被害者に終わらせない。女性監督が描くMeToo〜『家に帰る道』『女と銃』『蒲田前奏曲』@第15回大阪アジアン映画祭


 この3月に開催された第15回大阪アジアン映画祭では、様々な社会的テーマを内包した作品の中でも、女性監督がMeToo問題を描く作品に、とりわけ感銘を受けた。手法は様々だが、一つ共通して言えるのは、一般的に生涯忘れることのできない傷を負った被害者として描かれがちな女性たちが、被害者では終わらず、その先の姿が描かれていることだ。彼女たちの心の声が聞こえてくるような作品たちをご紹介しておきたい。


■『家に帰る道』”Way Back Home”〜それからを描く中で浮かび上がる、彼女が心を痛めていたこと。


 韓国:パク・ソンジュ(PARK Sun-joo)監督の海外初上映作『家に帰る道』”Way Back Home”。本作でパク・ソンジュ監督は、見事、來るべき才能賞を受賞した。

 幸せな結婚生活を過ごす水泳インストラクター、ジョンウォンに届いた、10年前起きた性的暴行事件の犯人逮捕の知らせ。ジョンウォンが親以上に信頼している叔父の木材加工場で働く陽気な夫、サンウは、今まで知らなかったジョンウォンに10年前起きていた事件のことを知り、呆然とする…。暴行事件の被害者である主人公のそれからの日々に、突然過去が蘇るような出来事が起き、穏やかな日常が変化していく。映画は忘れようとしていた過去を呼び起こされてしまったジョンウォンの気持ちのやり場のなさや、妻の被害を初めて知り、知りたい気持ちと、何もできない自分のふがいなさに苦しむサンウの葛藤を、日常生活の中で、粛々と描いていく。フラッシュバック映像で、事件の瞬間を露わにするわけでもなければ、殊更に大げさに嘆き悲しむわけでもない。むしろ自分はこの10年幸せだったと告白し、被害者=不幸という周りの思い込みこそが、彼女を苦しめていることが分かるのだ。

苦しみを誰かと共有しようと思えるまでにも時間がかかるし、身近な人だからこそ知られたくないこともある。彼女の疎遠になっていた母や妹との関係が変わっていく様も、10年という時があったからこそ描けることだったのではないか。犯人に対する怒りを描くのではなく、それらを自分の中で抱えながら、それでも日常を丁寧に生きる。喜怒哀楽を抑えたハン・ウヨンの演技に、ジョンウォンの覚悟が現れていた。悲しみの涙のような雨が降る中、口論した後だったにも関わらず、そっと傘を差し出すサンウ。一人で苦しみを抱えてきたジョンウォンが求めていた、助けの距離感がそのシーンに現れている気がした。



■『女と銃』”Babae at Baril (The Girl with the Gun)”〜単なる復讐劇に終わらない、MeTooから始まる物語。

フィリピン:ラエ・レッド(Rae RED)監督が放つノワールアクション映画『女と銃』”Babae at Baril (The Girl with the Gun)”。デパートで働く主人公は日々上司のパワハラ、近所の雑貨屋や大家の横柄な態度に遭い、ルームメートの彼氏もDV野郎。ある眠れぬ夜、外の騒がしさに飛び出すと、ハートのシールがついた拳銃が落ちていた。思わず家に持ち帰ったが、それからすぐに会社の同僚からレイプされてしまい、彼女の頭に部屋にある銃の存在が蘇る。

女性が弱い立場に置かれているフィリピンの現状にカツを入れるような本作は、さりとて、ただ彼女が銃を手に復讐する物語だけに終わらない。実はこの銃がもう一つの主人公となり、銃の誕生から、どんな持ち主に渡り、銃がどのように持ち主の人生に影響を与えたのかをマニラの街を舞台に見せていく群像劇として見せていく。

昨年大阪アジアン映画祭で上映されたドウェイン・バルタザール監督の『視床下部すべてで、好き』では、アイリーンという一人の女性に妄想を抱く4人の男の群像劇だったが、今回はそのアイリーンが銃だと思えば、すごく納得のいくような構成になっている。実は本作はアイリーンを演じたイアナ・ベルナルデスのプロデュース作品。主人公がレイプされた後、呆然としながらバスで帰宅するシーンで、アイリーンの姿をしたイアナ・ベルナルデス(バスに乗っていた!)と一瞬目を合わせるのだ。男たちの幻想(性欲)の対象だったアイリーンから、何かを受け取った主人公が、ついには銃を手にレイプした同僚を追う。被害者が立ち向かう姿を力強くみせたラエ・レッド監督。たとえそれが幻想であっても、彼女たちは心に銃を持ち、闘う気持ちを持っていることを証明してみせた。ちなみに本作の音楽は今年の大阪アジアン映画祭の中で、マイベストのカッコ良さ。サイレンの音もパーカッションのセッションに組み入れてしまうセンスにはもう脱帽!




■『蒲田前奏曲』〜ハリウッドのMeTooを彷彿とさせる映画製作現場の生々しさ。

今年の大阪アジアン映画祭でクロージング作品となったのは、中川龍太郎監督、穐山茉由監督、安川有果監督、渡辺紘文監督による長編連作『蒲田前奏曲』。『飢えたライオン』の松林うららが、自ら企画、プロデューサーを務めた本作では、松林演じる、蒲田在住の売れない女優マチ子を主軸に、マチ子の周りの人間模様を通して、”女”であること、”女優”であることを求める社会へ問題を提起する物語が、様々なテーマのもとに展開する。

中でも、松林自ら「MeToo編でお願いした」という、安川有果監督の「行き止まりの人々」では、MeTooを題材にした映画のオーディションで、女優たちが自らのMeToo体験を披露させられたり、オーディションで選ばれたマチ子と黒川(瀧内公美)が、監督(大西信満)の求めるある演技をさせられ、ヒートアップした挙句…と、女優という立場の弱さをまざまざと見せつけられる。他にも、リアルだろうなと感じるMeTooエピソードも挿入。業界体質の古さを痛感すると共に、安川監督が描く女性たちの気っ風の良さに胸がすく思いがする。全編を通して「媚びない女」を目指したという松林うららと、『火口のふたり』をはじめ、今ノリの乗っている瀧内公美の共演で、過去のトラウマを抱えながらもそれでも負けない女たちを等身大に描いていた。ゲスな監督たちを演じた男性陣を含め、一体となって闘う現場を感じとれる作品だ。