「自分の子どもが加害者だったら」と考えないからこそ、この映画を届ける意味がある。 『許された子どもたち』内藤瑛亮監督インタビュー(前編)
『先生を流産させる会』で命や教育の問題に肉薄した内藤瑛亮監督(『ライチ☆光クラブ』『ミスミソウ』)の最新作『許された子どもたち』が、6月1日(月)よりユーロスペース、テアトル梅田、6月12日(金)より出町座、6月20日(土)より元町映画館他、全国順次公開される。
少年らによる複数のいじめ死亡事件をモチーフに、構想から8年かけて完成させた社会派作品。中1の不良グループリーダー、市川絆星(上村侑)が同級生グループたちと呼び出したクラスメイト、倉持樹(阿部匠晟)を遊んでいるうちに殺害してしまうところから始まる物語は、先の読めない展開に青少年たちのエネルギーが詰まった、熱量の高いエンターテインメント作品に仕上がっている。それと同時に、少年犯罪の現実、被害者家族、加害者家族を問わずに晒される世間やSNSでの誹謗中傷など、新型コロナ禍でより顕著になった人権に関わる問題の写し鏡になっているのだ。いじめられた経験のある絆星の無罪を主張し、全力で守ろうとする絆星の母、真理(黒岩よし)の描写には、今まであまり顧みられることのなかった加害者家族の苦悩が滲む。
撮影前にいじめを題材にした長期ワークショップを行い、俳優だけでなく一般の学生も多く参加、そこで生まれたアイデアは、本編の中にも取り入れたという内藤瑛亮監督。インタビュー前編では長年映画化を目指す中で見えてきた少年犯罪の変化や、ワークショップで見えてきたこと、加害者家族に着目した理由についてお話を伺った。
━━━『先生を流産させる会』から8年、商業映画で少年少女たちの犯罪エンターテイメントを数多く手がける一方、どのような気持ちで自主制作のこの作品の準備を進めてこられたのですか?
内藤:この企画は『先生を流産させる会』の公開前からあったもので、脚本も書き始めていました。当時はまだ学校の教員だったのですが、『先生を流産させる会』公開後、映画会社やプロデューサーから声がかかるようになったので、退職して『許された子どもたち』を撮りたいと思い、交渉したのです。でも、無名監督のオリジナル作品でハードルが高かったことに加え、もっとエンターテインメントにしてほしいとか、主要キャストの年齢層を上げ、二十歳前後の有名若手女優を起用してほしいと自分の意に沿わないリクエストばかりでした。だから、『パズル』や『ライチ☆光クラブ』などの商業映画を撮りながらステップアップし、いつか『許された子どもたち』を撮れたらと、この8年間は常に制作の機会を狙っていたのです。そんな中、2015年に川崎中一殺害事件が発生しました。これは非常に現代的な問題が顕在化した事件であり、僕の企画で取り上げようとしていた問題と根っこの部分で繋がっていたので、今こそ撮りたいと思い、そこで自主制作でいいから作ることを決意しました。実際に制作に向けて動き始めたのは2016年ごろですね。
━━━根っこの部分で繋がっているというのは、どういう問題だったのですか?
内藤:元々は1993年に起きた山形マット死事件に着想を得ているのですが、いじめの加害者たちも明確な殺意を最初から持っていたわけではなかった。子どもたちだけの空間で暴力が暴走し、本人たちも止められないものになって、思いもよらない結果を招いてしまった。川崎の事件も、日頃ケンカをし慣れている不良なら、これ以上殴ったら死ぬといった限度が分かっていると思うのですが、一見普通の子どもたちが暴力に染まると、生死のラインを引けなくなる。その感じが川崎中一殺害事件につながっていると思ったのです。
■LINEでのやりとりで本心を明かすのは危険
━━━なるほど、確かに映画の中でも、歯止めが効かない子どもたちの暴走ぶりが描かれています。内藤監督は、構想をし始めてからの8年間で、子どもたちを取り巻く環境や少年犯罪の変化をどのように見ておられたのですか?
内藤:川崎の事件では、事件現場が河川敷であることが一つのポイントです。山形マット死事件は体育館が事件現場だったので、今回も最初は体育館で殺害が起こると脚本に書いていたのですが、今は学校の危機管理が厳しくなり、またセキュリティシステムも入っているので、昔のようにこっそりと体育館に入ることができない。では子どもたちが自由に集まれる場所はどこかと言えば、河川敷になる傾向が強いのです。川崎と同時期に起きた東松山少年暴行死事件も河川敷で起きていますし、学校が危機管理を高めても、結局子ども達はどこか大人の目が届かない場所を見つけてしまうと感じました。
もう一つはSNS上でのやりとりですね。今回子どもたちとのワークショップで色々な話をしたのですが、LINEでのやりとりで本心を明かすのは危険だと感じているそうです。LINEでの会話は証拠として撮られる危険性がありますから。例えば、わざとLINE上で誰かに悪口を言わせ、それをスクリーンショットして、他の仲間にさらし、「あいつはこんな悪口を言うひどい奴だから、みんなでいじめよう」ということも起こるわけです。だから本当に言いたいことはSNSでは書かず、会った時に口頭で伝えるそうです。そんなことを考えてSNSをやっているのかと驚きました。映画の中の子どもたちも、横のつながりはあるけれど、決して深くはない。川崎の事件に関わった3人も、特にお互いのことを友達とは思っていなかったそうです。そういう関係の希薄さが現代的な子どもたちのあり様だということも、子どもたちの関係を描く上で意識しました。
■被害者を生み出さないためには、加害者を理解する必要がある。
━━━様々な少年犯罪をモチーフに、加害者や加害者家族側の目線でそれらの問題を描こうとした理由は?
内藤:当初は、加害者側の描写と被害者側の描写が同時並行する形で書き進めていました。でもどこか焦点がぶれている感じがし、また共同脚本家やプロデューサーからどちらを描きたいのかを突きつけられた時に、加害者側だと。被害者を描いた方が観客も感情移入しやすいですが、加害者はひどいと思うだけで、問題の解決には繋がらないのです。被害者を生み出さないためには、加害者を理解する必要があります。
もう一つは、いじめという事象が、被害者1人に対し、複数の加害者と大人数の傍観者がいるという関係性なので、加害者になりうる可能性の方が実は高い。自分の子どもが加害者側になる可能性が高いにも関わらず、一般的に自分の子どもが被害者という感情がまず起こりますし、また被害者になったらどうしようという不安を覚えてしまう。逆に、自分の子どもが加害者だったらどうしようということを考えることはない。そこに矛盾があると思い、だからこそ加害者側を観客に届けることは意味があると思いました。
■ワークショップの時間が作品を豊かにしている濱口竜介監督『ハッピーアワー』、鈴木卓爾監督『ジョギング渡り鳥』に影響を受け、ワークショップに取り組む。
━━━今回は長期のワークショップを経て、キャスティング、撮影を行っていますが、制作当初からこの作品を作るにあたり、その様な方法が必要だと感じていたのですか?
内藤:商業映画をいくつか撮る中で、低予算だと俳優の拘束期間が限られてしまい、リハーサルに時間をかけられないまま、本番を撮らなければいけないことが多かったのです。もっと俳優とコミュニケーションを撮ってから撮影したいという気持ちが高まる中、自主映画でワークショップを経ての撮影と言えば、濱口竜介監督の『ハッピーアワー』や鈴木卓爾監督の『ジョギング渡り鳥』があり、実際、どちらも僕の好きな作品なんです。ワークショップの時間が作品を豊かにしていると感じたので、今回、取り組んでみました。演技に興味がなく、これからもするつもりはないけれど、いじめ問題に興味があるので応募したという人もいましたね。
━━━ワークショップの内容はどんな内容だったのですか?
内藤:少年事件に関する事例を紹介したり、川崎中一殺害事件の傍聴記録を皆で読むこともしました。また、いじめの経験談をインタビューしてきてもらい、いじめた人になりきって経験談を語ってもらう。さらに皆がいじめた時の気持ちを聞かれると、想像で演じながら答えていき、いじめ加害者の内面に入っていくこともやっていきました。
いじめに対する討論会も行い、いじめとイジリの違いについても考えたのですが、これが盛り上がったんです。彼らなりの言葉でのロジックの面白さや、子ども達だけで討論している雰囲気の良さがあり、作品中のクラスで討論する場面に採用しています。こちらで台本を用意せず、彼らにドキュメンタリー的に会話してもらったので、そこの空気感や、彼らの使う言葉の面白さが表れている。ひどいことを言っていても、その場の雰囲気で楽しいものに見えてしまうのがワークショップの中での1つの気づきポイントでした。
■いじめのロールプレイングで、加害者性は皆が持っていることを体験してもらう。
━━━参加した子どもたちの様子や、ワークショップを経て、子どもたちにどんな気づきがあったのですか?
内藤:いじめのロールプレイングでは、抽象的な名前、例えば「アイスクリーム」と名札をつけ、名前にちなんだことで罵るのです。「お前のせいで太った」とか「甘すぎるんだよ」とか。やっていくうちに、いかに過激な言葉で罵るかという場と化していき、「お前、ウンコみたいな形してるな」と言って、周りからドッと受けると、相手が傷つくことは考えもせず、いかに面白い言葉で罵るかを考え、どんどんエスカレートしていく。終わった後、冷静になって振り返り、人を苦しめることでこんなにも楽しんでしまったけれど、そういう加害者性は皆が持っていることを体験してもらいました。作品中でもいじめるシーンを演じる際に、中毒性のある快楽と捉えてやってもらっています。
━━━なるほど、中毒性のある快楽は、今のエンターテインメントの演出にも散見される気がします。ワークショップの最後には短編も撮ったそうですね。
内藤:即興演技では、加害者役と被害者家族役が2人1組になり、加害者の謝罪に対し、どう応対するのかを自分たちで考えて演じてもらいました。そこから出たアイデアは本編の中にも取り入れています。加害者が土下座で謝罪をした時の実例(被害者家族は「加害者の自己満足であり、謝罪は受け入れられない」と、立ち上がるよう要請)を読んだ子どもが、自分なりに考えて演じたものも、本編に取り入れました。短編は、これらの即興演技を僕が脚本にし、2人1組で演じたものを撮りました。河川敷で撮影しましたが、自分の番ではない子どもには、スタッフワークをしてもらい、カチンコを打ったり、レールをしたり、水を持ってきてもらったり、フリーで撮影するカメラを用意して、子ども達に撮ってもらいました(本編でも、ある視点カメラとして登場)。遊びのような感覚で、映画づくりを楽しんで関わってもらいましたね。
■母親が追い詰められる背景を、この社会が生み出しているのではないかという思いもあった。
━━━本作は加害者だけでなく、その家族、特に母親との関係にフォーカスしている点が大きな特徴ですが、これはリサーチする上で浮かび上がってきたのですか?
内藤:色々な文献を読みましたが、大体が被害者家族か凶悪事件を起こした加害者の心の闇に言及したものばかりで、加害者家族がどうなっているのかが分からなかった。だからこそ興味を持ちました。加害者家族の支援団体、ワールドオープンハートの代表、阿部恭子さんの著書やインタビューは、理解の助けになりましたね。大津の事件でも加害者の母親がビラを配っているのがメディアで取り上げられましたが、その文面に不適切な部分はもちろんあるものの、親側がそのように追い詰められる状況の想像はついたのです。僕自身教員をしていたので、子どもが問題行動を起こしても、保護者は自分の子どもが加害者側であることを受け入れがたい時があり、誤解ではないかとか、先生が事情を分かっていないと疑心暗鬼になってしまうことを体験しました。親だからこそ、自分が唯一の味方にならなければという思いがある。特に日本はしつけや教育は母親の仕事という古い価値観の中で、母親が追い詰められる状況に陥りやすいと感じます。今回描かれる加害者の母親の言動は非常に利己的ですが、一方、そのように母親が追い詰められる背景を、この社会が生み出しているのではないかという思いもあります。
━━━冒頭、血まみになった絆星(キラ)を母親が抱きかかえるシーンがありますが、我が子はいじめられていたのだから、いじめをするわけはないし、絶対に自分が守るという決意が見えますね。
内藤:最初のシーンの出来事が、母親のトラウマになっています。加えて、日本は家族という共同体を重んじるあまり、犯罪が起きると加害者本人だけではなく、加害者家族を責めてしまう。それは結果的には加害者本人の責任の所在をうやむやにしてしまうことにも繋がりかねません。新型コロナによる特別定額給付金の配布先もしかり、個人よりも家族を重んじるゆがみが表れていますね。
■両親に「いい子でいる自分しか受け止めてもらえない」体験が子どもに与える影響。
━━━ツッパリ全盛期は家庭内暴力が大きな問題になりましたが、絆星をはじめ現在のいじめを題材にした映像作品を見ても、親の前ではごく普通で、むしろいい子なのに、外では負の感情を爆発させるケースが多いです。これも現代の子どもたちの特徴でしょうか?
内藤:昔は不良がカッコいいという文化がありましたが、今はどちらかといえばコミュニケーションスキルの高い子がモテるし、スクールカーストの上に行ける。川崎中一殺害事件の犯人たちも、いわゆる不良というより、むしろスクールカーストでは下の方で、アニメやゲームが好きなオタク気質の子たちでした。かつていじめられた経験もあり、カーストの上の子からのリンチを受けた経験もあったそうです。阿部恭子さんの著書によれば、現在の非行少年の家庭は虐待やネグレクトもなく、むしろ温かいような家庭で、他人に迷惑をかけないようにとしつけられているような家庭だというのです。僕が思うに、子ども側が母親の前ではいい子でいようと思ってしまう環境ではないかと。愛してはもらえるけれど、いい子でいる自分しか受け止めてもらえない。小さい時、子どもは問題行動を起こして、「こんな悪いことをする僕でも受け止めてほしい」というアピールをするのですが、それを受け止めてくれない親だと肌で感じた時、親の前ではいい子でいて、悪い面は外で吐き出すことが起きてしまうのではないか。学校から連絡を受けた親側も、家にいる我が子と繋がらない。そういう事象が今は多いような気がします。 →後編に続く
(江口由美)
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