラクター描写が本当にリアルで、度々笑いがこみあげましたが、モデルがあるのですか?
ウォン監督:エドワードのキャラクターは、実は私の元カレのキャラクターそのものなんです。母親と本当に仲が良くて、母親と共同名義の口座を作っているのも実話ですし、500個ぐらいメッセージが連打されるのも実話です。だから、元カレがこの映画を見たら、すごく怒ると思います(笑)ちなみにエドワードは映画監督を目指していたけれど、諦めて今の職業に就いたという設定なので、部屋には映画に関するものがたくさん置かれていますし、開けっ放しでトイレをしているシーンでも、映画の本を読んでいるんですよ。
―――― 一方、偽装結婚相手の大陸人は、ルックスも良く、香港の市民権を得て、さらに自由を求めてアメリカ移住を計画している姿に、フォンも影響を受けていきます。保守的な香港人とアグレッシブな大陸人という2人の男性の対比が浮かび上がります。
ウォン監督:フォンが偽装結婚していた大陸人に惚れてしまうのではないかと観客が思わないように、注意して描きました。というのも、フォン自身、あまり自分の気持ちがはっきりしていないのは事実なのです。本当に彼のことが好きになりそうだったのか、もしくは単に彼が自由を求めるというある種ファンタジーのようなことを助ける代理人の役割を果たそうとしているのか。愛情なのか、友達や代理人のままなのか、フォンもわからない。ただ、私個人としては、愛情ではないと思いたいですね。
■自分自身に対しても、皆さんに対しても色々な問題を提起する映画になった。
――――結婚が題材ですが、それだけではなく、自由に生きるとは?自分にとっての自由とは?と、色々なことを考えさせてくれる物語になっていますね。
ウォン監督:フォンは結婚すれば自由がなくなるのかと考えますが、絶対そうというわけではない。結婚するから自由がなくなる訳でもなければ、結婚したら自由がある訳でもない。そういうことを観客の皆さんで議論していただければと思っています。偽旦那は結婚して子どもが産まれますが、それが本当の幸せかどうかは分からないし、フォンの最後の選択も、それが本当にベストなのかも分からない。そのように、自分自身に対しても、皆さんに対しても色々な問題を提起する映画になっていると思います。
――――最後に、自分の物語を入れながら、初監督作を作った感想や、これからどんな作品に取り組みたいかを教えてください。
ウォン監督:最初全然自信がなく、良いものでなかったらどうしようという不安が大きかったです。編集にも時間をかけ、多くの人に見てもらい、最初は110分バージョンでしたが、途中から、William Chang Suk-pingさん(ウォン・カーウァイ作品の衣装デザインを手がけたことでも有名なベテラン衣装デザイナー、編集者)が編集に参加してくれたことで、今の91分バージョンになりました。個人的にとても満足している一方で、もっとできたのではないかと不安だったのですが、金馬奨に参加した時、観客から「すごく良かった」と声をかけていただき、ようやく少し自信がつきました。まだ改良点はありますから、次回作はもっと作品に入り込み、より良いものを作っていきたいと思います。
(Yumi Eguchi/江口由美)
<作品情報>
『私のプリンス・エドワード』“My Prince Edward” [金都]
2019年/香港/91分
監督:ノリス・ウォン(黃綺琳)
出演:ステフィー・タン(鄧麗欣)、ジュー・パクホン(朱栢康)、バウ・ヘイジェン(鮑起靜)、ジン・カイジエ(金楷杰)、イーマン・ラム(林二汶)
(C)My Prince Edward Film Production Limited
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