寡黙な純潔男が圧倒的な存在感を放つ、大人の異色ラブストーリー 『写真の女』串田壮史監督インタビュー
第15回大阪アジアン映画祭で、インディ・フォーラム部門の串田壮史監督作『写真の女』が世界初上映された。
主人公は、親の写真屋を継ぎ、画像加工やレタッチを行う一人暮らしの械(永井秀樹)。家で飼っているカマキリに愛情を注ぎ、休日に山で昆虫の写真を撮るのが好きな寡黙な男が、木の上で流血している女、キョウコ(大滝樹)に出会い…。女性恐怖症の男と、インスタグラマーの女。一切関わりあうことのなかった男女が、偶然に出会うことから物語が大きく進展し、映画の世界観が広がっていく。サイレント映画のような趣で、男の日常生活を丁寧に描き、彼が長年、嗜好や生活スタイル、生活空間を変えることなく、一人でひたひたと生きてきたことが伝わってくる。また、レタッチ技術が呼び覚ました女性の欲望、そして、本当の自分とは一体何なのかを鋭く問う場面に、他人を通してでしか自己評価ができない現代人への風刺が鋭く描きこまれている。劇中で度々クローズアップされる、カマキリにも要注目だ。
CMディレクターとして活躍、『I AM A CAMERA』(2013)、『地球は青かった』(2015)らの短編が世界で高い評価を得ている串田壮史監督に、初長編の本作についてお話を伺った。
■15年前の衝撃体験、「今なら普遍的なテーマとして映画化できる」。
――――今は誰でも写真を加工し、インスタグラムのようなSNSで見せる時代なので、非常に現代的なテーマだと感じました。企画の成り立ちについて教えてください。
串田監督:本作はレタッチをテーマにしていますが、今から遡ること15年前に、僕がレタッチで驚くような体験をしました。当時、TVコマーシャルのアシスタントディレクターをしていたのですが、人気女優が出演するジュースのCMで、最初に各事務所や広告代理店、クライアントに確認してもらうための15秒版を提示すると、「クマ消し、シワ消し、首筋消し、二の腕細く…」とほぼ全パーツに修正依頼があったのです。オンラインエディターで要望に沿って修正していくと、もはや撮影時とは別人になってしまったのですが、最終チェックをしていただくと、事務所側からお礼と、出演女優も喜んでいるというお声をいただいて。もうその人の面影もないのに、なぜ喜ぶのかと不思議でした、でもその女優にとっては、鏡に映る自分を見てもらうことが喜びではなくなっていたのです。皆が思っている自分をどこかで見ている自分がいて、それこそが喜びになっているのではないか。当時の僕には衝撃体験ですし、映画化するには特殊すぎるテーマでしたが、今や一般の方もSNSに投稿する際に画像加工するのは当たり前になっている。そんな今なら普遍的なテーマとして、映画化し、幅広い人に問題提起ができると思い、初長編作の題材に選びました。
――――まさに映画の冒頭をはじめ、要所要所で登場する、見合い写真を撮りにきた女が、執拗にレタッチを要求するシーンそのものの体験をされていたんですね。本作では、インスタグラマーで傷を負ったキョウコも登場しますが、これら女たちのレタッチ要望を黙々と叶える写真屋の男の人物造詣が非常に個性的で、存在感が際立っていました。
串田監督:『写真の女』の裏テーマは、「時間」です。写真屋の男、械は50年前にその写真館で生まれ、ずっとそこで生きる、まさに50年間時間が止まったような人です。写真屋に遺影を発注する葬儀屋の男(猪股俊明)も、幼かった娘を亡くし、過去に囚われている人ですし。械の中の止まっていた時計が動き出すような物語にしたいという思いがありました。
■主人公、械のキャラクターを示す白は、「純潔」「何者も受け付けない」
――――キャラクターを表す上で、色も大きな役割を果たしていましたね。械は真夏でも真っ白の上下スーツ姿が印象的でしたが、その狙いは?
串田監督:色使いも、非常に気をつけている部分です。各キャラクターに色を与えていると、引き絵でも観客に分かりやすいと思います。械は白、キョウコは赤、葬儀屋の男は黒、そして見合い写真の女は緑に設定しました。白は純潔を表すので、潜在的に械が純潔を守ってきた男であることを示しています。また白は光を反射するので、何者も受け付けないというキャラクターを象徴しています。キョウコは赤だけではなく、花のワルツに象徴されるように、花に見られる色、明るい色を好んで着るキャラクターですね。鯉沼トキさんが演じる見合い写真の女は、男を食うカマキリをイメージして、緑をテーマカラーにしました。
――――人、特に女性との接触をなるべく避け、写真屋兼自宅で一人暮らししている械が、唯一人間らしい表情を見せるのが、自宅で飼っているカマキリに餌を与える時です。
串田監督:最初、映画の企画書を作った際に設定したターゲットが、「男性、35歳以上」だったんです(笑)。要は大人の男が映画館に行きたい映画がないという話からスタートした訳です。男全員が共感できる敵を仮に女とすると、その女が怖がるものは何か。そこからカマキリを登場させるアイデアが生まれました。
■雌が雄を食べるカマキリに込めた「犠牲心は美しい」
――――なるほど、ターゲット像から連想ゲームのように、カマキリへたどりついたんですね。物語が進む中で、ペット以上の意味合いを帯びてきますが。
串田監督:結婚したことのある人なら結婚することは多かれ少なかれ、何か犠牲にしていると思うのですが、そういう立場の世の男たちに「犠牲心は美しい」とカマキリを通して示せるのではないかと考えました。実際調べてみると、雄のカマキリが雌のカマキリに食われるのには段階があり、まず頭から食べられるのです。脳みそを食べられた雄のカマキリが幸福感を覚えるという研究があり、映画もその方向を目指しました。
――――こんなにカマキリの美しく、かつ残酷な姿が映されている映画もなかなかないと思います。主演、械を演じた永井秀樹の佇まいや動きが、非常に印象に残りました。
串田監督:前作の『声』(2017)は10分の短編で、一人暮らしの男が、外の騒音がうるさくて木を折ると、家の壁にバレリーナの陰(本当は木の陰)が映るようになり、その陰に恋をしてしまうという物語で、永井さんにはその時も一切しゃべらない主人公を演じてもらいました。ちなみに、この時バレリーナの陰を演じてもらったのがキョウコ役の大滝樹さんです。
――――永井さんは前作に引き続き、しゃべらない役だったのですね。一方、前回陰での出演だった大滝さんは、今回木の上から登場し、驚きました。
串田監督:コメディにしたかったんですよ。今回も10分ぐらいセリフがないシーンが何箇所かありますが、そこにクスッと笑えるような部分があると、観客の皆さんは笑った後、次に何が起こるのかと想像し始めます。ですから、話をここで一旦切って、次の展開に向かう時には、笑いの要素を入れるように心がけました。
――――傷や血、リタッチによる顔の変形などのモチーフを見ていると、個人的にはキム・ギドク監督の作風を彷彿としたのですが。
串田監督:キム・ギドク監督は好きですし、この作品はロマンスですが、カマキリの食われるシーンがあるように、ホラーとも言えます。観た人が、ロマンスとも、ホラーとも、そしてコメディともとれるような作品を目指しました。械がリタッチ作業をする際にタッチペンを動かす時も、シャカシャカシャカとDJプレイのようにして、リズミカルさも出しています。
■サイレント映画の方が、現在に通じる普遍的な内容を描いている。
――――「もっと、もっと…」と結婚したいと男性が思う女性像になるようにリタッチを強要するシーンを見ていると、サイレント映画の代表作で、ドイツ表現主義の『カリガリ博士』(1920)と通じる強迫観念を映し出しているなと感じました。
串田監督:僕もサイレント映画をよく見ますし、デンマークの巨匠、カール・ドライヤー(『裁かるるジャンヌ』(1929))も好きで、サイレント映画の方が、今改めて見ても、現在に通じる普遍的な内容を描いていると感じます。例えば1960年代の映画を観るより、1920年代のサイレント映画の方が理解できるのです。言葉を入れることにより、映画は細かい説明ができるようになりましたが、一方で誰が見ても分かるという部分を失ってしまった。セリフはできるだけ必要最低限にして、体で表現できることは体で表現した方が、より多様な人に楽しんでいただけるのではないでしょうか。
――――今回、初長編作品が、串田監督の出身地である大阪で世界初上映されましたが、どのような感想を持たれましたか?
串田監督:観客の皆さんが、一斉に息を止めているかのように静かになる瞬間が何度かありました。外界の時間とは全く違う時間が流れていて、映画館で長編を観る醍醐味を感じることができましたね。
――――キョウコ役を演じた大滝樹さんが、その身体能力を生かして見事なポージングをなんども披露し、非常に美しかったです。女優、大滝さんの魅力とは?
串田監督:大滝さんはバックグラウンドにバレエダンスがあり、長年プロとして活躍してこられた方です。4年前、現在の事務所に所属し、女優活動をスタートさせてから初の映画出演が前述の『声』なので、まだほとんどテレビドラマにも出演しておらず、観客の皆さんにとって、初めて見る女優さんではないでしょうか。この作品に驚きをもたらす役割を果たしてくれると思います。
■劇団「青年団」で平田オリザの演出に鍛えられた永井さんのサイレント演技。
――――最後に改めて、本作の一番魅力であった、サイレント映画から抜け出てきたような主人公、械を演じた永井秀樹さんについて、教えてください。
串田監督:永井さんは平田オリザさん主宰の劇団「青年団」に所属しているのですが、オリザさんの演出方法は「セリフの間、0.5秒空けて」、「その移動を、あと1秒遅くして」という具合に非常に細かい指摘が次々に入るのです。僕はカメラマンも含めて、振り付けをし、撮影をするというスタイルで、サイレント部分の演技の演出も、アドリブは一切入れていません。永井さんはオリザさんの演出に慣れているので、僕が秒単位で動きを指示しても、すぐにそれができる。永井さんがサイレントの演技が非常に上手い理由は、まさに秒単位の調整が即座にできるところにあるのではないでしょうか。
(江口由美)
<作品情報>
『写真の女』
2020年/日本/89分
脚本・監督:串田壮史
出演:永井秀樹、大滝樹、猪股俊明、鯉沼トキ
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